「
そこまで感慨もないので、リオは一人甲板の奥の方で新聞を眺めていた。
どうやらシャボンディが魔境のようになっているらしい。
「リオはこの向こうの新世界にいたのよね」
「うん。聖地マリージョア経由でいけるんだけど、まァオススメはしないかな」
頷いたナミは、
「そうね。私たちはまず魚人島を目指してるんだし。どお? ロビン、ブルック、ルフィ!」
電伝虫に向かって問いかける。彼らはシャークサブマージ3号という潜水艇に乗って海の中を探索していた。魚人島への手がかりを探しているのだ。
『だめね……真っ暗で』
『真っ暗だー! うひゃー! おいおいアレ今なんか光ったぞ!』
『うわーっ、怪物の目玉では!? 死ぬーっ! って私もう死んでました! ヨホホホホ!』
ダメそうだな、とテーブルに腰かける。
リオは魚人島を知らないが、行き方くらいは知っている。闇雲に海底を目指しても辿り着けないので、まずはシャボンディ諸島へ寄らなければならない。
問題は、あそこは正確には島じゃないから、ログが取れないこと。知人のビブルカードでもあれば楽だが、ビブルカードのことも知らなかった一味が持ってるはずもない。
「んナミさ〜〜ん、リオさ〜〜ん♡ スリラーバークに生ってたホラー梨のタルトがおいしくできたよ♡」
「わァ」
おいしい。味覚までイカレなくて良かったと切に思える。パクつきながら潜行から帰ってきたルフィたちを迎えるが、やはり成果はないようだ。
「
首を振ったナミが、突如グルンとリオの方を向く。
「んえ、あげないよ?」
「おかわりもあるよ♡」
「そうじゃなくて! リオは何か知らない? 魚人島への行き方!」
「ああ。手がかりは知ってるけど、そこまでの行き方は知らないから、結局は何とかして探さなきゃだよ」
「やっぱりちゃんとしたルートがあるのね!?」
「ルートっていうか……うーん」
最後の一口を飲み込んで、海の方を見る。もう少し確実なルートの方から飛び込んでくるようだ。
その後色々あって、リオが確実なルートと称した魚人島の縁者、つまり人魚との接触に成功した。その人魚との交渉でサンジによく似た男から知り合いだという魚人を助け出すことになったが、その魚人が何やらナミと因縁があったりするらしい。
そういえば魚人と何かあったとか言っていたような。なんにせよ、リオが船に乗る前の話だ。
ついでに、そのサンジ似の男もサンジと因縁があるらしい。生き別れの兄弟だったりするのかな。
相変わらずリオはあんまり話を聞いていなかった。
観客気分で見守っていれば、サンジ似の男はルフィとの一騎打ちに巨大な牛での突撃を試みた。
「あ」
ビリビリと空気が震える。微弱だが、覇王色の覇気だ。
気迫だけで牛を気絶させたルフィに、リオは身を乗り出した。
「何かを発した訳でもなく……。今ルフィがあの牛を威圧した様に見えたわね」
「何だそれ、迫力勝ちみてェなもんか? あのデケェのが気絶したんだぞ?」
「あんのかそんな事」
なるほど、そちら側か。
それでこそ、と言うべきか、当然ながら、と言うべきか。
海賊王になる、というのもあながち妄言じゃないのかもしれない。
「リオ、何か知ってる風ね」
「んー。まァ、一種才能かなァ。私の占いとかと同じ類だよ」
とはいえ、あのレベルだと実戦では使えないだろうが。
聳え立つマングローブの密林に、ぷかぷかと浮かぶシャボン玉。
「おお、懐かしい。シャボンディだ」
ボンヤリと言ったリオに、ゾロの視線が突き刺さった。これは疑いか、呆れかな?
「懐かしい、だァ?」
「ん、どっちだ? 感情について? それとも事実確認?」
肩を竦めたゾロに勝手に汲み取って、「数年見ていなかったものを見ると懐かしいというでしょ」、と首を振った。話しかけたこと自体にか、サンジがゾロに歯を剥いている。
「私、『楽園』は詳しくないけど、シャボンディくらいなら来たことあるもの」
「リオさんも魚人島は初めてなのか!」
「? まァそうだけど。ああ、そういうことか。『楽園』って魚人島を指したわけじゃなくてね」
ここ、ここ、と海を指差す。
「新世界じゃあ、
まァ実際、と頷く。
「楽園は波も穏やかだし」
ナミとウソップが顔を見合わせた。
「蔓延る海賊も強くないし」
ロビンとブルックが顔を見合わせた。
「住みやすい環境だからね」
チョッパーとフランキーが顔を見合わせた。
「何?」
「あんた、やっぱりちょっと感性ズレてるわよ……」
「そう?」
ともあれシャボンディ諸島である。フワフワと浮かぶシャボン玉の作り出す光景はなかなか見応えがあると評判だ。
「じゃここに船を着けよう。ここは41番GR。この番号を忘れるなよ! 島と島は必ず橋で繋がってるから番号を覚えておけば迷子にはならねェ」
タコの魚人のハチはそう釘を刺してから、コーティングについての説明を始めた。魚人島に人間が向かうためには、船をコーティング職人にコーティングしてもらうしかない。腕の良い職人を見つけられるかは命に関わってくるんだと。
「おれが一人信頼できる職人を知ってるから……そこへ連れてく」
「何だかんだとタコさんいい人だ……あ、いいタコだ……」
「そのかわり一つだけ約束を守って欲しいんだ」
念押しに、リオは察して腕を組んだ。
「町でどんな事が起きようとも『世界貴族』にゃたてつかねェと約束しろ! たとえ目の前で人が殺されたとしても、見て見ぬフリをするんだ!」
