【完結】悪役貴族派閥の中間管理職枠に転生しました。他人の顔に変わるだけの魔法でどうしろと?   作:丁字

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第22話 真相発覚、舞台は反乱軍へ

「へぇ!? ……あの、執事のヨシュが財産を掠め取っているって?」

 

 あたしはどぎまぎしながら、クレメント坊ちゃんの言葉をおうむ返ししていた。こんな大ごとを料理番の婆さんに聞かせて、坊ちゃんはどうしようってんだろう。

 

「食糧の収支が合わないんだ。どうやら彼が執事という立場を利用して盗み取っていたらしい。気づいたのはつい最近のことだ。俺はもう、何がなんだか……」

 

「旦那様は、どうなさるおつもりで?」

 

「彼さえ心を入れ替えるなら内々で済まそうと思っているんだ」

 

「……よろしいので?」

 

「執事のヨシュは、この家には欠かせない人材だ――ああ、勿論ダナさん、あなただってそうだ! ともかく、彼がこれ以上悪心(あくしん)を起こさないのなら、俺は何も言わないつもりだ」

 

 なんてこった。

 

 あたしはすっかり落ち着かない気分で、辺りを歩き回りながらクレメント様の顔色をうかがう。……本当に、不問にする気なのか?

 

「旦那様、もし、もしもですよ。……ヨシュが再び盗みをしでかしたら、どうなさるんで?」

 

「更生の余地なしということで、然るべき処分をする他ないだろうな」

 

「そう、そうですよねえ。そうするのがよろしいですよ。盗みは盗みだもの……」

 

 あたしはすっかり気もそぞろになってしまっている。けれども旦那様は、どこか晴れやかな表情で立ち上がった。

 

「――聞いてくれてありがとう、ダナさん。お陰で気持ちも決まったよ」

 

 そして、何と、深々と頭を下げたのだ! 年取った賄い婦の、このあたしに。

 

 けれども彼の寛大さに感服するより先に、あたしにはせねばならない事ができてしまった。

 

◇◇◇

 

「――とにかく、帰ってくれ!」

 

「おいおい、いきなりどうしちまったんだよ」

 

 細い腕が向かいに立った人物の胸を押す。された方はといえば、びくともしない様子でその場に立っている。そして、さも理解しがたいと言わんばかりの様子で首を横に振っていた。

 

「勘弁してくれよダナ婆ちゃん。俺の班はあんたの援助で食いつないでるんだ」

 

「今後のことは、あたしも考えておくから、今日のところは戻っておくれ。――旦那様に見つかる前に、早く!」

 

 のらりくらりとした態度だったが、貰うものを貰うまではてこでも動かないつもりのようだ。

 

 夜半、台所の裏口で、二人の人物が声を潜めて揉めていた。片方は料理番のダナ婆さんだ。もう一方は、シルエットと声からして若い男のようだ。

 

 俺はといえば、現場がよく見通せる位置――裏庭の植込みの陰に陣取ってことの推移を見守っている。

 

「『旦那様』って、例の坊ちゃんのことか? ぼんやりした若造だから、食材をちょろまかす位どうってことないと言ったのは、婆ちゃんじゃないか」

 

「事情が変わったんだよ!」

 

 そうだな。ぼんやりした若造こと俺も、ここ最近は家の出来事にも気が回るようになり、料理番のダナへカマをかけることができた。

 

 物資の横領はここしばらくは毎週のように起こっていた。いっぽうでヨシュは10日間ほどを家じゅうのランプ磨きに費やしている。わざわざ余計な仕事を買って出た上に横領行為まで同時進行させるのは合理的な振る舞いとはいえない。

 

 ヨシュの呆けを疑う前に、消去法で第一容疑者に躍り出た料理番のダナを疑って損はないだろう。しかしどちらにしても決め手がない。

 

 ないならば作るまで、ということで揺さぶりをかけた結果がこれだ。やり取りから察するに、食い詰めた若者たちに飯を宛がっていたらしい。金銭目的ではなかったのか。

 

(なら、情状酌量の余地もあるか)

 

 貧しい人々への施しも貴族(我々)が負うべき責務だ。相談してくれたら、こちらにだって一考する余地があったのだが。

 

「――あたしだって反乱軍の台所事情はわかってるさ」

 

 おい、今なんて言った?

