未来が視える元海兵が麦わらの一味について行く話   作:テロン

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それもまた、一人の子供

 

 

 

 

「ハァ…………」

 

 

 話を聴き終え重苦しい溜息を吐いたローは、「この馬鹿が」と言ってリオの額を指先で弾いた。指先に『死』の文字を抱くこの医師による手術痕は、リオの身体にまだ残っている。怪我をするたび北の海まで艦を動かし、「ロー、治せ!」と飛び込んでくるリオを、彼もよく治療したものだ。

 

 

「まァ、見ていなかったおれも悪かった。この辺で勘弁して……あ?」

 

 

 ローは言葉の途中でギョッとしたのか納得したのか変な声を上げながら頷いて、「お前、痛覚までか……」と呆れた声を上げた。

 

 

「そりゃ、隠居させた黄猿……親父さんの判断が正しい。おれでもそうする」

「隠居の申し出は自分からだけど?」

「2年、か」

 

 

 ローはリオの言葉を丸っと無視して、考え事を始めてしまった。仕方がないので冷え切ったポテトを作業のように口に運んでいく。

 

 

 しばらくして、皿が空になったあたりで「まァいい」と呟いた。

 

 

「ここでお前に言ってもしょうがねェ。お前は結局、麦わらの船には乗ったんだ」

「乗ってないんだなァ、これが」

「乗るんだろ、これから。お前はようやく、自分の未来が視えたわけだ」

「…………占いじゃ自分の未来は視えないって、私言ったじゃん」

 

 

 ローは心底可笑しそうに、「そうだな。お前は正しい」と笑って言った。

 

 

「さて、お前の頼みを聞く前に、こっちからも伝えておくことがある」

 

 

 知ってるとは思うが、とローは新聞を取り出した、一面に見慣れた顔が踊っている。いつ撮られたものだか。

 

 

「本題はこっちじゃねェ」

「ああ、うん」

 

 

 ローの指がページを捲り、シャボンディ諸島の『職業斡旋所』の一つが閉鎖した、という小さな記事をリオに見せる。先日、ルフィやローたちが暴れた人間屋だ。

 

 

「ドフラミンゴは奴隷業から手を引いた。儲けは十分出ていたはずだ、今更海軍を恐れるとも思えねェ。他に、確たる収入源を見つけたはずだ」

「世界政府が保障してる天竜人相手の商売より儲かるネタ、ねェ……」

「おれはこれからそれを調べるつもりだ。恐らくこれは、新世界の闇……ひょっとすると、四皇にまで繋がってる」

「……そう。同意かな。気をつけて」

 

 

 返事をする前に、多少の間が空いたと思う。このように、結局二人は違う立場で、違うものに従って、それでも結局同じ話をするのだろう。

 

 

「ああ」

 

 

 それから、とローは新聞を一面に戻した。

 麦わらの一味壊滅を伝える報道だ。大きくメルリオールの顔が写され、さもメルリオールの仕業のようになっている。養父は端の方に見切れているだけだ。一味の人数は曖昧にされ、リオが船に乗っていたことなどなかったかのように操作されている。

 

 

「これは、牽制か? なんでもいいが、お前の顔が載った新聞を船に置いとくつもりはねェ。やるよ」

「言い方ァ……」

 

 

 大人しく受け取って、リオは「じゃあこちらも本題を」と油ぎった手を拭いた。

 

 

「近く起きるマリンフォードでの戦争だけど、戦いの様子……というか、処刑の様子はシャボンディでも中継される予定になってる。まァ宣伝だね」

「ああ」

「ローはここで見てるんでしょ。ただ、船を出せる準備はしておいて」

「なぜだ?」

「君は船を出すから」

 

 

 短く言ったリオに、ローは「おれまでお前の未来に従う義理はねェぞ」とは言ったが、「元々、いつでも出せる準備はしてある」と続く。

 

 

「そもそも、おれの性格は知ってるだろうが。頼みってのはそれか?」

「そうだね」

「お前、他人を戦争に巻き込むつもりならせめてもう少し早く言え」

「は? いやいや、ローを戦場に連れ出そうなんて思ってないよ。七武海でもあるまいし、白ひげと縁があるわけでもない。むしろ割って入らないで静観してて」

 

 

 ただでさえ人相の悪い面なのに、リオが言葉を紡ぐ度に顰めっ面が酷くなっていく。

 

 

「火拳……。ポートガス・D・エースだぞ。お前、言ってる意味分かってんのか」

「君よりは分かってると思うけど?」

「俺の船には、お前が上機嫌でぶちまけてった火拳の手配書が大量にある。ベポが後生大事に預かってるからだ」

「そんなことあったっけ? そもそも私がエースと初めて会った頃、もう君とは会ってなかったと思うけど」

「ならそれが答えだろ」

 

 

 どういう意図か探ろうとして、失敗する。失敗というか、拒絶された。

 これはローとリオの間で交わされた取り決めの一つだった。拒絶の意思がある場合思考は読まないこと。そうでもないとプライバシーがゼロになるし、リオは彼を尊重する意思がある。それに、知りたいという欲も、もうない。

