「ベッジ?」
「ああ」
一段落して、ルフィとサンジの映る鏡を探していると、ジンベエからベッジの名前が出てきた。
「あー。なるほど、そこが裏切るのか」
「お前さん、話が早すぎるな……」
「なに、どういう事?」
他の面々にジンベエが説明しているのを聞き流しながら、どうしようかと腕を組む。最終決定権はルフィにあるとしても、献策はリオを通すことになる。これでも参謀だし。
サンジの連れ去りにはベッジが絡んでいると聞いた。カポネ・『ギャング』・ベッジ。最悪の世代の一人で、元は西の海のマフィアだ。ゾウでは故郷への恩で手打ちにしようとしたペコムズを背後から撃ったらしいが、ホールケーキアイランドではむしろ彼に裏切りを持ちかけたらしい。
そして断ったため殺されかけたペコムズを、何の因果かタイヨウの海賊団が救け、匿っている。
理由はともあれベッジはマムの寝首をかこうとしており、その舞台に此度の結婚式を選んだ。なんともこちらに都合が良い。
「ジンベエ、ベッジの拠点は?」
「島の北西にアジトがある。実はお膳立てはもうしてある。こうなるかと思ったんでな」
「そう」
大凡の動きは決まりだろう。後は、と、リオは近くの床を指差した。鏡の欠片が落ちている。
「じゃ、船長の判断を仰ごうか」
「リオさん!」
「お帰り、サンジ。まァここ、他人のアジトだけど」
言いながら、リオはローの無言の催促に従って左腕を差し出した。
ここはホールケーキアイランドの北西部。ベッジのアジトだ。鏡の中と外から、ここを目的地として合流し、これから会合だ。
とはいえベッジは見た目に拘りがあるタイプらしく、会う前にみんなまとめて風呂に突っ込まれたのだ。衣装も貸し出され、リオは真っ黒なパンツスーツだ。今は腕を捲って大人しく包帯を巻き直されているけれど。
なんでナミはセクシーなドレスなのにリオはスーツなんだろうか。
「おれ、リオさんが連れてこられてるのは全く知らなくて……」
「あァ、いいよいいよ。それどころじゃなかったでしょ」
見た目の重傷度合いが酷いので、サンジはショックを受けてるようだった。ただこれは半分、ギチギチに縛っておかないと無理に体を動かしてしまうリオに対する嫌がらせなので、実態はそこまでじゃない。チョッパーからもお墨付きをもらっている。
それよりも、擦り傷が染みる中体を洗ったほうがだいぶ堪えた。
リオの知らない間にサンジはルフィの元にお弁当を届けに来たようだった。そこでヴィンスモーク家が殺されそうな事、彼らを見捨てられないことを明かした。つまり、結婚式という企みをぶち壊してサンジの家族の安全を取り戻せれば、一味に戻ってくるという単純な話だ。
当初ジェルマをスケープゴートにしようとしていた事を棚に上げて、リオは何度か首を振った。
「リオ! 良かった、顔見れて」
後ろからニュッと泥だらけのルフィが顔を出す。さっき鏡ごしには喋ったけれど、なんだか久々な気がする。
「トラ男も! ありがとう!」
「ああ」
首肯したローに、今気づいたとばかりにサンジが視線を向けた。
「ロー?」
「おう、先にリオの方行ってもらってたんだ! 来る時ちょっと大変だったけどな」
「へえ?」
ルフィの回想を覗き見ていれば、ローは苛立たしげに包帯を締めた。痛い痛い。
まァ、珍しく取り乱したローの姿が見れたから良しとするか。
「逆の立場になったら、絶対にお前の方が無様だろうが」
「失敬な! というか、いくら見れるようになったからって許可なく読心するのどうかと思うけど」
「やりたい放題なのはお前だろ」
「こっちは仲間だからいいんですー」
「さっきからずっと仲間以外を節操なく見まくってるだろうか」
「それは偵察!」
鼻で笑ったローに掴みかかろうとしているリオを見て、サンジは毒気が抜けたように肩を落とした。
