今日2話投稿しているのでお間違いなきよう。
こっちは後日談その1の方です。
トラブルがなければ明日その2(と、多分次章の短めの導入)を投稿します。
海兵になれと、言われた事はなかった。
たまに見かける養父の仕事関係の人間は皆そのつもりのようだったが、リオにその気はなかった。
というより、それどころではなかったのだ。
昼も夜もなく、際限なく雪崩れ込んでくる知らない人間の感情たちで、リオはずっとパンクしていた。突然泣き出し、笑いこけたと思えば死に際のような絶叫をあげる。
ほとんど、狂った子供だった。
家中の電気を消して、布団を何重にも被った中でなら、養父と話ができた。
実の両親がリオを捨てたのも今なら納得できる。むしろ、海賊に襲われて街が滅びることを知っていながら誰にも伝えなかったリオの方が、あまりにも情がなかったかもしれない。当時のリオでも、周りの人間に未来が視えていないという事は理解できていたから。
あの時、養父の元まで辿り着き助けを求められたのは奇跡に近かった。ただピカピカ光っているのに目が灼かれて、少し理性を取り戻した、それだけの話だったかもしれないけれど。
浮浪児を連れてマリンフォードに戻った養父は、リオを家に住まわせた。住環境が変わり一気に視える未来が増えて、泣きじゃくるリオの面倒を見た。忙しい身で家にいる事は少なかったけれど、偶に家で事務仕事をしながらリオが支離滅裂に語る未来を聞いていた。
仕事に活かされたのかどうか、リオは知らない。養父の方からリオに未来視を強要する事はなかった。
彼にリオの現状を改善する気があったかは分からない。ただ普通の子供を相手するように扱われ、適度に放置され、適度に構われ、リオは少しずつ落ち着いていった。
もう少し分別がつき、養父以外の前で激しく感情を垂れ流すことがなくなった頃。ロシナンテと出会った。
リオはそれなりに一人で生きていけたので、その日も一人で買い出しに出ていた。市場に差し掛かった時、目の前のちょっとした坂道を冗談みたいに転がり落ちていく大男が通過した。
驚いた拍子に抑えていた感情が噴出して訳もわからず泣き出したリオを、彼は大慌てであやしたのだった。
それから、ロシナンテはリオが養父の仕事中一人でいることを知って、なにくれと構うようになった。養父は彼を知っていたようで反対しなかった。
リオと同じくらいか、それ以上に感情豊かで騒々しいロシナンテとリオが仲良くなるのにさして時間はかからなかったように思う。
「未来が視える?」
「うん」
だから、リオが養父以外に初めて秘密を伝えたのも、必然だった。
「スゲェじゃねェか!」
ロシナンテは、リオの大切な友人だった。
海兵になりたい、と言ったリオを養父は否定しなかった。年齢を理由にすぐにはなれないことを伝えて、リオをサカズキと引き合わせた。
彼にとって最も模範的な海兵が、サカズキだったのかもしれない。
養父の思惑通り、だったのだろう。リオはサカズキの『正義』にのめり込んだ。彼の正義は単純明快だ。
海賊は悪で、正しくない。だから、徹底的に排除すれば平和になる。
あまりにも単純な理屈で、当時のリオの人生経験では否定するところがなかった。それに、彼の正義もまた、一つの真実ではあったのだ。
彼の正義を信じることでリオの『正義』に手段が生まれ、長年リオを守ってきたことも事実だろうし。
サカズキに扱かれながら海兵を目指す中、ロシナンテの訃報が届いた。死ぬことは知っていたが、リオはそれを機に白金の髪を思い切って黄色く染めた。
染め粉の調達をねだったとき、養父は「あァ、懐いていたもんねェ」などと言っていたが、リオもわざわざ否定しなかった。
照れ臭かったのもあるが、それよりも呆れがあったからだ。腹いせを兼ねて小遣いで真っ黄色の趣味の悪いネクタイを贈った時も、さほど気にせず身につけていた。
早く独り立ちをしなければならないと思った。軍内では養父との関係は可能な限り伏せると決めていた。色眼鏡で見られたくなかったのもあるし、自分が勝手ばかりの海兵になる予感があったからだ。
リオは、最悪いつでも切り捨てられる尻尾でありたかった。
おかげでリオのことをサカズキの身内と誤解する者も多かった。
養父は、海兵としてのリオには何も口を挟まなかった。
口調を変えても、『メルリオール』と自分の正義に名前をつけ、大っぴらに偽名を名乗り出しても何も言わなかった。
コートを捨て、無気力になったメルリオールにも何も言わなかった。
