【完結】悪役貴族派閥の中間管理職枠に転生しました。他人の顔に変わるだけの魔法でどうしろと?   作:丁字

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第8話 誠意はどこですか

 例によって裏路地で(さして潤沢な予算は充ててもらえないのだ)俺は裏の仕事のパイプ役と接触している。しかし今日は、想定とは全く異なる人物が現れた。

 

 いや、誰だお前。

 

「今までの中継役はどうした」

 

「消えました。ヤバい所まで足を突っ込んだらしいっす」

 

「消え……」

 

 儚いもんだ。ロベルトや王妃の身辺調査を請け負っていたのは、いかにも切れ者といった風情の男だったのだがなあ。少なくとも、いま俺の前に立っている奴とは見るからに大違いの。

 

「自分、ロマナンっす」

 

 長く伸ばした髪の毛に派手な色粉を振りかけ、ゆったりとした服はかぎ裂きや焼け焦げだらけ。浮浪者のコスプレにしては出来が悪いのは、安物のアクセサリーをじゃらじゃらと身に着けているからだ。

 

 しかし証拠や符丁をよくよく確認しても、こいつは間違いなく俺の部下の後釜だった。きちんとした引継ぎがなされている。恐ろしいことに。そこは手違いであってくれよ。

 

「タバコ吸っていいすか?」

 

「駄目に決まってんだろ!」

 

 仕事場だぞ! ……いや、堪えろ。こいつの背後には浮浪者・ごろつきネットワークが控えている。俺の使える手足の強みは数そのものだ。人海戦術を頼みとした仕事の進め方をする以上、関係をこじらせて動かせる人員を減らすのは得策でない。

 

「……まあいい、ロマナンとか言ったか? 首尾を聞かせてもらおうか」

 

「へいへい」

 

 手渡された書面は異常にカラフルだった。……読みやすいのかよ。バカのパワポのような見てくれなんだから、そこは内容もごちゃついてあれよ。

 

 奴の中身は格好ほどアホという訳ではないようだった。正直扱いづらい。愚鈍ならいいというものではないが、俺より気が利いた奴を下に持つのは気が休まらない。腹の底になにを隠しているかわかったものではないからだ。

 

「口頭の報告も要る感じすか」

 

「必要ない。まあやはり()()としてはこんなものだったな」

 

 口の中で鍵呪文(キーコード)を詠唱すると、書類からぱっと火があがり、数秒もしないうちに灰も残さず燃え尽きた。

 

「送り込む人員の確保は?」

 

「問題ねっす。力仕事が得意な奴、元職工、取柄はないけど真面目な奴とよりどりみどりっす。あと、貴族の家で金庫番をやってたなんて変わり種も」

 

「最後の奴は横領で身を持ち崩していないか? ……さておき、書写ができて単純作業を厭わない者を適当に選んでおいてくれ」

 

 俺は報酬を敢えて投げ渡し――未だにこうした裏の作法に慣れない――きびすを返して帰途につく。

 

 まったく魔法とは便利なものだ。先ほどのように、紙に術式を仕込んでおけば、キー詠唱で自在に燃やして処分ができる。個々の錠前術式に対応した鍵呪文さえ知っていれば誰にでも扱えるし、構造が単純な分、コストもかからない。

 

 こうした成熟した(枯れた)分野がある一方で、魔法には日進月歩の新進分野も存在する。今いちばん熱いのは魔導書開発だろう。

 

 俺は今からその業界に新規参入(いっちょ噛み)する。

 

「専門外なんだがなあ……」

 

 ぼやきながら見上げた先では、洒落た三角屋根が陽光に照らされて得意げにそびえ立っていた。軒下に吊るされた鋳物の看板には流麗な書体で『ビェリーク書房』とある。

 

 店内に並んだショーケースにうやうやしく飾られていたのは、美しく装丁された書物の数々だ。揃いのお仕着せ――魔法使いのローブそっくりのデザインだ――を着た店員が愛想よく客に応対している。

 

 こけおどしと言ってしまえばそこまでだったが、効果は絶大のようで客が引きも切らずに押し寄せていた。客層としては市民階級の者が多そうだ。大半は富裕層であったが、庶民らしき見かけの者もそれなりに含まれている。

 

 俺もまた、スタッフたちに負けず劣らずに感じのいい表情を作ると、一番手近な店員に声をかける。

 

「オーナーのビェリーク氏へ取次ぎをお願いしたいのですが」

 

「ご用件は?」

 

 出入りの業者とでも判断したのだろうか。ローブをまとった女性はにこやかさのレベルをいささか下げながら応対した。

 

「なに、ちょっとした買い物です。この店を売っていただきたい」

 

 遡ること1週間前。

 

