Fate/Meteor Un balance   作:暁刀魚

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Prologue01

 男の人生は、果たして波乱に満ちたものであっただろうか。

 答えは否である。

 

 男の人生は、果たして平穏に彩られたものであっただろうか。

 これもまた、否である。

 

 そのどちらもが、生きた人間の魂を込めれば、素晴らしい物になることは間違いない。

 例えそうでなかったとしても、正面を向いて、それでも生ききれなかった者がいても、責めることはできないだろう。

 

 悔やむことは、できたとしても、だ。

 

 しからば、もしも、そうではなかったとしたら。

 ――男の人生は、如何にもつまらないものであっただろう。

 

 平穏は是である、波乱もまた是である。

 一代にして栄華を築いた傑物も。

 小さな商家の跡を継ぎ、次の代につないだだけの凡人も。

 どちらもまた是であろう。

 

 故に、そうではないとしたら。

 それはすなわち否である。

 

 男の人生は無関心によって彩られていた。

 単なる関心の無さで言えば、それは人間の性である、それもまた、是だ。

 

 しかし、それが極度の――狂人めいたものであればどうだろう。

 自身の願いのために、必死にあがき続ける少女を見ても、彼は何の関心も示さなかった。

 世界を破滅させようと、己の我を通す狂人を前にしても、彼は何の関心も示さなかった。

 

 ただ、それはそういうものなのだと、背を向けて。

 

 とはいえ、だからこそ、彼は貴重な狂人であった。

 たとえどんな相手にあっても中立に手を貸すのだ。

 親を亡くし、一人天涯孤独になった少女の後継をし、魔術を教えた。

 しかし、その少女の親が亡くなる原因を作った者の息子に対しても、彼は魔術を教えたのである。

 

 頼られれば、それに答えることを彼はしたし、頼らなければ、彼は一切の無関心を貫いた。

 ――それは、彼があくまで、そのことに何の興味も抱かなかったからだ。

 

 ――男の本質にあったものはなんであろう。

 それに触れるものはいなかった。

 その方が都合が良かったから、そして何より、あまりに狂った彼の本質に、踏み込むことをためらったから。

 

 それは、聖杯戦争の元を作り上げた正規の大魔術師であっても、

 聖杯戦争を引き起こした狂おしき魔術師であっても、同様だった。

 

 結論、男は狂人である。

 故に誰も彼の本心に触れることはなく、しかしそれでも彼は破綻しなかった。

 

 

 ――ある日、一人の少女が、彼の元を訪れるまでは。

 

 

 ♪

 

 

「――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 

 男は、時計塔にて講師を努める魔術師である。

 さして名の知れた男ではないが、ほどほどの名門の後継者。

 未だ父が健在であり、その地位はさほど高いものではないが、実力は認められ、それなりの権威を誇っている。

 

 そんな彼は、ある地において開催された聖杯戦争に参加した。

 理由は単純、その手に令呪が浮かんだからだ。

 

 彼は、そして彼の周囲は、この幸運を多いに喜んだ。

 何せ聖杯戦争は魔術師の世界の注目の的だ。

 一年前、その元となった聖杯戦争には、外来の魔術師が踏み入ることは叶わなかった。

 一人、時計塔の魔術師に令呪が浮かんだそうだが、その魔術師は戦争中に死亡した上、周囲との繋がりも薄く、情報はほとんど存在しない。

 

 現在、世界中で聖杯戦争の模倣をする試みが成されている。

 それを妨害する層もいる上、聖杯戦争については、分かっていないことも多い。

 故にこれまで、聖杯戦争が“実際に”開催されることは無かったのだが、

 

 ついにこの度、本物に近いレベルの規模の聖杯戦争が、日本のある都市にて行われる事となったのだ。

 喜び勇んで令呪が浮かんだ魔術師は、それに参加することとした。

 

 触媒は日本の大英雄の物を使用することとした。

 これは男の一族が日本と多少つながりがあったこと、また、最大限の知名度補正を期待して、だ。

 

 

「――問おう、お前が僕のマスターか?」

 

 