 

 

 何にせよ、どうでもいいことだった。定められた通りに定められた行動をする。それ以外はしない。これに従う限り、リオは止まらずに歩いていくことが出来る。

 

 

「まァいい。こっちも無関係とは言えねェんだ。お前の頼みは分かった、考慮には入れておく。それだけか?」

「まァ、うん……。問題ないとは思うけど……」

「なんだ」

 

 

 元々、彼の動きを確定させるためだけに設けた席だったが、リオは言葉を濁した。続けたかった言葉も分からない。

 大人しくリオの言葉を待っているローに、リオは「それだけ」と言おうとして、口が滑る。

 

 

「心臓を…………預けたい」

 

 

 口を突いて出たのは、想定していたのとは違う言葉だった。

 

 

「…………正気か?」

「あ、いや……。いや、そうか。一応ね、一応。リスク回避というか……いや。違うな」

「何か視えてんのか」

 

 

 口を開こうとする前に、「嘘はつくなよ」と牽制が飛んだ。

 

 

「いや。私は視えたものに嘘はつかないよ。何か視えたわけじゃない、本当だ。だから別に、今のは聞かなかったことにして」

 

 

 ローは舌打ちを一つして、伝票を持って立ち上がった。

 

 

「その()()()を脱げ。帽子はおれのを貸してやる」

 

 

 乱雑にリオの黄色い髪を隠すように深く帽子を被せられ、軍帽は取り上げられる。コート、と指すのはリオのいつもの白マントだ。

 

 

「ヒュー、やっぱり君もこれをコートと呼ぶんだね。ロー、実は精神科医もできるんじゃない?」

「おれは外科医だ! 早くしろ、オペは船でやる」

 

 

 ついでに怪我を全部見せろ、と続いた言葉にリオは思わず舌を出した。痛みもないし動くのに支障がなかったので放置していたスリラーバークの怪我、見抜かれてる。

 

 

 

 

 

 

 

 オペの後、服の下にグルグルと包帯を巻かれたリオは、押し付けられた新聞片手にシャボンディ諸島を歩いていた。

 

 

「また、広告塔みたいに」

 

 

 牽制でもあるのだろう、とリオは自分の載った新聞の一面に首を振る。

 

 

 メルリオールの占いの事を知っている者たちには、このタイミングでのメルリオール復帰が間接的に未来視を伝えているのだ。お前たちは負けるぞ、と。

 

 

 白ひげなんて最たるものだろう、と目を伏せる。

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、新世界の何処かの海で。

 

 

「グラララ…………また、良いように使われてやがる」

 

 

 大海賊は戦争準備に追われる船上で、数日前の新聞と一枚の手配書を並べ、少し前まで子犬のように白ひげに噛みついてきていた黄色い子犬を思い出していた。

 思えば子犬も偉大なる航路(グランドライン)を離れ、末の息子も船を飛び出し、随分と静かになったものだ。

 怒声の飛び交う甲板で、白ひげは初めてメルリオールと出会った時の事を思い出していた。

 

 

 珍しく四皇白ひげの船に真っ直ぐ軍艦が寄ってきたと思えば、場違いな子供が騒いでいるのだ。軽く能力で海を揺らし、追い払ってやればぽちゃりと子供が海に落ちた。何事かと息子たちと顔を見合わせたことを覚えている。

 波間に飲まれる子供を引き上げたのは気まぐれか、それとも。

 

 

 

 

 

 

「殺せるものなら殺してみろ」

 

 

 敵船の上で、まだ10とそこらのガキがそう吠えた。正義のコートをぞろびかせながら軍艦の上で指示を出していた姿は、目の前に置いてみるとやはり小さい。

 そして、ニセモノのような黄色の髪に似合わず、そのブラウンの瞳は淀みきっている。死刑囚だってもう少しまともな目つきをしているもんだと白ひげは呆れ返った。

 

 

「海軍の人手不足は深刻みたいだよい」

「フン、秋島か」

「あ?」

「次の目的地だ。この海域からだとベルナ島だな?」

「ほう、どこで知った」

「言うわけねェだろ」

 

 

 先程までは海軍上層部からの電伝虫に慌てふためいていたが、今はどうも殺されないとタカをくくっているようだった。そっぽを向いた少女は、その先で何かに気付いたようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

 数名の幹部を含めた息子たちがズラリと取り囲んでいるだけである。

 

 

「なんだ、ただの補給か」

「…………なるほどなァ、お前さん、未来視持ちの類いか。それで似合わねェコートぶら下げて、ガキだってのに」

「あ? 海賊に馬鹿にされる謂れはねェよ。首輪もつけられてない、私の意思だ」

 

 

 白ひげの言葉を遮った少女は、縛られていないのを良い事に立ち上がり、コートを肩にかけた。

 

 

「そりゃ見聞色だな。お前さん、名は」

「…………メルリオール。海軍本部准将、メルリオール」

「准将か、随分デカい首輪をつけられたもんだ。歳はいくつだ」

「おい、それが何か関係あんのか! 15だ!」

 

