A棟やB棟で倒したシーザーの手下たちのガスマスクを確認しつつ一箇所に纏めていると、背後から猛スピードで飛んでくる気配があった。
「リオ!」
「追いついて来たね、ルフィ。スモーカー、お前もか」
後方からのルフィの声に振り返る。彼より少し早く、スモーカーがリオの元に辿り着いた。
「シーザーは多分この先だ、開けるよ」
「おう、ちょっと待ってくれ」
「待ちません。この程度で息を切らさないで」
研究室の手前で息を整えるルフィを他所にドアをこじ開ける。そこにいたのは予想通り、シーザーだった。
「あたりだ!」
「ッ!」
喜んだルフィと反対に、スモーカーは息を詰めてすぐさま踵を返す。あっちはヴェルゴ目当てか。
ルフィが拳を放つのに合わせ、後ろから肉薄したリオは飛んできたシーザーの肩口を掴んだ。
ガスになって拡散した体を押さえ込むように力を下へ加える。
「く、メルリオールッ!」
「4年振りかな。相変わらずのようで何より」
言いながら、気絶させた方が手っ取り早いだろうと、覇気をバチバチと放出させていく。
「貴様ァ、あの時はよくも……よくも……待て、何故呼吸が出来ている!? おれの能力は空気中の酸素にまで及ぶはず……!」
「……これだから、新世界序盤程度の
「ガ、ガスタ……!」
一丁あがり、と技を出す前に気絶したシーザーを床に落とした。
4年前、事件を起こして逃亡したシーザーを捕まえたのは連絡を受けたメルリオールだった。護送船に引き渡した後逃げたとは聞いていたが、少なくとも能力面での成長はなかったようだ。
「ルフィ、ガスの影響は受けてないよね?」
「おう。やっぱ見聞色の扱いじゃあリオには敵わねェな」
「このくらいならルフィも直ぐでしょう。それに、私は殊更自然系に強いからね」
海軍時代は熟練の自然系に囲まれながら新世界で覇気を鍛え上げてきたリオにとって、低練度の能力者なら自然系が一番相手をしやすい。作戦会議の時に「この中じゃ私が一番自然系に慣れてる」と言ったのは誇張じゃない。
逆に面倒なのは
「フランキーが研究所なら隔壁を下ろせるはずって言ってた。その操作装置がどれかは分かる?」
「うーん。それっぽいのは沢山あるけど、端から適当に動かしてくか?」
「まずいね、一番ヤバイ二人が研究室に来ちゃった」
気絶させたシーザーに首を振って、何かしらの計器やらが並んでいるだろう壁面を無意味に眺める。例え目が見えていたとしてもリオには何が何やら分からなかっただろうが、いくつか試していけば当たりを引いた可能性はある。
「ナミかロビンあたりに合流したい。ルフィ、気配を探ってみな。そんなに広い研究所じゃない。集中すれば誰が何処にいるか言い当てれるくらいの修行はしたはずだ」
「ああ。まあリオの修行、修行っていうか運試しだったけどな」
「無駄口叩かない」
ひとつの島を舞台に鬼ごっこ兼かくれんぼをしたくらいで、リオにしてはゲロ甘な修行だったはずだ。
文句を言われるとしたら、こちらが見聞色に一家言ある身であること、加えて10億越えの賞金首から何度も生還したスキルを活かして本気で逃げ回っていたくらい。
「見えた、あっちだ。多分二人とも一緒にいるぞ」
「同感。じゃあ行こうか」
伸びたシーザーの足を掴んでズルズルと歩き出す。他の連中ももう近くまで来ているから、後はロー側が終わり次第脱出だ。C棟出口付近まで向かえば、「あー!」と盛大に指をさされた。
「ルフィとリオ! と、シーザー!?」
「あら、気絶してるじゃない」
「揃ってるね」
一味とボスタウロスに向けてシーザーを投げ渡せば、ナミが露骨に「ゲ」と嫌がった。我慢してほしい。
