時代はうねり始める。
海軍本部、マリンフォードで10万もの海兵たちが決戦の刻限を待っていた。処刑開始まで、あと3時間。
エースはもう処刑台の上に連行済みで、メルリオールはと言えば、処刑台の下、海軍大将の控える階層でポツンと控えていた。他の少将たちは広場に布陣しているが、メルリオールは作戦に組み込まれていない。
戦争に備え、昔のように短く切り揃えた髪を弄る。色も染め直し、地毛の白金は綺麗に黄色く染まっていた。
キャップから制帽タイプに変えた特注の軍帽もいつも通りだし、マントもおつるさんに綺麗に洗ってもらった。軍帽の位置を確認して、メルリオールは両手を後ろ手に組む。
「メルリオール……」
「なに」
「四皇、白ひげは来る。間違いないよねェ……」
養父の問いに、メルリオールはチラリと他二人の大将を盗み見た。元上官はメルリオールを──作戦に組み込まれていないので──いないものと扱っているし、クザンは何を考えているのやら。
「だから、言ってるでしょ。来なかったらあいつら何のために集まってんだか……」
「まァ、ついでに聞いておこうかねェ……これが最後の機会だろうし。白ひげは何処から来るんだ?」
センゴク含む上層部の思惑とは裏腹に、メルリオールは今回の作戦立案に殆ど関わっていない。養父の一存で外された上、準備期間の殆どは本部に軟禁されて過ごした。
そもそも、未来を変える気のないメルリオールに作戦立案をさせる方が間違ってる。犠牲を減らす方向にも、より多くの海賊を殺す方向にも、メルリオールは動かないし、動かす方法を知らない。ただ、視えたままに動くだけ。それでもここに突っ立たせておくだけの価値は認められている。
メルリオールは、この戦争は海軍が勝つと言った。
客観的に見れば、この戦争に勝者が生まれることなど無い。互いに損耗し、ろくな結果にならないだろう。
ただしメルリオールの占いは一つの光景をずっと伝えており、この一幕の目的が『大罪人の処刑』であれば。それは、必ず果たされる。言った通り、海軍の勝利だ。どれだけの犠牲を払ったとしても。最後に笑うのが、我々でなかったとしても。
口を開こうとしたメルリオールは、処刑台の方の動きに首を振った。
「マイクパフォーマンスにしても……まァいいか」
義憤、ないし正義感を煽るには最適だろう。内容を全て視た上で、メルリオールは「ふーん」と呟く。
海賊ポートガス・D・エースの出自。それはかの大罪人、ゴールド・ロジャーの息子である。
だろうなと思わないでもないし、また随分と大物を、と嘆息もする。メルリオールは、その事実を知っていたようで知らなかった。
過去にも、ともすれば現在にも。メルリオールは注意を払わないから。
下へ降りてきたガープ中将が配置につくのと同時に、センゴクのスピーチが始まった。ここまで大々的な公開処刑を執り行う理由、そしてその正当性のアピール。
本人、個々人の考えがどうあれ、海軍としての姿勢が示される。
現実のスピーチの方には呑気に欠伸をしていたメルリオールは、話が終わると同時に、同じく話半分で聞いていた養父の椅子の足を蹴った。
「正義の門が開くよ」
「ほう。結局は正攻法だねェ」
「いや」
首を振ったメルリオールは、椅子の背から身を乗り出すようにして三日月状のマリンフォードの港湾部を指差した。
「白ひげの勢力圏がどこに及んでいるか、よく考えてみなよ。新世界に少し目を向けすぎ」
勢力圏、という言葉に養父や他の大将が身を乗り出した。
「魚人島……コーティングか!」
「青雉ィ!」
「もう遅いよ、感じるでしょ」
正義の門の向こうから、総勢43の艦隊が姿を見せる。そしてその最前線。
10万の大軍の目と鼻の先。メルリオールの指した指の先で、白ひげ海賊団の船、4隻が一気に浮上した。