「ひとまず、元気そうで良かった」
「……うん。サンジも」
それからふと思い至って、ヴィンスモークの、と頷く。
「あー。そうか、感情がない人間を知ってるから、私のことが分かったのか」
あまり公表されている話でもないが、多少見かけたことのあるリオには見抜ける。
ヴィンスモーク4兄弟──実際は5兄弟だったのだがともかく、そのうち下の3人は感情を無くすようデザインされている。
2年前、サンジはリオの心の異変にいち早く気付いていたらしい。奴らのように非情だっただろうか、と思い返そうとして首を振る。
考えるまでもなく、リオは出会ったばかりの彼らに情を向けていなかった。
「それは……。別にリオさんとあいつらを重ねたわけじゃないんだ。ただ、あの時のリオさんは少し、無理をしているように見えたから」
「……これを言ってどうにかなるかは分からないけど。一応、感情についての専門家として言わせてもらうよ。あの時の私には、ちゃんと感情があった。そして、ヴィンスモークのあの3人にも……。欠けているとは言え、感情がある。私には、彼らが人間に視えたからね」
戦闘に特化する上で、恐れや敵にかける情けは不要だ。だから取り除く。理屈は分かる。
けれどもそうして戦いに不要な感情を排除していっても、心というものは機械ではないのだから、歪に残るものがある。それがただの悪意だったとしても、残ったものが人格を形成する。そうして、人間になる。
「そうかい」
「あくまで私の意見だけれどね」
「いや。気にしてくれてありがとう。……リオさんには、良い変化があったみたいだね」
「あれ、そう見える?」
「嗚呼。本当に……。元気そうで良かった」
そう言って、ホッとしたように息を吐く。
そうか、サンジとはドレスローザでローを生かそうと頭一杯になっていた時以来の再会になるのか。リオはあの時、死んでしまっても良いとすら思っていた。そりゃあ心配をかけただろう。
それはそれとして、と首を振って、サンジはローに向けて挑発するように指を動かした。 男同士の話ってやつだ。これも、確かに延期になっていた話だ。
「なんでもいいけど、早くお風呂入ってきなよ? そんなに時間ないんだから」
片手を振って、場所を移動する二人の背中にサングラスをズラす。きっちり決めた黒スーツのローの背中を見送って、見られてることに気づかれ、ローが振り返る前にベーっと舌を出した。
「で? ルフィ。その様子じゃ、未来視使えるようになったのかな?」
「おう! この2年でリオやレイリーがずっと言ってたこと、少し分かった気がする」
この船長は、少し目を離すとあっという間に成長してしまう。
それが面白くもあり、少し寂しさすら覚えるのだ。
物珍しそうに周囲を見回すルフィの気配を上から下まで確認して、そのピリリと痺れるような覇気に口端を緩める。
見聞色の扱いについては、リオもルフィの師匠だ。当然、未来視についても教え込んでいる。2年の修行ではモノにならなかったが、ここに来てその域に達したようだ。
「まァ、エースを鍛え上げた私の弟子としちゃァ、ちょっと遅いくらいだね」
「え、そうなのか?」
エースの師匠だったのか、と気負いなく呟くルフィに苦笑した。2年もあったのに、リオがエースとの思い出を口に出せるようになったのは、ごく最近のことだ。
「あとこれは笑うところなんだけど、あの子の覇王色の師匠は私を介してカタクリなんだよ。当時の私じゃ実演は出来なかったんだけど、それまでは学んできた訳だしね」
「カタクリ? 誰だ?」
「マムのとこにいる私の知り合い。前に新世界には凄い見聞色使いがいるって言ったでしょ?」
そういえば、と頷いたルフィに手招きしてもう少し傍に来てもらう。
