聖杯戦争が引き起こされる騒乱の街。
しかし、それ以上の騒乱が、数年前に起きた。
今から五年ほど前のこと。
この街を襲った未曾有の災害。
それは、ある日突然、街の頭上に現れた。
隕石――空からの来訪者である。
一度この街は、隕石によって破壊しつくされたのだ。
街一つを飲み込むほどの衝撃は、多くの死者を生み出した。
対応の遅れ、避難する側の認識の欠如、多くの理由はあれども、災害は、人を害する痛みとなった。
しかし、それで人々は死に絶えるほどやわではなく。
また、悲嘆に暮れ続けるほど後ろ向きではない。
災害から五年。
――街の景色は、大凡かつてのものを取り戻していた。
活気こそ遠く及ばないものの、それでも、人がそこにいるのは確かである。
ゆえにこそ、今もまた、昔の活気を取り戻そうと、懸命な努力が成されているのだ。
そしてだからこそ、聖杯戦争にとって、活気を喪ったこの街は、恰好の舞台であったことも事実である。
かつて困難の中に身をおいたこの街は、
――今、この時、再び渦中の中へと放り込まれることになる。
♪
――少女は、その出自も、その在り方も、どこにでもある普通の少女であった。
ただ、人一倍お人好しで、人一倍おせっかいな、陽気で前向きな少女だったのだ。
故にか、彼女は自然と人にすかれもするし、また鬱陶しがられもした。
鬱陶しく思われても、それでも人を助けようとするのだから、やがて彼女に人はほだされて、またその容姿も、人柄も、どうしようもなく周囲を惹き寄せるのであった。
言うなればそれは隣人の味方。
決して彼女に正義などという意思はなく。
――ただ、困っている誰かが放っては置けなかったから。
そしてそれが、彼女なりの、人との関わりかただったから。
そんな、どこにでもいて、しかし“どこにでもいるからこそ特別な”、少女。
――その日は、五年前の災害を追悼する碑を訪れた帰りのこと。
彼女には親友がいた。
五年前の災害で命を落とした親友だ。
その墓参り、というわけではないのだけれども、慰霊碑を訪れた少女は夜の帳を押しのけていた。
暗がりに身を置いて、自宅へと向かう。
何のことはなく、帰りが遅くなってしまっただけだ。
頼まれごとをされたら断れない正確のためか、この日は慰霊碑を訪れる用事があったというのに、その頼まれごとを長引かせてしまった。
気がつけば時刻は既に夜と言っても良い時間。
今日、行かなければならない用事であったから、帰るわけにも行かず、仕方なく夜を急いでいるのだった。
――今日は災害からちょうど五年。
何か催しがあるわけではないのだけれども、昼ごろから夕方にかけて、人は集まっていたはずだ。
少女が訪れた頃には、周囲に人影など無かったのだけれど。
とまれ、少女は一人であった。
今が夜である以上、それを“しょうがなかった”と言うほかはない。
そう、それは偶発的なものだった。
誰かに原因があるではなく。
――そこには必然と呼ぶべきかどうかも解らない、“運命”だけが待ち受けていた。
なんということのない街の一角だった。
そこはそれなりに人通りの多い道で、今の時間は人が行き来していてもおかしくはない。
さほど都会ではないこの街ならば、車の往来は必ず数分に一度はあるはずなのだ。
だのに、その時ばかりは誰一人としてそこに気配は存在していなかった。
偶然。
――否、違う。
そこに人の気配など生まれ用がない。
たとえば、そう。
――行き交う人が全て殺されてしまっては、人が通ることなど不可能にきまっている。
地獄が、あった。
周囲にはひしゃげた車が散らばっている。
数十分、数時間前までは何の気負いもなく道を走っていただろう乗用車。
中身をばらまいたトラックも見受けられる。
本来であれば時間通りに到着するはずだったそれは、永遠に目的地にたどり着くこともなく。
そこにあるのは、血の痕だけだ。
機械的に、蛍光灯が――その赤を伝えていた。
「――何、これ」
“困惑した様子で”少女は周囲を見渡す。
思わず、息を呑む。
なんだ、これは。
――何故、人がこんなにも死んでいる?