「さて」
メルリオールは他人事のように養父の肩を叩いて、「ここから先は何も言わないよ」と呟いた。
「言って慢心してもらっても困る。私は誰の命も保障しない」
モビー・ディックの船首にて、大海賊白ひげは高らかに開戦の狼煙を上げる。
大きな津波を幻視して、メルリオールはピュウ、と口笛を吹いた。
白ひげの起こした津波と青雉の能力とのぶつかり合いを皮切りに、マリンフォード各地で戦闘が始まった。メルリオールの上官は黄猿ということになっているが、本人はさっさと出撃してしまっている。
「まったく、わしらが出払ったら誰がここを守るんじゃァ……」
「ホントですよねェ」
赤犬の言葉も尤もだ。適当に同意しながら、片目を閉じて前方の様子を確認する。あまりにも視界が交錯し過ぎて、目を閉じた方がまだ把握しやすいのだ。
どうやら白ひげ海賊団幹部により、凍らされた湾の一部が投げ飛ばされているようだ。このまま落下すれば一般兵はぺちゃんこである。
「リオ」
「はい」
立ち上がった赤犬から少し離れれば、その右腕がボコボコと波打った。マグマグの実の力だ。数歩下がったくらいでは灼けるように暑いが、ある程度は覇気で中和できるし、メルリオールは出身が南国ということもあってか暑さには滅法強かった。それに、散々喰らってきたのでこの能力にも慣れがある。
「大噴火!!」
マグマの拳は氷塊を一瞬で蒸発させ、ついでとばかりに火山弾を飛ばしていく。
「一般兵が数名巻き込まれてますが……」
「フン……海賊は何人やれた? 言っとるじゃろ、リオ……」
「そうですねェ……」
赤犬は頑なにメルリオールを旧名で呼ぶ数少ない存在だ。メルリオールの海軍人生は殆ど彼のもとにあったと言っていい。出会ったのは養父に紹介されてだから、そのもっと前。
メルリオールは、彼の正義に自分を見た。この場で最も強靭な『正義』は、彼のものだとも思っている。理想の海兵の名を挙げるなら彼が第一候補だし、尊敬する人間を聞かれても彼と答えるだろう。メルリオールは、そういう海兵だった。
海の向こうに、スリラーバークで見たオーズと似通った巨体が見える。オーズの子孫だ。確かエースと仲が良かったはずなので、その縁か。あれはメルリオールが放っておいても問題ないだろう。
「少し空ける。処刑台に近付くもんは全て殺せ」
「……了解」
これで大将が全員出撃したことになる。赤犬の方は攻撃のためではなさそうだが。ひっそりと姿を消す彼を見送って、広場を進もうとするオーズJr.に視線を戻した。
その手が処刑台のエースを目掛けて伸ばされる。が、これも問題ない。
七武海により足が切り落とされ、心臓が貫かれ、オーズJr.はその行動を止めた。
目の前にドシャリと崩れ落ちた巨体を見ながら、頭上から届くエースの絶叫を聞く。それから、メルリオールを見つめる白ひげの視線も。
「これがお前の正義か? メルリオール」
声は届かずとも、そう言われた気がした。「そうだよ」と、小さく呟く。
「過去も現実も未来も、この世は地獄ばかりだ。けれど、唯一『正義』があるとしたら、それは人間の元じゃない。神か、悪魔か」
だから、と軍帽の鍔を握りしめた。視界が狭くなる。バチンバチンと視える未来も増えていくが、その分どんどん視えていた未来も消えていく。
これからもっと加速するぞ、と独りごちてメルリオールは空を見上げた。
よくもまァ、あそこから落下して参入しようと思ったものだ。
右腰から一挺の拳銃を抜き、左手は刀の柄に置く。両腰に軍刀をぶら下げて、左腰はもう一挺の拳銃を差している。二刀、二挺。これがメルリオールの普段の武装だ。と言っても左の銃以外は全てただの支給品。隠居時に纏めて手放すほど愛着は無く、ただ、銃一挺分の執着はあった。
「さて」
