未来が視える元海兵が麦わらの一味について行く話   作:テロン

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同質

 

 

 

 

「い、生きてる……。殺す気ないならもうちょい早く助けてよ。死ぬとこだったじゃん……」

 

 

 か細い息で文句を垂れながら、リオはいつの間にか扉の直された元の部屋で大人しく治療を受けていた。城の医者だ。

 あちこちの骨折と打撲。マムの張り手がこれで済んでるのは向こうの理性の賜物だろう。だいぶ手加減されたようだが、それで骨がバキバキなあたり覇気がどうこうという次元じゃない。

 

 

 部屋の隅では、不機嫌そうなカタクリが腕を組んでいた。二発目が飛んできてたら危なかったので、こいつが同席してなかったらどうなっていたことやら。

 

 

「全治三ヶ月ですね」

「じゃあ、二日だな」

 

 

 肩を竦めた医者は、自室に戻ると言って去っていった。去り際、どう考えても不要であろう()をプスっと注射していったけれど。息をするたびに全身が痛むので、抵抗すら出来ない。

 残された部屋でリオはベタベタになった服に嫌な顔をした。

 

 

『また動けなくなる前に着替えたいんだが』

『好きにしろ。部屋にあるものは使っていい』

『……いつまで監視してるつもり? 死ぬつもりがないのは分かるだろ』

 

 

 一瞬視線を合わせて、声に出さずいくらかの会話をしてからヨロヨロと立ち上がり、壁際のタンスを目指す。

 そのタンスの上に、リオの飲みかけのスープが置かれていた。昨日と変わらず、監視役のホーミーズの姿はひとつもない。

 

 

「私が言えた義理でもないが、お前も嫌なもんは嫌と言えよ」

「変わったな、メルリオール」

 

 

 昨日と似たようなことを言って、カタクリは先に部屋を出て行った。しばらく待っても、戻ってくる気配がない。

 

 

 監視をやめたのだろうか。いや、そうじゃない。単にリオの顔を見るのが嫌になったとか、そういう理由だ。

 だから、嫌なら嫌と言えばいいのに。

 

 

「サンジ、どうしよう……」

 

 

 あとどれくらいで毒が回るだろう。

 助けにはいけない。行ったところで、余計な監視を引き連れて行くだけで、逃げられもしない。なら、リオは距離を取っておいた方がいいだろう。

 余計な気苦労はかけたくないし、こっちの現状を知らないくらいがベストかもしれない。

 

 

 元々、彼の奪還が目的なのだ。リオは来る予定じゃなかった。

 ルフィたちはこっそり潜入すれば大丈夫と思っていたみたいだが、ビッグ・マムの話によればもう侵入がバレているらしい。何処にいるかまでは定かじゃないが、計画通りには事は運ばないだろう。

 

 

 適当な着替えを引っ張り出しながら首を振る。

 

 

 ビッグ・マムのお茶会の招待状が届いた時点で、断るという選択肢は存在しない。

 身内の大事であっても、無視すれば翌日その身内の首が届く、なんて逸話もある。ほぼ事実だろうけど。

 

 

 目をつけられた時点で逃げる術はない。誰の首で脅されたのかは知らないけれど、自ら向かったということは、サンジは見捨てられないんだろう。つまり、今サンジに結婚式に出ないという選択肢は与えられていない。

 

 

 ヴィンスモーク家の三男としての政略結婚、か。

 

 

 ジェルマの側が持ちかけた理由は分かりやすい。あの戦争国家は、強大な後ろ盾が得られる機会は逃さないだろうから。

 

 

 ビッグ・マム側が応じた理由も、分かる。ジェルマの科学力は悪名高い。

 

 

 後は、ジェルマが四皇に降る気があるのか、それとも対等な同盟を組むつもりなのか次第だろう。

 

 

 前者ならまだ良いが、後者だと難しい。

 

 

