「そうか、サンジが」
「ああ、おかげでおれたちは助かったが、兄ちゃんが心配だ」
重たい体を背負い直して、リオは頷いた。スモーカーも、副官の大佐も離れたG-5共を2班に分け、最低限だけ残して全部チョッパーの方へ送った。怪我人とそれを運ぶ担当だけ残したリオたちは、小走りでR棟を目指している。
聞くところによると、ヴェルゴの襲撃を受けたG-5の元にサンジが駆けつけ交戦状態となったが、ヴェルゴの離脱と共にサンジも血相を変えてどこかへ向かってしまったらしい。そこまでは一緒だった副官も、サンジに着いていったと言う。ガスは現在A棟内に充満しているだけだと言うし、他に人影は無かったらしいが、一体何を察知したのだろうか。
「メルちゃんは、ヴェルゴの裏切りを前から知ってたんだよな?」
「そうだ、とは聞いてたよ。けど少年一人の証言と、品行方正な海兵のどっちが信用されるかって言うと後者だろ。証拠が無いなら動けないって言われたし、まァ……あんまり私も真面目に排斥しようとはしなかった」
何か起きたら対処すればいい。起こすなら絶対にリオに視えるから。そういった考えのもと、リオは現状にはあまり目を向けずに海を駆けていた。
「私が睨んでる間、あいつはただ真面目に海兵やってたみたいだね」
「そうか……」
「おい、一丁前に落ち込むな、気色悪い」
ゲシゲシと二回りも離れた男を蹴飛ばして、リオはまた体を揺すった。
「おれたちでそいつも背負うぜ、メル元准将ちゃん」
「いい」
「でも足引き摺ってるぜ」
「いい!」
「でもこうしてると思い出すよなァ、昔メルちゃんが小船で半泣きになりながらおれたちを引き上げて回ってたの」
「泣いてねェよ、うるさいな!」
「あんまり背は伸びなかったなァ……」
「怪我人は黙ってろ!」
保護者面のバカどもに怒鳴り散らして、リオはグルグルと喉を鳴らした。リオの目が見えていないのを知ってか知らずか、「お、あそこ66って書いてあるぜ」と先導していた海兵が振り返る。
「ん、スモーカーたちももういるね」
「スモやん!」
「お前らか」
通路の前で待ち構えていたのはスモーカーとローだ。ちゃんと心臓も取り戻している。一味は誰もいない。リオは背負っていた怪我人を下ろして、「SADは?」とローの方を向いた。
「破壊した。研究所の方は今のところ大丈夫そうだが、多少のガスは漏れ込んでるぞ」
「うん。でもシーザーはルフィたちが持ってるはずだし、子供たちの方にもバカ共を派遣した。もう大丈夫なんじゃない?」
「そうか。お前、ヴェルゴに何を言った? 相当キレてたぞ」
「変なことは言ってないよ」
本当か、と疑う視線が突き刺さっているが、リオはスルーした。海兵たちがトロッコに怪我人を運び込んでいる様子になんとなく顔を向けながら、予想通りヴェルゴはローに勝てなかったな、と心の中で呟く。
昔の認識のままでこの程度と見切りをつけ、油断をしているから足元を掬われるのだ。彼はもう、新世界を渡っていけるほどに強くなった。ローだけじゃない。ルフィも、ゾロやサンジたちも。皆、強くなった。
「って、あれ。ロー、君しっかり怪我はしてない?」
「かすり傷だ! そもそもお前が怒らせたせいだろ」
「はあ? じゃあなに、先に私の方で痛めつけとけば良かったってこと? カッコつけたんだからすんなり勝ってくれないと」
「そもそもなんで素通りさせてんだお前は!」
「え、だってシーザーは捕まえたし、ヴェルゴはローがやりたいのかなって」
「それはそうだがもう少し大局を見ろ。昔からそうだ、未来視に頼りすぎてあまりにも頭を使わねェから、臨機応変に動けねェ」
「はい……」
