未来が視える元海兵が麦わらの一味について行く話   作:テロン

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次世代

 

 

 

 

「どうした」

 

 

 雨が、降り続いていた。止むことはないのだろう。

 

 

 あるべき文字のないマントを羽織った女が、目の前に倒れ伏している。泥濘に汚れ、出血が滲み、元の白さは見る影もない。

 いつもならその事実に憤慨するはずの狂犬が、今日ばかりはろくな反撃もせずに沈黙していた。

 その覇気は頼りなく、こちらは逆に漂白されたように無機質だ。

 

 

「どうした。何があった」

 

 

 もう一度繰り返して。4年前、とある島で、()()()()()()()()()()()()意思を失った子供を前に、ただ立ち尽くす姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジンベエ、降りたら舵をお願い。キャロット、ブルック、前方を見ておいて。艦隊が行く手を塞いだら君達で片付けて道を作るんだ」

「任せて!」

「ヨホホ! 大役ですね!」

 

 

 後ろに怒れるビッグ・マムを引き連れて船までの道を駆け込んできたルフィ達を乗せるなり、リオとローはクー・ド・バーストをぶちかました。これも、事前に準備しておいたものだ。

 猛スピードで空を飛ぶ中、手早く指示を出していく。前提をすっ飛ばしているが、その時が来たらわかるだろう。

 

 

「ローはサンジを追ってくれる? 護衛と逃げる時のサポート。あと、余ってたら材料を貰ってきて。変装してればバレないから」

「ああ」

 

 

 頷くなり消えたローを見送って、それから、とルフィの肩を叩きながら後方を確認する。

 

 

「ルフィ、ナミ、チョッパー。君たちは対ビッグ・マムだ。ケーキが届くまで、長い夜になるよ」

 

 

 もう、海岸線はとうに見えなくなっている。カタクリは──。最後まで、こちらを見送っていた。

 ピョンと飛び出してきたルフィを見て笑っていたようにも思えるから、多分もう追ってこないだろう。保護してやる必要は、なくなったから。

 

 

 甲板まで引き出してきた椅子の上で、リオは足をユラユラと揺らす。さっきは少し立ったりしていたけれど、まだ治ったわけじゃないから、接近戦は難しい。

 

 

「……視えてるんだな?」

「うん」

 

 

 声をかけてきたルフィの方を向きながら帽子の鍔を引くような仕草をして、少し自分に驚いた。久しぶりに出た手癖だ。

 

 

 海兵の頃、メルリオールは特注の軍帽を被っていた。深く被って、他者からの視線を避けるように。そして、自分の視線を隠すように。

 視た未来に対して、時間を置いて考えたい時なんかの癖だった。

 

 

「どうかしたか?」

「いや。ただ、この感じ久しぶりだなァってね」

 

 

 肩を竦めて、サングラスをかけ直す。

 

 

「リオ。一応伝えておくけど、マムの暗殺は失敗したわ。それで、サンジくんの家族は助けられたんだけど、私たちを逃がすために会場に残って……。脱出用の鏡も割れちゃって私たちももうダメかと思ったら、突然城が崩れて逃げだせたの」

「ただ、今はビッグ・マム食いわずらいの最中じゃ! 城が崩れて食べられなかったウエディングケーキをわしらが隠し持っていると思い込んで狙っておる! サンジたちがショコラタウンにケーキを作りに行ったが、まずはアレから逃げなきゃならん」

「うん、想定通りだ」

 

 

 ナミとジンベエに頷いて、一度強く羽織ったマントを握りしめた。

 恐怖は、ある。この中の誰よりも、リオは四皇の恐ろしさを知っている。誰よりも、己の行動が齎す悲劇を知っている。

 

 

「リオ殿」

 

 

 ふう、と息を吐いて声をかけてきたペドロに顔を向ける。

 

 

「自分にも仕事を。これでも戦力になるつもりだ」

「……うん。君は、えっと……。ちょっと待って。ルフィ、先に言っておくべきだったんだけど。ここから脱出までの指揮を、私に任せてくれる?」

 

 

 突然話を振られたルフィは少し瞬いてから首を傾げた。

 

 

「そりゃ、お前が参謀なんだから、作戦立てるのはお前の仕事だろ?」

「私が、作戦立てるの苦手なのは……。これまでで分かったでしょ? 未来を視て、場当たり的に対処しているだけで。本当の私は未来を大きく変える度胸も度量も、経験もない」