「うんうん」
頷いて、不思議そうな一味のみんなを見渡す。
「ゴミカスの肥溜めの
「リ、リオさん……?」
「お前がそこまで言うなんて相当だな」
まァトラブルは起きるだろうけど。
「あいつら、下々民と同じ空気を吸いたくないとかでマスクしてるけど、私もあいつらの顔見たくないから顔会わせないタイミングで上陸するね」
他にやる事もあるし、と船番を主張しておく。
「ニュー、お前さんは天竜人について知ってるんだな?」
「リオは元海兵なのよ。だからかしら?」
「え、海兵なのリオちん!?」
ケイミーがハチの背中から身を乗り出した。彼女がハチの身柄と引き換えにシャボンディ諸島までの道案内をしてくれた人魚だ。今は下半身にスカートを纏い、人間に扮している。それはタコの魚人らしく8本の腕をもち、その全てをパーカーに突っ込んでいるハチも同じだが。
「ま、この島は見かけ通りの綺麗な島じゃないってことさ。あ、ゾロは…………」
「ん?」
「いいや。大人しくね。ま、迷子になってもこの島くらいの大きさなら私が見つけられるから、好きに歩いたらいいよ。クソどもにだけは気をつけて」
「クソども?」
ゴミカスの肥溜めの
「じゃあみんな、
船の手すりに寄りかかって片手を振る。
「楽しんで」
「それじゃ、私も行ってこようかな〜」
「ああ、気をつけて」
「ふっふ〜」
「なんかやたらテンション高くねェか?」
「そうかな? じゃ、また後でね〜」
ウソップ、フランキー、サンジの居残り組に声をかけて、リオは遅れてシャボンディ諸島に降り立った。
さて、まずは知り合いを探すのだが、何処へ行ったら会えるだろうか。荒くれものの集う1から20番台が本命だが、とヤルキマンマングローブに書かれた番号を見上げた。
ここが41。ともかく30番台を目指そう、とリオは目立つ白いマントを脱ぎ捨て片手に持った。
黄色く染めた髪も目立つといえば目立つのだが、言ってられない。途中、帽子が買えたら買って行こう。
30番台の目玉といえばやはりシャボンディパークだろう。これほど大規模な娯楽施設は他に類を見ない。海軍の駐屯地からは離れているが、観光目当ての天竜人との遭遇も有り得る地域だ。リオは確か一度、養父と観覧車に乗ったことがある。
「ははっ」
視えた光景に、乾いた笑いを零す。
奴隷だ、珍しい。
リオの目の前を、足を持たれて何処かへ引き摺られていく女の奴隷が通過していく。シャボンディじゃ度々見られる光景だが、周囲の人間が構わず通行しているので、ここでは無いどこかで起こる未来の光景ということ。
奴隷の女が何を感じているのかはよく分からないが、ろくなものじゃ無いんだろう。ポップコーンをつまみながらそれが通り過ぎるまで足を止め、「まだ成り立てかな」なんて呟いた。
奴隷に人権は無い。なぜなら、彼らは人間ではないからだ。
人間ではないから、奴隷に対してはあらゆることが許される。過重労働を課してもいいし、暴力の捌け口にしてもいいし、性欲をぶつけてもいいし、ペットとして扱ってもいいし、好きな時に殺していい。
人間ではないから、彼らはものを考えることも許されず、心は擦り減っていき、いつしか限界を迎える。疲れ果て、恨みや怒り、恐怖といった感情を持続出来なくなった時、彼らの心はリオですら見通せない暗闇になる。
だから、珍しい。まだリオの占いに映るほど心が残っている奴隷がいるなんて。
この海において、天竜人以外は全て彼らの奴隷候補だ。彼らの理屈で行けば、天竜人は神であり、下々の民は彼らに奉仕すべき存在だからだ。
幸いこの馬鹿共が聖地を離れて旅することは滅多にないから、シャボンディ以外で大々的な奴隷狩りが行われることは稀だ。皆無とは言わないけれど。
逆にいえば、自分を買い戻せる財力のある者か、人攫いに対抗できる武力を持つ者以外はシャボンディに近寄るべきじゃない。
バチンとまた視界が切り替わったのを確認して、リオはまた歩き出した。一々足を止めてもいられないから、傍を通り過ぎていく光景は流し見するだけにしておく。
20番台に入ると、一気に治安が悪くなった。海賊、賞金稼ぎ、人攫い。シャボンディ諸島の代名詞のような地域だ。
ざっと気配を探って、リオの足は21番GRへ向いた。
「やァ。思ったよりは元気そうだね」
知り合いの後ろから声をかける。相変わらずファンシーな帽子だ。
「いや、そうでもないか。治したら? その隈。医者の不摂生ってやつかな」
弾かれたように振り返った男は、リオの顔を見て思いっきり顔を顰めた。
「リオ……」
「何その顔。来てるの知ってたでしょ」
「麦わらの一味、だったか? 悪趣味なことしやがって」
「そこまで疑問かな。彼の名前は手配書を見て知ってるはずだよ」
「親近感でも覚えたか? そもそも、そういう話じゃねェ」
肩を竦めて見せて、リオは改めて男とその後ろに控える船員達を見渡した。20人くらいか。
北の海から
正確には、トラファルガー・
リオは彼のフルネームを知る数少ない人間の一人であり、ついでに彼の方もリオのフルネームを知るほぼ唯一の人間だった。ローを除けば身内である養父くらい。
ローは後ろの船員達に「少し出てくる」と告げて立ち上がる。
心得たもので、リオとも顔見知りの古株、ベポなんかはリオに手を振ってくれていた。