 ジェルマはビッグ・マムを殺せないが、逆は出来るからだ。裏社会において、このような歴然とした力関係が存在する場合、対等な同盟は成り立たない。

 そしてリオが知る限り、ジェルマは無条件の搾取を受け入れる国ではない。

 

 

 端的に言って、状況はかなり悪いと言える。朝食の様子を見る限り、マムはサンジに一定の興味を示しているようだが、執着はなさそうだった。殺すことに何の躊躇いもないだろう。

 

 

 これだけでも問題は山積みなのに、今はリオの個人的な問題まで表出している。

 

 

 窓のない部屋で思案しながら、日にちを数えた。

 

 

「明日が結納、明後日が結婚式。事が起きるとしたら、明後日……」

 

 

 あまり時間はない。ルフィは間に合うだろうか。

 先に行ってる、なんて啖呵を切ったのだし、リオだってピンチに華麗に駆けつけるくらいじゃないと。

 

 

 やっぱり、上手く隙を突いて自力で逃げ出すしかない。

 あのカタクリ相手に、と呟きながら、リオはパタリとベッドに倒れこんだ。毒が効いてきたのだ。

 

 

 同時にコン、と軽い音がした。心臓がドクンと跳ねる。

 ノックの音はこちらの返事を待たず乱雑に新品のドアノブを操作する音に変わり、躊躇いもなく部屋に侵入してくる。

 

 

「いいザマだな、メルリオール!」

 

 

 軽薄な口調でリオの側まで歩み寄った男は、膝をベッドに着いて至極愉しそうに笑った。また知り合いだ、それも最悪な方面の。

 

 

「あ? 死んだか?」

 

 

 手遊びのように動けないリオの首元を掴みあげ、脈と呼吸があるのを確かめパッと離す。落とされた先が上質なベッドでなければ頭を打っているところだ。

 

 

「なんだ、生きてるじゃねェか」

 

 

 この男はビッグ・マム海賊団における4()将星の一人、十男クラッカー。カタクリと同列に語られる精鋭だ。

 ビスビスの実の能力者で、常にビスケットの鎧を身に纏い、姿を晒さない実力者。懸賞金は──知る限りでも何度か上がって1()0()()といくらか。好戦的な方で、海兵時代にはよく衝突した。

 

 

 とはいえ能力の都合上湿気に弱く、海戦の多かったリオにとっては将星の中でも一番やりやすかった相手だ。

 それもあってリオを殺しきれない事に苛立って、会う度凄まじい殺気を向けられてきた。理由はそれだけじゃないので、かなり恨みを買っている自覚はある。

 

 

「そういや毒を盛られたんだったか?」

 

 

 気付いている癖に、今思い出したとばかりにわざとらしくそう言って、クラッカーはリオの頭髪を掴み上げた。

 

 

 そうかこの男、今は鎧を纏っていない。

 

 

「コソコソと何か隠している使用人がいると思えばこれだ。無様なもんだな。あれだけ鬱陶しかった羽虫が、今はこうして呆気なく捕まって、命を握られてる……!」

 

 

 反応しないリオにつまらなそうに、クラッカーはすぐに手を離した。言い返せば余計調子付いただろう。

 

 

「ハ、そこまで弱っているか。気付いていないな? 麦わらと言ったか、あいつらはもう上陸しているぞ」

「……」

 

 

 その言葉に、島内に意識を向けようとして妨げられた。まァ当然か。いくらリオの思考を読む位階にいないとは言え、目の前の動きに気付かないほど愚鈍でもない。加えて、リオの方も相変わらず弱っていて、大したことも出来なかった。

 

 

「たった数人で何をするつもりか知らねェが、まァそれはいい。後でおれが直々に出向く」

 

 

 それよりだ、とリオに向いた意識にドロリとした愉悦が滲む。

 

 

「カタクリ兄さんはジェルマの血祭りが終わってからだと言うが、別に数日程度ズレても構わねェよな?」

 

 

 囁いて、その手がリオの腰をスルリと撫でた。悪寒が走る。

 

 

「お前……!」

「お、反応したな?」

 

 

