日も沈み、ともかく休憩にしよう、とお開きになった。とはいえ夕食を摂り終えた今も、大半が甲板に残って思い思いに過ごしている。
錦えもんとゾロがずっと何か揉めていて、モモの助を連れたロビンとナミは女子部屋へ。因みにモモの助は子供の癖に顔がニヤついていた。子供ながら、中々の女好きのようである。
チョッパーとウソップはドフラミンゴに狙われているのが恐ろしいのか、カブトを被って臨戦状態だ。
サンジは明日の仕込みにキッチンに引っ込んで、ブルックとルフィはうつらうつらと船を漕ぎはじめている。そろそろベッドに向かうだろう。フランキーは見張りを買って出ていた。
「食べないの? サンジのピザ、美味しいよ」
皿を片手に、座り込んだローの隣に腰を下ろす。
普段のリオは夜食を断ることが多いが、揶揄うために手にした、という部分が大きい。
「ピザってローにとってパンなの?」
言いながら渡しもせずに頬張る。この男はパンが嫌いなのだ。普段スカしている奴に嫌いな食べ物があるとちょっと面白いだろう。カロリーを摂り過ぎてる気がするが、明日はどうせ忙しい一日になるだろうからチャラだ。
「誤魔化したな、リオ」
「そりゃ、こっちのセリフだね。なーにが対四皇だか」
先程の話し合いでは一味の前で昔みたいに大喧嘩とはいかず、リオもローもお互い飲み下した部分はある。
「嘘は言ってねェ」
「ルフィは四皇を倒す気みたいだし、それはいいよもう。カイドウとぶつかるなら、確かにドフラミンゴを利用した方がいい。まァ、思ってたよりは君が冷静だった」
「思ってたよりお前は慎重だったな。昔のお前なら、あの時おれがパンクハザードへ向かった時点でドレスローザに特攻しててもおかしくなかった。そう思えば、ここまでよく保った方だ。悪かったな、ブレーキの効かねェ『狂犬』メルリオールの暴走をわざわざ咎めるような真似をして」
「言うなァ、君」
食べ切った小皿を脇に置いて、リオは「あれから、13年かァ」と呟いた。
ロシナンテが死んでから、13年。
長かったような、そうでもなかったような。リオがメルリオールとして駆けていた年月は、あの13年前を境に始まった。志だけならもっと前、それこそ20年近く遡ることになる。ロシナンテと出会い、海兵を志し、訓練を重ね、入隊を目前にして失った。
けれどもきっと、リオにとっては、『あれから12年か』と言うべきなのだ。
多分、ロシナンテを失っただけじゃ、リオはメルリオールにはならなかった。なれなかった、と言うのが正しい。
「おれとお前はずっと立場が違ェ。協調することはない。だが、目的だけは一致しているはずだ。その点だけは、おれも『信頼』してる」
「はァ?」
妙な言い回しに疑問符を返した。まさかとは思うがこの男、リオがパンクハザードで『信頼してる』と言ったくせに組まなくても良いなんて嘯いたことへの当てつけだろうか、今になって。
「なに、不満?」
「いいや?」
「そうは聞こえないんだけど」
ふ、と笑ってローはカツン、とリオのイヤーマフを手の甲で叩いた。既に二回、リオはこれを外している。一回はローの前で。
「勝手に外すなって言っただろうが」
「……ごめ……ん。いや、逆に? 逆に私が一から十まで言うこと聞くと思った?」
「あ?」
「それとも手加減した私の方が良かった!?」
「言ったな、ナチュラル上から目線!」
「おうとも、このアイドル船長!」
「「お前、そんな風に思ってたのかよ!?」」
ダーン、と床を踏みつけて立ち上がる。
「だいたい君、他所の船で図々しいね!? 2年前の私だってそこまでじゃなかったよ!」
「いや、割とそんなんだったぞ」
「ルフィは黙ってて!」
胸倉を掴み上げたリオに、ローは「前から言ってやろうと思ってたんだ」と吐き捨てた。
「お前、事あるごとに梅干し持ってくるのをやめろ! ただの嫌がらせだろうが!」
「ベポは喜んでただろうが!」
「じゃあベポに直接渡せ!」
グイグイと額が押しのけられる。身長差が辛いので負けじとリオも声を張り上げた。
「それじゃあ意味ねェだろうが! だいたい、君だっていつもいつもわざとらしく私の載った新聞押し付けてくるのなんなの!? ゴミ箱じゃないんですけど?」
「なにが悲しくてお前の顔写真をおれの船に積まなきゃならねェ」
「別に捨てたっていいけど! 一回ベポがまだ読んでないって泣いてたじゃん!」
「あん時ゃ、そもそもお前がいきなり船に押しかけて来たからだろうが!」
「いーだろ一回か二回くらい! 普段は陸まで隠れていってたじゃん!」
「隠れられてねェって言ってんだろ、目立つんだよお前は!」
「五月蝿いわよあんた達! こっちは子供が寝てんの、いい加減にしなさい!」
バン、と女子部屋のドアが開いて閉じた。
顔を見合わせて、どちらからともなく離れる。
「リオとトラ男、いつもそんななのか……?」
「あ、ごめんチョッパー。別に喧嘩ってわけじゃないのよ」
じゃあ何だ、という感じだが、昔のリオとローは割とこんなんだった。
「あーあ、ナミ怒らせちゃった。私今からあの部屋に戻るんだけど……」
