「――――問おう、お前が儂のマスターか?」
そこに、“人”の姿はなかった。
夜更けというのもある。
ここ数日は災害のような殺人事件が多発しており、人の姿はほとんどと言っていいほど見られない。
「はい! その通りです! あたしが貴方のマスターです!」
結果、ここ――数年前の災害の慰霊碑には、召喚されたばかりの英霊――サーヴァントと、そして。
「……まて、お前――――」
無数の“影”――霊魂を引き連れた。
「――――人間ではないな?」
幽霊が、そこにあるのみ。
それは幽霊の集合体であった。
つまるところ、かつて死亡した者達の精神が“融合”した姿。
言ってしまえば一つの土地に万という霊が縛られたのだ。
とはいえ、そこにいるのは一人の少女。
十かそこらの少女であった。
おとなしいブラウスとワンピースの出で立ち。
ストレートの長髪は、理髪そうな面持ちを更に強調している。
幼いながら、大和撫子と呼ぶにはふさわしい少女であった。
――その顔に、満面の笑みを浮かべていなければ。
「はい! あたしは幽霊さんです! あ、あたし以外にも一杯いますよ、でも、こうして誰かとコンタクトを取れるのがあたしだけっていうか……」
呼ばれた男――四十代の陰気な男だ。
禿げ上がった頭も、陰険そうな顔立ちも、実に男の性格をよく表している。
不快そうにまゆをしかめながら、頭を抱え、男は少女を制する。
「えぇいまて。そうキンキンと高い声で喚くんじゃない。――解った、お前が面倒な存在だということは解った。ならば即座に推奨する――その手にある“令呪”というのがわかるか?」
「……? はい! えっと、神父さまに、使い方を教えていただきましたです!」
――神父さま?
監督役であろうか、男は聖杯から与えられた知識を元に、そう思考を巡らせる。
「――それを使い、儂を今すぐ自害させろ」
「……え? 自害?」
「俺が自殺するように命じろ、ということだ」
わけがわからない、という顔をしながらも、少女は必死に考えを巡らせ――やがて答えに行き着いたようだ。
悲しそうな顔をして、男にすがりつき、見上げる。
「……なんでです?」
「――俺は子どものお守りなぞゴメンだ。そんなことをするくらいなら聖杯を諦めることを選ぶ。別に生涯に悔いがあるわけではないからな。叶うなら受肉でもなんでもして、この世界の医療というものを確かめてみたかったが――」
「――ダメです! 絶対絶対、そんなのダメです!」
少女は、男の語りを遮り、その身体をひたすらに揺さぶる。
涙ぐんで見上げてくるさまは実に不愉快、偏屈な顔を更に苦々しく歪めて、男は少女を睨みつけた。
「あたしは叶えたい願いが在るです! ここにいるみんなそうです! だからだから、聖杯さんにそれをお願いしたいです! …………ダメ、ですか?」
――男は子供が嫌いだ。
うるさい、いうことを聞かない、苦い薬にはすぐぶうたれる。
そして何より――――本当に簡単に、死んでしまう。
既にこの娘は死んでいる。
ただ、後方にある無数の気配は、彼女と同じ気配がする。
簡単にいえば、“同じ理由”で死んでいるのだ。
中世ならばともかく、現代でそのような大量の死が集まる場所は、戦争か、災害かのどちらかだ。
別にどちらでも構わないが、ともかく、病気で死んでいない、ということだけは確かだ。
それを踏まえて、男は思案する。
――男は子供が嫌いだ。
あまりにか弱く、そして故に――――
「……クソ、これも天命か! 貴様が俺を選んだのではないということだ! であれば仕方がない、頼まれたのならば救うのも俺の仕事だ」
掃き捨てて、宣言する。
――途端に子供の顔が大きくほころんだ。
救われたような、顔をした。
よく知っている、男はとにかく医学に全てを賭した人間だ。
――故に、こうして誰かが救われた瞬間を、よく知っている。
「行くぞ小娘。オマエは他のマスターにはない特大のアドバンテージがある。それを活かさなければこの戦い、勝ちのこれるものではないぞ」
――――男はキャスターだ。
魔術師であるとされることは実に不愉快。
