ローの指示通りにパンクハザード研究施設の裏手へ向かえば、巨大な子供たちと一緒にナミたちが隠れていた。ナミ、サンジ、チョッパー、フランキーの4人はローに精神をシャンブルズされたらしく、誰が誰だか分からない。
器用なウソップが中身が誰なのかを示すお面を作って被せていったが、視界のないリオには全く意味をなしていなかった。
ひとまず、一味が全員集結したことになる。庇の下に身を寄せて、手に入れた限りの情報を整理していく。
「つまり始めから解明していくとだな」
ウソップが下半身男──今は顔と合流し、リオにも言葉が分かるようになった──を「こいつが例のサムライなんだ」と指した。
サムライ側の言い分としては、行方知らずの息子を探して邪魔者を斬っていたという。ところがローに体を三分割され、胴体は今も行方不明、と。
一方、ボスタウロスの方が言うには、4年前の毒ガス事故の影響からパンクハザードを救った『
そしてナミたちによれば、研究所の中に子供たちが集められており、病気の治療を受けているらしかったが、助けを求められたため連れ出した、ということだ。巨人の子供なのか随分と大きな子供もいるが、普通の子供に近いサイズの子もいる。もしかして、巨大化の実験かな。一時期政府で研究されてたし。
そして一人取り残されたブルックはリオたちと通信しつつ、途中で胴体だけの恐ろしく強い剣士と戦いつつ、合流してからはリオも知る通りだ。
途中、サムライが胴体の話を聞いて飛び出していってしまったので、ブルック、ゾロと、サンジ……多分……? が連れ戻しに向かった。
「じゃあこっちはこっちで身の振り方を考えよう」
「その前にリオよ。この島のこと知ってたんじゃないの?」
「待って、助けて。今ここにいるのはフランキーとチョッパーとサンジだけど、中身はナミとフランキーとチョッパー、であってるよね?」
「おう、そうだぞ」
「混乱する……! 私って声や口調を聞いてるんじゃなくて、どんな事を話そうとしてるか、を聞いてるだけだから……気配と中身が合わないと誰だかわからない!」
「おおそうか……じゃあやっぱあの七武海は探さねェとな」
状況把握は出来たし、とリオは雪の上に座り込んだ。必要になったら呼んでほしい。リオは子供達の病気を調べるというチョッパーを手助けすることはできないし。
しばらく待っていると、その場にいた子供達が次々に呻き始めた。体の大きい子たちから次々と倒れていく。
慌てて立ち上がって呻いている子供を宥めていたリオは、いまいち相手が何処にいるのか分からないまま、「チョッパー……」と呟いた。この症状、見た覚えがある。
「まさかとは思うけど、この苦しみ方って……」
「ああ。お前達、今欲しいものはないか? いつもこの時間何してる?」
「ハア、いつも……? 検査の時間があって……そのあとキャンディを貰うんだ……」
「ッ!」
子供たちの同意する声に、リオは数歩後ずさった。
「覚醒剤の……禁断症状」
流石に補給に乏しい海の上の海賊には少ないが、陸での流通は例がある。過剰に摂取すれば多幸感と引き換えに、強烈な中毒を引き起こす。薬が切れれば何をおいても次の覚醒剤を求め、禁断症状を引き起こして暴れ回るのだ。
予想以上に大変な事になっていたな、と暴れ始めた子供を前にリオは思案した。
ウソップのポップグリーンで一度子供たちを眠らせ、残った一行は尋問するようにリオの周りを取り囲んだ。正確には、ルフィが研究所に向かいたそうにウズウズしているが。
「そろそろいいかしら。リオ、知っている事を話してくれない?」
「あ、うん。ごめんね私もテンション上がっちゃってて」
頷いて、「この島、パンクハザードだけど」と外を手で示した。
「来歴はさっきの話の通り。元々は政府の実験施設で、4年前に大きな事故を起こして放棄された。その後毒ガスのこともあって立入禁止になっていたんだけど……」
「赤犬と青雉の戦いの舞台になった、と言っていたわね」
「そう。私もじっくり聞いたわけじゃないけど、本人が言うにはその時点でパンクハザードの毒ガスは消え去っていて、何も危険はなかったみたいね」
