グリーンビットへ続く橋のたもとで、しゃがみ込むローとニヤケ顔のドフラミンゴを見つけた時は肝が冷えた。投げ捨てそうになるイヤーマフとサングラスを何とか懐にねじ込んで、銃と刀を抜く。
目を、耳を開けば、これまでと桁違いの情報が一気に雪崩れ込んでくる。無茶だ。何のために2年も不便な生活をしたと思ってる。2年かけてようやくここまで来れたのに、全てを水泡に返す所業だ。今のリオは、雪崩れ込む他人の感情から自分の心を守れない。
けれど、ローが。
傷だらけで、血だらけのローが、ポカリと口を開けて、リオを見上げていた。
「よくも私の前で、そいつに傷をつけたな! ドフラミンゴ!」
そうだ、
「そいつは、私の友人が全てを賭けて守った命だ。私の前で奪えると思うな!」
バチバチと白い雷を纏った刀を振り上げる。クソの役にも立たない力だ。リオのやりたいと思えた事を、ことごとく阻んできた力だ。
未来が視えた以上、リオはどちらかに走らなければならなかった。阻止でも、遵守でも、無視が出来ない。その癖、大事な時にはいつもいつも間に合わない!
「
唸る。
牙を剥く猛犬の如く。或いは、手負いの狼の如く。
視界を真っ白に染めていく雷鳴は、怒りの発露だ。かつて、リオの頭の中でだけ響いていたもの。彼女にだけ与えられたギフト。
だったのはもう、過去の話。
覇気は意志の力で。今この時、その意志を
跳ねたそれがピシリとドフラミンゴの頬を裂いたのを見て、リオは獰猛に笑みを深めた。
「
喉、心臓、鳩尾。急所を狙ったいくつもの突きが、真っ正面から硬化した部位を貫いていく。入りは浅いが、と最後に割り込んできた腕を斬り払って銃口を突きつけた。
「
「遅いッ!」
言葉の前に放たれていた弾丸が、右肩を抉って貫いていく。置き土産にバチバチと中身を傷つける雷を残して。
「ガッ!」
咄嗟に急所は避けたか、と既に視えていた結果に視線を向けず、トン、トンと数歩下がってローの隣に膝をついた。
「立てるか?」
「リオ、お前なんでここに……コロシアムは」
「おいまさか、君まで騙されたのか?」
肩に担いで、せめてと路肩に寄せる。別に、今のリオに問答などさして意味はないのだ。どうせ全部分かるし。
けれども、と笑う。
リオは、会話が好きだ。
先が読めてしまって十全には楽しめなくても、彼と話すのが好きだった。だから、何度も何度も北の海へ向かった。
「待てリオ、今のお前じゃそう長くは……」
「分かってる」
だから急いでいるのだ、と立ち上が──った直後に振り返る。久しぶりに見れた顔だった。
そう。リオはただ、顔を見て、声を聞けて、こうやって話が出来れば満足なのだ。未来視なんて力を持っていなければ、好きなだけこうしていられたはずだ。だから、こんな力、なんの役にも立たない。
2年前、まだ見たいものがあると言った。だから、目を潰すことはしたくないと。そう、言いはしたけれど。
もっと直接、『君の顔が見れなくなるのは惜しい』と伝えたけれど。
きっと、冗談だと思われているのだろう。
リオは本当に、ドフラミンゴなんかどうでも良かった。憎しみがないと言えば嘘になるけれど、もっと大切な事があった。
今のリオは未来への反逆者でも奴隷でもなく、救ってもらった一つの命でしかないのだから。
ただ──リオの支えであった彼に、自由に、健やかに、生きていてほしい。
「ごめんね、ロー。でも君は生きなきゃダメだよ」
リオは彼に、戦って欲しくなかった。だから、黙って一人でやってしまおうなんて考えてたのだ。
それがリオの身勝手な事も承知していたし、結局、彼の意思に背くような手段は取れなかったけれど。
「私はもう過去や今を大事に生きてるからさ。君だって、ちゃんと先を視て」
何度も何度も。彼が語る復讐への道を聞いて、作戦に同調するようなフリをして、惜しまずに情報を提供した。あの時のリオは未来ばかりを視ていて、ローはずっと過去ばかり見ていた。噛み合わないと感じながらも、反対意見を口にしたことはない。
ローとリオの共通項はそれだけで、そこにしかなく、そうでなければ会う理由が無い。
薄氷のような現在だけが二人を繋ぎ止めていて、それも期限付きだと知っていた。
彼がこの国に足を踏み入れる時が来れば、それが最後だ。
噛み締められた唇に少し笑って、リオは飛んでくる糸を斬り落とした。
これが最後になるだろうか。どうせ、初めから道を違えた同士だ。彼のその先も見たかったが、まァ仕方ない。
これが、リオの12年だ。