 夜半、俺は記者という『顔』をして葉巻の煙が充満するコーヒーハウスの片隅に居た。なにも好き好んで座り心地の悪いスツールに陣取りながら(いぶ)されているわけではない。取材対象を待っているのだ。

 

 しばらく待つと、打ち合わせ通りの目印を身に着けた人物が入店してきた。彼こそがビェリーク書房、その子飼いの工房に所属する職工だ。

 

 職工がきょろきょろとあたりを見回すのに合わせ、暗赤色のスカーフに触れてみせた。それに気づいた青年がひしめき合う客とテーブルの間を縫ってやってきた。

 

「――『どうもお久しぶりです! その後、オリーブの様子はどうですか?』」

 

「……っ、す、『すっかり枯れてしまいました』。こちらこそお久しぶり、です」

 

「そりゃあ残念」

 

 職工と符丁を交わし、彼へ隣席を勧める。それにしても、見ているこちらまで冷や汗をかくような緊張ぶりだった。もう少し気楽に考えて欲しいものだ。

 

 たかだか職場への背信行為をするだけなのだから。

 

「廃棄の手続きが厳しくて……やっとこれだけ抜き取って来ました」

 

 職工が手渡してきた紙袋の中身を手短に確認する。指定した物品で間違いが無さそうだ。

 

「ほ、本当にこれで状況は良くなりますか?」

 

「ええ、こちらも最大限の努力をさせていただきます。――さ、内情についての件を詳しくお聞かせください」

 

 

 

 そして、話は現在に至る。

 

 ビェリーク書房の応接室にて俺はあたうかぎりの福々しい笑みで、ただ対面の人物を見つめていた。

 

 視線の先で着席しているのが、この魔導書専門店のオーナー兼店長であるビェリークであった。張り付けたような笑みの下からかすかな苛立ちが透けてみえる。店先でわざわざ呼びつけてみせたせいだろう。それとも店の買収を持ち掛けたからか?

 

「困りますねえ、お客様もいらっしゃる前でいたずらに不安にさせるような言葉選びをされてしまっては」

 

「ええ、いささか口が滑りましたね。あくまで私は一介の投資家に過ぎませんから」

 

「……私どもは、既に多数の篤志家の方々の支援を受けているんです。あなたにご無理を言ってまで出資をお願いしなければならないという程では」

 

「ビェリークさん。基礎知識のおさらいにお付き合いいただけますか?」

 

「はぁ?」

 

「魔法とは、詠唱を行い、地や空に充ちる力から魔力の源(リソース)を汲み出し、超自然的な効果を望んだとおりに引き出す技術体系のことだ。……そうですよね?」

 

「ああ。そうですが、それが何か……」

 

「例えば発火を例に取りましょうか。最も簡単な『着火』の命令をします。すると詠唱者からもっとも近くの可燃物――大概の場合は詠唱者の着衣か本人自身――に即座に火がつきます。無論、これでは実用に耐えない。

 

 なので例えば、燃やしたい物体自体に『自分自身に着火する』という錠前魔法を仕込んだうえで、鍵呪文の詠唱で発動させる……等のひと手間をかけて術は編まれている」

 

 ですよね? という意図を込めて対面へ目くばせをしてみせる。ビェリークは不審げな表情を浮かべつつも頷いた。

 

「『念じた先に自在に炎を発生させる』詠唱は距離や高さ、効果範囲に応じてその場で構築する必要がある。『飛ぶ鳥に炎の矢を当てる』ともなれば神業の域でしょうな」

 

 そして、こうしたスキルを持つ者が『魔法使い』と呼ばれる存在になる。厳しい(ヘビーな)カリキュラムを長年に渡ってこなして、ようやくひよっこになれましたね、という業界だ。

 

 ちなみに俺の変装魔法、『面影擬き』は上記のどこにも当てはまらない、遺伝形質としての家系魔法に該当する。いわゆるキャラクター固有スキルであり、『血で唱える』と呼称されるものだった。

 

「あんた、さっきからベラベラと! 何が言いたいんだ!」

 

 手習い所で聞かされるような俺の講釈に、ビェリークはいよいよ苛立ちを募らせたようだ。表情を取り繕うことも止め、声を荒げてこちらの言葉を遮って見せる。

 

 ならば別の話題を提供してさしあげよう。俺は『例の証拠』を卓上に放り出してみせる。

 

「――!!」

 

 瞬間、ビェリーク氏はぐっと口を引き結んだ。顔色は赤を通り越し、どす黒くなっていく。

 

「さて、商談に移りましょうか。()()()()()()()()()()、全ての権利をこちらへ譲渡してとっとと店を明け渡せ。

 

 ――ああ、当然ながら子飼いの工房の権利つきだぞ。こんなガワにさして価値はないのだからな」

 

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