 

 

 カタクリには偉そうなことを言ったが、リオだって今みたいに生き始めて、まだほんの少ししか経っていない。

 

 

 夢を見るだけで、どうすれば叶えられるのかなんて、本当は分かっちゃいない。

 自分が投じた一石が、最悪な未来に着地することが怖くて仕方ない。

 

 

「……何か、変えたい未来があるのか?」

 

 

 ルフィの言葉に、唇を噛み締めた。

 

 

「数えきれないくらい。私は……。昔失敗してきたことを、今、絶体絶命のこの土壇場で成そうとしてる。それも、なんの保証もなく。参謀は普通、勝率の高い策を献策するもの。私はその真逆を行くよ」

「それの何が悪いんだ? お前の立てた作戦が、一番良い未来なんだろ?」

 

 

 一番良い未来。最良の、未来。

 コクリと頷いて、背凭れに寄りかかった。

 

 

「私にとって、だけど」

「別に良いぞ、それで」

「うん、ありがとう」

 

 

 着水して、これから丸一日の航海が始まる。四皇のナワバリを抜け、別の四皇の本拠地まで殴り込みをかけに行く、狂った航路。

 昔に戻ったみたいだ。これぞ、メルリオールの行く道に相応しい。

 

 

「ペドロ、君には大事な役割を任せたい」

「! ああ、任せてくれ」

「船の後方が見えるね?」

 

 

 差した指の先には、水平線を歩いてこちらに向かってくるマムがいる筈だ。

 

 

「あの蠢いているのが長男、ペロスペローの作り出したキャンディの化け物だ。今はマムの足場になっている」

「ペロスペロー……! あの男か」

 

 

 知ってるなら話が早い。

 

 

「奴とマムを引き剥がし、ペロスペローはここで撃破したい」

「承知した、なんとかして見せよう」

「無茶よ! それって、ビッグ・マムに近付くって事でしょ!?」

「うん。こっちはミニメリーを出すから、マムの方はみんなに任せる。それで、マムの狙いが私たちから逸れないようにする」

「マムを!? こっちの方が大変だった!」

 

 

 甲板に落としておいた狙撃銃を拾い上げ、リオはナミの言葉に答えず切り捨てた。

 

 

 すべてを救う。それは、この四皇のナワバリであっても同じこと。助けが必要ならば、そしてリオの力で助けられる悲劇ならば。

 

 

「国民が巻き添えになる未来でも視えたのか?」

「ご明察」

 

 

 そして、ペドロがその身を投げ打つ未来も。変えられるだろうか。

 

 

 本当に変えたいのなら、彼を船室の奥の奥に閉じ込めて仕舞えばいいだろう。でも、それじゃあ彼一人の命が延びるだけだ。リオはその上の、最上が欲しい。そう考えてしまえるなんて、やっぱり情に欠けているだろうか。

 

 

「ルフィ、船上での戦いの仔細は君に任せる。できる限りダメージを与えつつ、船から落とすように立ち回って。でも離れすぎちゃダメ。日が落ちるまで続く戦いだ、突っ込みすぎないでね。船を守るのはチョッパー、プロメテウスとゼウスが戻ってきたら対処はナミの仕事だ。他は言った通り、何があっても船の速度が変わらないように」

「おう!」

「おれか!?」

「私!?」

「それから、ルフィ」

 

 

 ビシッと顔を指差した。

 

 

「ん!?」

「厳しいことを言うけど、一秒か二秒程度の未来視じゃこの先お話にならない。この海域を抜けるまでに戦えるようにしておいて」

 

 

 左手の甲でそのままペチリと額を叩いて、リオはグルリと船上を見渡した。

 

 

「……船尾とミニメリーを鎖で繋いで。大波が来たら漕ぎ出す」

「大波……? って、ウワァ!!」

 

 

 背後にそり立つ高波が上がった。マムの能力により魂を付与されたキャンディの大津波。サーフィンの如く、マムの巨体がサニー号を飲み込もうと向かってくる。

 

 

「ジンベエ、行けるな?」

「承知した! ナミ、風向きは!?」

「南から! 抜けられるの!?」

 

 