後世において残された自身の名が、必ず“医者”という肩書よりも先に“錬金術士”として現れることもまた、不愉快。
ともすれば、別の世界の自分であれば、魔術に生きる己もいるのかもしれないが。
栓のないことだ。
今はこの戦争を生き残ることを考えるべき――
後ろをとことことひよこか何かのようについてくる少女を眺めて、嘆息とともにキャスターは思考を巡らせるのであった。
◆
「――そもそも、魔術というものは決して万能というわけではない」
サーヴァントに幽霊、どちらもその本質は霊体だ。
故に、彼らは自身の拠点を選り好みする必要がない。
キャスター自身、生前から多くの場所を旅して周り、野宿であったとしても文句は無い。
「お前の身体と同様、普通の人間として有利な点もあれば不利な点もある。そこは経験上、理解しやすいだろう?」
「はい。ご飯とか食べられないですし、ゲームも一人じゃできないですし、不便です、この身体」
「……恐ろしいほど俗だな、お前」
――キャスターが何をしているかといえば、簡単な陣地作りだ。
コレ自体はさして時間はかからない。
キャスターには拠点を持つ、という経験が殆ど無く、陣地作成のスキルはDランク。
変わりに、野営のための設備を作ることには、我流なれども一家言がある。
今回はそれをフル活用しているというわけだ。
コンセプトは「他者に察知されず、けれども侵入者は逃さない」である。
逃さないというのは、察知という点においてだ。
別に、罠を張り巡らせるわけではない。
ともあれ、その間キャスターも、少女もどちらも暇なのだ。
ついでとばかりに、雑談に興じているというわけだ。
――少女の知識は偏っている。
本質は一般人なのだろう、魔術を知らない世界で育ってきたのだ。
その後幽霊となり、世界の裏側を知ったものの、その程度。
魔術についての知識は最低限、――故に、魔術師としての定石も彼女は知らないようだ。
それを教授しているのが現在、というところ。
「しかし、本当に構わんのか? お前の魔力は“お前たちの魂”から直接補っている。使えば、お前は消滅に近づくぞ」
――幽霊である少女に魔力はない。
魔力を生成する器官もない。
故に使用できる方法は言ってしまえば“セルフ魂喰い”とも呼ぶべきものだ。
幽霊である彼女には、万に及ぶ霊が融合している。
その魂を魔力に変えて運用する。
――利点は単純、あまりにも膨大な魂故に、キャスターの魔力は非常に潤沢だ。
しかし、その魂を利用するということは、少女の中の魂を滅ぼすことに繋がる。
「構いませんよ、あたしの中の魂さん達は、全員成仏を願っているんです。魂喰いなんて、実におあつらえ向きじゃないですか、喜んで力を貸してくれますよ」
「……納得だ。つまりお前は、燃料をぶちまける機会が欲しかったわけだ」
この聖杯戦争に、幽霊なんていう劇物が参加した理由がしれた。
既に死んでいる存在が、“まだ死ねない”と嘆くのだ。
随分と、滑稽といえば滑稽か――否、少しまてよ、と男は首をひねる。
「そういえばお前は、聖杯に願いがあると言ったな。……お前だけは違う願いを持っているわけだ」
――考える。
彼は医者であり、同時に学者だ。
その思考力は、常人の比ではないことは当然と言える。
「……なるほどわかったぞ、貴様“だけ”は別の願いを持っている。それも消滅ではない――おそらくは、“蘇生”か」
「別に蘇生にこだわらなくてもいいのですけど、そうです。私はこうして意識があります。だから“もっと生きたい”そう思えるです」
――彼女は、幽霊としては特別なのだ。
意思がある、それもはっきりと。
故に曰く、彼女は自身とともに死んだ霊達にこう頼んだらしい。
“死に場所を与える、かわりに力を貸して欲しい”と。
「……………そうか」
キャスターは、そう頷いて、それから黙った。
作業が大詰めということもある。
けれどもそれ以上に――こうも思うのだ。
この少女は、死んでもなお“生きたい”と願った。
それは誰もが当たり前に持つ感情だ。
かつて男はこう言われた。
“お前ならば、俺を不老不死にできるのではないか”?
