その後、大慌てで飛び込んできたゾロとサンジ、そして飛んでったスモーカーに抱えられた副官が乗ったトロッコは、狭い通路を駆け降りて裏の港まで突っ走った。
港に満ちていたガスをナミの力で吹き飛ばし、スモーカー主導でボコボコにして起こしたシーザーを振り回し、残ったガスを回収させる。シーザーの手下たちも今は氷漬けになっているが、おかげでガスの影響は受けていないはずで、適切に解凍出来れば命に別状はないだろう。
既にフランキーがサニー号の回収ついでにドレスローザからの刺客に対処してくれていて、ウソップとナミの力で撃破。薬漬けの子供たちにはローが処置をして、サムライの錦えもんは無事に息子と再会できた。めでたしめでたしというワケ。
そして、完全に氷の城となった研究所からクザンがのっそり出てきた頃には、ルフィの音頭で港は海賊海軍入り混じった宴の舞台となっていた。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよリオさん♡ あ、でも少し心が冷たくなっちゃったから膝枕してく……うェッほん!! 大丈夫だ、チョッパーにも診てもらった」
「怪我がないならいいけど。ゾロも?」
「ああ」
妙な咳払いをして誤魔化したサンジはそのまま調理へと戻って行って、ゾロは酒を飲み干した。端っこでズルズルとサンジ特製スープを啜ってるクザンの方を指差して、「あれ相手に? すごいな君たち」とぼやく。
「向こうに殺す気がなかった。それだけだろ。まァそれならそれで、良い肩慣らしにはなっただろうが」
「まァ……いいけど。でも多分、あいつは結構本気でやってたと思うよ」
「そもそもありゃ何しにきたんだ」
「何って多分……。こう、新世界の門番的な気分でしょうよ」
適当なことを言ったリオのセリフは、G-5のバカ共が「おいお前ら、メルちゃんが酒飲んでるぞ!」と指を差したので有耶無耶になった。
「バカ、本当バカ。このバカ共が! もう飲める年だわ!」
「なんだ、保護者会か」
クク、と笑って、ゾロはまた酒をかっこんだ。これだから新世界は、とリオも倣ってジョッキを傾ける。
あまり混み入った質問はしないこと、ここにいたことは忘れること。
所在なさげに宴を目前に立ち竦んだクザンの腕を引いたリオが、皆に約束させたことだ。
彼が今何をしているかはリオだって知らないが、魚人島、パンクハザードと世話をかけている。危ない橋だって渡っているかもしれない。まァ、クザンが危なくなるケースなんてあまり思い浮かばないが。
保護者会、と称したゾロの言葉はある意味正しい。クザンだってリオを小さい頃から見てきた一人で、リオがぽっきり折れた時や2年前の頂上戦争で、「これは死ぬかな」と思わせてしまっただろう。これからリオが何をしようとしているのかも知った上で、出来る限りの協力をしてくれている。
「何か得るものはあった? ゾロ」
「あ?」
「この先、あれ以上の
「そうだな、よく分かった」
短い言葉に頷いて、リオはそのまま一直線でクザンの方へ向かった。隣には、先程までスモーカーがいたはずだ。
「……ごめん、迷惑かけてばっかだな」
「……こういう時だけ殊勝なんだから。それ、まだ見せてないな?」
「う。まァ、もう動き出しちゃったし、この後……」
服の下に仕舞ったままの封筒を隠すようにマントの前を締める。うだうだしている自覚はあるのだ。わざわざ魚人島まで届けに来てくれたクザンの気遣いを全部パーにしてしまった。いつも通りと言えばそうだし、クザンもリオの心の準備の時間を鑑みて最速で届けてくれたのだろうけど。パンクハザードに入る前に共有しておけばもっとスムーズに進んだことだって多かっただろう。
「スモーカーたちは島でまだ作業があるでしょ。その間は……」
「元々そっちが本命できたんだ、気にしなさんな」
「うん」
これから船で移動するリオたちとは違って、海軍はパンクハザードに残った元囚人や海賊たちの救出と、捕縛作業が残っている。場所が割れてるこの島の方が危険だ。その点、クザンが護衛に残るなら滅多なことは起きないだろう。スモーカーとは割と仲が良いみたいだし、そっちが本命、という言葉も事実だ。
「ゾロたちはどうだった? 強くなったでしょ。見てないかもだけど、ロビンだって……」
「メル」
短く呼ばれてリオは黙り込んだ。
二兎を追う者は一兎も得ず、なんて子供でも知っている道理だ。
隣にしゃがみ込んで、リオは殊更に苦い酒を飲み干した。
世界が厳しいことなんて、リオは誰よりも知っている。どんな慟哭も、どんな悲痛も、知っているから。
「一応、おじさんからの忠告だ、メル。お前さんは確かに強い。だが傲慢は身を滅ぼすもんだ」
「……分かってる」