 

「反乱軍は体制側の呼び名だって言ってるだろ。俺たちには掲星党(けいせいとう)ってれっきとした名前がだなあ」

 

 植込みの陰で、俺はズルズルと座り込む。ダナ婆さんが秘密裏に物資を横流ししていた理由はこれか。おかげでこっちはとんでもない泥沼に頭から突っ込みつつある。

 

 泥沼へのステップその1。

 俺は調査能力を有した集団からの怨恨を受けている可能性がある。少なくともハーディ家の次兄は、妹の婚前旅行の件で俺にお怒りである。そして彼は、俺の部下の動静を掴んだ実績がある。

 

 ステップその2。

 俺が所属するヴォジェニ派閥は現在、内部抗争が激化している。なまじ勢力として安定しているために成果を上げることが相対的に難しくなっているためだ。

 

 ステップその3。

 ヴォジェニ派はゴリゴリの保守派だ。

 

 デクスター・ハーディの見解が家そのものと一致している場合、つまり他の兄弟、ひいては父親である頭領も『コイツが娘の婚約者なのって、ちょっとなあ』と考えていた場合、この失態はイマイチな男を損切りする格好の手札だ。使い方次第では婚約破棄の5,6回はいける。

 

 自慢じゃないが(本当になんの自慢にもならない)、俺はヴォジェニ一派において今や結構な存在感を放ってしまっている。そんな俺を蹴落としたい連中はルジェク・バチークを筆頭にうようよ居た。

 

 かような理由により、敵対派閥の連中にこの件がバレたら最後だ。ある事にない事ない事ない事を分厚くコーティングした流言が飛び交うのは目に見えていた。

 

 そして最終的にヴォジェニ公爵のお耳に『クレメント・ボロフカに叛意あり』と囁かれる。以上。終わり。ジ・エンド。

 

 そこから先は何も想像したくない。

 

 一刻も早く手を打つべきだった。何とかして……ボロフカ家の物品が反乱軍に流れている証拠を消し去らなければ。

 

「――結局これだ! 安楽に暮らす連中は立場にあぐらをかいて、俺たちがどれほど骨折っているか解ろうともしやがらない」

 

 俺が思考をフル回転させているうちに、ダナと男の言い合いが決着したようだった。

 

「ほとぼりが冷めたら、声をかけるよ! 嘘じゃない」

 

「わかったわかった。期待しないで待っているよ」

 

 ダナ婆さんの聞き捨てならないとりなしにすげなく返し、反乱軍もとい掲星党の男は去って行く。

 

 俺は咄嗟に『顔』を貼り替え、後を追った。

 

「――なんでもします! どうか、どうかお願いします!」

 

 数えること三日後の早朝、俺は貧民街のど真ん中、とあるあばら家の前で土下座を敢行している。はたして、覚えのある声と背格好の男が泡を食った様子で戸口から飛び出してきた。

 

「人ん家の前で何を騒いでやがる!」

 

「俺を仲間に入れてください!」

 

「仲間ァ……? なんの事だ?」

 

「あなたがたの仲間に入れて欲しいんです! あの、け、い、せ」

 

 すっとぼけた男へ被せるように声を張り上げる。そして、ことさらゆっくりと『掲星党』と言いかけてみせた。案の定、男は俺の襟首を掴むと家の中へと引っ張り込んだ。

 

 結果から言おう。俺はミルクとチーズを対価に、反乱軍もとい掲星党への潜入に成功した。

 

 男に話した、小さな農場の跡取り息子という設定が効いてくれた。彼らは物資、とくに食糧の工面に苦慮しているらしい。そうもなろう、名を上げた結果、全国の食い詰め者が集結したのだから。

 

 こうして俺は、ガタつく机に向かってひたすらペンを走らせるという栄誉にあずかることとなった訳だ。

 

「よう『牛乳屋』! コイツの清書も頼むわ」

 

 うず高く詰まれた走り書きへ更に数十枚の紙束が追加された。俺は目礼だけ返して、それらをまっとうな書式に書き直す作業を続ける。

 

 致し方ない。まともな文書作成をできるのが、この支部じゃ俺くらいと来たら、引き受けない訳にもいくまい。

 

 掲星党の王都支部の備品は何から何まで小さく収納できるようになっていた。衛兵によるガサ入れから逃れて、迅速に撤退するためだ。俺自身、何度となく発火術式を詠唱して文書を処分し、折り畳み机を抱えて走っている。

 

 ここが何か所目の拠点か数えるのはとっくにやめていたが、とにかく俺が掲星党に潜入して二か月近く経つ(屋敷には『出張する』と書置きを残してあったが、執事のヨシュは血圧を上げているかもしれない)。

 

 俺は通称を『牛乳屋』と名付けられ、末端の構成員としての仕事に邁進している。具体的には文書作成、報告書の清書作業を主に行っていた。

 

「……なんだこれ」

 

『それ』に出会ったのは、そんな日々を送る中の出来事だった。

 

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