未来が視える元海兵が麦わらの一味について行く話   作:テロン

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この海の歩き方

 

 

 

 

「本当に良かったの? ローさん」

 

 

 灯りの落ちた、暗い部屋だった。

 リオは瞬いて、聞き覚えのある声に周囲を見渡す。金属製の壁、僅かに聞こえる気泡の音。

 

 

「リオちゃん、絶対怒ると思うんだ。もしかしたら泣いちゃうかも」

「泣かねェだろアイツは」

「でも……。一言、行ってくるよって言ってあげた方が良かったんじゃ」

 

 

 ハートの海賊団の潜水艇。その、船室のようだった。

 いつもの四人が肩を並べて毛布にくるまっていて、誰も彼も今より幼い顔つきをしている。

 

 

「そうだぜローさん。リオだって二週間もすればまた北に来てただろ」

「そしたら二週間も出航が遅れるだろうが」

 

 

 時期は、彼らの旅立ちの直後。

 この時のことを、リオは知らない。つまり、これはリオの記憶ではない。

 

 

「目指すは偉大なる航路(グランドライン)だ。もう二年も先に行かれてるんだぞ。一日だって無駄には出来ねェ」

「まァ、気持ちは分かるけどな」

 

 

 ずっと、触れてこなかった日の記憶だ。何も知らないうちに、彼らは海に出ていた。がらんと空いた部屋を覚えている。何故一言も告げてくれなかったのか、リオは知らない。

 

 

「でも、せめて次に向かう島くらい言伝頼んだ方が良かったんじゃない?」

「ずっとそこに滞在する訳でもねェ。精々、あいつが迷子にならねェよう新聞を騒がしてやりゃいいだろ」

「へー、ちゃんと考えてるんだ」

「ローさんも大概リオに甘いよな。まァあれだけ大好きオーラ出されてたら、いくらローさんでもそうなるか」

「簡単な話だろ。おれは医者で、あいつはおれの患者だ」

 

 

 息を吐いて、リオはその場に膝をついた。向こうに気付いた様子は無い。粛々と、その日の情景が映し出されているようだった。

 目線が合わない彼らの顔を覗き込みながら、続く言葉を待つ。

 

 

「希少で、尊くて、救われるべきもの。あいつの語彙力だと他人の感情は全部こうなるらしいが、おれからすりゃ、それはあいつのことだ」

 

 

 雪が降り積るあの島で。

 自分にしか見えない白く輝く雷鳴を、無邪気に見せびらかしたことを覚えている。

 何も見えやしないのに、綺麗だと素直に頷いた少年を、覚えている。

 

 

「あれ以上の献身をおれは知らねェし、この先あれ以上の光に出会う気もない。あれは絶やしちゃならねェし、あれを妨げることも許されない。だから逆なんだよ。すべてを救うのも……。よっぽど、医者の仕事だろ。こんな簡単な話を、あいつは馬鹿だから分からねェんだ」

 

 

 救われるべきものがそこにあって、この海で最も美しいものが差し出されていて。

 だから対価に、この心のすべてを。

 

 

 それはリオの理屈で。きっと、リオだけじゃなかった。

 今、目の前で、そういう話がされていた。

 

 

「ま、リオのマグカップは持ってきてるし、こっち来いって意味は通じるんじゃないか?」

「でもベポが船積みの時にぶつけてちょっと欠けちまっただろ?」

「うん……。謝ったら許してくれるかな」

「大丈夫だろ。ダメだったら一緒に新しいの買いに行こうぜ」

 

 

 柔らかく微笑んだローが、ふと顔をあげた。毛布から手を出して、零れてくる水滴を掬い上げる。

 

 

「必要ねェよ。あれは絶対、『これが良い』って泣くだろうからな」

 

 

 言った通りだっただろ、とリオにこの記憶を開示した男が囁いた。

 そうだね、と口にせずに呟いた。

 

 

 誰かが誰かを愛していて。誰かは誰かに愛されている。

 

