【完結】悪役貴族派閥の中間管理職枠に転生しました。他人の顔に変わるだけの魔法でどうしろと?   作:丁字

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第24話 あるはずのない繋がり

 出窓の縁に背を預け、閉ざされたドアを見つめる。ささくれた戸板は夜半の月光に漬かり、今は碧海色に見える。俺もまた、周囲のささやかな家具類と同様に青黒い影と化しているのだろう。

 

 やがて軽やかな足音が近付き、途絶え、曇ったノブが回る。

 

「良い夜だな」

 

「――!」

 

 開いたドアに声をかけた途端、戸板の向こう側に見える肩がびくりとそびやかされた。だが驚愕のボディランゲージは瞬時に収まる。

 

 そうして姿を表した人物を目の当たりにした途端、今度は俺が片眉を跳ね上げる羽目になった。

 

 まったく意外なことだった。

 

 俺は掲星党のリーダーに会いにはるばる南方まで足を運んだというのに。そこで出会ったのは既に見知った顔だったのだから。

 

「……いや、素顔を見るのは初めてだったか。ロマナン、お前がリーダーだったとはな」

 

 掲星党(けいせいとう)のリーダー『白紙』、またの名を我が裏稼業の部下ロマナン、そして本名不詳の人物は、落ち着き払った様子で部屋の中へ歩み出る。化粧と派手な服装は一種の迷彩だったのだろう。それらが取り除かれると、意外なほど端正な姿形の人物である。

 

「その変名をご存じということは……ああ、貴方でしたか。クレメントさん」

 

 つまりこいつは、裏社会のならず者を束ねる名無しの男とクレメント()が同一人物だとハナから当たりをつけていた訳か。

 

 掲星党のリーダーはどうやら相当な食わせ者らしい。今回の訪問において余計な疑いを持たれる訳にはいかない。ならば、こちらの身元は明かしてしまうべきだろう。

 

 俺は自身に施していた『顔』を解除する。ロマナンの視点からは逆光の、青黒い人影と化しているうちに。

 

「考えたもんだ。こちらの諜報ネットワークにただ乗りするとはな」

 

 ロマナンは傍らの戸棚をかたりと音を立てて開くと、一度だけこちらに視線をよこすと悪戯がばれた小僧のような笑みを浮かべた。

 

「その節は大変お世話になりましたね」

 

「俺たちを足掛かりに、随分な企みをしたもんだ」

 

「順番がいささか前後していますね。まず情報を求め、そして全てを変える決意をしたのです」

 

「そうなのか? これだけの規模だ、仕込みは数年がかりだったんだろう?」

 

 ロマナン(便宜上こう呼ぶ)は薄っぺらな肩をすくめると、白瑠璃(ガラス)の脚付き杯を2つ取る。

 

「して、何の御用でしょう。私が知る限り、貴方は根っからの実務家だ。自ら手を汚すような方ではないでしょうに」

 

 素焼きの水差しの中身を注ぎ、2つのグラスを手にしてこちらへ歩み寄る。冷水で満たされたグラスの片方を俺は受け取り、中身を一息に飲み干した。

 

「――まどろっこしい真似はすまい。こいつを見ろ」

 

 俺はグラスを置き、懐から取り出した一冊の本をロマナンへ差し出す。

 

「王都の実働部隊宛てに、ハーディ商会が納めたブツだ」

 

「これは……」

 

 一見して粗末で、薄っぺらな紙束だった。複数枚の紙片を糸で綴じ、背の乱雑な糊付けがあるから辛うじて『本』と呼べるような代物だ。ロマナンは窓際のデスクにつくと、ランプを点けて手早く中身をあらためだす。

 

 指先が規則的にページをめくる。始めから終わりまで1周し、2周めの中ごろでしばし止まり、次いで猛烈な勢いで何度もページを行き来しだす。

 

「こいつが王都支部に300冊ほど納品された。あんた、知っていたのか?」

 

 ロマナンの細い眉がみるみるうちに寄せられていく。この様子だと、こいつ自身も寝耳に水の事実だったらしい。その様子を横目に、俺はくるくるとグラスを弄ぶ。ランプの火と月光がカットガラスの上で混じり合い、チカチカとはぜた。

 

 

 

 ――白刃が陽光を弾いてぎらりと光る。そこここで突き出された刃が号令と共に退く。再び突き、薙ぎ払い、回避動作。

 

 そこは納屋と同じ敷地の中庭だった。朽ちかけた塀に囲われた広場で軍事教練は続いている。彼らに檄を飛ばしているのは『足長』だ。ロベルトは所用で外出していた。訓練用の木彫りではなく、本物のナイフを用いているのもそのためだ。