そう、思う。
――そう思うだけだ。
少女はあくまで、困惑と共に、歩を前に進めている。
自覚が追いつかないだけ、ではある。
現実が追いつかないだけ、ではある。
だがそれ以上に、
――それ、“以前”に。
――――――――少女は地獄を、知っていた。
「……こんなの」
――続ける。
確かめるように、噛みしめるように。
自分の知る地獄を、
「――五年前、みたい」
口にする。
五年前に起きた大災害。
人が死に絶えた、地獄。
「――■■■■」
声が、した。
少女が記憶に地獄を再現したその時だった。
それをかき消すように、割って入るように、声がする。
「……誰か、いるの?」
気がつくべきだったのだ。
その声は、声ではあった。
人が発声したものだ。
――しかし、人の出すべき理性が伴ってはいなかった。
「■■■■――」
この場所に、
この街に、
それを絞り出す存在は、一人しかいない。
――バーサーカーが、夜闇に赤黒い着物を晒して立っていた。
獲物だ。
獲物だ――獲物だ――獲物だ――!
獲物が目の前に現れた!
バーサーカーは咆哮する。
「■■■■■■■――――――――ッ!」
あぁ、また“人が喰える”ぞ。
――人を、襲えるぞ。
それが――意思なき絶唱からすら、理解できた。
「……あ、え?」
もはやそこまでいって、少女はそれを自覚せざるを得なくなる。
目の前にいる少女は誰だ?
彼女は一体何をしている?
――何故、彼女の口元は赤く濡れている?
疑問は、思考があるからこそ生まれるものだ。
だとすれば、少女がそんな疑問、覚えられるはずもない。
ふと、足元が濡れている。
そんなことに意識がいった。
――それは水だ、だが、同時に朱も混じっている。
水と、血と、破壊しつくされた幾つもの車両。
この場所には、それしかない。
生物はバーサーカーと少女の二人だけ。
それ以外は何の痕跡もなく、そしてバーサーカーは、少女へと足を向ける。
ゆっくりとしたものだった。
獲物を逃さないための警戒か。
獲物を嬲るための愉悦か。
何にせよ、バーサーカーは決して、一息で少女を殺すことをしなかった。
――失敗は、そこにあったのだろう。
「――いや」
少女は、それを口にする余裕が生まれた。
死という概念に慣れていたこと。
地獄という概念を知っていたこと。
――恐怖という概念を、“理解”していたこと。
それが少女に、最後の一言を許した。
それが――少女を救うことになる。
「いや! ――死にたく、ないッッ!」
途端、光が、少女の足元からはじけ飛ぶ。
風とともに、バーサーカーが一歩引いた。
何かが、そこに現れる。
この世に“ありえなかった”存在が、“ありえること”を許可されるように。
――少女の目の前に、一人の騎士が、現れる。
「――やれやれ、眠っている人間を起こすには随分失礼な言葉だな」
シルバーブロンドの長髪。
演劇の舞台から飛び出たような服装は、しかし彼女が、それを着こなしていたことを示す気品に満ちていた。
彼女――少女は女性である。
引き締まって入るが、丸みを帯びた体型、けれども服装は男装のそれである。
男である、と言い張られれば、追求が許されないような、そんな風であった。
「そもそも、なぜこの僕がこんな小娘に呼ばれ無くてはならないんだ? ――女は嫌いなんだ。呼ばれてはみたものの、何ともまぁ……不本意な」
嘆息と共に、チラリと彼女は視線を向けた。
理知とした瞳――口は悪いが、だからといって敵意はない。
「……問おう、君が僕のマスターか? ――叶うならば、いいえと答えてくれればいいのだが」
有無を言わせぬ声で、問いかける。
時間が惜しいのだろう急かしているようだった。
少女は困惑の極みに至る。
理解は、もはや追い付くことを放棄した。
ここは既に、夢の中ではないのだろうか。
だからだろうか、幻想と今を認識した状態だからか、――少女の口は、
「……その通り、だよ」
承諾の言葉を述べだ。
「――ふん、夢見がちなのか、はたまた傑物なのか。ここでそれを口に出来たことを褒美とし、その契約、僕が許そう」
受けた側の少女は、不服そうにそう漏らして、視線を外す。
その後に、もう一度嘆息が聞こえた。
――それでも、次に紡がれた言葉は、
「……これにより契約は成立した。サーヴァント、“セイバー”! これより君を守る剣となろう――!」
そういった彼女の手には、細剣――西洋の決闘でよういられるような針のような剣が、握られていた。
♪
