人間屋とは、その名の通り人間を売り買いする店だ。人間屋に出品された人間は種族を問わず奴隷の首輪をつけられ、脱走したり無理矢理外そうとすると首輪が爆発する。
ある程度の練度の覇気使いなら外せるが、そんな奴はそもそも捕まらないだろうし。
つまらなそうに腰かけているローの隣に同じく無表情で腰かけ、リオは欠伸を噛み殺していた。
「リオちゃんは最近何してたの?」
「あ、おいベポ! 一応相手は海軍だぞ!」
「あ!」
「でも手配書出てなかったか?」
やっぱり気付くか。
「君らもなかなかの評判だったね。新聞でよく見かけたよ」
「えへへ、そう?」
露骨に話を逸らしたリオに、シャチとペンギンまで照れ照れとしてローに呆れられてる。
リオが毎朝新聞を待って動向を追いかけていたのが、このハートの海賊団というわけだ。
「お前ら……」
「そうだ、リオちゃんも海賊になったならうちに入らないの?」
「そうだな、いいよなキャプテン!」
「馬鹿を言うな」
鋭い視線が突き刺さる。リオの事に詳しい分、状況のおかしさに気付いているのだろう。
ただ、問い質される前にドヤドヤと騒がしい気配が入り口から雪崩れこんできた。
麦わらの一味たちだ。面子はナミ、サンジ、チョッパー、フランキー。ハチとヒトデの姿も見える。ルフィたちはもうすぐだろう。
「リオお前、何を企んでる?」
「さてね」
道中買ったクマの耳付きの帽子を深く被る。マントも外した今、後ろからならリオだとは分からないだろう。
オークションが進んでいく中、リオは外が俄かに騒がしくなったのを感じ取った。視ていた未来も消えていく。
「すぐに知れることだけど、ローには今教えてあげよう」
静かな声に、複雑な色を乗せた視線だけが返った。大概、彼もリオも振り払えない呪縛に囚われている。そしてきっと、そのどれもがもう取り返しがつかない。得てして、
「ここはマリンフォードにほど近い島。なのに、やけに海兵が少ないと思わなかった?」
「何か起きるのか。頼みってのはそれだな?」
「うん。大きな戦争が起きる。そこでローが何をするのかは……。まァ見てのお楽しみだ、君は違えないと思うよ」
さて、次は人魚の出品だ。大きな拍手の準備をして、怪訝そうなローやその仲間たちにウインクを寄越してみせた。
ハチが撃たれた。天竜人にだ。だが、天竜人でなくともその可能性は充分にあっただろう。
人魚や魚人は、シャボンディ諸島で人間として扱われない。どれだけふざけた掟だろうと、それはこの島に敷かれたルールなのだ。
ケイミーを取り返そうとしたルフィに縋り付いたハチが、魚人とバレてしまった。それだけで、殺される理由になり得る。
「胸糞悪ィ」
ボソッとローが呟いた。その視線は、水槽の中に閉じ込められたケイミーに向いている。あの水槽は遮音性が高く、こちらの声は届かないし、向こうの声も聞こえない。
それでも状況は分かるから、撃たれたハチに向かって水槽を叩きながら何かを叫んでいる。
いつか視たような光景だ。閉じ込められて、声が届かなくて、けれど外の状況は分かってしまう。
せめて声が届けば良かったのだろうか? それも否だと知っているから、リオは席から動かなかった。
まァ、聞こえたら聞こえたで銃口の向く先が増えるだけだろうし。
「まァまァ。この後よ」
静かに怒りを溜めたルフィが、ハチを撃った天竜人に拳を構えて近寄った。怒髪天を衝く。何をしようとしているか、なんて一目瞭然。
今にも殴りかかりそうなほど怒りを溜めたルフィが、ギロリと天竜人を睨みつけている。
「おいおい、アイツッ」
まさか、と会場が色めき立った。
リオはそっと目を瞑る。その光景は、何度も視た。
構えた拳は、怒りのままに天竜人の頬に突き刺さったのだ。
「わはははは! よくやった、ルフィ!」
さて、リオの仕事はここからだ。
パチパチと大袈裟な拍手をして、席を飛び出した。ローはちゃんとルフィを認識した。天竜人は傷つけられた。これからこの島には、海軍大将がすっ飛んでくる。