「ハァ、お前さんがあのメルリオールだったか……」
「疲れてんじゃん、ボスタウロスくん」
「ボス……? 茶ひげだぞ」
「そう、それ」
ナミ、ロビン、ウソップ、ブルックとサムライを背中に乗せたボスタウロスは息を乱しながらリオの前まで走って来た。
「あんまりメルリオールって呼ばないで欲しいんだよね。もう私はただのリオなんだから」
「さっきは気付かなかったが、心底お前が敵じゃなくて良かったぜ……」
「聞いてないじゃん。にしても、やっぱ妖怪扱いだよなァ、新世界の私」
「そうか、リオは新世界で海兵してたんだもんな」
曖昧に頷いて、彼らが走ってきた通路の方に意識を向ける。
「ゾロとサンジは?」
「それぞれ飛び出して行ってしまいました」
「まァ、あいつらなら問題ねェだろ」
「ゾロはダメだろ」
「止めたのよ? 一人で行動するなって。それより、チョッパーは? 私たち真っ直ぐ来ちゃったけど、子供たちには会わなかったわ!」
「この棟のどっかにはいると思う。多分あっちの方かな」
「おれ場所分かるぞ!」
勢いよく手を上げたルフィに頷いて、リオは「悪いけど、誰かちょっと引き返して隔壁を下ろして来てくれない?」と背後を指さした。
「あっちにシーザーの研究室があるから、そこで操作出来ると思う」
「ならチョッパーを探すついでに向かいましょ。合流できるならそれに越したことはないわ」
「あ、それとさっきの研究室の下、誰かいるよ。あんま人っぽくはないんだけど」
このくらいの大きさ、と両手を広げて見せる。小動物だろうか。
なんにせよリオが気付いたということは、人間かそれに近い意思を持った生物ということだ。
「え!? 地下があるの?」
「多分? R棟はこの先だって言うから、終わったらそこで合流しよう」
「リオは?」
「ちょっと気になるから、後ろを見て来る」
「海兵さんたちね」
「まァ……あれでも腕はあるから、役に立つと思うよ」
肩を竦めて、リオは背後を振り返った。
「ッ!」
B棟の中程まで戻った途端、前方から超速で何者かが突っ込んできた。咄嗟に刀を抜けば、向こうも勢いのままに武器を振りかぶる。
「君か、メルリオール」
「スモーカーとは会わなかったのか? ヴェルゴ」
応えの代わりに、覇気を帯びた竹が襲いかかってくる。
「大通連ッ!」
ガキンと刀で迎え撃ち、直後両者が飛び退った。
「納得したよ、君がずっとおれの事を敵視していたのは……ローと繋がりがあったからか」
「やだやだ、言ったそばからこれだよ」
覇気使いの無能力者なんて、要素だけ抜き出せばリオの一番苦手な敵だ。
G-5現基地長、鬼竹のヴェルゴ。類稀な武装色の覇気の使い手で、海軍の裏切り者。その正体は、王下七武海、ドンキホーテ・ドフラミンゴの側近。
ローから話を聞いたリオは、自分の裁量の中で最大限この男を押さえつけていた。知った時は既に優秀な海兵として地盤を固めていたヴェルゴの出世を少しでも遅らせるように。そして、一度尻尾を出せばすぐ切り捨てられるように。
「生憎急いでいてね。オイタをした餓鬼を躾けなきゃならん」
「……血の匂いがするな。ヴェルゴ、ここへ来るまでに何をしていた?」
「答える義理があるとでも?」
「……さて」
短く答えて、リオは「退け!」と叫んだ。ヴェルゴにではない。
「……チ、防ぐか」
「スモーカー中将か」
奇襲を受け止めたヴェルゴが、能力で煙となったスモーカーへ得物を振り下ろした。覇気を纏った攻撃だ、煙になっても避けられない。
「ウッ」
「スモやん!」
「スモ中将!」
「……」
吹き飛ばされたスモーカーの元に、G-5の海兵達が駆け寄った。追いついてきたのか。どうも、背負われた怪我人が多い。