 

 その繰り返しでこの海は出来ていて、誰もがそのことを知っているから。

 

 

 どれだけの悲劇が襲おうと、その暖かな光が重たい足を動かすのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しい」

「そりゃ良かった。もう少し食べられそうなら、おかわりもあるよ」

「うん」

 

 

 縄張りを抜けて一息ついて、久方ぶりの団欒。流動食を口に含みながら、サンジに頷いた。

 蓋を開けてみれば、一番重体なのはリオだった。どう考えても最後の一撃が尾を引いている。おかげでみんなが更新された手配書に一喜一憂している横で、雛鳥のように餌付けされていた。

 

 

「飲み物はどうする? 温かいコーヒーでも淹れようか?」

「……ううん、それは、ちょっと先約があるから。サンジの紅茶がいいな」

「妬けるね」

「でもサンジが淹れた方が美味しいの」

「リオさん? 嬉しいけど、二人きりの時に言って欲しかったな?」

 

 

 スプーンを持ったローが甲斐甲斐しくも雑に口に突っ込んでくるのをかわしながら、リオは「サンジに習えばいいじゃん」と到底実現しなさそうなことを口にした。

 

 

「そうだ、サンジ。よければ、ケーキを作ってくれない?」

「ケーキ? そりゃ、構わないが……。ちょっと待っててくれ、材料が足りるか確認してくる」

「お願い。ルフィにケーキ食べさせてあげるって約束したから。ローが余ってた材料、持って帰ってるでしょ?」

「どれが必要か分からねェから、持てるだけ持って帰った。黒足屋の方で確認してくれ」

「あァ……。リオさんにはまだ少しキツイかもな。デザートっぽいものは作れるだろうが」

「どれくらいかかる? 私も夜には元気になるよ」

 

 

 本当か、という視線がぐでんぐでんのリオを見下ろした。

 

 

「まァ、この様子じゃそうだろうな」

「ほら、主治医がこう言ってる」

 

 

 それでも何か言いたげなサンジの後ろから、もうすっかり元気そうなルフィが見ろよリオ、と顔を出した。

 

 

「おれ、15億になった! サンジも上がってるぞ、ほら」

「あ? ああ、後で見るよ」

「これがトラ男な」

「あれェ、なんで上がってんの。確かに最後見られてたけど……あ、いや、お父さんの仕業か」

 

 

 とはいえ7億と、上がり幅はそうでもないみたいだ。いや、感覚おかしくなってるかな。

 

 

「やっぱり最後のって黄猿か?」

「そうだよ。私が捕まってるって状況は把握してただろうから、そこから逃げ出したってことは……。まあ、ローが来てるかどうかは見なくても分かったんじゃない。何が起きたかも想像がつくだろうから、結構妥当な金額なのかも。あーあ、折角娘が隠し通そうとしてたのになー」

「でも、ピンチに駆けつけてくれたんだろ? たまたまこの近くにいたなんて、すごい偶然があったもんだ」

 

 

 感心したようなサンジの態度に、「そんな偶然ないって」とダラケた声を返す。

 

 

「偶然じゃない? とすると……」

「真っ直ぐ来たってことじゃない? ビブルカードが2回も燃えただろうからね」

 

 

 命の紙なのだから、リオが走馬灯を見た時は何かしらの変化があったはずだ。それを見てどうするかの判断は持ち主に委ねられている。リオは「助けに来い」と言った記憶はないけれど、逆だったら真っ直ぐ向かうだろう。

 

 

「ちょっと待ってくれ、リオさん……。その話の通りなら、この船の場所が海軍大将に常に筒抜けって話になるんだが」

「そうだよ?」

「お前ら、一回こいつをふん縛って全部吐かせるぞ。今回のビッグ・マムの件だっておれは何も聞いてねェ。叩きゃいくらでも埃が出てくるってことだ」

 

 