「リオ!? 先に来てたのか!」
「うん。さ、忙しくなるよ!」
ようやくこちらを認識したチョッパーに頷き返し、我に返った衛兵が捕まえに来る前に、リオはその一人を蹴り飛ばした。
「海軍大将と軍艦を呼べ! 目にものを見せてやれ!」
あっという間にオークション会場は混乱に包まれる。
こちらもロビン、ウソップ、ブルックが駆けつけた。ウソップはなぜか天竜人をクッションにしてたけど、このくらいの罪状追加はもう屁でもないか。
「ルフィ! ケイミーはどうなった!?」
「あそこだ! 首についた爆弾外したらすぐ逃げるぞ。軍艦と大将が来るんだ」
「海軍ならもういるぞ、麦わら」
楽しそうな顔をして、ローが口を挟んだ。
「なんだお前…………なんだそのクマ」
「誰を捕まえたかったのかは知らねェが、海軍は既にこの会場を取り囲んでる」
「えェ!? 本当か!?」
「うん。だからちょっとショートカットしようか」
リオはスッと息を吸って、「
「居るんだろ、早く出てこい!」
ゾワリ、と舞台の奥で強大な覇気が吹き上がる。覇王色の覇気で、空気がビリビリと震えていた。久しぶりに感じる高密度のそれに、1年の隠居で鈍っていた感覚が開いていくのを実感する。
ケイミーを始末しようと舞台に乗り上げていた天竜人が、あまりの近さに泡を吹いて気絶した。うるさいのがいなくなって丁度いい。
「レイリー?」
バリバリと幕を裂いた巨人の手の横から、スタスタと老人が歩いて来る。
「ん? おお、誰かと思えばもしやメルリオール准将か。ふむ、逃げた方が良かったかね?」
「善意の
クイ、と衛兵たちを指す。
「雑魚の掃除。出来んだろ?」
「お前、あの冥王といつ知り合ったんだ……」
「いや知らんけど」
呆れたようなローの言葉を他所に冥王は辺りを見渡し、知り合いらしいハチが撃たれ、チョッパーたちが治療をしている場を目にして頷いた。
「ふむ。友人が世話になったようだ。そのくらいであれば手を貸そう」
それから、と言いながらバチバチと覇王色の覇気を撒き散らす。
「その名前で呼ばないで欲しいものだ。もはや老兵、平穏に暮らしたいのだよ」
「それじゃあ私のこともその名前で呼ぶんじゃねェよ、手配書見てるだろうが」
泡を吹いて気絶した衛兵を横目に舞台まで飛び降りる。
「それは失礼、お嬢さん」
肩を竦めた冥王は、リオと入れ違いになるようにルフィやハチの元へ降りていった。
新世界とマリンフォードを行き来する中継としてシャボンディに寄ったことは何度かあるが、流石にかの冥王のことは知らなかった。
リオはさっき未来を視たから知っているだけで、向こうはおそらくリオの悪名を聞いているのだろう。海兵メルリオールの顔はそこそこ知られていると言う自覚もある。
老兵ながら鍛え上げられたその背中を見送って、リオは懐から取り出した小刀をケイミーの水槽に突き刺し、少し離れるように合図してから丸く切り取っていく。
「リオちん、ありがとう!」
「首輪をちょっと見せてね」
「あ、うん」
今度は近くに来てもらい、何度か触って強度を確かめる。うん、このくらいならいけそうだ。
「よし」
「あ、おいリオ何しようとしてる!?」
「それ、爆発すんだぞ!」
「知ってる知ってる。大丈夫だから」
スピード勝負だ。指先に強く覇気を纏い、首輪を内部から破壊する。
「せいっ!」
引きちぎった首輪を天井向けて投げ捨てれば、ボン、と爆発が起きた。成功だ。レイリーに任せた方が確実だったかもしれないが、あっちがリオに任せたので仕方ない。
「え、リオってそんな怪力だったっけ?」
「力というか……」
ナミに首を振って、リオはケイミーを水槽から連れ出した。覇気について説明するのは面倒だし、リオに解説する気はこれっぽっちもない。
さて、ケイミーについてはサンジに預け……るのは問題だろうか。裏から帰ってきたフランキーに預ける。代わりにフランキーの持ってきた鍵を奴隷たちに投げ渡した。