 

 夜通しの斥候を済ませた『煤くろ』は疲れ果てて眠り、『乾し草』は男連中に混じって中庭で熱心にナイフを振っていた。運動神経の良い彼女は筋が良いと褒められては喜んで、いっそう熱心にナイフ術を磨いていたようだ。

 

 ロベルトに限らず、『巻き雲』や『灯芯』といった支部のまとめ役、それに『雨蛙』のような目ざとい者もあらかた出払っていた。

 

 まったくもって、悪だくみにうってつけの昼下がりだった。

 

 俺はマントの前をきっちりと閉め――体格、特に筋肉量を誤魔化す必要があった――ロベルトの『顔』に変じている。立っているのは彼の寝室件仕事場として用いられている小部屋の扉の前だ。

 

 全ては支援者名簿を手に入れるためである。名簿は彼の預かりだが、今の滞在先は掲星党のアジトだ。外出先まで肌身離さず持ち歩くより、居室に保管してある可能性は高い。

 

 部屋の鍵は古いパンを使って型取りしてある。あとはこの合鍵で室内に侵入すれば――。

 

「ああ! 居た居たロベルトさん! お客が来てますよ!」

 

 俺が物色の段取りを頭の中で反芻しながらドアに手を伸ばした瞬間、ひとりの構成員がどたどたとこちらへ駆け寄ってくる。俺は慌てて表情を引き締め直して足音の主へ頷き返すと、彼の指し示す先へ大股に歩いて向かった。

 

 流石に内部の人間に声を出すとバレる。危ない所であった。そして取次ぎをされた人物を見ておれはもうひと驚きすることになる。

 

「お約束の品をお持ちしました!」

 

 出迎えたのは黒髪の快活な青年だ。ハーディ商会のマイルズと名乗った青年と共に、俺はロベルトの『顔』のまま倉庫に積まれた木箱の前に赴いた。――それにつけてもマイルズ・ハーディだと? 確かパメラの三人目の兄だったか。そんな彼に促され、俺は木箱の中身を改めていく。

 

 剣や槍の穂先といった武器に、鋲を打ったジャケットといった防具類がぎっしりと詰め込まれているのを確認しながら、最後の木箱に辿り着く。これだけはタールで厳重な防水加工が施されていた。

 

「コイツばかりは火の気も水気も厳禁ですからね」

 

 マイルズは金梃子(かなてこ)を片手におどけた笑みを浮かべた。そうしてこじ開けられた木箱の内部は石綿で裏打ちされている。その隙間にぎっしりと詰め込まれていたのは本だった。

 

 さもうやうやしい様子で最上部に置かれているのは魔導書だ。……俺はこいつに見覚えがある。

 

(何故、こいつがここに)

 

 それは俺が邪神召喚書の探索を命令された折りに、予めダミーとして用意してあった古代の魔導書だった。元は悪徳魔導書店のオーナーが貯め込んでいたのをちょろまかしたものである。……そいつは術者の超至近距離で大火球を生成して投げ放つ、強力だが危険極まりない、実用性のない代物だった。

 

 アレは、アレを、俺はヴォジェニ公爵へ確かに献上した筈だったのに。

 

「では! 受領した旨をサインいただけましたら」

 

 マイルズが差し出した書面は、確かにロベルトの名で交わされた契約のものだった。

 

()がロベルトの名を拝借したのか)

 

 しかし、金釘のような筆跡に俺は見覚えがある。ロベルトのものではない。『足長』が渡すメモにしたためられていたものと瓜二つだった。

 

 マイルズが立ち去るのを見送り、俺は引き渡された荷物を再び漁る。物騒な魔導書と共に詰め込まれていたのは粗末な本だった。しかし何とも言えず不穏だ。明らかにヴォジェニ一派の差し金で送り込まれた品である。ここはいわゆる反乱軍、対立している陣営のはずだというのに。

 

 そしてその紙束を一読して()()を知り、冊数から()()()を察し、俺はその日のうちに掲星党王都支部を離れた。向かう先は南方だ。潜入生活で得た情報を元に、本部の移動パターンは頭に叩き込んである。

 

 ひとまず、強硬派の『足長』にヴォジェニの息がかかっている所までは確実だ。しかし、その根がいったいどこまでの深部に及んでいるかは想像がつかない。首領に接触するのは賭けだったが、中途半端な立ち位置の者にかまをかけるよりは確度は高い。

 

 そして、とある邸宅の隠し部屋、潜伏中の掲星党本部への潜入を果たして現在に至るという訳だ。

 

「掲星党は裏でヴォジェニ派が糸を引いている。それは、あんたの知るところか?」

 

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