「本人って?」
「クザン」
サラッと言ったリオに、5人共が「ウワ」と引いた。
「青雉と会ったの……!?」
「まァ。それは置いておいて、ここからは推測になるんだけど、恐らく子供達に実験をしている科学者は『M』であり、『CC』。つまり……
「大量殺戮兵器!? それで、今は子供達に実験をしているのか。スーパー悪い科学者だな」
「子供を巨大化する実験、ね。それは知らなかったというか、恐らく数ある実験のうちの一つ……」
「馬鹿を言うな!」
後ろで縛られていたボスタウロスが口を挟んだ。彼からすれば『M』は命の恩人。治療を施され、動かなくなった足の代わりにワニの足を──与えたのはローだが、ともかく彼を善人と信じきっている。
「『M』は素晴らしい方だ。世界を平和にするための発明を数多く行ってらっしゃる! そんな非道な研究、してるはずがねェ!」
「一応、これでもそれなりの階級の海兵だったから、身内の不祥事はよく知っている。イニシャルからシーザーだと思ったのは、この土地の事もあるんだ」
言葉を切って、リオは見えもしないのに辺りを見渡した。そのまま告げるには憚られる。
「ここは政府の研究施設。政府の科学者だったシーザーも、当然この研究所で実験を行っていた。……4年前の事故を起こしたのはシーザー・クラウンその人だ。毒ガス兵器で、島を死の島にしてしまった。それが今戻ってきて治療を施しているのは……。多分、自分の実験の成果を観察しているから」
「嘘だ!」
「いいや。少なくとも、
「待て、なんか飛んでくるぞ!」
反論するボスタウロスに答えたリオの声に被さるようにして、外を眺めていたルフィが叫んだ。程なくして地面が揺れる。感覚からして砲撃か。その下手人も、すぐ近くに迫っているようだった。
「……大きい!」
「きゃ!」
悲鳴をあげたフランキー──じゃなくてナミの方に刀を振った。掠ったような手応えがある。恐ろしいスピードで距離を詰められたようだ。
「リオ、ありがとう!」
「ううん、このくらいは。ルフィ、もう一人いるよ!」
「おう、任せろ!」
大気が揺れる。また砲撃だろう。軽く指を鳴らして白鳴を迸らせれば、二つの巨体の表面を白い稲光が撫で走った。
いくら早くても、これでどこにいるのか分かりやすくなっただろう。後ろは任せて銃を撃ち、ナミを襲って来た方を追い詰める。グラリとバランスを崩したのはロビンの援護だ。ならば。
「デカイってのはそれだけで面倒だな……! 大通連・嘴!」
放った突きの先から、バチバチと覇気を放出する。相手の巨体に比して小ぶりな刀は、内部に浸透した白鳴により、見た目以上の破壊力で敵を貫いた。
トドメとばかりにロビンが関節技を決めていく。デカい、疾い、くらいなら新世界には数多といるし、その程度じゃ妨げにはならない。これでもリオは歴戦の海兵だったのだ。
「ふう、ありがとロビン」
「いいえ。あちらも片付いたわね」
振り返って確認すれば、今しがた倒した敵と同じサイズの人物が倒れていた。二人組の暗殺者とかだろうか。どうも、一味の敵ではなかったようだが。
「逸ったね。私の顔でも見たのかな」
メルリオールは
「あいつら、茶ワニの事狙いやがったんだ! 仲間じゃねェのかな」
「やっぱりそのシーザーって相当歪んだやつだよ! 子供たちを返すわけにはいかない! 何とかしないと」
あちら側では、ボスタウロス──海賊茶ひげというらしい。聞いたことがあるような、ないような──が砲撃をくらったようだ。シーザーから切り捨てられたのだ。
「どちらにせよ研究所には向かわなきゃかな。でも、ゾロたちを先に探さない? 私だったらそう時間かからず連れて帰れると思うよ」
「見聞色ね」
「うん。最悪白鳴をバチバチしとけば目印にもなるだろうし」
こんな感じに、と片手の掌の上で静電気のように弾けさせれば、ナミが「ゾロの迷子はリオに任せておけば良さそうね……」と呆れたように笑った。
「でもそれ、悪魔の実の能力ってわけじゃないのよね?」
「うん、私の覇気」