そう心の中で呟いて、リオは素早く身を翻す。
『答えは見つけたか?』
揺れる炎が問いかけた気がした。
『ごめんね、エース。見つけたけれど、私は今からそれを投げ捨てる』
「邪魔をするな、メルリオールッ!」
「お前がその名を呼ぶな!」
吠えて、白鳴を纏いながら飛び出した。
ドレスローザの北端、飢えた闘魚が牙を打ち鳴らす海峡の上空。
片や能力で止血だけを済ませた血濡れの姿で、片や見えない傷口を自ら抉りながら。
殆ど同じ年数この偉大なる海に己を刻んだ海賊同士が、明確な上下関係のもと対峙していた。
「大通連・曙!」
「五色糸!」
五指からの斬撃。それはブラフで本命は足元からの奇襲。覚醒した
「──
見切った攻撃を白鳴で
いかに強力な能力であれ、いかに覚醒した能力であれ。
「聞いていた通り厄介だな、その未来視……!」
「ヴェルゴか? 調べて出てくる情報じゃ、ないんだがな!」
「グッ! だが、その戦い方、覇気を使いすぎだ! いつまで保つ……?」
「構わないさ。今、お前を殺すだけの力であれば……!」
振りかぶった刀は盾がわりの糸に阻まれる。ならばと先んじて銃弾を放つ。地面が糸に変わって波打つので、先んじて空を駆けておく。
盾が刀を阻むことはない。腕ごと裂いた太刀筋と、着弾地点に白鳴を撒き散らす銃弾がドフラミンゴを襲う。
「視えているぞ!」
背後から襲い掛かる偽物の上半身を切り捨てた。糸で操られた人形だ。同じ顔、同じ姿が2人。驚きより前に嫌悪感が来る。
「この期に及んでお人形遊びか? ドフラミンゴ!」
「フッフッフ、死にたいようだな……!」
ドレスローザ北端から、押し返すように戦場が崩れた橋の残骸へと移った。
バチバチと、過剰なほどに放出する覇気で攻撃の悉くを打ち砕き、着実にダメージを刻んでいく。こんな戦い方をすればいくらリオでもすぐ覇気が使えなくなるが、むしろこうでないと戦えないのだ。外向きに放出している間、リオ本来の未来視──つまり、他者の感情を受け取る力は弱くなる。
覇気が少しでも弱まった時が、タイムリミット。リオの終わり。
「ッ……
「無駄だ!」
身を守る盾を切り崩し、上下左右から襲う糸を撃ち砕く。折れた橋脚を足場に、グリーンビット側に残った橋桁に降り立ったドフラミンゴを睨み上げた。
「今度はお前が囮か、メルリオール! 10年前といい、今といい、その舐め腐った顔がおれの神経を逆撫でする……!」
「自己紹介か? 10年前から、お前はずっと猿山の大将気取りだ……!」
ガン、とリオの刀と硬化した足がぶつかり、白鳴が一方的に肌を裂いていく。
「この、海兵崩れが……ッ!」
「なんとでも言え!」
両腕と右脚は潰した。後は心臓を潰す。もう、残った力も僅かだ。殺しきれるかは分からないが、必ず深手は負わせてやる。勝っても負けてもリオは残らないが、しょうがない。それなら別に、ここで果ててもいい。
──本当に?
本当にそうだろうか。
何のためにここまで来たんだっけ。この男を殺したかったんだっけ。
──考えるな。剣が鈍る。
どうしてリオはこんなに怒っているんだろう。
「……考えるな!」
吠えた直後、先の光景にリオは大きく飛び退いた。落下する隕石。
「海軍大将かッ!」
「先ほどはどうも、世話になりやした。こんなお返ししかできませんが……!」
「大通連・嘴!」
避けられないうちの一つを裂いて、ドレスローザの土を踏む。途端、斬りかかってきたのを受けて、剣も一流、と舌を打った。
「退け! そのコートを羽織ったまま、正義を損なう剣を振るうな!」
「おっしゃる通りで! ですがお嬢さん、正義を捨てたのはあんたの方じゃありませんか?」
鍔迫り合いは不利、と早々に見切りをつけて重心をズラし、重力を食らう前に圏内から脱出する。
ドン、と大穴を開けた地面を背後に、リオは飛んできたドフラミンゴに銃口を向けた。
刀は媒介。銃弾も同じく。リオが扱う武器は、白鳴の伝達手段だ。
「
二連射が重力使いの脇を擦り抜けてドフラミンゴを釘付けにする。多量の血を吐いた男の心臓へ向けて、リオは真っ直ぐ銃口を突きつけた。
「
言葉と共に、空中で込めた覇気が破裂する。周囲全てを焼き尽くす白鳴の球体が、真昼の空に咲き誇った。
結果を目で見る事はなく、リオは視えたものに従って右にダイブする。足先を重力を込めた刀が通過した。
「グッ……。こ、のッ……
「死に損ないが! 大通連・あけ……ッ!」
技の起こりが乱れた、間に合わない。
攻撃ではなく絡め取ることを目的とした妨害に手を止めた隙に、目の前の大将からの一閃が届く。