「どうせここにはシーザーとヴェルゴくらいしかいねェとタカを括って舐めてるから緊張感がまるで無ェんだ。視えてないことを自覚しろ」
「はい…………」
「まァ、お前はそれで良い……っと、どうかしたか」
すごく尤もなことで叱られていると、スモーカーがズンズンと近寄ってきた。
「おいメルリオール、たしぎは見てねェか? バカ共じゃ話にならねェ」
「
「そうじゃねェ。この研究所にいる敵対勢力はシーザー、ヴェルゴ、そして雪女。こいつらは全て排除して、残るは有象無象の海賊崩れたちだ。違わねェな?」
リオの方も敵対勢力を指折り数えて頷いた。勿論、海賊と海軍という最大の敵対勢力が今こうして顔を突き合わせているのは除外して、だ。
「ああ。シーザーはルフィに預けたし、ヴェルゴは君らで倒した。モネって子も、ちゃんと気絶させたから早々目覚めないはず。ジョーカー側が増援を送ったとしても、流石に到着が早すぎるな。だから、残りの敵は有象無象だと思うけど」
「たしぎがそんな奴らに遅れを取るとは思えねェ」
「何を疑ってる? ……あ、未来視を頼ってるのか。悪いけど今それはしてないの」
「……その短絡的なのがバカ共に伝染ったんだろうが」
「あ? バカは元からバカだったって言ってんだろうが! こいつらは元からだよ!」
「メルちゃん、事実でもおれたち傷つくぜ!」
「ここは新世界だ!」
怒鳴り散らしたスモーカーが、海兵やリオの言葉を遮った。
「何が起こってもおかしくねェ。お前がこの海に一番詳しいだろうが。この島の位置、海賊共の勢力図、何が考えられる? アラバスタの時とは違うぞ、知らねェとは言わせねェ。おれは元海軍少将に話しかけてんだ」
「……真面目だなァ。んなこと言われても分かんないんだけど……」
いまさっきローに頭を使えと怒られたところだ。
息を吐いて、リオは「これは闇ブローカー、『ジョーカー』の商売だ」と呟いた。
「けれど同時に、別の手も入ってる。あの子供たちの実験は別件だろ。どう見ても完成してない以上、商売にはならない。『赤髪』はないな。『百獣』も考えにくい。『黒ひげ』が『白ひげ』の縄張りを手にしているなら拠点はハチノスだろ。いくらなんでも遠すぎる。傘下の可能性はあるが、多すぎて絞れない。その点、『ビッグ・マム』の所は一番あり得るかなァ」
新世界という海は、四皇を中心に回っていると言っていい。一部を除き、殆どの海賊、島がいずれかの勢力の下に着き、頂点に立つ四皇は巨大な資本、労働力を動かしている。もちろんある程度独立して複数の勢力相手の商売をする輩もいるが、それにしたって四皇全員相手はまず無い。
「本隊の連中か?」
「いやァ、ないだろ。私は見えてないけど、毒ガスが立ち込めてんだろ、この島。そこに立ち入れる装備や能力があるんなら、初手でこの研究所の屋根を吹き飛ばすね、奴らは。状況が読めてないならあり得なくはないが、接敵はしてるんだろ?」
「元から潜んでいた可能性は?」
「それこそ無い。私たちがシーザーを倒した時、他に誰もいなかった。四皇海賊団ってのはあれでちゃんと組織立って動いてる。どんな理由があれ、護衛も付けずに状況を見逃すようなことはないよ。というかもし本当にマムのとこだったら、とっくに私がぶっ飛ばされてるね」
「傘下につかねェ海賊もいるだろう」
口を挟んだローに首を振る。
「それでシーザーと直接取引が出来るとは思えない。闇取引ってのは信頼と実績がモノを言う世界だ。ジョーカーだってコツコツ積み重ねた結果だろ。だからシーザー関連の線は切っていいんじゃないの」
「……心当たりでも?」
「無くはない」