 唸り声に、クラッカーは至極嬉しそうにベッドへ乗り上げた。どうせ動けやしないのに、リオの両手を頭上に一纏めにし、頑なに目を瞑る顔を覗き込んでくる。

 

 

「いつも野犬みてェな顔だったが、大人しくなりゃ少しは見れる」

「頭でも、沸いたか……!?」

「怖気付いたか? お前が?」

 

 

 あり得ないとでも言いたげだ。

 そう、この男が見てきたメルリオールは、そんな人間だった。

 

 

 食材狩りや招待状を無視した相手に報復する為にと、こいつらの船は世界中を荒らし回る。そこに突っ込んでいけば当然戦闘になる。

 酷い戦いだった。殺しかけたこともあるし、殺されかけたこともある。何度も失敗して、何度かは恥辱を飲ませ、負けて、逃げて、何とか生き延びて。それでも狂ったようにまた挑みに行っていたのがメルリオールだ。狙われていると知っていても、行動を変えなかった。変えられなかったのだ。

 

 

 リオの上に馬乗りになったクラッカーの手が、着替えたばかりのシャツに手を掛ける。

 

 

「正気か? おい、やめろ……!」

「いいのか、拒絶して? 分からんか、お前の命はこちらが握っている。拒絶は死を意味するぞ。役にたたねェ犬は処分する、当然の帰結だ」

「……ッ」

 

 

 言葉に詰まったリオに、クラッカーはグッと顔を近づけた。

 

 

「大人しくなったな。お前でも死ぬのは怖いのか」

 

 

 無感情な声だ。だがその裏に、煮え滾るような憤怒が潜んでいる。

 誰もが。たった一人を除いて、この兄弟たちの誰もが同じものをリオに向けていた。

 

 

 呑まれかけたリオを目前に、クラッカーの手がパッと離される。

 

 

「ハハ、冗談だ。何を積まれてもお前だけはお断りだな。おれにも選ぶ権利がある」

 

 

 言いながらも、リオの上からは退こうとしない。声は笑っているようだったが、その手は震えていた。

 これがマムの意向に沿わないことであると、自覚してやっている。

 

 

「ママの考えはおれには分からん。お前如き、何の役にも立たねェだろうに」

「はッ……!」

 

 

 首に、焦らす様にゆっくりと手がかけられる。過程を楽しみながら、少しずつ、少しずつ締め上げられていく。

 

 

「まさか殺されはしねェと安心してんのか?」

 

 

 自惚れるなよ、と。吐き捨てて万力のような力で首が絞められていった。残った息も搾り取られ、意識が遠のいていく。もがいた体はシーツを少し乱すに終わった。

 そうか。クラッカーは、リオを本気で殺すつもりだ。例えマムの怒りを買っても。例え、今の今までリオを殺せなかった理由が別にあったとしても。

 

 

「お前はあってはならねェラインを踏み越えたんだ、この卑怯者が。お前の腐った血が、おれたちシャーロット一族に一滴でも混じるなんざ耐えられねェ。ママもお前が呆気なく死ねば考え直すさ! お前に大した価値は無かったってな!」

 

 

 コン、と硬い音がする。笑い話にもならない。消えかけた意識で、リオは最後の札を切った。

 

 

『カタクリ……!』

 

 

 鬼札だ。

 けれども、これは確かにリオの手札で。その効果は絶大だった。

 

 

「何をしている、クラッカー」

 

 

 リオの息が止まる一瞬前。その男は開け放たれたドアを軽くノックした。

 

 

「……カタクリ兄さん」

「様子を見るだけと言ったな? それを殺すつもりならやめておけ。弟でも容赦はしない」

「まだ庇うってのか!? こいつにママが思ってるような力はねェ! 見ろよ、いつでも殺せるくらい弱ェんだ! そのくせ生き汚さだけは一丁前。この女一人にどれだけの損害を受けたか忘れたのか? ここで殺しておくべきだ!」

「それはママが決めることだ」

「おれはアンタに聞いてんだ……!」

「二度は言わない。去れ、クラッカー」

 