世間的には後ろ指を指される親かもしれない。けれどリオに必要だったのは、きっと彼のような大人だった。
意識が覚醒するなり、リオは跳ね起きた。薬品の匂いと、ピッ、ピッと規則正しい機械音。
体を見下ろせば病院着に着替え、あちこちに包帯が巻かれている。ベッドの上で、リオはシーツを握りしめた。
ドクン、と脈打つ心臓は既にリオの元に戻って来ている。預けていたものだ、彼でないと戻せない。
しばらくして、リオはベッドサイドへ視線を向けた。暗がりの中、古馴染みが書き物をしながらリオの様子を観察している。
「気付いたか」
戦争は、と口にしようとしたリオの元に、新聞が軽く弧を描いて投げ渡された。読まれてる。これではいつもと逆だ。
ノロノロと持ち上げて覗き込んで、一面の見出しに踊る文字にリオは呻き声をあげた。
「昨日の新聞だ。2日経った」
海賊王の息子と四皇白ひげの死亡。マリンフォードの崩壊。リオが視た通り。何も変わらない。感情が平坦になっていて良かった、ともうあまり言い訳にもならない事を思った。
平坦なのは事実だが。
昔の通りなら、何度か気絶していただろう。
カルテを脇に置いたローが、リオの顔色や瞳孔の様子などを手早く観察して、なにかを操作してベッドの上半分を斜めに持ち上げた。凭れかかっておけ、という事らしい。過去類を見ない好待遇だが、それだけ今のリオが弱っているのだろう。
「赤髪が取りなして戦争は終わった。今は海賊女帝の指示で女ヶ島に向かってる。お前、指示はもう少し具体的に出せ。いきなり3人も急患を診るハメになった」
「……2人の予定だったんだ。こんな役立たず一人生き残ってどうすんだよ……」
「冗談でも言うなと言っただろ。褒めてやる、お前はちゃんとその心臓をおれに預けた。少しは教育の成果があったらしい」
どうだろうか。無意識でやったことだ。
この戦争で自分が何をしようとしていたのかすら自覚の無かったリオが、そこまで考えて動いていたとは思えない。
「……いいや。お前は死を選ばない。馬鹿正直に全部叶えようとするのがお前だ。火拳や白ひげに何度も警告をして、麦わらが死なねェように守って、少しでも海兵の犠牲を減らそうと海賊に銃まで向けて、結局誰も殺せず、仕舞いにゃ手前の心臓を差し出して。それでも、お前に死なれちゃ困る人間がここにいるから帰ってきた」
「でも、全然叶ってないよ」
「ああ。何も捨てられねェから失敗するんだ」
昔のリオなら、「失敗なんかしていない」と噛み付いていたところだ。そうされることを待たれているような気もした。けれど、言葉にはならない。
だってどう考えたってこれは『失敗』で。今回に限らず、これまでメルリオールがしてきたすべてが、失敗としか言いようの無いものだった。
「……他に聞きたいことは」
首を振ったローに、リオは脱力してベッドに体を預けた。なんと聞くか迷って、結局初めに聞いたのは「お父さんは」だった。
「海軍側は……」
「おれが見た時は無傷だった」
「サカズキさんは」
「白ひげに手酷くやられてたが、死んだという話は出てねェ」
「クザンは?」
「聞いてねェって事は無事なんだろ。……つくづく思うがお前、本当に馬鹿だな」
ハハ、と笑ってリオは「ルフィの様子はどう?」と聞いた。後回しにしていたわけじゃない。リオにとってはどちらも等しく大事な事だ。
だからこそ、ローは馬鹿だと評したのだろうが。
「意識はまだだ。傷は残るが、この様子じゃあ障害が残るこたァねェだろう」
「そう」
リオはローの腕を信頼しているから、それ以上は聞かなかった。視えているのもある。
代わりに、自分のことを指差した。
「ローが岸に上がってきてたの、見えてたよね」
主語のない問いに、ベッドサイドの椅子の上で足を組んだローは「さァな」と呟いて、「一応、周りに見えねェように船に直接運んだ」と付け足した。
意識を失う直前、ローの能力がリオのところへ及んだのには気付いていた。何かと入れ替えて回収したローが治療を施してくれたのだろう。
養父は多分、ローの能力を知っていたし、彼が腕の良い医者であることも知っていた。初めて会った時、リオを北の海まで連れて行ったのは彼なのだから。
「ありがとう」
「あ?」
「助けてくれて。治療も。一応、礼はしておく」
「ああ」
コクリと頷くローに、リオは「ごめん」と笑う。
「嘘を吐いた」
チラリと時計を確認してから足を組み替えたローは、リオの顔に視線を戻すと口を引き結んだ。心当たりはあるらしい。
「感情は別に、なくなってない。そもそも、本当に感情がない人間なんていないよ」