スモーカーに頷いて、「ログの取れないこの島に来る方法なんてタカが知れてる」と補足した。
「シーザーの知り合いか、元からこの島を知っているか、だ」
「前者でないとすれば、目的はなんだ?」
「物見遊山」
「あ?」
「怒るなよ。意外とこういうのがあり得て、そんで面倒なんだ。君が言ったんだろ、新世界では何が起きてもおかしくない、って」
シーザーの取引相手ではなく、かといってスモーカーたちの増援でもない。サンジが血相を変えるほどの人物で、ゾロの相手も同じかもしれない。
「何にせよ、時間はねェぞ。崩れるようなら今いる連中だけで脱出する」
「……おれは戻る。G-5、お前らは待機。無理そうだと思ったら先に脱出しておけ」
それだけ言って立ち去ろうとするスモーカーに、リオは「脇に避けた方がいい」と床を指差した。
「あ?」
言う間もなく、スモーカーの足元の床にヒビが入る。
「よし、脱出だァ!」
「わー、わー!!」
「あら、本当に出れたわ」
メキメキと床を割って騒々しい一同が合流した。ルフィにロビン、ウソップ、サムライ。あと何か小さな生き物。
「麦わら!? お前、なんてとこから出て来やがる」
「あれ、ケムリン? トラ男にリオも! もしかしてここが集合場所か?」
「そうだよ、おつかれさま」
ホイ、とロビンから投げ渡されたのは伸びたままのシーザーだ。どんな紆余曲折があれば床を突き破って出てくる羽目になるのかはともかく、これで半分は合流できた。シーザーはトロッコに投げ込んでおく。
「チョッパーの方は大丈夫そうだったわ。移動に時間がかかってるのかしら」
「他はまだか?」
ナミとブルックはチョッパーの手伝いに残ったそうだ。G-5も送りつけたし、ロビンたちが別れた時点では鎮静剤を打てていたらしいから、じきに到着するだろう。
「ゾロとサンジはどうした?」
「それをどうしたんだろうね、って話してたとこ。まァ多分、そう問題ないんじゃない?」
「あ、見えたぞ、チョッパーたちだ!」
そうこうしているうちに子供たちを引き連れたチョッパーたちが駆け込んできた。茶ひげの背中に、まだ小さい方の子らがしがみついている。
「トロッコに乗せろ。これで脱出する」
「うそ、全員乗れる?」
見たところ子供たちの一部が立ち上がれなくなってはいそうだが、一味に怪我はない。そちらはナミに任せておいて、リオはローに合図をして呼び寄せた。
「ここ、外の毒ガス以外に大規模な兵器は残ってる?」
「知る範囲では無い。それがどうした?」
「……いや」
ポーチから電伝虫を取り出した。子電伝虫ならともかく、電伝虫を携帯している人間はそう多くないだろう。小さい子だと通信範囲が狭いから、昔からわざわざ専用のポーチに入れてまでリオは持ち歩いていた。
目と耳を塞いでからは使えないので、病気にならないよう面倒は見続けているが、かけようとしたのは久しぶりだ。時報はかかってくるけど、とその送り主を見上げて思った。
「ちょっとかけるから、耳外していい?」
「……通訳する。その為に呼んだんだろ」
「じゃあよろしく」
さっきはスモーカーの手前ああ言ったが、実の所リオにはこの島の『第三者』が誰なのか予想がついていた。
新世界に詳しいとか、海賊同士の力関係が、なんかは関係なく、今この島に来る動機がある奴に心当たりがあるからだ。
「って事で、私の仲間を返してくれるかなァ」
リオの言葉にか、その返事にか、露骨に顔を顰めたであろうローに面白がってリオは腕を伸ばした。頬を突っついて相手の返事を予想する。
『久しぶりにかけてきたと思えばそれかい』
だとか、そんな所だろうか。
「ね、お願いクザン」