 

 睨み合った兄弟はカタクリに軍配が上がったのか、クラッカーは舌打ちと共に体を引いた。そのまま、部屋の中を顧みずに出て行く。

 

 

 代わりにカタクリは、扉を閉めて歩み寄ってきた。

 片目を開ける。

 

 

『おれを呼んだ意味は分かっているな?』

『……聞く意味ある? それ』

『念押しだ。ママの命令がある限り命は保証するが、受けた恩恵は奉仕で返せ』

『お前らの血を継ぐかは分からないと言わなかったか?』

『まだ言うか』

『調べてねェの?』

『その必要があるか? お前の嘘くらいは分かる』

『ちぇ、面倒だなァ』

『貴様に言われたくはない』

 

 

 すぐに閉じる。一瞬で様々な文句をつけられた。

 リオに嘘を吐いてもしょうがないように、この体調ではカタクリ相手に嘘を吐いても見破られる。

 

 

『ルフィ、来てるんだ』

「……お前が見染めるには軟弱過ぎるな。謀られていることにも気付かず、彼我の力量差も知ろうとせず。そうやってこの海を舐め腐った連中を、おれたちは掃いて捨てるほど屠ってきた筈だ」

『饒舌だね、珍しく』

 

 

 溜息を吐いたカタクリに、朦朧とした意識のまま薄く笑う。こいつはリオを縛り付けたいのか、それとも逃げて欲しいのか。

 

 

 こう言うところが、と思うのだ。

 

 

 お互い、下手に見透かしてしまえるせいで。変に親和する力を持ったせいで。

 

 

『嫌なら嫌と言えよ、カタクリ。やりたい事をするのは、楽しいぞ』

 

 

 昔のリオと同じ所で立ち止まるこの男を、どうして憎みきれないのだろう。この男は、どうしていつでも殺せたはずのリオを、殺さなかったのだろう。

 

 

 所詮この海では、結果が全てだ。起きてしまった事実だけが、その理由を語っている。

 

 

 押し黙ったカタクリは、少ししてから寝ているリオに向けて片手を伸ばした。

 

 

「歯を食い縛っておけ。足を潰す」

『クソがよ。はいどうぞ、それで君が満足なら』

 

 

 既にあちこちバキボキなリオの両足を持って、ポキリと骨を折る。命を救われた対価がこのくらいであれば甘んじて受けよう。

 

 

 食いしばる力もなくただやり過ごしたリオを見下ろして、その手がリオの閉ざされた右瞼に触れた。

 この島に来てから一度も開いていない目。そこにリオの瞳が無いことを、この男は何となく気付いているだろう。

 

 

「……人払いはしてある。後は好きにしろ」

 

 

 そう言い放って、カタクリは部屋を出ていった。折れた足が下手にくっ付くと不味い。それだけは何とか、と体を揺すって、然程問題が無いことに気付く。綺麗な折れ方だ。

 

 

 リオとて敵意には敵意を返す。けれど、アレにはリオへ向ける悪意が無い。皆無では無いが、酷く薄い。

 ビッグ・マム海賊団のどの構成員にも、多かれ少なかれ度々邪魔をするメルリオールへの悪意があった。クラッカーも、他の将星らも。あいつを除いて。

 

 

 知っているのだ。

 未来を視るとはどういうことか、メルリオールがどういう理屈で動いていたのか。

 

 

 見聞色による未来視をするのは決してリオとカタクリだけではない。世界に指折りの実力者たちは同じように未来視をする。

 もっと長期的な未来視をする人間だってリオ以外にいる。魚人島の彼女のように。

 

 

 ただ、同質だ、と思ったのはカタクリだけだ。恐らく向こうもそうだろう。

 

 

 少しずつ、息が浅く、長くなっていく。

 

 

 襲いくる睡魔に抗いながら、リオは薄く意識を延ばしていった。城を、島を、覆う様に。

 

 

 意識の端でコン、と。硬い音がした。

 

 

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