 現れたのは、甲冑に身を包んだ一人の男。

 二十かそこらの美丈夫、鎧越しにも解る武の練度は何より、その容貌は、ある種の符号を共通していた。

 

 それは苟且、つまり儚さである。

 男の目、男の顔立ち、全てに憂いが感じられる。

 まるで世界全てをのろおうとして、しかしそれが叶わなかったかのような。

 

 そんな、筆舌しがたい徒爾の感覚。

 日本でそう――これはたしか、

 

(シミジミリィ……しみじみ、といったか。侘び寂び、でもあっていたかな)

 

 多少なりとも日本文化に詳しい男は、そのあまりに“日本人好み”な感情を、そう評する。

 

「あぁそうだ」

 

 それでも決して間断なく、男は答えた。

 サーヴァントは如何な過去を秘めていようが、それは男の知るところではない。

 当然だ、男は魔術師――サーヴァントはその使い魔である。

 

「こちらからも確認させて頂く。君のクラスはライダー、真名は――――で、あっているかな?」

 

「……如何にも、僕が都に巣食う盛者を滅ぼし、その最期を見届けた男だよ」

 

 魔術師が、身長かつ聡明であったのはせめてもの救いであろう。

 彼は理解していたのだ、目の前のサーヴァント――ライダーが、過去、日本において名を馳せた男であることを。

 

 そして、その人生に、それ相応の挟持を有していることを。

 

「召喚に応じ、大変喜ばしい、俺はこれより聖杯の入手を目指す、その目的は聖杯そのものであり、戦争への勝利だ。……君の願いは?」

 

「――回顧、と呼ぶべきかな。もしもあの時、僕が兄さんの逆鱗に触れていなければ――その“もしも”を知りたい。叶うことならば、過去へ直接探求に向かいたいが、それは少し我儘かもしれないな」

 

 ――ライダーは、実に謙虚に答えた。

 彼はあくまで、総大将である兄に従い、闘いぬき、しかしそれゆえに兄の嫉妬を買った。

 それが嫉妬出会ったかはともかく、兄に疎まれ、最期は彼にとっての恩人にも裏切られ――非業の最期を遂げた英霊。

 

 如何にも日本人好みな彼の有り様は、また彼も日本人らしい日本人、ということだろう。

 

「謙虚だな。……だが、それは美徳ではあるが、同時に君の本心を隠してしまう。敢えてこちらは不躾に申すが、できることなら君の願いは過去への回顧のみとしていただきたい。俺にも叶えたい願いがあり、それは相応に重いものだ」

 

 魔術師は、はたしてその逆を行く。

 あくまで自身の意思を全て晒した。

 それは果たして、美しくないといえるだろうか。

 否、実に否である。

 

 ライダーが謙虚を美徳とするのなら、マスターである男はそれに踏み込むことを是とする。

 どちらの言葉も、偽りでないことを証明するために。

 

 それは何とも、豪放といえるのではないか。

 言葉足らずは人と人の相違を招く、それではダメだ、全くダメだ。

 

「……言いたいことがあるならば、態度ではなく口にしたまえ。これは令呪を使用しない、あくまで依頼の類なのだが――隠し事は無しにしよう。互いの意思は明白に、それをここで確約してほしい」

 

 ――それは、ある種の布石である。

 男は知っている、ライダーが如何に型破りであるか。

 定石崩し、どころか、その時代においては禁忌であったことすら容易に踏み抜く彼は、実に優秀である。

 しかし、もしもそれが男のあずかり知らぬ所で行われれば、余計な恨みを買うことになりかねない。

 

 男に敵を作る意思はないのである。

 特に、この街のセカンドオーナーと直接ことを構え、敵対しあうつもりはない。

 サーヴァント同士の激突であるならともかく、魂食いなど持っての他だ。

 多少ならば見逃されるとはいえ、セカンドオーナーをそれは見過ごせない。

 あまりに不義理というものだ。

 

 ――そして、このライダーは、その不義理によって殺された英霊。

 

「……解った。確約しよう」

 

 ――絶対にこちらの意図をくみ取り、乗って来る。

 魔術師はそう確信していた。

 