――運命の一夜を終え、シルバーブロンドの少女、セイバーとそのマスターは、あの地獄を切り抜けた。
別に難しいことは何一つ無く、軽く剣と拳を交えた後、無理を悟ったセイバーが撤退しただけなのだが。
「――つまり、今この街で聖杯戦争が行われている、と。そしてあの女の子はその参加者――サーヴァントである、と」
現在、少女は昨日と変わらない日常を送っていた。
無理もない、非日常にいきなり放り込まれて、だからといって世界のすべてが変わるわけではない。
特に少女はその非日常を無事に切り抜けたのだから。
――現在、少女は学校への登校途中である。
ルーチンなのだから、いきなりそれをやめるわけにもいくまい。
これはきっと、非日常を切り抜けた報酬でもあるのだろう。
だから、サボる、という選択肢は少女にはなかった。
「ふむ……筋がいいな。褒めるわけでは決して無いが、悪くない」
「えっと……ありがとうございます?」
「褒めてないと行っているだろう。まったく、これだから女というのは……」
ぶつぶつと――“見えない”少女の声が響く。
セイバーは――霊体化というらしい透明になる方法を使って、少女のそばにいる。
少女自身、それは至極打倒なことだろうと思う。
何せ自分は聖杯戦争――セイバー曰く殺し合いの戦争に巻き込まれているのだ。
昨日の戦闘から、それは否応なく理解せざるを得ず、現状少女が考えるのは、つまるところ今後の方針だ。
「えっとじゃあ……説明を聞いた上でこちらから質問させてもらいたいのだけれど……」
「構わないぞ。君はマスターだからな」
希望は聞こう、セイバーはそういった。
律儀というか、真面目な性分なのだろう。
一日にも満たない付き合いだが、それは解った。
――真面目というより、偏屈に近いのかもしれないが。
根暗、ではないと思う。
彼女はズバズバと物事をはっきり言うタイプだ。
「――貴方の願いと、これからの方針。特に後者は、全部任せたいと思うのだけど、どうかな」
「……単刀直入に、それか? 不躾だとは思わないのか? ――まぁいい」
ふん、と鼻を鳴らしてセイバーは――見えないながらも、こちらを向いたのがわかった。
「全部僕に任せるのは、いい判断だ。僕は自慢ではないが戦争の天才でな――というよりも、あらゆることの才能を持った天才が、戦争にもその才を発揮したというか……ともかく、全て僕にまかせてもらって構わない、それでこの戦争は――君の勝利だ」
――セイバースキル“賢王特権:A”。
なんでも、軍略スキルと専科百般スキルをBランク相当で保有するスキルだそうだ。
「えっと……とりあえず、積極的に戦争に参加していくってこと?」
「……いや、可能な限り我々は戦争には参加しない。――いくつかの例外はあるが、な」
かなりアレな発言ではあるが、セイバーは戦争という行為に乗り気なようであった。
過去の偉人というからには、戦争がどうこうと少女が言うこともないだろう。
価値観が違うのだから。
――ともかく、少女として考えるべきことは二つ。
早期に戦争へ介入し、できるだけ被害を出さないよう活動するか。
身を潜め、自身の生存を優先しつつ、優勝を目指すか。
「――後者にすべきだな」
セイバーは、冷徹な声でそう答えた。
「僕のステータスは君が不甲斐ないのも合ってご覧の有様だ。戦闘ではきっとマスターにすら勝てない場面もあるだろうな、このままでは」
『筋:E 耐:E 敏:E 魔:E 運:EX 宝:A』
以上がセイバーのステータスである。
見て分かる通り、運と宝具以外のステータスはサーヴァントとしては最低限でしかないほどに低い。
これ以下となると、もはやそれはサーヴァントではないもっと特殊な何かという他にないだろう。
「しかし、僕にはこれを補う宝具がある。長い時間を賭ければ、僕は幸運を惹き寄せるだろう。あの絶望的な戦争を、勝利という奇跡で終えたように」
そして、
「――そのためには、何としてでもこの戦争を生き残る必要がある。死に物狂いで、耐える必要がある」
そう、セイバーは締めた。
かつてを回想するように。
「……じゃあ、例外、っていうのは?」
少女はすぐに疑問を向けた。
――セイバーは持久戦を選ぶ、狙いは優勝だ。
だが、それには例外があると、セイバーは言った。
「昨日のアレだよ。魂喰いというが、アレは行けないな。人が死ぬのは、ダメだ。戦争は兵と兵のぶつかり合い。無辜の民を傷つけるためのものではない」