 すぐさま反応したジンベエが、ルフィに指示を出して帆を動かした。細かく船の向きを調整し、波を抜けるべく動き出す。

 

 

「ああ、船をグリーンルームに入れる!」

「ペドロ、悪いけど私を運んでもらえる?」

 

 

 この後だ。波を抜けるために距離が離れると、マムは近付いた島から届いた甘い香りに、標的をズラしてしまう。

 

 

 疾走するサニー号から小舟に飛び移ったリオとペドロは、息を吐く暇なく間近にビッグ・マムの巨体を拝む羽目になった。高波の上から、こちらを見下ろしている。

 

 

「さて、手といえば一つしか思い当たらないが……。ゆガラはそれをご所望か?」

「……まさか。それなら一人で行ってもらうよ」

「そうか。己の死に場所を、ここぞと思ったのだがな」

「良い覚悟だ。その覚悟、今は生きる為に使ってもらうぞ」

 

 

 ジャキリと銃を構える。勿論、白鳴を込めて。

 

 

「こっちに降ってくる攻撃は任せた、ペドロ!」

「任された!」

 

 

 一発。マムの皮膚に簡単に弾かれた銃弾は、その場で白鳴を撒き散らし、リオの転写した感情で心を震わせる。

 

 

 甘くて美味しいケーキを貪る夢。この後、訪れる未来。

 

 

 空から弾丸のように頭ほどもあるキャンディが降ってきて、ペドロの刀に斬り伏せられる。もう一発。

 

 

「ウエディング……ケーキ……。甘くて、美味しい……」

「ペドロに、メルリオール……! ママ、足元だ! ママ!?」

「おいちい……!」

 

 

 ボン、とその足元が爆発する。ペドロの投げたダイナマイトだ。欠けたキャンディはすぐさま補填されるが、一瞬バランスを崩したマムはたたらを踏んで、飛びつくようにジャンプした。

 サニー号をめがけて。

 

 

「ケーキ!!」

「おいママ!」

「よし、行くよペドロ!」

「ああ!」

 

 

 その肩に乗っているペロスペローに、リオの銃口が向き。飛び上がったペドロの剣閃が力付くで海へ振り落とす。

 

 

「分離は成功。マムはルフィに任せるとして」

 

 

 撃つ。今度はペロスペローに向けて。

 

 

「何度も同じ手が通用すると思うな! 理屈は分からんが、銃弾の近くに寄らなきゃ良いんだろ!?」

 

 

 かなりリオに近い所でキャンディの弾丸に衝突した。その場で白鳴が弾けるが、それだけだ。リオもペドロもなんともない。

 

 

「ん!?」

「ペロスペローお前、懸賞金はいくらだっけ」

「……7億だが」

「海岸で、カタクリを見かけなかった?」

 

 

 奴の方が上だろう、という意味合いで睨みあげれば、癪に触れたのか怒りが滲んだ。

 高波が、もう間近に迫っている。

 

 

「ペドロ、戻って!」

 

 

 グン、と鎖に繋がれたミニメリーが強く引かれた。ジンベエの舵取りだ。自由落下するペドロの腕を掴んで、波に突っ込んでいく。一歩間違えば木っ端微塵だが、ここを抜ける未来は視ている。

 波が崩れ落ちるその一瞬。チューブ状になった波の空洞部分を駆け抜ける。

 

 

「息が荒いが、どうかしたか?」

「う、ん。いや……。まだまだ大丈夫」

 

 

 ハァ、と息を吐いて引鉄にかけた指から力を抜いていく。後方で強大な覇気がぶつかり合った。マムと、ルフィのもの。

 心が少し引っ張られるが、あっちは任せると決めたのだ。

 

 

 キャンディの波を通り抜ければ、ドプン、と目の前の海が波打った所から再び高波が持ち上がる。今度はペロスペロー一人。

 

 

「なるほど」

 

 

 ペドロの視覚は、その狭間をしっかりと捉えていた。

 水平線を埋め尽くす、追っ手の船団。各島から出航した船は、ペロスペローからの情報を元に後方で集結しつつあった。

 それは進行方向でも変わらないが、そちらの対処は任せてきた。

 

 

「ゆガラが任せたかったのは、こちらか」

 

 

 取り乱さず、冷静なペドロは言うなり立ち上がってダイナマイトを構えた。

 