「シャンブルズ!」
寸前、リオの視界は僅か後方のものに移り変わった。ローの能力だ。大きく肩で息をしながらも、刀を握りしめている。無茶をしたな。
「へェ、それならそれで」
けれど、大将の刀は変わらずリオを狙っている。斜め前のローの肩をひっ掴み、リオはただ後方へと押し出した。
「狙いやすいってもんです」
「沖津鏡!」
受け流す。正面から受けた重力に、身体が軋んでいく。駄目だ、受けきれない。多少の負傷は無視するしかないか。
競ったのは一瞬。背後のローに当たらないように流した攻撃の隙間を縫って打ち付けてきた刀で、リオは後方にすっ飛ばされた。止めようとしたロー共々、通りの2、3かそれ以上をぶち抜いて開けた場所に落ちていく。
「リオ!? トラ男も! どうした、何があった!?」
「ロー、動ける!? 場所を変えて!」
何処かなんて、落ちる前にリオには視えていた。
落下した先の声に応える余裕もなく、追ってきたドフラミンゴへ刀を振るう。闘技場前の広場だ。中に入ったルフィと、外から話しかけていたゾロと錦えもんの目の前。そして、試合を観戦しに来ていた国民たちの前。
フ、と白鳴が一瞬立ち消えた。理由は明白、人が多いからだ。
人通りの少ない、打ち捨てられた橋での戦いと違って、衆目の前。
メルリオールは、周囲に人が多ければ多いほど
ポツリ、と。声なき声が聞こえた。
『アレはもしかして、あの時の海兵か?』『10年前の女の子』「見たことある」『国王様、どうされたんだ?』
声に出ているのか、出ていないのかも分からない。無理に白鳴を引き出して、バチバチと高鳴るノイズで耳を塞ぐ。
それでも、何処からか声が届く。
『辛いよ』『君が』『苦しい』『疲れた』『このままじゃ』『思い出して』『傷が』『そこだ』『気付いて』
地下だ。
やっぱりこの国の地下に、何かがある。
動きを止めたリオに、刀を持ったゾロや錦えもんが、格子窓越しのルフィが何かを叫んでいるが、どれが彼らの声なのか分からない。
声が。
「やめ、て」
感情が、雪崩れ込んでくる。そこにあったものを押し潰すように。
「ロー、私の」
膝が崩れ落ちた。遅れて、ドフラミンゴの糸に体を貫かれていることに気付く。これだから、と妙に浮ついた心で思った。未来が視えると現在が疎かになるのだ。
「事を起こすなら、10年前にするべきだったな」
皮肉な事に、貫かれた状態で糸が音を伝える役目を果たしたのか、ドフラミンゴの声はよく聞こえた。
そうだ。本当にこいつを倒す気があるなら、10年前にそうしておくべきだった。あまりにも無様な、衰えを感じる。失ったものは戻らない。あの頃のメルリオールであれば、ドフラミンゴを倒すのにこうも手間取らなかった。覇気が尽きるなんて有り得なかった。
白鳴が使えなくても、武器の扱いが未熟でも、もっと鮮明に轟くものが……。この海で、声高に主張していた。今のリオは、それをなぞって戦っているに過ぎない。
「あの頃ならば、おれの基盤も今ほどではなかった! 10年だ。おれはこの10年で力をつけた。この国の王としてだ。一方お前は弱くなった! 頂上戦争で晒された白ひげの衰えと同じだ。なのにお前はいつまでも昔のままのつもりで、おれたちを舐め腐ってる! そうだろ? メルリオール元海軍少将。いや…………。もっと正確に、こう呼ぼう」
そう、失ったものは戻らないのだ。だからこうして、リオはいつも選択を間違えて……間に合わない。
ニヤリと上がった口角は、この海賊の治しようもない性根だ。ピタリ、と持ち上げようとしたリオの手が止まる。
先に続く言葉が、聞こえたからだ。
「海賊、
パチン、と最後の煌めきを残して、白鳴は完全に停止する。
「……あ?」
最後の視界。
刺青の入った右腕が、リオの胸元を突き刺していた。
実は気付いていた方がいたのかもしれませんが、指摘がなかったので誰もこうだとは思ってなかったのかもしれません。シャボンディ〜頂上戦争周りはこっちの文脈で読み解かないと何言ってるのか分からない部分があると思います。
1話からずっとせっせと仕込んでいたつもりなんですが、もしかしたら解説を入れないとどれも気付かれていないのかも。
一応先に言っておきますが、実姉ではないです。どころか近い親等でもないです。ロジャーとは完全に無関係、ルージュさんの方とは無きにしも非ず、くらい。ないと言ってもいいかも。
単に本人が認識している姓がこれという話。
なんでこうなってんのかとかは次の話で。