 かくして、ライダー陣営は行動を開始する。

 

 魔術師は実に正統派な魔術師であり、またその才能も豊かである。

 ライダーの運用に困らないだけの魔力を有しており、更にはそのライダーも、日本を代表する格を持つ英霊である。

 

 実に正統派、実にスタンダードな組み合わせである。

 

 ――ただひとつ付け加えるとすれば、この魔術師、ある一つの願いを抱えている。

 それは決して、自身の一族を助けるものではない。

 

 彼が個人的に抱く、あくまで俗な願いであるのだ。

 

 

 ――彼がかつて愛した女性の、蘇生である。

 

 

 ♪

 

 

 一人、暗闇にて横たわる者がいる。

 その者は、影に生きる男であった。

 

 敢えて全てを語るとすれば、男はかつてある山の中で暮らす混血の一族の一人であった。

 何をと思うやも知れぬが、別に珍しいことではない。

 

 いわゆるオーソドックスな吸血種の一族であった男は、しかし現在山を降り、こうして街の影に身をひそめている。

 

 無理もない、男の一族は、数年前に彼を残して全滅したのだ。

 全滅、文字通り、彼以外の混血は、この世を去った。

 原因は一族内での内紛と、それにより引き起こされたある混血の暴走だ。

 

 “彼女”は男の妹であった。

 男と妹は、一族の中ではさほど力のある地位にはいなかった。

 いても何ともなりはしないが、いないと困る賑やかし。

 身も蓋もない言い方をしてしまえば、そうなるだろう。

 

 ただ、不幸であったのは、偶然少女が、兄妹の属する派閥のトップに目をつけられてしまったことだろう。

 目的は、単なる実験の類であった。

 ある外界の術法を、その派閥のトップは試そうとしたのだ。

 単なる手慰み程度の物だったのだろう。

 成功すれば、使い減りのする代わりに強力な戦力が手に入る、その程度のこと。

 ――故にか、それはあまりに適当が過ぎるものだった。

 

 失敗の原因はなんであろう。

 あまりに杜撰な術式か、はたまたそれを妨害しようとした横槍か。

 それとも、味見と称して行った想像も絶する事柄か。

 

 何にせよ彼女に対する術式は、失敗どころか暴走という結果となる。

 それは歴史だけはながく、井の中の蛙であった混血達を悠々となぎ払うには十分だった。

 数時間のうちに一族を壊滅させた男の妹は、最期に男の元へたどり着く。

 

 だが、彼女はその数時間の暴走による負荷が襲いかかっていた。

 また本人が世界に対して多大な絶望を抱いていたことから、彼女は男の元へたどり着くと同時、力尽きる。

 その最期は、男の記憶の中にあって今なおこびりつく、壮絶としか言いようもないものだった。

 

 やがて男は絶望に陥りながらも山を下り、現代にて生活を始める。

 幸運だったことは、どことも知れぬ男を拾い上げ、働かせてくれる主人の存在であったか。

 ――しかし、不幸であったのは、男が魔の側面へと“反転”してしまったことか。

 

 元より危うい均衡であった男は、何時魔へと転がり落ちてもおかしくはなかった。

 しかし、それが更に不幸を呼んだのは、反転したその日が、男がある地にて拾い上げられてちょうど一年だった、ということか。

 自身が“反転”してしまったことにも気が付かず、屋敷へとたどり着いた男を待ち受けていたのは――

 

 ――無数の退魔師による拘束であった。

 男を拾い上げたのは、男の一族を監視する退魔師の家系であった。

 目的は単純、監視である。

 一族が全滅し、唯一の生き残りであった男は、その存在を危ぶまれていたのだ。

 そしてその危険が現実のものとなった。

 

 反転が不幸であれば――同時に、一年の記念であったはずの宴が、反転した混血への対処に変わったこともまた、不幸であれば――

 

 ――真実、目を背けるべき不幸は、“男を監視していた退魔師達”が、真実男を気遣っていたことだ。

 

 悲劇により大切な人を喪った男。

 それに対する同情と、元来お人好しであった退魔師達。

 今にも泣き出しそうになりながら何とか術を行使しようとしていた当主である少女の顔は、男に自身の妹を被らせた。

 