一連の流れを見ていたキッド海賊団たちが、表の海兵を片付けてやる、と言って出て行った。恩着せがましく言われたのが気に障ったのか、ルフィとローがすぐにその背中を追って走り出す。その際、ローがこちらに目配せを寄越したので首を振っておいた。雑魚戦を任せるつもりはない。
「あー。海軍に正体がバレては住みづらい。私は先に行かせて貰うぞ」
言いたいことは言ったのか、冥王がハチに肩を貸して立ち上がった。冥王は13番GRを集合場所に指定している。
ここからは少し距離があるが、一味の面倒は見てくれるらしい。
「先に行ってろ、老兵。フランキーも。表は混戦状態だぞ」
お前たちも、と一味の方を向く。同時に、リオはワラワラと届く海兵たちの気配に口端を引き攣らせた。
「私はァ、ちょっと……知り合いが多いんで後から隠れて行くね」
「もしもしィ〜」
『あ、リオ! お前何処にいるんだ!? 捕まってねェよな!?』
『電伝虫かけて来てんだから大丈夫だろ』
「うん〜」
大混乱の諸島の中を、リオは電伝虫片手に歩き回っていた。
『あ、リオは場所知らねェんだった!』
『こっちはみんな13番GRに着いたぞ! シャッキーのぼったくりバーってところだ』
「オッケ〜。近くにはいるからすぐ行くね。たださァ……」
『どうかしたか?』
ま、後でいいか。騒ぎの大きい方を見ながら首を振って、リオはルフィの顔真似をした電伝虫に「なんでも。また後で」と言って通話を切った。
すぐ行くとは言ったが、リオは今15番GRにいるのでそんなに近くではない。走り出しながら、リオは一枚、号外と書かれた新聞を受け取った。
エース公開処刑の報道だ。やはり、大戦争は目前らしい。
「あ、リオようやく来た」
「大丈夫だったか?」
「うん」
辿り着いたバーでは、みなが一服していた。ナミがリオの片手を指差して、「なにそれ」と問う。
「新聞。号外が出てたんだけど……うーん。まァ後でね」
話がややこしくなりそうだし、と畳んで懐に仕舞う。どうせ後で知れる話だ。今知ったところで出来ることはないし、多分飲み食いの方が大事なんだろう。楽しそうだし。
なんて結論付けて、何も分かっちゃいないことは承知の上で、このバーの店主であろう女性に視線を向けた。リオはもうそういう人間だ。
「あなたも何か飲む?」
「結構。冥王、さっきは協力感謝する」
一応クマの帽子を取って会釈する。伝説の海賊は、そんなリオの様子に面白そうに頷いた。
「謝辞は結構だ。ハチの友人だと言うじゃないか。覇気の練度も申し分ない。…………しかし、噂はあまりあてにならないものだな」
「ハキ?」
「噂?」
チョッパーとサンジの声に、後ろだけ拾って「昔の話だよ」と首を振った。
ふふ、と笑った冥王は「狂犬メルリオール准将といえば極度の海賊嫌いで有名だった」と一味を見渡した。
「海賊嫌い!?」
「昔の話だって。そもそも嫌ってたんじゃないと思うけど……。まァ軍内でも極端な赤犬派閥だったのは事実だけどね」
「可愛らしいお嬢さんが一度海賊と見れば地の果てまで追いかけてくる、とその道じゃ有名でね。私も一度追いかけられてみたいと思ったものだよ」
「わお……」
冗談、と流していいのだろうか。
とはいえ、酒、金、女が海賊の華だ、もっと厄介なのはこの海に掃いて捨てるほどいる。
「赤犬って、もしかしなくても大将赤犬よね?」
「あァ、うん。2年くらい前まではサカズキさん……大将赤犬の部下だったからね。その後外れたけど」
「それで青雉とも面識があったのね」
納得したように頷いたロビンに、ナミが「じゃあ『狂犬』っていうのも、それ関係って事?」と首を傾げた。
「さァ……自分で名乗ったつもりもないし、そもそも私は『忠犬』だし」
「自称だろ」
「いいだろ二つ名なんか自称でさァ!」