「一応聞こうか。ルフィは、どうやって未来を視た?」
「どうやって……? クラッカーの奴ムカついたから殴り合いしてたら視えたぞ」
「あー。なるほど。どっちかというと、聞く方が強いんだね。私とはちょっと違うタイプだ」
言葉ではなく情景の方を覗き見て、一人頷いた。視えるといってもまだほんの数秒先、といったところだろう。まだまだ伸び代だらけだ。
「あいつ、強かった?」
「おう。やっぱ四皇の部下は強いな! でもこんな所で負けてられねェよ。それに、あいつリオのことバカにしやがった」
「あー。まァ。あれで一応、そんな悪い奴でもないんだよ。そりゃあ殺し合いはしたし、今でも私のことは殺すつもりだし、暴言は吐くし性格悪いし略奪上等の下衆だけども」
「ダメじゃねェか」
「ふふ。でもあれで、弟や妹には優しいんだ。そんなのばっかだよ、ここの海賊団は」
ふうん、と首を捻ったルフィに、「人間ってそういうもんなんだろうね」と囁いた。
非情なだけの人間も、優しいだけの人間もいないのだ。どちらも併せ持つから、生きていられる。
「さ、ルフィもお風呂行っといで」
背中を押して、リオは少し微笑んだ。
「よし、全員揃ってんな」
カツカツとベッジが入室してくる頃には、ルフィ含めた皆はフォーマルな装いに着替え、ソファーに腰かけていた。すごくマフィアっぽい。
「形式的だなァ、これが陸のギャングってやつ?」
呟けば、ケンカを売るなとナミに窘められる。
「メルリオールか」
「
周りのほぼ全てを置き去りにしていることを承知で先に踏み込む。同盟は対等以上で組まないと意味ないしね。
ジャキン、と銃が構えられた。銃口の先がリオに向き、剣呑な空気が流れる。こちら側は片手で制して、リオは「試してみてもいいけど、失敗するよ」と続けた。
「何故、こちらの計画を知っている?」
「手を組むなら教えてやれる。ルフィ、どう? 直感でいいけど、組めそう? 君がイエスと言うなら具体的な作戦の話に入る」
「仲間に銃口向けたからダメだな」
「あー、それは私が先に向けたも同然だから」
「そうか、ならうちのクルーがごめん! それから、そこにいるのシーザーか?」
「そうだよ」
「違ーう!」
テーブルに両腕をついたシーザーは、ローを睨みつけながら喚いた。大方、心臓でも握られてるんだろう。
「あと、ペコムズを撃った件を殴らせろ!」
それをよそにベッジに殴りかかろうとするルフィを片手で引っ張って、「ペコムズ生きてるでしょ」と首を振る。
「じゃあ同盟は成立だ。麦わら&ハートと、ファイアタンクね。写真立ての方はこっちでどうにかするから、秘密兵器は好きに撃って。後はジェルマか。結婚式までに兵器は回収しないと。話を通す時間は……無理かなァ」
「おい、こっちをシレッと巻き込むな!」
「じゃあ麦わらとファイアタンク」
「リオ、もう少し説明してくれ〜」
あれこれとざわついた部屋に、リオはふう、と息を吐いた。参謀やるのも大変だな。
「つまり、その写真はマムの大切な人で、写真立てが壊されたりすると、パニック状態になって攻撃が通じるようになるのね?」
「そうだ」
リオそっちのけで団結した一同は、改めてベッジたちから作戦の説明を受けていた。
「で、シーザーお手製の毒ガスランチャーを撃ち込むと」
「写真を壊してからママが奇声を発して動けなくなるまで3秒。その後事を成すまで5秒だ。おれたちはマムの暗殺。お前たちは救出」
「そしたら後はおれが持つ鏡に逃げ込むって寸法よ!」
「ブリュレを連れてきたのは大手柄だ。これほど逃亡に向いた能力もねェ!」
「おれ、面白ェこと考えた!」
「あ、ルフィ。それダメね」
「えー!」
「ダメなもんはダメ」
ルフィの頬をむにょんと引っ張って、リオは首を振った。マムが楽しみにしているウエディングケーキをぶち壊しながら登場しようとしていたのだ。そりゃあ止める。
