「で?」
少し込み入った路地裏。ローはリオを見据えながら得物を抱え込んでいる。
「急かすなァ。少しは再会の喜びとかないの?」
「あ?」
「コワァ。まあいいよ、その辺私分かんなくなっちゃったし」
話が長くなりそうだと思ったのか、ローは建物に背を預けた。リオも倣って腕を組む。
「……何かの疾患か?」
「ある意味そうかもね。ただ、医術の範疇じゃないと思う」
「その気味悪い薄ら笑いも関係あるのか」
「ウーン。まァそうかも。ちょっと待ってね、これで慣れちゃったから……」
どんな顔してたっけなァ、と思いながら、眼前の男、ローとの出会いを想起した。
そう、あれは確か10年ほど前。海軍に身を寄せてから10年が経ち、そろそろ正式に入隊するか、という話が持ち上がっていた頃だった。
あの頃のリオには、『悲しい』とか、『寂しい』という気持ちがあって、ただただ他人の感情に振り回されていたと記憶している。
雪の降り続く、寒い島だった。
「お前がロシナンテの助けたガキか?」
家に帰る道中、腕を組んで仁王立ちしている同年代の少女に、その少年は大層面食らったようだった。呆気に取られて、少ししてから恥ずかしくなったのか下を向き、「ガキはお前だろ」と唸る。
「失礼な、私は14だ!」
「同い年かよ!」
「なんだ、じゃあお前も私もガキじゃない。それでいいな!」
「なんなんだよお前は」
なんだとはなんだ。と頬を膨らませ、「だーかーら!」と声を張る。
「ロシナンテがオペオペを食わせたのって、お前だろ!? ピーピー泣きやがって五月蝿かった!」
「ッ!」
オペオペの名を口にした直後、弾かれたようにポケットからナイフを取り出した。刃先をリオに向けて、「何処でそれを知った! 見ていたのか!?」と叫ぶ。
幸い吹雪に紛れて辺りに声は届いていないだろうが、誰かに聞かれてたらどうするつもりだったんだろう。年のわりに小さい背で、いつでも殺せるように油断なくリオを睨む姿はアンバランスだ。
「見たんじゃなくて、知ってたんだよ。あれだけピーピー泣かれたら私にも分かるもん! ロシナンテも……。まァいい」
途中で勢いを萎めたリオに、「ファミリーの人間か?」と問う。「違う!」と答えれば、「じゃあ海軍か」と聞くので、「来月から、そうだ。今は一般人」と馬鹿正直に答えた。
「は? じゃあ何しに来たんだ」
「正式入隊は来月だが、私も海軍に拾われた身だ。ロシナンテのことはよく知ってる」
「コラさんを……?」
くしゃりと歪んだ心がダイレクトにリオの見聞色に伝わってきて、同じくらい顔を歪めた。ロシナンテ。海軍本部ロシナンテ中佐。兄の海賊団に潜入調査をし、途中で任務を投げ捨てた大馬鹿者。センゴクさんの養い子。
「私は、未来が視える。だから最後にロシナンテと連絡を取った時、『死ぬぞ』と伝えた。でも死んだ!」
言うことを聞かなかったからだ、と続けようとしたリオに、ローはナイフを投げ捨てて飛びかかった。
「うお」
「コラさんは無駄なことはしてねェ! あの人は、あの人は俺を助けるために……!」
「知ってるよ!!」
咄嗟に右拳でブン殴った。流石に覇気は篭めてないが。それでも足りなくて、もう一発、と振り上げた拳が掴まれる。
「じゃあコラさんを悪く言うな!」
「五月蝿い! だいたいムカつくんだよ、コラさんコラさん! 助けてもらったのが自分だけだと思うな!」
「知らねェよ!」
ガツンと殴られた。覇気で防御したら拳を抱えて唸ってる。ざまァみろ。
「痛ッテェ! 鉄の塊か、お前は!?」
「ハッ、覇気は教えてもらわなかったんだな!」
「あ?」
カチンと来たらしいローは、左手にグッと力を入れて小さな力場を出現させた。
「あ、能力使おうとしてるな! ズル! ズールー!」