 小我に呑まれ、力を振るい、男はその場を脱出。

 少女の手を血には染めさせまいと、彼は死に場所を求めた。

 

 そして辿り着いたのが、この場所だ。

 ――この街は、何やら騒がしい。

 何かが起こるようだが、その何かを男はしらない。

 ただ、その“何か”に押しつぶされようとしているだけだ。

 

 ――どうか頼む。

 俺を、殺してくれ。

 

 

「――――■■■■■」

 

 

 それに、答える声がひとつ。

 ――それは、正確には声でなかった。

 気がつけば、男の隣に、弱い十と少しかという少女がいたのだ。

 

 着物姿の少女である。

 ――想起するのは、かつて自身の目の前で力尽きた妹か。

 

 黒髪に、彼女は一本の角を有していた。

 ――鬼。

 それも男のような混ざりモノではなく、本物の――純血の鬼。

 

 その姿は、あまりに黒が映えていた。

 着物は、元は純白出会ったはずだろうに、赤黒い何かに染められ、今はほぼ黒に近いものとなっている。

 裾のまだら模様が、それを教えていた。

 

 そして何より黒髪だ。

 美しい髪を高級糸に例えることは常であるが、それはもはやその類を逸している。

 水、とでも評するべきか。

 それも汚物にまみれたものではなく、純粋に山から湧き出た、清涼かつ清潔な水である。

 

 理性を喪った男の感覚においても、それは“美”であることが知れた。

 死を求めているはずなのに、それに触れてみたい、それを手にしてみたいと、柄にもなく思ってしまったのである。

 

 とはいえ、男の小我はそこにはない。

 自制によってそれを治めると、男は少女へ向けて声をかける。

 

「――あんた、なにもんだ?」

 

 しかし、問いに答えることはない。

 ――少女は狂っていた。

 それは男のような単純なものではなく、文字通り、狂気に満ちていたのである。

 

 それも、狂うことを知っている男には、それが“二つ”あるように見えた。

 さながら左右の瞳がそれぞれ別の色を宿すかのように。

 全く別の狂気が、その“鬼”には宿っているのである。

 

「―――――――」

 

 また、少女は男に背を向けた。

 決して言葉を向けること無く。

 ――否、そも、存在すら彼女は認識せず、その場から掻き消えたのだ。

 

「……?」

 

 困惑のまま、その場に男は取り残される。

 どう反応すればよいものか、それすら解らずその場に佇んでいると――ふと、足元が水浸しになっていることに気がついた。

 

 先ほどまで、男はその場にうずくまっていた。

 最悪、服がそのまま使い物にならなくなっていた可能性もある。

 だが――そんなことは一切なく、男が座り込んでいた間、水など存在しなかったのである。

 

 ――水。

 男が血を引く混血の元となったのは、水神にして荒神。

 信州戸隠は、九頭竜の化身である。

 水を操ることは、男にとってさほど難しいことではなく――故にか。

 

 あの少女には、何か縁を感じてならない。

 ――恐らく、周囲を水浸しにしたのはあの少女の力によるものだ。

 

 何せ、彼女は鬼である。

 その程度のことは為せるだろう。

 マタ何より、彼の直感が告げていた。

 この水があの少女によるものである、と。

 

 

 ――かくして、男は意図せずサーヴァントの召喚に成功する。

 あの少女――二つの狂気を宿すは、“バーサーカー”である。

 

 水神九頭竜の化身にして、鬼であるバーサーカー。

 

 彼女が戦争にもたらすのは大いなる混沌であろう。

 また、死に場所を求める男も、自身がマスターであるという自覚を持つこと無く、戦争に参加することとなる。

 

 マスターとサーヴァント。

 その関係から逸脱した“イレギュラー”たる主従は、果たして戦争に、如何なる混迷をもたらすか――――




・ライダー、日本の非常にポピュラーな大英霊。
・バーサーカー、こちらも非常にポピュラーな日本の妖怪。

答え合わせは全プロローグが出揃った後で、まとめて行います。
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