「ああ。お前のそれは……。ただ、振り切れちまっただけだ。だから表に出てこねェだけで、お前の心が砕けることはねェよ」
「そうだね。多分そうだ、ようやく分かった」
何も感じないなんて嘘だ。確かに、未来視が出来る分他人より現実に対する意識は薄くなる。けれど、初めてに思うことはあるし、悲しいことも、嬉しいこともある。
「お前は元々人一倍感情の振れ幅が大きかった。他人から未来視で受け取る感情がそもそも一定以上、ってのが原因だろうな。それが一気に麻痺したせいで、小さな動きを『感情』と認識できなかった」
ローの視線を追って、リオの拍動を記録している機械に目を向けた。一定の間隔、強度で揺れる線を基準にすれば、それより遥かに小さな揺れは誤差として排される。
「その気があるなら少しずつ引き出していく方法はある。そもそも、今も強く揺れたモンはちゃんと表に出てるだろ」
「そう?」
それだ、とローがリオを指差した。ツン、と眉間を突かれる。意図せず、皺が寄っていたらしい。
「『怒り』。シャボンディのお前は、おれに初めて会いに来た時と同じだった。ただ、あん時とは違っておれに怒ってたんじゃねェだろうが」
「ああ…………」
溜息混じりに呟いて、リオは視線を上げた。この身に染みついた衝動。
「そうか。多分私は、ずっと怒ってたんだろうなァ……」
怒ってる。そう、あの日からずっと怒ってる。怒って怒って、怒りで他のどんな感情も塗り潰されて感じなくなるくらい。そうだ、怒ってるんだ。
馬鹿な自分に。地獄みたいな世界に。クソみたいなこのチカラに。
どうすればいいか分からなくて、ただ従うだけという思考停止に身を任せた。
「だって……。だって、おかしいだろ!! どうして無法者ばかりのさばってるんだよ! なんで心の優しい人たちばかり傷つかなきゃならない!! 善いやつには良い事で報いてくれよ。なんで正義の軍隊の頂点が一番腐りきってんだよ、どう考えたっておかしいでしょ……」
折り畳むように身体を曲げて、縋るように己を抱き締めて。
身を焦がす憤怒だけが、現実だった。
「なァ、この世の何処に神がいるっていうんだ。私だって……。私だって助けたかったんだ。全部視えてるんだよ。視えるんならさァ、ちょっとくらい変えるための力も与えてくれたっていいじゃんか! 何しても、死ぬ人は死ぬし、滅ぶ街は滅んでいく。視えるだけで変わらないなら、じゃあ、じゃあ私は。私は一体何のために、こんな地獄を見せつけられてんだよ!」
だから、叶えるための忠犬になった。どうせ変わらないけれど。盤石に、滞りなく見た未来が遂行されるように、得体の知れない力が見せる『未来』の、奴隷になった。
その方が、楽だった。無駄に足掻いていた過去を封じないと、両足で立つことすらままならなかった。
喚いたリオに、ローは答えずに沈黙を保った。彼なりの回答はあるだろう。彼がリオの立場なら、違った方法を取るだろう。けれど、それは今のリオの慰めにはならないから。
代わりに、目を隠すように掌がリオの顔を覆う。筋張った指先はヒンヤリしていて気持ちがいい。
目を閉じるだけで、リオの未来視はかなり制限される。勝手に心を動かす外因がなくなれば、リオはようやく自己対話が出来るようになる。けれど、完璧じゃない。余分なものが減るだけで0になるわけではないから、結局、どれがリオのもので、どれがそうじゃないのかも分からない。
「エースは…………。白ひげは。そうか、死んだかァ……」
悲しんでいるのだろうか。それも、今のリオにはよく分からなかった。
彼らは、リオにとってどんな存在だったろう。
「どうせ暫く寝たきりなんだ、いくらでも考えりゃいいだろ。後で、コーヒーでも淹れてやる」
「あの欠けたカップで?」
「他にあるか?」
平然と返された言葉に、ゆっくりと息を吐いていく。
あれ、まだあるんだ。そりゃそうか、あれはリオのカップだ。
「ローはさ」
「なんだ」
「私のこと、好きだよね」
「あ??」
ドスの効いた声と共に、目を抑えている手に力が篭る。とはいえ怪我人相手なので微々たるものだ。
「術後じゃなけりゃ海に捨ててるぞ」
「いや、そういうんじゃなくて……。彼らはどうだったのかなァ、って話だ」
メルリオールというリオの『正義』を、きっと愛してくれたであろう彼ら。リオのことを、どう思っていただろう。
「……向けられる感情くらい、視えてたろ。治りゃ分かるようになる」
「そっか」
「一応意思は確認するぞ。おれは同意のないオペは好まない」
「うん」
「目と耳、潰すつもりはあるか」