「メルちゃん、ヴェルゴ中将がおかしいんだ! 誰かに脅されているのかもしれねェ!」
「どこまで馬鹿なんだお前ら、普通に裏切りだよ!」
「え!」
「君も相変わらずだな……!」
苛立ったヴェルゴがリオに硬化した竹を振りかぶる。合わせてリオも防御して、暫しの思考を挟んだ。白鳴で無理矢理突破してもいいが、ヴェルゴはローの獲物だ。
あくまで冷静に、相手の覇気の強度を査定する。どのレベルか。リオが対処する必要はあるか。
「モネをやったのも君か? ここにいる餓鬼共にモネがやられるとは思えない」
「答える義理があるとでも?」
「ふむ、道理だ。我々は君のことを正しく評価している。この研究所に人知れず侵入し、厳重な警備を掻き回し、麻痺させた。ローの計画も、君という後ろ盾があるからこそだろう」
鍔迫り合いの最中、告げられる言葉にリオは薄く笑った。
なるほど、こいつらは何も分かっていない。研究所に侵入できたのはフランキーの力だし、警備を麻痺させたのだってたまたまだ。モネは確かにリオの戦果だが、ローが動き出したのはリオがきっかけじゃない。こいつらは実力を知っているメルリオールのことしか見えていない。
「ここで君を潰せばどうなる? この場で万が一にもおれに敵うものはいなくなる。そうなれば餓鬼共を殲滅して終わりだ。取引が遅れるのは痛手だが、壊れたものは直せば良い。その程度でジョーカーが築き上げた基盤は揺るがない」
「ふうん。なんだ、その程度か。お前じゃ無理だよ。今も実力差が見えてない」
押し退けるのではなく、自ら退くようにしてリオはヴェルゴから離れた。
「気が変わった。進みたいなら早く去れ。元より、私は貴様を止めるためには動いていない」
「白鳴、貴様!」
スモーカーからの横槍が入ったが、リオは涼しい顔で受け流してD棟の方を顎で示す。
「私が攻撃を始める前に行けと言っている。大事なものなんだろ? 行って守ってみれば良い。そうして自らの傲慢を省みろ」
黙り込んだヴェルゴはリオの真意を探るように視線を落とした。
けれども、結論を下す前に横合いから銃弾が降りかかる。リオをキッチリ避けるように飛んできたそれは、標的には届かず叩き落とされた。
「あれだけ目をかけてやったというのに、冷たいな」
「次弾、構え!」
「撃て撃て、裏切り者を捕らえるんだ!」
「そうだ、おれたちにだってプライドくれェはある!」
「馬鹿お前ら、手ェ出すなっていつも言ってんだろうが!」
G-5の連中だ。効きもしない弾を撃ちながら、自らを鼓舞するように叫んでいる。本当に馬鹿な連中だ。リオの目には映らなくとも、奴らの目に涙が浮かんでいることくらいは分かる。それくらいの付き合いだ。
けれど、G-5のゴロツキ共にとって、ヴェルゴはリオ以上に付き合いのある恩人だった。リオが基地に来る前から行き場のない連中の面倒を見て、最低限の礼儀作法を教え込み、海兵として育て上げた。そこにどんな思惑があったかは知らないが、それも事実なのだ。
結局、ヴェルゴは部下たちを一瞥しただけで、攻撃を仕掛けようとはしなかった。彼の優先順位はとうに決まっていた。それだけの話だ。
追うように、スモーカーがすっ飛んでいく。
「メルちゃん……」
溜息を吐いて、リオは刀を仕舞った。彼らに向き直り、リオも自分の優先順位を確認する。
今更の話だ。
「海賊だぞ、私は」
「おう」
それでも見捨てられないからここにいる。一番上じゃなくても、何に置いても優先すると誓えなくても、手を差し伸べない理由にはならないから。
頷いて、元部下たちは「次、何処へ向かえば良いんだ?」と笑った。