長く海で生きていれば強者の見極めは自然と身につくものだ。リオ自身も、数え切れない程の敗北を経験している。両目を塞いだリオは、昔より確実に弱い。それでも、多分、今この海賊同盟では上位に入る。というか正直、ガチでやったとして、勝ち負けはともかくリオを殺せるような人材はいない。
懸賞金額なんて強さを表す指標にはならないけれど、ある程度の物差しにはなる。新世界の、四皇の強さは身に染みて知っていた。足りていないものはいくらでもある。まともにぶつかって勝てるわけがない。
利き手を見下ろして、握るような動作をする。この小さな手で握れるものは、ごく僅かだ。何を取るか、自分で決めなければならない。
「ハハ、やりたい事が沢山あって、メル困っちゃうな〜」
ヘラリと笑って、マントに顔を埋めた。地面に置いたジョッキをコツンと蹴り飛ばす。馬鹿馬鹿しい。
「昔は『やりたい事』なんて一つもなかったのに」
「一つくらいはあっただろ、じゃじゃ馬娘」
「そうかもね」
「……あれが、『死の外科医』ねェ、若僧じゃないの」
「なに?」
別に? なんて、少し笑ったクザンは首を振った。答える気は無いとみた。
「難しいねェ〜……生きるのって」
答えがないのをいい事に、顔を埋めたままモゴモゴと呟く。
「みんなはすごい。自分の気持ちも、やりたい事も、スパッと即答できる。私はダメだァ…………」
「らしくないねェ」
「アーー。そう、らしくない。加えて、君に言ってもしょうがない。忘れて」
「他の人には言わないで、が正しいなァ」
「それもやめて」
ポン、と背中を叩かれて、リオは勢いよく立ち上がった。
振り返りながら、存在しない軍帽の鍔を引くように手を動かして、マントを左手で広げ、丁寧に一礼をする。左手を離せば、内側の黒いマントが背中で揺れた。
もう、そこには何も背負われてはいない。
「ビブルカード、返しておく。クザンも」
「ああ」
小さな紙片を交換して、リオは長い息を吐いた。長かった、本当に。
「頑張んなさいな」
「うん。クザンも」
後ろから、リオを呼ぶ声がする。もうリオは海賊で、クザンも海兵じゃない。
あの頃の延長はもう、おしまいだ。誰もが未来を選択し、歩き出している。
手早く進められる片付け作業の最中、子供たちは海軍が港に残っていたタンカーを使って護送することが決まった。スモーカーはじめ幾らかは島に残って迎えの船を待つらしいが、ナミとチョッパーが子供たちの出航を見届けるまでは船を出さない、と言うのだから、それが優先だ。
食器を積み重ねていれば、ナミがトントン、とリオの背中を叩いた。
「リオ、あんたちょっとこっち来なさい」
「ん?」
こっち、と指差す方には腕を組んだウソップが。そしてその隣に、ロビンが立っているようだった。
「どうかした?」
「どうもなにも……ね、ちょっと聞かせなさいよ」
大人しくついて行って、3人以外に声が届かないような隅にまで連れて行かれる。
「サンジくんはまァ、仕方ないとして」
「おう」
「なにが?」
前置きに首を傾げたリオに、ナミは少し弾んだ様子で「だから、あんたのことよ!」と前のめりになった。嫌な予感がする。今度こそ、ちゃんとした理由付きで。
「再会してから、あんた妙にルフィに甘いじゃない」
なにを聞くかと思えば。ウソップとロビンの方を確認するも、取り敢えずは聞き役に徹するつもりのようだ。
「そう? 優劣つけたつもりはないんだけど」
「私たちにも特別甘いのは分かってるわよ。あいつが船長なんだし、言うことを聞くのもわかる。別に責めてるんじゃないわ、むしろ嬉しいことよ」
「ビビにも前言われたな、それ。えーっと、弟みたいに思ってるから、とか?」
「弟?」
「エースの弟だし……。あの子が弟と認めたんなら、私もそれに従うって話。エースの代わりに見守っていようって意味もあるしね」
これは私が勝手に思ってる事だけど、と片手を振った。
「ルフィの兄ちゃんが弟?」
「そうなんですって。私も驚いたわ」
「あー、まァ、ね。別に友人、って読み替えてもいいよ。さして変わらないし。で、それがどうかした?」
どうって、とウソップと顔を見合わせたナミが、一度港を見渡してから「そこまではまァいいのよ」と呟いた。
「魚人島でサンジくんの様子がおかしかったから、ロビンと少し話してたのよね」
「ええ。どんな話をしていたのか聞いたわ」
「そしたらおめェ、恋人がいるって!?」
「はァ!? 恋人!?」
思わぬ言葉に大きな声が出た。声が大きい、とウソップが慌てて周りを見渡す。
「知らん知らん、なにそれ……私が?」
「あら」
ゆったりと首を傾げたロビンが、「サンジは、貴方に恋人がいると思って遠慮してるんだと思うけど」と笑う。
「いやいやいや。私感情無かったって言わなかったっけ」