未来を手放さないか、という誘いだ。未来視に深く関わる感覚器官を潰すことで、これまでのリオの人生の全てだったと言っても過言ではない、未来視を物理的に封じる。
「未来が視える、理由が欲しかった」
呟いたリオに、ローは黙って続きを促した。
「意味があると思ってた。私にこんなチカラが宿ったのには、必ず何かしらの理由があるって。そうじゃないと……生まれてきた意味が分からなくなる」
ロシナンテは理由をくれた。誰もそれを否定しなかった。間違ってはいたけれど、正しくもあったから。
結局自分で否定して、『私の方が未来のためにあったんだ』と、また別の意味を作り出した。
それもまた、自分が行動で否定した。リオは、未来に従いたいとは思ってない。振り回されたいとも思ってない。
「捉え方次第だ、リオ。少なくとも麦わら屋はまだ生きていて、その仲間たちもそうだ。お前がそう望んだように」
「望んだ、かな」
「もう一度言ってやる。捉え方次第だ。確かにお前は無気力に海賊船に揺られてたんだろうさ。大した助力もせず、真実を話さず、その癖裏切る時だけは一丁前。どうせベラベラと意味のねェ言葉を吐き続けたんだろう」
見てきたような物言いだった。
彼は実際、シャボンディで再会した時点でリオがルフィたちを裏切ると確信した上で、何も口出しをせず見過ごした。
人は全く同じ視界を他人と共有出来ない生き物で、人それぞれの視点と捉え方があるからだ。
「あるひとつの視点からすれば、お前は危なっかしいと思ったから麦わらの船に乗り込んだ。きっと道中では、強敵との戦闘経験が積めるようなるべく手を出さずに見守ったんだろう。お前の知る海に挑むにはまだ足りないと思ったから、誰も死なねェのを承知で壊滅を見送った。おれと会った時、修行中だと楽しそうに話してただろうが。だがこれもあくまでひとつの捉え方であって、船に乗ったのはそれだけが理由じゃねェ。お前はまだ、気付いちゃいないみたいだが」
「へェ。君から見た私はそういう人間なんだね。……やっぱり、私のことについては君の方が詳しいなァ」
彼はやはり、返事をしなかった。既にそれは成されている。
──未来を手放し、ただの人としてその生を終えるか?
誰かを愛し、誰かに愛されることを知り、喪失に胸を裂かれ、それでも自分を知るための道を選ぶか?
「私は…………」
何のために、生きているのだろうか。
○余談
リオのこれまでの行動を善意で解釈するなら、次のようになると思います。ドラムと空島は違うけど。
ドラム:船番(ワポル陣営を追い払ってる)〈寒さが苦手で動きたくなかっただけでこれはたまたま〉
アラバスタ:クロコダイルに敗北するルフィの救出(見た目一番ヤバそうな敗北)、住民避難の指示(そのまま)
空島:ここに関してはマジで何もやってない(ゴムだし大丈夫やろ)〈空島の環境による未来視の不調〉
W7:ルッチ戦後のルフィピックアップ(動けてなさそう)、エニエスロビーからの脱出を援護(青雉の代理)
スリラーバーク:オーズ戦(オーズが強いのはJrで知ってる)、暗幕設置(そのまま)、くまとの交渉(ゾロの出血ヤバすぎ!?)
シャボンディ:人間屋(天竜人嫌い)、ゾロへの銃撃(元気に動かれると逆に万が一がある)、裏切り(こっちは忘れて修行しておいで)、復隊(新聞見てるだろ、死ぬから来るな)
頂上戦争:基本ルフィの近くにいる(一回白ひげに突っ込んだのは海面の氷が割れたらルフィが落ちるんじゃないかと思ったから)
これもあくまでひとつの捉え方であり、悪意、もしくは『無感情』で取るなら皆さんが見てきた通りです。
シャボンディで言っていたように、未来に従うだけだったのも事実。
善意で行動してるならもっとやれることがあっただろというのもその通り。
人の行動自体に善悪はなく、受け手がどう思うか次第だと思っているので、好きに受けとっていただければ。作者はこいつのことを無自覚に邪悪だと思ってます。反応見る限り同じ方は多いのでは。
目の前の誰かを『救う』ためにどんな犠牲も厭わず、その『犠牲』を視てまた『救う』ために走り出す。たとえ、その行為によって初めの誰かが救われなかったとしても。
大局的な視野を持たず、あくまでも平等に個人を見続ける。メルリオールにとって『すべてを救う』の『すべて』とは抽象的な概念などではなく、すぐ目の前にあるものの集合体だから。
それがメルリオールが掲げ、後に唾棄した正義です。
メルリオールは本気であなたの未来のために尽くしてくれますが、あなたには彼女が破滅の道への案内人に見えるでしょう。