「うるせェ、コラさんに貰った力だ!」
その後、バカスカと殴り合ったローとリオは、リオが三等分になり、ローのタンコブが三段アイスのようになったあたりで落ち着いた。これは別にリオが負けたとか、互角だったとかでもなくて、ローの能力を試してやっただけだ。断じて。
「うわァ気持ち悪。足がバタバタ動いてらァ」
「お前が動かしてるんだろ! うわ、着けてやるから暴れんなよ」
「いい、自分でできる」
上半身でバタバタしながら体をくっつけていくリオを心底気持ち悪いものを見るような目で見下ろしてから、ローは道端に座り込んだ。
「寒…………」
「この島はずっとそうだよ」
同じように隣に座ってから、リオは改めて体を摩った。厚着はしてきたが、流石に吹雪くような気温では凍えそうだ。寒さが苦手なことを、リオはこの島に来て初めて知った。
ローは少し悩むように後ろを振り返ってから、「ウチ、来るか?」と渋々誘う。
「いい」
「じゃあ震えんなよ、鬱陶しいな」
「じゃあお前がウチくるか?」
「は? この辺住んでんの?」
「船できたから、そっち」
「誰のだよ。客船なんか来てたっけ」
「軍艦」
言った瞬間ローはゲ、と嫌な顔をした。
「海軍の?」
「そう。乗ってきた」
「絶対行かねー」
「だろうな」
頷いて、「リオ」とだけ名乗る。今この段階では、それがリオの全てだ。
「なに?」
「私の名前。お前はローだろ」
「なんで知ってんだよ……」
「ロシナンテが言ってた。名前しか聞いてねェけど」
言いながら、グッと唇を噛む。
「半年ぐらいは一緒にいたんだろ、ロシナンテと」
「ああ。……立派な人だった」
「……知ってる。ドジすぎてふざけてんのかと思うくらいだし」
「ああ」
「デリカシーもねェし」
「ああ」
「図体ばっかデカくて頭の足りねェバカだったけど」
「ふっ、ああ」
「でも、いいヤツだった」
リオとロシナンテは、いわゆる年の離れた友人だった。養父やクザンなどの、親子ほども年の離れた海兵しか知り合いのいなかったリオにとっては、それでも年が近い方で友人と呼べる関係だったのだ。
「ハハッ、泣いてやんの」
「うるせェ、泣いてねェよ!」
ニンマリ笑って、リオは両手を擦り合わせた。ふぅ、と息を吹きかける。
煙草を吸う男のように、口から白い煙が立ち昇る。リオのコートが燃え上がることはなかったけれど。
「それで、お前はおれに文句を言いにきたのか?」
「いや。宣言、だな。言ったろ、私は未来が視えるんだ」
どちらかと言うと、未来の出来事をその人の『感情』として視るんだが、と続ければ、怪訝そうな顔をしていたローも、何となくは理解したようで頷いた。
「おれが泣いてたってのは……」
「その感情を感じた、って事だな。割と不便なんだぜ、このチカラ」
軽く言ったリオに、ローの表情は暗い。まァ、リオもこうやって自分を笑い飛ばせるようになるには少し時間がかかった。かと言って目を瞑ってしまう度胸もなかったのだ。見れるはずのものを見ないようにする選択には勇気がいる。
「…………科学的に見ても、おれの体験から言っても、人間一人が受け止めきれる感情には限度があるぞ」
「知ってる。一応、視ないようにする方法はあるんだ」
ほら、とリオは自分の目を指差した。ローの黒い瞳に、リオのブラウンの瞳が映って揺れる。
「目と、あと耳もかな。塞げば視えなくなるのは分かってる。だから潰しゃあいいんだ。ま、死んだ方がもっと早いけど」
「おい、冗談でも言うなよ」
「やらねェよ、やるならとっくにやってるっての」
一度でも先を視てしまった人間にしか分からないだろう恐怖。視ないことは、怖いのだ。
「それに、ロシナンテは私に『そのチカラを活かしてみろ』と言った」
「コラさんが?」
「そう」
──リオ!