 マムの件を出されるとこちらとしては何も言い返せない。とはいえ、ビブルカードの件については弁明ができる。なるべくローの方を見ないようにしながらゴソゴソと懐からビブルカードケースを取りだした。

 

 

「こっちもお父さんの持ってるから条件一緒だし! それに、ビブルカードがどうとか関係ないから。誰の親だと思ってんのよ、こちとら関わった相手の見聞色を軒並み強化してきた見聞色の覇気特化バッファーだぞ」

「得意げに言うな。で、そのお前と一番長く共に居たのが大将黄猿、と」

「面倒だからやらないだけで、その気になれば光速で移動しながら世界中の人間を特定出来るよ。まァそんなことおっぱじめたら私が真っ先に気が付くから全然逃げ切れるけどね!」

「持たせちゃいけねェ奴にピンポイントに持っちゃいけねェ力を持たせたな……」

「逆に言やァ、リオさんがいるから一番安全なのか……?」

「あ、カタクリのビブルカードもあるんだけど見る?」

「何がどうなったらそうなるんだよ!? お、お前治ったら覚悟しておけ……!」

 

 

 語尾の震えているローを前にタバコに火をつけたサンジが、ゆっくりと煙を吐きながら「ナミさんには言わないでおこう」と総括した。ルフィに関してはこれっぽっちも興味が無さそうで、リオ用のお粥に手を出そうとしてローと無言の抗争を繰り広げている。

 

 

「話終わったか? こっちがリオの手配書な」

「んー、よいせと」

 

 

 どれどれとサングラスを外す。

 

 

「なんじゃこりゃ」

 

 

 写真はドレスローザの時のまま。名前も相変わらず白鳴のメルリオール。と思いきや。

 

 

「本名書いてある……!」

「あれ、そうだったのか!?」

 

 

 横でビックリしているサンジには、そういえば伝えていなかったか。

 

 

 新しい手配書では『白鳴のメルリオール』までがきっちり二つ名扱いになっていた。本名が隠し名まで含めて印字されている。

 

 

「これ、ちゃんと検閲通ったのかな。モルガンズが勝手に発行したんじゃ……」

「上の目が通ってれば止まるだろうな」

「だよねェ。……私も7億か。せっかく下がったのにまた上がっちゃった」

 

 

 民間人には被害与えてないのに、と首を振る。

 

 

「お前さんは元々、悪名が轟いとるからな」

 

 

 笑いながら近付いてきたジンベエが、「海兵時代と比べて素行が良くなった分、それで済んで御の字だわい」と茶化した。部下たちとは別れを済ませ、今日からうちのクルーだ。彼の懸賞金もそれなりに上がってるのだろう。

 

 

「言うほど悪かなかったろ……」

「じゃが、今は後先を考えるようになったろう?」

 

 

 昔は考えてなかったと。

 目を瞑って、リオは「あー、怪我人なんだった! あと半日で治るけど怪我人なんだった!」と首を振った。

 

 

 話は仕舞いだ。

 

 

「なら、題目は快気祝いにしようか」

 

 

 リオの意図を汲んで元の話に戻したサンジに、ルフィとジンベエがなんの話だ、と首を傾げる。

 

 

「ケーキだよ、リオさんご所望の。流石にビッグ・マムに作った奴そのものじゃないがな」

「ケーキ! 良いなァ! ジンベエ、サンジのケーキは凄ェぞ!」

「ほう!」

「それでいいかい?」

 

 

 確認を、と視線が集中するのを感じて、リオはまた目を開いてサンジを見上げた。

 

 

「ううん、ウエディングケーキにして」

「え?」

 

 

 聞き返したサンジに答えずに、リオはスプーン片手に待機しているローに片手を伸ばした。悪戯に眼帯を解いて、両目をこちらに向けさせる。

 

 

「良いよね?」

「……あ?」

 

 

 皺の寄った眉間に、してやったりと笑う。

 

 