「は?」
「は?」
疑問符に、リオは同じ言葉を返した。
ローの視線が女子部屋のドアへ向く。男子部屋の方はまだ空だろうけど、女子部屋の明かりは子供がいるのでとっくに落ちている。
「……はーあ。疲れた。サンジにお酒でも出してもらおうかなァ」
なんて言いながら、リオはまた元の位置に座り込んで夜を明かしたのだった。
翌朝。
ニュースクーに代金を渡して、リオは一面を開かないまま甲板の中央まで歩いた。リオは一味の中でも相当に朝が早い方だ。というより、睡眠が浅い、と言った方が正しいかもしれない。
「ア〜〜サ〜〜でーすヨホホホホ〜〜〜♪」
「わ、びっくりした」
同じく起きていたブルックが起床の音楽を奏でているらしい。ぞろぞろと皆が集まってくる。この新聞に書かれている内容次第でこれからの作戦が変わってくるのだ。
「じゃあ、いくよ」
バン、と開いた一面。
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ、七武海脱退。ドレスローザの王位を放棄!!」
つらつらと、ウソップがリオのために記事を読み上げてくれた。書かれていることが事実なら、現状はローの計画通りだ。
「本当に辞めやがったァ!」
「あ、王様だったんですね!」
「昨日話聞いてた!?」
ブルックに詰め寄っているリオの横で、ローが浅く息を吐いた。
「これでいいだろ、リオ」
「まあ……。第一段階は」
「で、何でおれ達の顔まで載ってんだ!?」
ペラ、とルフィの手が新聞を捲った。
「七武海トラファルガー・ロー、麦わらの一味と異例の同盟。ローに対する政府の審判は不明」
「スモーカーだろうねェ」
「あれ、隅だけどリオも載ってるぞ」
「なんで?」
「あ、おれたちに加入したって記事だな」
「あれ、メルリオールってソロ海賊扱いだったの? 今まで」
「何でお前が知らないんだよ」
まァいいか、と流しておく。確かに、頂上戦争までのリオの足跡を隠すならメルリオールと麦わらをイコールにはできない。ここらで帳尻を合わせておく、ということだろう。
「お、もう一個海賊同盟が出てるな。キッド、アプー、ホーキンス!」
「コイツらもか〜、同じ事考えてんのかな」
「ホーキンス、キャラ被ってるんだよなァ」
「どこが?」
「占い〜」
「被ってねェよ」
そうかな、と首を傾げた。やっぱり、忠犬キャラとして売っていった方が良いだろうか。ルフィにはあまり良い顔をされなかったので控えているのだが。
「他何か書いてある?」
「いや、同盟を結んだってことしかねェな。リークしたのはフリーライターのアブサってやつらしいが」
「うーん……まァいいか」
「他所は他所だ」
ローは「これで分かっただろう。シーザー誘拐はそれだけあいつにとって重大な事だ」と続けた。
「じゃあ、こっちも動かないと。ドフラミンゴとの取引は?」
「今日の午後3時、グリーンビット南東のビーチだ。そこでシーザーを引き渡す」
「その間に、おれたちは……結局どっちになったんだった?」
「先に見つけた方でいいでしょ。おもちゃ工場でも、SMILE製造工場でも。要するに、『工場破壊』だ」
フランキーに返して、リオは「王宮付近が一番怪しいと思う」と続けた。
「それから、闘技場。海軍が立ち入れないんだよね。怪し〜〜!!」
「おし、じゃあくじ引きするか!」
「その前に一つ確認させて、リオ」
ロビンが片手で紙を揺らした。多分、リオが渡した地図だ。
「貴女はトラ男君と作戦を立ててたと言ったけれど、渡された資料にはドレスローザとドフラミンゴの事ばかり。トラ男君は四皇を倒すと言った。錦えもんたちは仲間を探しにドレスローザに向かいたい。リオ、貴女は? 貴女が本当に成し遂げたい事は何かしら?」
「…………」
すぐには返さず、リオは押し黙った。
「……別に、言いたくないなら言わなくていいのよ。けれど、私たちは仲間。貴女がやりたい事なら、どんな事だって手伝うわ」
「……私は…………」
「ドンキホーテ・ロシナンテ」
「! ロー……」
ロシナンテの名前を出したローに顔を跳ねあげる。
「ドフラミンゴの実の弟にして元海兵。13年前、兄であるドフラミンゴに殺された」
「弟がいたのか?」
「それも、殺されたって……」
リオは、つまり、と顔を見合わせた一味に軽く頷いた。
「ロシナンテは私の友人で……。ローの、恩人だ。私とローの接点が、彼。その一点だけで、海賊のローと海軍の私は知り合った」
それ以外に、共通点なんてないでしょ、と笑う。
当時はどちらもその立場ではなかったとしても、だ。
「じゃあ、仇討ちか?」
「そうなるのかな。……でも無理は、しなくていい。結果的にドフラミンゴが潰れるのなら、過程は何でもいい」
ローもそれでいいでしょ、と呟いて、リオは返事を待たずに踵を返した。
「ドフラミンゴへの連絡は任せた。私は聞こえないから、纏まったら後で教えて」
それは多分拒絶でもあった。
一足先に船室に戻ったリオは、サニー号に戻ってから一度も開いていなかったカバンを前に溜息を吐いたのだった。