処刑台の下を完全に開けることになるが、と足に力を込めた。
空から降ってきた軍艦に、ルフィや七武海ジンベエらの姿が見える。その他も革命軍の幹部、クロコダイル、インペルダウンの囚人たち。状況が移り変わったのを見てか、養父が素早く処刑台まで退いてきていた。
「ルフィ!!」
「エース! やっと会えたァ! 助けに来たぞ〜〜!!」
「月歩」
一歩、二歩と空を蹴って、処刑台の上まで登る。ガープとセンゴクから、それぞれ温度の違った視線が向けられた。
「なんじゃ、お前さん」
「リ……メルリオール少将。即刻持ち場に戻りたまえ」
「いやァ、高いところから撃ち下ろしたくて……」
「処刑台を狙撃台に使うなァ!!」
肩を竦めて、ルフィが白ひげの元へと向かうのを見送った。その隙にガープへ向かって口を開く。
「中将。これはどうでもいい話なので、お答えいただかなくてもいいんですが」
「なんだ」
「メルリオール。止めときなよォ」
養父が口を挟んでくることは知っていて、メルリオールは言葉を止めなかった。
「あなたがルフィの祖父で、ルフィがエースの弟ということは、あなたはエースの祖父ということ?」
意地が悪いとか、煽ってるとか、悪趣味だとか、多分メルリオールの行動を言語化する方法はいくらでもあるのだろう。口を引き結んだ老兵は、薄ら笑いを浮かべているメルリオールを静かに見ていた。
パク、と右手で作った犬の口を動かしながらその奥底に沈む感情を引き摺り出す。咀嚼して、メルリオールは『有り得たかもしれない未来』を思い描いた。それはメルリオールが視る未来ではなく、老兵の後悔でしかないけれど。
エースが祖父の教えに従って海兵になっていれば、この事態は防げたのでは?
────メルリオールであれば、それが出来たのでは?
「あはは。誰がこれを決めたんだろうね。ボタンひとつの掛け違いで、こうも取り返しのつかない結果になるんだ。ふ、ふふふふふ。ああ待って、私は今笑っているんですか? あはははは。ええ、ガープ中将。あなたを笑っているんじゃなくて」
狂ってる、と。多分誰もがそう思った。突き刺さる感情を、メルリオールはよく知っている。
「首を落とされた鶏が暫く動き続けるという話を知っていますか? あれ、きっとまだ首が落ちてないと思い込んでいるからなんです。私、今ようやく首が落ちたみたい。あースッキリした。ブラブラぶら下げてちゃ、先に行くのに邪魔ですからね」
言いながら片手で軍帽の鍔を引き、右手で素早く銃弾を放つ。
「おいメル! やめろ!」
ルフィの足元に突き刺さった弾丸にエースが慌てて声を上げた。こっちの事に気付いてはいただろうが、ルフィの視線がメルリオールに向く。
眼下の三大将どころか、中将クラスでもルフィには重荷だ。もう二発撃って、メルリオールは勢いよく広場に向けて飛び降りた。
「リオ! お前だってエースは友達だろうが!」
「…………」
懐の小刀を飛ばし、左手で軍刀を引き抜いた。処刑台に向けて飛び出していたルフィに向け、覇気を纏った刀を振り下ろす。
「危ねェ!」
「十種神宝、
小刻みに引いて突き出す刀を大げさなほど引いて避けたルフィは、メルリオールの右手から向いた銃口に顔色を変えた。
その先は正確に、何歩も下がったルフィの眉間に向いている。
「おれはゴムだけど……これはヤベェ気がする!」
「へェ、分かるんだ」
全力で横に飛び込んだルフィのこめかみを擦りながら銃弾が通過するのを視て、メルリオールは無駄弾を撃った。
素早くリロードをしながらルフィの飛ぶ先へ軍刀を振りかぶる。
「
「ギア・
「視えてるんだって」
加速しメルリオールの後ろに回り込むことで斬撃を避けたルフィの眼前に、先んじて銃口を突き付ける。これが、メルリオールの戦い方だ。覇気任せに刀を振り回し、銃で仕留める。それが一番効率的だった。