「ずっとじゃないんだろ? それに、無くなったわけじゃねェってゾロが」
「え、なんでそこが詳しいの!?」
「知らないわよ。で、誰かなって話してたわけ。あの場にいたのってサンジくんの他にはチョッパーとゾロだけど、ゾロは寝てたし、チョッパーにはまだ早い話でしょ。だから必然的にあたしたちだけで」
「人をダシにして……と言うかいつの間に」
「リオが踊り惚けてる間によ」
魚人島の宴の時か。そりゃ、確かにサンジと遊んでいたけれど、裏で酒の肴にされていたとは。
「あたしたちが知ってる人だとしたら、相当上手く隠してることになるじゃない? でも、リオの海軍時代の知り合いなんて分からないし」
「それで、リオは新世界が長かったんだから、恋人もそっちにいるんじゃねェか、って言ったわけよ」
「それなら私たちもこれから新世界へ向かうのだし、会うこともあるでしょう、って結論付けてたの」
「いやいやいや……」
口の端を引き攣らせながら、リオは思わず片足を引いた。が、地面から複数の腕を生やしたロビンにガッチリ捕まれた。逃げ場がない。
「まず一人目が、スモーカー」
「無い無い」
「そうね、この線はないわ。アラバスタでも、お互い名前を知ってる海兵同士にしか見えなかったし。あいつは元々ローグタウンにいたんだし、2年前リオがローグタウンに近い島に住んでたってことを除けば、流石に根拠もないのよねェ……」
「ヒエェ、恐ろしい推測がされてる……」
「G-5の海兵さんたちも、そんな風には見えなかったわね」
「で、結構意外だったのがあれよ。元大将、青雉」
「は?」
「単純な仲良しって風には見えないけど」
「何しに来たのか知らねェけど、リオの頼みを聞いたってロビンが言ってたぞ」
「エー、心外」
なんて事を言いだすんだと首を振る。
「友達だよ、普通に。私のわがままに慣れきっちゃってるだけ。未来視してた時は結構周りに気を使わせててさ。見えたところに駆けつけられないと暴れてたし、壊れると思われてたのか、わがままを通すようにしてくれてたの。これはその延長。もう最後。ともかく、本当に何でもないから」
ふぅん、と頷いて、ナミもウソップもロビンも、否定したリオにガッカリするでもなくリオに一歩詰め寄った。
「ま、そう言うのは分かってたわ。だって本当に違うものね」
「だから何さ、本当に」
「トラファルガー・ロー」
鬼の首を取ったように、ナミはゆっくりとその名前を口にした。
「分かりやすくて笑っちゃうわ」
「コート、似合ってたのに脱いじゃったのね。スカート姿のリオも珍しくて可愛いけど」
「お、今度はダンマリか」
とんでもねェ二つ名ついた奴だがなァ、としみじみ頷いたウソップに、ニコニコしているナミとロビン。本当に勘弁してくれ。
「惚れた腫れたは嫌いなんだよ」
それだけ言って、リオは既に渋い顔になった表情を更に歪めた。
「100年の恋とか、身を滅ぼす恋とか、相手の為に死ねる愛とか。そういうの、実際にあるんだ」
そんなものばっかりリオに届いたから。
「言うほど綺麗なもんじゃない。『貴方のため』と死んでく奴が、本当に100%誰かのためだったことなんて殆ど無い。底が知れた感情に、身を委ねる気にはなれない。そういうのは、御免だ」
「それは、一度でも考えたことのある人のセリフよね」
ロビンの言葉に、ブスくれたリオは小さく頷いた。
「そりゃ確かに、ローのことは嫌いじゃないよ。ローだってそう。長い付き合いだもん、そうじゃなきゃ続いてない。でも、それだけじゃダメなの? 恋とか愛とか、そんなのがなくても今私たちは仲良くやってるよ。今更それを恋愛感情にする必要がある?」
「ほーう」
「なるほどね」
気不味くなって視線を逸らしたリオは、イヤーマフに無意味に触れて、その仕草も誤解を生みそうで手を下ろした。すぐ未来視を頼ろうとする悪癖があるのは、目と耳を塞いでから知ったことだ。
「それなら、サンジくんのいつものをご丁寧に断らなくてもいいんじゃない?」
「む……」
ナミの言葉に口を噤んだリオは、返事をする前に「やめとけって」と口を挟んだウソップに救われた。
「もう行っていい? 聞かれたから話したけど、あんまりしたい話じゃないし」
「じゃあ最後に一つだけ」
「なに? ロビン」
「貴方が目を潰さなかった理由…………。そうね、彼にあるんじゃないの?」
明らかに言いかけた言葉を直前で変更したような物言いだった。そして飲み込まれた言葉も、リオにはなんとなく分かった。
「あいつは、海賊になったんだ」
それだけ言って、踵を返す。もうロビンの拘束も解けていたし。
「あら」
わざとらしく両手を口に当てたロビンは、そのまま演技めかして「気付いていないようだけど」と笑った。
「あなたも海賊よ、リオ」