「……うん、それは私も全面的に同意する。なんでもさ、――人が死ぬのは行けないよ、それは行けない」
人が死ぬということを、少女はよく理解していた。
そこから来るのが、彼女の方針というモノだ。
つまり、早期の解決を目指し、多少の被害に目を瞑るか。
優勝を目指し、被害を全て願いでかき消すか。
――それはあまりに業が深い願いだろう。
一人の人間がするべき判断では決して無い。
もしもこの世に、人を守護する何かがあるのなら、その何かが決めるべきことだ。
それでも、セイバー達はそれを躊躇わず選ぶ。
「――それにしても、君はほとほと現実主義だな? 理性主義というか、とにかく理詰めに見える」
「そういうわけじゃないよ? 一応、人一倍お人好しなのです」
それはわかるが、とセイバーは苦笑する。
何の関係もないこの街の住人を再優先に考える、思いの外それは、度が過ぎている。
「ただ、人って“できることしかできない”から。……私は、そうしているだけ」
「できることしかできない……ね、ふん」
「何か……言いたげ?」
「言いたいことはあるが、これは君が気が付かなくては意味が無い、――もしも君が才気あふれる器なら、いつか対面する時がくるさ」
不可思議な事を言って、セイバーは少女に背を向ける。
――気がする。
セイバーの一挙手一投足は読み取れないながらも、彼女が決して不機嫌でないのは解った。
彼女は随分と偏屈な人種のようだ、召喚されてからこれまで、あまり起源が良さそうではなかったが、それが少し変化を見せた。
「……正直な所、女のマスターに召喚されるなど思ってもみなかった。それも縁召喚でだ」
「縁召喚……? いえ、名前で言っていることはわかるけど」
「――僕と君は似たもの同士、ということさ。……何故だ何故だと思っていたが、それがわかったよ」
セイバーは極端な女性嫌いなようだ。
そんなセイバーと、少女を結ぶ縁。
「僕の姉に、君は似ているのだな」
へぇ、と思う。
セイバーの姉、どんな人物だろうか。
似たもの同士の自分と似ているというのなら、セイバーのような……
「――そうではない。彼女は理知的な女性で、とにかく聞き上手だった。自慢の姉だ」
「そのお姉さんのことが、好きだったんだね?」
「まぁ、僕が気兼ねなく話せる女性は家族だけだったからな」
――妻とすら、ろくな会話をしなかったぞ。
とは、女性であるはずのセイバーの談。
姿から察するに、史実の彼女は男性だったのだろう。
(……ヨーロッパの王様で、賢王と呼ばれて、芸術家気質。戦争にも関わりがあって、奥さんともろくに会話しないほど女性嫌いの偏屈な人、かぁ。史実の人だよね……?)
加えて、その戦争は、恐ろしいほどの絶望的な状況をひっくり返したらしい。
――一人くらい、該当する英霊が、少女の脳裏をかすめた気がした。
「そういえば、セイバーの願いって、何?」
――少女の願い、方針ははっきりとした。
ならばセイバーは?
少しばかり言いにくそうに、言いよどんでいるのが気配で解った。
「……僕の、人生唯一の失点だ。僕の愚行のせいで……彼は僕を許してくれたが、それでももう一度――今度は、王として生きた僕の生涯を見せることで、その償いをしたい」
――それと、と付け加える。
「僕は少しばかり欲張りなのでね。もう一つ、――今の世は僕の知らないものに溢れかえっている。僕が生きた頃から数百程度だというのに、時代は変わるものだ。――その時代を、自分の足で見て回りたい、というのもあるね」
つまり、受肉だ。
無論、少女はまだその辺りを詳しくしらないので、そんなものか、と頷く程度。
「……それじゃあえっと、これから、長い戦いになると思う。いろいろあると思うけど、よろしくね?」
「――そうだな。正直、女性のマスターなどまっぴらゴメンだったのだが、君は悪い人ではないようだ。……聖杯戦争の間、君を守ることをちかおう。よろしく頼む」
かつて災害見舞われたこの地にて、開催されるは聖杯戦争。
ソレに挑む主従が一組。
迷い込んだ表の者と、それを支える賢人なる王。
二人の少女の戦いの行方は――?
セイバー:割りと自分で作って自分で昇華するのでなければあまり許されざる系サーヴァント、意味のないTSも添えて。
ヒントはライダーと同じくらいですが、知名度はほどほどなので、難易度は少し高め?
本当は一緒にキャスター組も入るはずでしたが、尺が足りませんでした。
キャスターとセイバー、それから主人公鯖であるランサーは私としては特に好きな英雄です。