「おれ、ケーキ食ってみたかったのに!」
「食べられるように考えるから」
「絶対だぞ?」
「はいはい」
導線をチラッと頭に描いてから、リオは「あと何時間?」とサンジに問いかけた。
「3時間と、少しだな。おれは式の1時間前には部屋に戻っておく必要がある」
「分かった。じゃあ手短に。まずはこれね」
言いながら、ずっと持っていたファイルを机に放った。
「とりあえず、顔だけ覚えておいて」
「これ、マムの子供たち?」
「全員じゃないけどね。目的が逃走な以上不用意に戦う必要はないけど、逆にそこにいない奴らは状況次第で積極的に潰してもいい。ただ勿論、時間がかかりそうならやめてね」
「そんなこと言われなくたって戦わないわよ!」
「んー、うん」
「どういう反応!?」
ナミには曖昧に相槌を打って、あとは、と思案する。
「ジェルマの兵器、あるでしょ? あのスーツ。あれを手放さないように交渉、ができたら良かったんだけど、今からは無理かな」
「やめた方が良いな。奴らに話を聞かせられる人間なんざいない」
「サンジが言うならそうだろうね。式じゃ武装は解除されるから、多分部屋かどこかに置いて出るでしょ」
「それを回収してくればいいんだな? それならおれとキャロットとブリュレで走ってくるよ!」
「うん、任せて!」
ブリュレが頭数に入れるなと喚いた。今更だ。
「残りはベッジの城で待機。花嫁の発砲直後、私とローで写真立てを割るからジェルマの保護と撤退を支援して」
「そこにシーザーが鏡を持ってくるんじゃろ?」
「うーん……。そうだね! 後は各々逃げればいい」
十中八九上手くいかないだろうけど、という念が伝わったのか訝しげな視線が突き刺さったが、全て無視をした。
「あれ、ってことはリオとトラ男は別行動か?」
「別で潜り込むのか? 作戦決行まで、会場警備は真面目にやるぞ。子供たちの目がある」
「そこは心配要らない。むしろ、君の能力のうちだとしても、私が会場に足を踏み入れる方が不味い」
他に質問は、と一行を見渡してから、リオは特に受け付けることなく両手を叩いた。
さて、行動開始だ。動き出しは早ければ早いほどいい。
「よし、死人怪我人ゼロ目標! ベッジ、君から借りた銃の事だけど、生きて返してあげるからそれが駄賃ってことでいいよね?」
「は? おい待て何の話だ……? こっちは何も貸してないぞ!」
「毒も爆弾も仕込まないこと。あ、あと飛び散った城は美味しくないから食べちゃダメ。看板建ててる暇があったらさっさと逃げようね」
「は?」
「リオ、リオちょっと待ってくれな……!」
「つくづく思うわ。アンタ、本当によく海兵出来てたわよね……」
「ヨホホホ、リオさんを少将に昇格させた方、クビになってないでしょうか」
「なんてこと言うんだ」
というか、と頭痛を堪えるような仕草をしながらナミがリオを指差した。「ルフィは仕方ないけど、トラ男くんはリオの手綱を引く方でしょ」、なんて言って次にローの方を指差す。
差されたローの方は気の抜けた表情でソファーに身を預けていた。
「何故だ? 文句があるのは分かるが、メルリオールならこれでいいだろ」
「おっと……」
「ん、なんで私の方を見るのさ」
「いや……。パンクハザードで青雉と話してた時とかで分かってはいたんだけど、アンタの周りって相当……」
言いかけて、すぐに飲み込んだナミは仕方なさそうに両手を腰に当てた。何を言われるか知っていて、背筋を伸ばす。
「まあいいわ。ちゃんとすべてを救ってよね、メルリオール」
特にあたしたちを、と続いた言葉に笑って、リオは見せつけるようにマントを払った。答える必要はない。リオの一挙手一投足が、その答えだから。