口を挟んできたゾロに噛みついて、その隣に腰掛ける。バーカウンターの他には店内を壁に沿ってぐるりとソファーが取り囲んでいるだけの小さな店だ。店名に堂々とぼったくりを掲げているため一般客はまず近寄らず、知り合いか、逆にふんだくってやろうと言う気概のある悪党くらいしか寄り付かないのだろう。
「で、ごめん。話の途中じゃなかった?」
「ああ、このおっさん海賊王の船の副船長なんだってよ!!」
「そうだね」
「やっぱりリオは知ってたのか」
「なんで捕まってたかは知らないけど」
「はは、ちょっとギャンブルでね」
「しょうもな……」
ともかく、とレイリーは「さて、コーティングの依頼だったな」と話を進めた。
「ニュ〜〜そういやコーティングってすげェ金かかるんだけど」
「いやァ、いいんだハチ。お前の友達から金は取らん」
「よかった。ありがとうレイリー」
おや、と店の外に意識を向ける。向こうも動きがあったようだ。
「どうしたの? リオ」
「いや……ちょっと身内が島に来たみたい」
「身内って、もしかしてリオさんのお父さんかい!?」
「うん」
「会いに行くか?」
ルフィに首を振って、「どうせコーティングで何日かは島にいることになるでしょ」と答えた。
「この後皆には紹介するけど、あの人割と駄目駄目だからなァ。ちゃんと合流するまでは時間かかりそう」
「お父さんかァ……。リオさん、おれのことは何て紹介してくれるんだい♡」
「何って……。コック?」
「うん…………うん!」
「諦めろ、サンジ」
ウソップに肩を叩かれてるサンジを見ながら、片手に持っていたクマの帽子をゾロの頭に載せる。意外と似合っているかもしれない。
「おい、なんだこれは」
「いらなくなったからあげる」
「おいクソマリモ! いらねェならおれに寄越せ!」
「あら、可愛いじゃない」
ゾロが顔をしかめたのはクマに嫌な思い出があるからか。帽子はサンジを経由してナミの手元まで流れ、フランキーが受け取ろうとしたところでロビンが立ち上がった。
「レイリーさん……質問が。Dの意思って……一体何? 空島で見た
D。空島。
「あなた達は900年前に始まる『空白の100年』に世界に何が起きたのかを知ってるの!?」
これがロビンが世界政府に追われる理由だろうなァ、と他人事のように思った。実際、リオにとっては他人事だ。
過去に興味はない。過ぎ去ったものは既にどうしようもないもので、リオにとって未来ですら既に
それでも、学者という生き物は謎があれば解き明かさずにはいられないのだろう。例えそれが禁忌に触れることであっても。どれだけの代償を払うと知っていても。
リオは立ち上がって、「私、やっぱり先に出てるね」と口早に告げた。
前後して、リオが懐から取り出した電伝虫が鳴き始める。
「あの野郎多分迷子だわ」
「お父さん?」
「うん、ちょっと行ってくる。それに、今の話の返答がどっちだろうと私が聞いていない方がいい。冥王、3日後だよな?」
「……ああ。コーティングにはそのくらいかかるだろう」
「うん、結論は視えてるから結構。
それが全て未来に定められていたことだとしても。
出口まで歩いて、一度振り返る。
多分、今も。リオには、他に言うべきことがごまんとあるのだろう。
けれども、もう今のリオには何も分からない。
リオは、忠犬だ。その忠誠だけは、何があろうと実現させる。それ以外に無い。
この海に取り返しのつかないことは多くあって、リオも数えきれないほどの『
「私には不要だから、大丈夫」
釘を刺したリオに、ビブルカードを、と声をかけようとしていた冥王は肩を竦めた。
「想像以上のお嬢さんだ」
「まァね。じゃ、ルフィ、みんな。また後で。
パタリと閉じた扉の向こうで、リオは不機嫌そうな電伝虫に向かい、「ご迷惑おかけしてまァす」と声をかけた。
一応注意書きを。
大方の予想通り、だとは思うんですが、次回からアレです。
ようやく話が動き始めるかなぁの回。本章は頂上戦争で終わります。