本章の目的地は頂上戦争で間違いないですが、本作の目的地はそこではないので、少し寄り道してから戦争編に入ります。
「少将閣下、本当にここでよろしいのですか?」
「構わん。貴様らは職務に戻れ」
「ハッ」
一度マリンフォードへ戻ってから、メルリオールは移動用の船を出させてシャボンディ諸島へと来ていた。つい先日まで海賊として滞在していた島に、今度は海軍としてやって来たということだ。
特に景色が変わるでもない島を、見渡すようにしながら練り歩く。
島を賑わせていた海賊たちは、殆どが魚人島を目指して出航したか、海軍に捕まったかで治安は良い。養父が腹いせ交じりに捕縛し続けていた様子を、メルリオールも後ろでずっと眺めていた。
「…………おい」
物陰から声をかけてきた男に、リオは視線を向けずに立ち止まる。
「やりやがったな、リオ」
「……さァて。この間の話の続きをしようか、ロー」
言って、そのまま歩いていく。着いて来い、という無言の意思表示に、彼は溜息を一つ落とした。
「じゃあ麦わら達は誰も死んでねェと?」
「うん。今は修行中なんじゃないかな、みんな。私がやっちゃったのを除けば怪我のひとつもしてないと思うよ。あんま先は視えてないけど。少なくともくまに悪意はなかったし」
それにしてもこの店不味いね、とポテトを摘みながら言ったリオに、ローは「お前が選んだ店だろ」と唸った。
20番台のGRで、珍しく個室タイプの酒屋だ。店に入るにあたって脱いだ軍帽を手持ち無沙汰にぐるぐる回しているリオの前で、ローは安酒に顔を顰めながらチビチビ飲んでいた。
「サンジのご飯美味しかったなァ。ま、もう食べられないんだけど!」
「お前……まァいい。それで、話ってのはなんだ」
「ああ、これ見たでしょ」
丁寧に折り畳んだ新聞を取り出して広げる。先日、シャボンディで配られていたものだ。
エースの公開処刑を報じるもの。それは暗に、海軍と四皇の一角の大戦争の訪れを感じさせるものだ。
「人間屋で言っていたやつか」
「そう。ティーチ……黒ひげが火拳を連れてきてしまった以上、海軍はこうとしか動けない。白ひげも、面子があるし……まァあそこは家族を見捨てはしないしね」
「仕組まれていた、と言いたそうだな?」
「そりゃ……得をするのは一人しかいないし。共倒れだよ、これは。海軍だってそんなに余裕があるわけじゃない。それで、隠居してた私まで駆り出してるってわけ」
リオの言葉に肩を竦めたローは、「もう諦めたんだとばかり思ったが」と呟いた。
「コラさんに言われたことを守るの」
「……戻る気ではあったよ? ローが四皇クラスになったら」
「お前……それは自分を買い被りすぎだろう」
「じゃあパシフィスタ如きに手こずらないでよ」
「パシフィスタ? ああ、あの機械の……。ありゃ、なんだ?」
「詳しい仕組みは知らないけど……。まァ焦らなくても、七武海の座、取るつもりなんでしょ? 口利きくらいはしてあげるよ」
ローはリオの表情をチラリと見て、何を思ったのか少し笑いながら「自分の力でやるのがいいんだろうが」と囁いた。
「ふーん。まあ、同感かなァ。ローはその命とオペオペの力で。私はこの『占い』の力で……」
「待て、『占い』だと!?」
パシン、とポテトを掴もうとしていた手が取られた。
「何?」
「何が占いだ。未来視と呼んでただろ、得意気に」
「昔の話? 確かにそうだけど、それがどうかした?」
「いや……クソ、調子が狂うな。……いいか、お前の主治医はおれだ。おれの質問には嘘偽りなく答えろ、いいな?」
「さっきから答えてんじゃん……」
「口答えをするな」
「はーい……」
軽く言えばギロリと睨まれた。慣れているのでリオはもう気にならないが、医者としてはどうかと思う。
「お前、感情が無くなったのは2年前だと言ったな。正確にはいつだ?」
「えーっと……ちょっと待ってね。確か正確には1年と10ヶ月……とか」
「
顔を覆ったローが呻いた。
何から数えて2月なのか、気付いた上でリオは口にしない。この男は先程の自己申告の通りリオの主治医で。
けれども二人は、海兵と海賊だ。ただの、古馴染み。メルリオールが昔のままなら、もう二度と会ってなかったはずの。
「状況を詳しく教えろ。無くなったと、そう思ったからには、お前が
「そうだね」
「この間言っていた、緩やかに無くなっていったと言う言葉に嘘はあるか」
「あー…………。今思い返せばそうだと思ったから、そう言った」
「当時のお前の印象は?」
はて、と意識を過去に飛ばす。
何度も言うが、当時のメルリオールの感情は、今となってはもう分からないのだ。正確に答えられるかどうか。
リオは、古馴染みの前で仕方なく息を吐いた。
「私の感情は、君の方が詳しいでしょ。そんなに大した事件じゃなかったんだよ、当時の私にとっては。新聞も一面は飾ったかもしれないけど……。でも、それだけだ」
腕を組んだローは、当時のニュースを思い返そうとしているようだ。
「もう島の名前も忘れたけど、あれは確か南の海だったと思う。新世界以外の情勢が視えるのって、珍しいから」
メルリオールにとってはただの日常の一コマでしかなかったそれを、彼が思い出すことはないだろう。何か特別なことがあったわけでもなく、あれはただ無数に突き立ったメルリオールの戦果の一つだった。