この間会ったばかりの友人。近海にいるなんて当たり前で、この島の場所を正確に把握しているのも当たり前。少し予想外だったとすれば──。
わざわざ『交戦状態』だった、と言ったところか。
少し時を遡り、リオとヴェルゴが鍔迫り合いを演じていた頃。
A棟へ繋がる通路では、ゾロとサンジが殺気立っていた。
「尻尾巻いて逃げ帰ってもいいんだぜ、グル眉」
「こっちのセリフだマリモ野郎! お前の手を借りるほど落ちぶれちゃいねェよ」
「後から来たのはお前だろうが!」
「ちょっと貴方たち、いつまでいがみ合えば気が済むんですか!」
サンジに着いてきたはいいものの、状況的に帰るに帰れなくなったたしぎは、刀を構えたまま通路奥に立つ男に視線を戻した。
「貴方も何故、こんな所に……!」
「別に」
温度のない言葉が返った。
「何処にいても勝手でしょうが」
元海軍大将、青雉クザン。唐突にこのパンクハザードに現れ、周りの被害をお構いなしに研究所を凍てつかせながらゆったりとR棟へ向けて歩いてくる、圧倒的な強者。
彼の現在の立場はどこにあるのか、この島の現状を知っていたのか、何もかもが謎。
「ともかくだ、どうも海軍を辞めたらしいが、それ以上進めばおれたちに敵対したと見なす!」
「して、どうなる」
サンジの言葉に怯むでもなく、元同僚のたしぎを見て手を止めるでもなく。青雉は、再びゆっくりと研究所への侵攻を開始した。
「リオ、お前なァ……。あ? 誰でも良いだろ。おい、リオ、お前が返せ」
「返せったって他に言うことないよ。なァクザン、そこにゾロとサンジがいるよな。後、スモーカーの副官も」
「……いるとさ」
「クザンだと?」
耳聡く聞き咎めたスモーカーがズンズンと近寄ってくる。
「おいクザン、てめェこんなところで何してる……!」
「あ、ちょっと! 私が話してんの!」
「おい待て白猟屋、面倒になる」
「たしぎ! 聞こえてんのか!?」
「だからそこで会話しないで! サンジ! ゾロを連れてこっちまで戻ってこれる?」
「……。ああ、おれが代わりに伝えてる。リオ、他に言うことはあるか」
「だから何がどうなって……ああもう。えーっと……そう、だな……」
特にない、と言おうとしてリオは逡巡した。理由も分からぬまま内側から湧き出る衝動に突き動かされ、リオはそっと口を開く。
「私たちがいるところ以外、全て凍らせて、クザン。何か……嫌な予感がする」
「……。あァ。お前に言われるまでもねェ」
「あ、おい!」
リオの言葉の後、勝手に返事をしたローは内容をリオに伝える前に舌打ちと共に通話を切った。スモーカーが怒っているが知らんぷりだ。
何も聞こえないし見えないけれど、ゾワリと背筋が凍る。最高峰の自然系が無造作にその力を解き放った、そんな気配。
「おい、何があった!?」
血相を変えたルフィがトロッコを飛び越えて来るほど。
「問題ねェ。リオ、これでいいな?」
「……うん。ルフィ、トロッコを出す準備をしよう」
片手で口を押さえて、リオは首を傾げた。
曖昧な言い方だ。相変わらずリオには何も視えていないし、何かの気配を検知したりもしていない。それでも、こんな言葉が転がり落ちたのはどうしてだろうか。
「シーザーは? まだ気絶してる?」
「あァ。ウソップが途中で海楼石の錠をつけてたし、ロビンが見張ってるぞ」
「そう」
左手を開いて閉じて、リオは首を振ってルフィの後に続いてトロッコに乗り込んだ。
奇しくもその直前。
とっくに目を覚まし、4年前に島を殺し尽くした毒ガス兵器のスイッチに手をかけていたユキユキの能力者の女が、より上位の能力者の氷に飲まれ、その動きを止めたところだった。