 

 ほう、と白ひげを含めた幾人かが頷いた気配がした。熟練の見聞色の覇気の使い手で、未来視持ち。海軍が、ひいては世界政府が手放すはずがない。

 だが同時に、自分の意思で海軍に居るのだという言葉に、嘘や強制は感じなかった。あるのはただ、昏く燃える正義感。

 

 

「メルリオール。これが最後だ。海軍将校にはそれぞれ掲げる正義があるらしいじゃねェか。お前さんのそれは何だ」

「あ? そんな事を聞いてどうするつもりだ」

「なんだ、他人に言えねェような正義か?」

「ッ! お前は笑うだろ、白ひげ!」

「良いじゃねえか」

 

 

 グイッと酒を飲み干して、唇をひき結んだ少女を見下ろす。白ひげとて見聞色の使い手だ。その口が力強く開くのを見て、ニィと口端を引き上げた。

 

 

「『すべてを救う』正義だ! 私は視えたもの全部に駆けつけて、そのすべてを救ってやる!」

「絵空事だな」

「私には出来る!」

 

 

 ドス黒い瞳のままで、少女はそう言った。そのうちポキリと折れるだろう。義憤に燃える若い魂はいくらでも見てきた。それが現実に折れなかった試しはない。

 拾い上げるのはそれからでも良いだろう、と白ひげは子供たちにメルリオールを解放するように言った。

 元々拘束はしていない為、帰り道を開けただけだ。

 迎えの船は水平線上にきらめいていた。

 

 

「じゃあな、メルリオール。精々足掻いてみせろ」

 

 

 勇敢にも白ひげを睨みつけた少女は、水平線を振り返ってから大人しくそちらへ歩いた。数歩で止まって振り返る。

 

 

「助けてくれた礼はする。いいか、東から吹く突風には気をつけろ!」

「なんだァ……占いか!」

「ちがーう!!」

 

 

 迎えの船に乗ったピカピカと眩しい男は、メルリオールの体に傷がない事を確認して、目視できる距離で目を瞑りながら軍艦を反転させた。

 

 

 それからと言うもの、未来を確認しにきたメルリオールは保護者を置いて突撃し、軍艦を大破させながらも泳いで白ひげの船まで向かって来ると言う事を何度も繰り返した。

 流石に新世界の海は少女一人が泳いで渡れるほど優しくはない。もがくだけもがかせて、最終的には能力者以外の船員が海から引き上げるというのが恒例になった。

 跳ねっ返りだが根っからの善人のメルリオールはその度に律儀に未来を教えていくので、白ひげたちの航海が安定したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 ポッキリ折れたな、と思ったのは小娘が成人し、しばらく経ったくらいだ。

 最近見かけないと思えば、正義のコートを手放し、真っ新な白いマントを大事そうに身体に巻いていた。救助のために取り外すといつものように「コートを返せ」と吠えようとして、中途半端に力んで口を半開きにする。

 

 

「どうだ、メル」

 

 

 白ひげは押し黙る少女の目の前まで歩いていって、膝をついた。それでもかなり身長差のある両者の距離は大して縮まらない。逸ったのか、息子たちが背後で歓声をあげた。

 

 

「お前と会ってもう7年だ。もう充分海軍はやっただろう。今度は、海賊やってみねェか」

 

 

 騒がしいばかりの海賊船に、その時ばかりは沈黙が落ちた。

 

 

 メルリオールはゆっくりと視線を上げて、白ひげの瞳を視た。パチ、パチと何度も何度も瞬きをして、時折あたりを見渡すように首が動く。未来視をしている時の動きだ。

 視えにくいのか、それを一頻り繰り返して、メルリオールは徐に首を振った。

 

 

「そんな未来は視えない」

「そうか」

 

 

 肩を竦めた白ひげは、背後の幹部に「コートを返してやれ」と指示を出し、もう一度メルリオールを見下ろした。

 

 

「でも」

 

 

 小さく、メルリオールは口角を上げた。

 

 

「近く、黒髪にソバカスのルーキーが、この船を『打倒白ひげ』と襲ってくる」

 

 

 貼り付けたような笑みのまま立ち上がり、軍帽の鍔を強く引く。目線が隠れて初めて、上手く呼吸が出来るようだった。

 

 

「そいつのことは、勢い余って殺すなよ」

「グラララ、()()()()()()()と言うべきだなァ……」

「ああ、そうかもな」

 

 

 感慨もなく頷いて、メルリオールは水平線に視線をやった。迎えの時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 後日、本当に襲いかかってきた黒髪にソバカスの青年に、白ひげ海賊団はみな腹を抱えて笑ったものだ。

 

 

「海賊は楽しかったかァ……なあメル」

 

 

 顔を隠した手配書と、軍帽で目元を隠した新聞の写真に白ひげは溜息を落とした。

 全く、メルリオールという少女は、何一つ言うことを聞かない子供だった。

 

 






これがあるので、メルリオールが海賊になるのは『有り得ない』と思われている。
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