 

「ミンク族は……。満月のアレが、出来るだろ?」

「ああ、月さえ出ていれば」

「出ている必要はないはずだ。それと同じ精神状態であれば」

 

 

 とんでもないことを言っているのは分かっている。そしてペドロも、何を言われているかを理解した。

 

 

「私が君に月を()()()。勿論本物じゃないから長く持たない。けどその間に、アレを全部沈めてくれるか」

「承知した。この命に代えても」

「馬鹿を言うなよ。……君がルフィにかける気持ちは、私と同じだ。理解は出来る。私も彼らを優先する。……ただ、生憎と。私は『すべてを救う』人間でね」

「随分と甘い夢だ」

「この国らしいだろう?」

 

 

 甘い誘惑から逃れられる人間なんて、いないのだ。

 どれほど子供じみた理想であろうとも、そうと決めて生きているのがリオだ。

 

 

「いつまでコソコソと作戦会議してるつもりだ?」

 

 

 素早く抜刀し、キャンディの壁を切り砕いた。薄く覇気を這わせた刀身をペロスペローに突きつける。

 

 

「そう急くな。相手ならたっぷりしてやる。これまでサシで競ったことは、無かったかな」

 

 

 親の仇でも見るような鋭い視線を、涼しい顔で受け流した。

 両足を折られたばかりで立つことも儘ならない、覇気を消耗し、頼りない小舟が足場の今であっても。負ける気は、しないので。

 

 

「いい加減にしろ、メルリオール! 誰の温情で今まで生きてこれたと思ってるんだ……!」

「あ? 何だお前、私が連れて来られてたこと知ってたのか」

「カタクリの考えそうなことだ」

「あー」

 

 

 見透かされてるぞ、弟、と肩を竦めて、リオはミニメリーの上で膝立ちになった。

 

 

「行くぞペドロ。5分やる。5分以内にあれ全部潰して、サニー号と合流を図る」

「ああ」

「必ず帰ってこい。じゃなきゃ、私は海の藻屑だ」

 

 

 言って、サニー号と繋がっていた鎖を断ち切った。驚いたペドロとペロスペローの視線を感じながら、左手に拳銃、右手に刀を持つ。

 

 

「イッ!?」

 

 

 突然、ないはずの右目が痛んだ。嘘だろ、どこまで把握してるんだ、ローは。

 

 

「どうした!?」

「た、多分レモン汁かなんかを……」

 

 

 目に絞られた。絶対自滅攻撃だぞ、これは。

 

 

「と、兎に角行くぞ、ペドロ!」

「あ、ああ!」

 

 

 体から放出した白鳴をすべてペドロにぶつける。

 ミンク族は満月を見ると()が昂り、戦闘能力を大きく向上させ、白い獣になる。

 心の動きがトリガーなのであれば、リオは全く同じものを再現し、伝播することが可能だ。

 

 

 月を見たミンク族の感情を真っ昼間に再現し、強制的に月の獅子(スーロン)化する。

 

 

 気付いた時には、そこにペドロの姿はなかった。

 素早く気配を辿れば、遠く海上を駆けている。ジャガーのミンク、だったか。

 

 

「ガッ……!」

「おっと」

 

 

 バキン、と硬いキャンディの割れる音が遅れて届く。ペロスペローが纏っていたキャンディの装甲を、ついでとばかりに砕いて行ったのだ。

 直後、高波が押し潰すように上から降ってくる。二度目の大津波。サニー号とは距離が離れたから大丈夫。それに、能力者本人さえいなければ、このくらい何とでもなる。

 

 

「大通連・牙!」

 

 

 ミニメリーを操って、切り開いた波間を通り抜けた。すれ違いざま、刃先を服に引っ掛けてキャンディの化け物から引き摺り下ろす。

 

 

「これで終わりだ、ペロスペロー」

 

 

 銃口を突きつけながら口角を上げる。背後で、キャンディの化け物が爆散した。

 剥き出しの魂は、感情に弱い。原理はブルックの技と同じ。並の人間が廃人になる程に強い感情に晒せば、ホーミーズは耐えられない。

 

 

「って、聞こえちゃいないか」

 

 

 リオを中心に広がった白鳴が、プツリとたち消えた。

 

 






残り2話、明日と明後日で完結予定です。
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