引鉄を引こうとした指がピクリと動く。
「メル!!」
「メルリオールゥ!!」
二つの怒声に、縫い止められたように直立する。
「ッ!」
「リオ? どうかしたか?」
重苦しい覇気だった。バチバチと空気を裂いて、白ひげのものがメルリオールを突き刺した。エースからも剥き出しの感情が刺さる。
同時に雪崩れ込む二人の感情に、メルリオールは唇を噛み締めた。
だから、分からないと言っているのに。
「…………帰りなよ、ルフィ」
銃を引き、低い声で唸るように言う。刀を鞘に戻し、軍帽の鍔を引く。
「帰らねェ! おれがエースを助けるんだ! そこどいてくれ、リオ!」
「…………場違いだって言ってるの。……能力の制御もお粗末、未来視どころか覇気も使えない、万全の状態でもない君が!! 海軍が最高戦力を揃えたこの戦場で、私如きに足止めされて!! 何が出来ると思ってんの!!」
怒鳴ったメルリオールに、ルフィは目を丸くした。
何か言い出す前に、拳銃を腰に仕舞って拳を握る。
そうだ、ルフィにはこの後の予定がある。焦って見失う所だった。
────『焦る』? いや、メルリオールにそのような機微はないはずだ。
軽く蹴とばせば、それだけで面白いように転がっていく。また銃を構えたメルリオールに背を向けて、その先で処刑台を目指し立ち上がった。
けれど、そこには別の将校たちが構えている。棍棒が、剣が、銃が、拳が、あらゆるものが襲いかかる。
中にはツギハギのゾンビの姿も見えた。モリアの能力を使われた、すでに死んだ海賊や海兵たちだろう。
一人一人ならば、ルフィは対処出来たかもしれない。冷めた目で傷を増やしていく彼を見ながらメルリオールは思った。けれど、ここは戦場だ。
「来るな! ルフィ!」
処刑台のエースが吠える。
「わかってるハズだぞ! おれもお前も海賊なんだ! 思うままの海へ進んだハズだ!」
続く言葉はもう聞いた。メルリオールは処刑台に背中を向け、海賊へその銃口を向ける。
「帰れよルフィ!! なぜ来たんだ!!」
撃つ。撃つ。人が倒れていく。肩を、膝を、腹を撃たれて倒れていく。その銃撃音に掻き消されぬほどの大声が、戦場に木霊した。
「おれは弟だ!!」
状況を重く見たセンゴクにより、ルフィの出自がバラされた。
海賊王とまでは行かずとも、現在進行形で世界を揺るがす大罪人の息子。
海兵たちの視線も変わっていく。乱入者から、誅すべき敵へ。
「メルリオール……」
呼ぶ声に、銃を構えたまま顔を上げた。モビー・デイックの船首。開戦時から変わらずそこで指揮を執る白ひげは、副官を横に控えさせたままメルリオールを見下ろしている。
「また、下手な鉄砲撃ちやがって」
「白ひげ……」
距離があるとはいえ、銃口に怯える素振りもなく、白ひげは堂々たるものだ。その視線がメルリオールに撃たれた者たちへ向き、マルコに「行ってこい」と指示が飛んだ。
「お前に、おれを撃ち殺す自分は視えるか? 視えちゃいないだろう……」
「…………」
急所以外を撃ち抜かれた者たちは、マルコによって簡単な手当をされて立ち上がった。そう、死んではいないのだ。
…………メルリオールには、自分の未来が視えないから。どうなるべきかは視えても、何をすべきかは視えないから。取り返しのつかないことをする前に、手が止まる。少なくともメルリオールは、誰かを殺す為に生きているのではない。これが、赤犬配下を外された直接的な原因だ。
「だとしても、分かってるだろ…………白ひげ」
『唯一』に蓋をして、メルリオールは引鉄を引いた。メルリオールの弾が当たらなくたって、今日この戦場で大海賊白ひげは死ぬのだ。
ヒョロヒョロと当てずっぽうに飛んでいく弾を、メルリオールはいくつか撃った。
弾が当たらないことに定評のあるメルリオールさん