――不可能だ、決まっている。
けれどもどうしてかキャスターはそう“信じられていた”のだ。
錬金術士などという、けったいすぎる称号を得てしまったために。
――――キャスターの人生は、栄光と挫折に満ちたものである。
けれども、そこに彼の望んだものがあるかといえば、何一つ無かった。
彼を偉大なる賢者だと褒め称えるものもいた。
彼の不遜な物言いを怒り、彼を憎むものもいた。
だが、そこにキャスターの求めるものはない。
やがて全てを失った男は放浪の旅にでる。
そして各地でキャスターがしたことといえば、金にもならない救済だ。
見返りを求めず人を救う。
――その事実をしったかつての知己は皆一様に驚いていた。
お前のような偏屈が……と。
違うのだ、キャスターはそんな救済に満足していた。
人を救うことを喜びと感じていた。
それが欲しかったのだ。
――ちっぽけな自己満足、目の前の誰かを救えたというその程度の喜びが、キャスターの全てだったのだ。
故に、キャスターは魔術師であることよりも、錬金術士であることよりも、単なる一人の、医者であることを望んだのだ。
キャスターは知っている。
もっと生きたいと願った者達を知っている。
それは二つの例に分けられる。
金だけは持っている面の皮の厚い豚か、明日食うにすら困る骨のような貧者か。
――少女は、後者なのだと男は思った。
彼女は純粋に、明日を夢見ていたはずなのに。
それを奪われた、だから生きたいと願う。
(…………であるならば)
キャスターは、一人決意する。
(――――戦う理由が、できたというわけだ)
この少女に、勝利を。
そして、新たなる光に満ちた祝福を。
――与えなくてはならない、と。
そうして、キャスターはおおよその準備を終える。
次は――守りのための準備ではない。
攻めのための、一手を打たなくては。
「……魔力をもらうぞ」
「――構いません、どうかご自由に、と」
キャスターはゆっくりと準備を始める。
「魔術師に必要なのは何だ。解るか?」
ぽつりと、キャスターはそんなことを問う。
なんだかんだ言って、無駄話の類は好きだ――一人でいることが多かったからかもしれない。
「……こう、どばーっとやってぐちゃーってする魔術、じゃないですか?」
「強力無比な魔術か、唯一無二の礼装か――どちらも否だ。正解は――」
明らかに抽象的すぎる言葉を、キャスターは単語に置き換え、しかし否定する。
むぅ、と膨れる少女を無視して、男は続ける。
「――俺よりも強力な魔術の担い手、だよ」
つまり、と少女は首を傾げる。
キャスターのそれはある種の冗句なのだが、どうやら通じなかったようだ。
「使い魔だよ。俺が大したことのない魔術師なら、大した使い魔を使役してしまえばいい。幸い俺はキャスターのクラスで呼ばれる程度の魔術師だ。より大した使い魔を用意することができるだろう」
「――つまり、最強が更に最強になって超無敵、ってことですね」
「そういうことだ」
――そういうこと、ではないだろう。
とはいえ、ツッコミ不在のキャスター主従は、更に話を進める。
それもこれも、キャスターが魔術を御座なりに考えていることに原因があるわけだが、ともかく。
「俺が呼び出す使い魔は四つ。どれもそれぞれ特色ある連中だ。特に火竜もどきは、俺たち魔術師が、他の陣営に対向する手段になりうる」
「ほうほう」
「コレが俺の宝具らしい宝具と言えるだろうな。わざわざこんなもの宝具にせんでもいいだろうに――が、まぁそれはこいつやアレに比べりゃまだマシな方か」
――ちらりと、腰に帯刀した、“戦闘には用いれると思えない剣”に目を落とし、それからもう一つの“アレ”についても思考する。
すぐに、そんなどうでもいいことを、とキャスターは意識を切り替える。
「ともかく、魔術師は腰を据えて、じっくりと戦っていくのが定石だ」
故に――
「――――さぁ、これからゆっくりと、聖杯を獲りに行くぞ」
「合点、です!」
――魔術師と幽霊、おかしなコンビの聖杯戦争が、幕を開ける。
お久しぶりです? 半年ぶり、なぜだか色々触発されまして。
というわけでキャスター回。
重要度で言えば実はセイバーよりも上という。
ところでこのキャスター、色々正体はアレなんですが、サーヴァントとして作ってから気がついたので許してください何でもはしません。