今でも思い出す。綺麗な金髪と、ウサギみたいな赤い瞳。大きな手がリオの頭をわしゃわしゃと撫でて、はしゃいだように息を弾ませるのだ。
『スゲェじゃねェか、リオ! 未来が視えるんなら、お前はこの世界の誰よりも人を助ける海兵になれるぞ! 悲しいことが見えたって、おれ達が全部助けるから大丈夫だ! な! お前はスゲェよ!』
「だから、宣言だ」
懐から貸与品の軍帽を引き出して頭に載せる。立ち上がり、白っぽいコートをはためかせ、リオはくるんとその場で一回転してみせた。
「私は来月から正式に海兵だ! 階級の話だって出てるんだ! 軍艦も任せてもらえるかもしれない。そうなったら私はこのチカラで、何処までだって駆けつけて、ロシナンテの言った通り『すべてを救う』海兵になるぞ!!」
ポカンとしたローは、ニヤニヤと笑っているリオに次第に顔を顰めて、「それを何でおれに言うんだよ」とそっぽを向いた。
「お前が腑抜けてないか見にきたのが一つ。ロシナンテ中佐を知る人間で、自由に動けるのはまだ海兵じゃない私くらいだしな。あとは、単なる興味だ」
ロシナンテが命懸けで守った少年と、話をしてみたかった。
「本当はあいつに見てもらいたかったんだけど、まァお前でいいや。軍服もらったら、また見せに来るな!」
「は? 来んなよ海軍!」
「あ、でも軍艦ないと北の海まではなァ。今日も無理言って来てるし」
「聞いてねェな!?」
ニシシと笑って、リオは空を見上げた。
雪国の空は重苦しく沈んでいるが。
リオの未来は、これから始まるのだ。
「またな、ロー!」
「あ、おいお前! せめて軍服脱いでこいよ!? ヘンな噂たったらどうすんだよ!」
「わはは、知らねェ!」
それと、とふんぞり返って胸を張る。
「私、海兵やる時は『メルリオール』って名乗るから、よろしく!」
宣言通り、リオはそれから何度も彼の元を訪れた。ローと一緒に暮らしていたベポやシャチ、ペンギンと顔を合わせた事もある。最後に会ったのはいつだったか。
いずれにしても、その時のリオはまだ『狂犬』だった。
「まァ、ローの言った通り、一人の人間に受け止められる感情には限度があった、って事だね。だんだん鈍くなってんなァとは思ったけど、殆どピクリともしなくなったのは2年くらい前か」
「チッ、どう考えても医術の範疇だろうが」
「心の医療は専門外でしょ」
「医者にはかかったのか?」
「いや? 必要性を感じないな」
「言うこと聞きやしねェな、お前は」
呆れたように言って、ローは首を振った。それから、「やめたのか」とだけ端的に言う。
「……ローが
「そっちじゃねェし、頼んでもねェよ」
「私より弱いくせに」
「あ?」
凄まれても怖くない。昔のリオもそうだったが、今のリオに恐怖心は無いから。
「……やめたというか。こっちの方が論理的だと思っただけだよ。当時の私には何か考えがあったと思うけど、それももう分かんないし。だから今私忠犬やってるんだァ。ワンワン!」
「あ?? …………似合ってねェから止めろ。目と耳を潰すつもりがあるなら、処置はしてやる」
「いい。その必要性も、今の私には分からないから」
舌打ちだけが返って、ローは壁から背中を離した。
「で、近況報告しに来たわけでもねェだろ? おれに何か依頼か?」
「そのつもりだったけど、どうするかはこの後次第かな。まずは目的地が同じだろうから、誘いに来た」
切り替えるように頷いて、いくつかの未来を確認する。
「目的地? まさかお前、人間屋か?」
「そう。ドフラミンゴのクソみたいな店、見にいくんでしょ?」
この男も大概、呪縛から逃れられないんだなァ、といつのまにかグングン伸びてリオを追い越していった頭を見上げながら思った。
せっせと手配書をファイリングしているくらいの仲
関係ないけどこの世界、賞金額変動時に古い手配書回収するバイトとかありそう