「人によって違うものなのね。綺麗だわ」
「だよね!」
「あら?」
詰め寄ったリオに、ロビンは一瞬驚いたように固まった。けれど、すぐにいつものように柔く微笑む。
「ええ。見せてくれてありがとう」
「ありがとうはこっちのセリフかなァ。これが綺麗なのは、みんなの心がキラキラしてるからだよ。いつか見せてあげたいくらいに」
言って、けれどリオは叶うことの無い言葉だと自嘲した。もう、リオが他人の心を見せてもらうことは無いのだから。
リオの覇気を白く輝かせているものこそが、この海に無数に浮かぶ心というギフトだ。ずっと見てきたから、リオは自分のそれを覆い隠して輝かせることが出来る。
「あ」
話の途中、慣れた気配にリオは顔を上げる。
すぐにまた会うと言われた通り、雪の降り積もる中、刀を担いだローがこちらを見上げて佇んでいた。
雪が、降っていた。
北の海のとある海域。海賊が一人、海兵が一人。
これが追憶であると、確信を持って言える。かつての日常であり、決して忘れることの無い記憶。
リオは
だからこうして、定期的な訪問の中で時折、宝石を手にしていることがあった。
「見つけた時は綺麗だと思ったんだけど、ここで見るとそうでも無いな」
「犬じゃねェんだから、何でもかんでも持ってくんな」
「え、受け取って貰えないと困るよ。こんな石ころ、腹の足しにもならないんだから」
「そのうちおれの船は、おまえの土産の重みで沈むだろうさ」
何を持って来ても捨てられないという自覚があってこうしているのだから、今更だろう。小さな宝石をローに押し付けて、リオは重く垂れた空を見上げた。
変わらず寒さは苦手だが、雪は悪くない。海賊たちが目を輝かせるお宝よりも、この海に降り積もる雪の方が、ずっと綺麗だ。
曇天からはらはらと降り積もるそれを浴びながら、リオは盛大にくしゃみを放った。
「ぶえーくっしょん!」
「いい加減もう少しマシな防寒具でも買ったらどうだ」
「これ以上着込んだらモコモコで動けなくなっちゃうへーっくしょん!」
いつものように彼の元に押し掛けたリオは、寒さに震えながら呆れ返ったローを見上げていた。少し言葉を交わして、すぐに帰るつもりだったのだ。だからいつものようには装備を整えていなくて、向こうもそれを察してかあまり歓待の準備をしていなかった。
尤も、歓待してくれるのは決まってベポたちで、ローはいつも顰め面で追い返そうとする側だけど。
「じゃ、そろそろ行く」
「ああ。先走るなよ、リオ」
「ん?」
早く行けとでも言われると思っていたのに、続けられた言葉に首を傾げる。相変わらず、心の中は覗いてはいけないらしい。NGサインが出ていた。
「ドレスローザだ。おれが挑めるようになるまで先走るなと言っている」
ドレスローザ。その国の名前に、リオはゆっくりと瞬いた。
どういう意味か、分からないわけがないけれど。ここで、選択を誤ってはならないからだ。充分に検討して、言葉を探って、深呼吸と共に冷えた空気を肺に循環させる。
何年も会っていて、その国の名前が、ひいてはそこに座す国王の名前が話題に上がったのは初めてのことだった。リオは巧妙に避けていて、彼はわざわざ口にしない。
「……そう。ドフラミンゴ、倒すつもりになったんだ」
「その為に海に出たんだ。お前だってそうだろ」
「…………。私は」
「すべてを救うんだろ、知ってる」
その思想が何処からもたらされたものなのか、知っている。
二人が何を失って、何を得たのか。知っている。
「分かった、君に協力する。……この為に出会ったんだね、私たち」
この時。リオは一つの義務を己に課した。
例えどんなふうに成れ果てたとしても、成し遂げなければならないことだ。
既にこれ以上無い対価を貰っていたから。
ニコリと笑って。
リオは「私にかかればドフラミンゴなんかけちょんけちょんのちょんなんだから、ローも早くこっち来てね!」と雪原を駆けたのだった。
戦闘だけやらせておけばそこそこ優秀なんですけどね。
『どんな宝石よりも美しいもの』、エース回のサブタイでした。
今回はそのアンサーサブタイです。