「なに、これ…………」
意気揚々と出撃した先で、メルリオールは呆然と立ち竦んでいた。
「なんですか? これは」
赤熱した大地に、人の気配はない。ここは、栄えた港町だった。
それが、海賊に襲われる未来を視て、メルリオールは上官に報告し、場所と襲ってくる海賊の調査と時期の推測を進め、そろそろだと踏んで早めに到着できるよう船を動かした。
襲われる未来がポツリ、ポツリと消え始めたのには焦ったが、その前に上官が到着している旨の通達があったので、大丈夫だろうと思っていた。
「ああ、リオか。ご苦労」
上官はそう言って、目の前の惨状には目もくれず殲滅した海賊に傘下が控えている可能性について話している。部下たちは、指示を出さずともいつも通りに持ち場に散っていった。
「リオ、聞いちょるのか?」
パキリ、と炭化した何かを踏む。無意識に、一歩足を引いていたらしい。
「あ、いや…………。どうして? この街を助けるはずじゃ……」
声の震えたメルリオールに、上官は今気付いたとばかりに一度街を振り返ってから、「この国は何度言っても海軍の駐屯を拒否し、海賊と商売を続けちょった」と淡々と言った。
「それに、ワシらの目的は海賊の殲滅じゃろ。その点、お前はよくやった。攻めて来た海賊を一人も逃さんかったっちゅうのは、お前の功績だ」
「海賊の……」
「なんじゃ、お前も掲げとっちゃろ。やるなら徹底的にじゃ。一人残らず海賊を殲滅する。リオ、お前のその背中の正義は偽物か?」
「…………いえ。間違って、いません」
否定出来なかった。サカズキの掲げる正義こそ、メルリオールの理想に最も近いと信じていた。
海賊は悪であり、悪を滅すれば世界は平和になる。すべてを、救うことが出来る。
振り返ってはならない。
見ないふりをしていただろう?
今度こそ。
今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。今度こそ。
救ってみせると意気込んで。
それで、何年経ったんだっけ?
「ああ、そっか…………」
引き連れていた隊の誰にも動揺がなかった。部下の一人が、動き出さないメルリオールを不思議そうに眺めながら待機している。目の前の上官ですら、いつもと違うメルリオールの様子に気遣いのようなものを浮かべていた。
いつも通りなのだ。
あまりにもいつも通りの光景であったことに、今更ながら気が付いた。いつも通りという言葉で麻痺して、何を踏み締めていたのか自覚してしまった。
メルリオールが為してきたのは、結局この焦土を積み上げるような事だったのかもしれない。
海賊を追いかけて、追いかけて、追いかけて捕まえて。新世界を駆け回って、やられて、弱かったから助けられなかったのだと奮起して。
今まで、誰かを助けたことがあったっけ。未来が変わったことはあったっけ。
恐る恐る振り返れば、そこには無数の墓標が連なっていた。全て、メルリオールの正義が取りこぼして行ったものだ。
救うって、どんなことだっけ?
どうして今、よりによって南の海にいるのだろう。北に。正反対の北に行きたい。凍えるような寒さに文句をつけて、深雪を踏み締め、飲み口の欠けたカップでコーヒーを啜りたい。
────。ああ、でも。もう北には行かないと決めたのは自分じゃないか。旧友が最後に遺した仕事は終わった。
もっと強くなれば、と思っていた。期待されていると思っていた。このチカラがあれば、世界を平和に出来ると思っていた。
思い違いをしていたのかもしれない。それか、思い上がっていたのだ。
「はは。あははははははははは! あはははははははははははははははははははははははは!!」
メルリオールのチカラは、未来を変えるためにあったんじゃない。メルリオールの方が、
だって変わらないし。何をしても変わらないなら、視える意味はそのくらいだ。それなら無意味じゃない。メルリオールが成してきたことは無意味じゃなくて。今、踏みしめている煤にも意味がある。
そもそも、どうして未来なんか変えようと思ったんだっけ。
過去、自分のそばにいた大男や少年のことは思い出せても、理由まではさっぱり思い出せなかった。
それが、メルリオールが正義の二文字を焼き払った日。未来を視てのメルリオールの出撃が、99を数えた時のことだった。
数年振りに本部に帰投したメルリオールは、幾日もしないうちに赤犬の配下を外された。降格はなかったが、事実上の左遷だろう。
新しく上官となった養父は詳細を問うことはなく、めっきり未来の話をしなくなったメルリオールを連れて普段通りに海を飛び回った。
たまに、一人で放り出される時もあった。
自分の力のことを未来視と呼ばなくなり、忠犬を自称して、めっきり動かなくなった自分の心に対してだけずっと笑っていた。
そういえば、エースと出会ったのはその頃だったか。白ひげの船にいつものように沈められて、引き上げられた所に見覚えのある、けれども見慣れぬ顔があったことを覚えている。
覚えてはいるけれど、やっぱり『忠犬』メルリオールにとっては、それだけなのだ。
せっせと更新する以外あまり言えることはないですが、『リオないしメルリオールの発言、思考は彼女の認識のみに基づいて綴られており、非常に重大な過ちが含まれている可能性がある』とだけ言っておきます。