「綺麗なドレスも煌びやかな指輪も神父も要らないでしょ。海があって、一時の平穏があって、ついでにご馳走とケーキもある。それとも、仲間みんなに見守られたかった?」

「お前な……」

 

 

 呆れたような声で、表情で、ローがリオを見下ろした。

 

 

 ヒラヒラと自分の手配書を揺らせば、『ポートガス』の苗字がはためく。

 

 

「これじゃ私がエースとただならぬ関係だったのかって誤解させちゃうでしょ。残念ながら私の惚れた男は嫉妬深いから、早いうちに訂正させてあげないとね?」

「本音は?」

「自分の為に生きるのが海賊ってもんだろ? 私は海賊として、奪えるものを奪ってやろうとしてるだけだ」

 

 

 反論はないようだった。

 

 

「どうも、保護者公認のようだし」

 

 

 リオの本名が漏れた経路を考えれば────。

 『そういうこと』なのだろう。

 

 

「……腕を奮うよ」

 

 

 肩を竦めて、サンジは今度こそキッチンに引き返して行った。ジンベエは他のみんなに伝えに踵を返す。それを見送って、ルフィはリオに首を傾げた。

 

 

「お前らケッコンするのか?」

「…………。あ。そうか、他所の海賊団と結婚するなら船長に許可とった方がいい?」

「いや、別にいいけどよ」

「そう。まァ、ただの口約束だから」

 

 

 こんなのはただの戯れだ。でも、そういえばリオの方から『形』として渡すことを、最近はしてなかったなと思って。

 

 

「結婚式なら、ゾロたちも連れてこねェと」

「式じゃないってば。私たちまだまだ『奪い合い』をするつもりなの。それが終わるまで、宴なんかいくらでも開けるでしょ?」

「そうか、じゃあ今日は半分の宴だな」

「おいリオ」

「ん?」

 

 

 ピン、と何かがこちらに弾かれたのを、重い腕を持ち上げて受け止める。ドタバタとジンベエから話を聞いた他のみんなが走ってくるのをよそに、手の中の固いそれを覗き込む。

 

 

 何か、なんて受け止めた時点で見えていたけれど。

 

 

 片耳だけの、イヤリング。その先にぶら下がっているのは、涙型に加工されたオパールだ。白くて、黄色くて、青い。

 見る方向で色を変えるその石は、赤みが殆どないからきっと高価なものではない。ローがこれを身につけているところも見たことがない。

 

 

「どうしたの」

「指輪の用意がなくて悪かったな」

「……くれるの?」

 

 

 頷かれるのを横目にイヤリングを持ち上げる。アクセサリの類にはさほど詳しくないが、華美すぎず、地味すぎない良い品だ。

 

 

 オパールを見て、自分か、と思った。

 青い海の向こうからやって来る、白くて黄色い奴。この石は、リオだ。だとしたら、この石を見つけて、どんな気持ちでこれまでずっと持っていたのだろうか。

 

 

「イヤーマフ、つけたままだったらイヤリングなんか出来なかったじゃん」

「生憎、作ったのはそのずっと前だ」

「……じゃあその時すぐ渡せばよかったのに」

「あの頃のお前は正しく受け取れたか? 渡したとして、それでお前の数ある情の一つになるのはごめんだな」

「だから、ずっと持ってたの?」

 

 

 それはなんというか。腹の底がゾワゾワとする。この感情は──。なんだろう。

 ローの手がイヤリングを取り上げてリオの左耳につけていく。

 

 

「欲しいもんはいくらでもあると言ったが。お前にやりたいものも、いくらでもある」

 

 

 お前もそうだろ? なんて珍しく邪気もなく笑うので、リオも自然と笑顔になった。

 知っている顔だ。いつかの昔。リオはこの人に会うために北へ向かった。

 

 

「リオ! 水臭いぞ!」

「ちょっとあんた、一言くらい相談しなさいよ!?」

「ヨホホホ、おめでとうございます、リオさん」

 

 

 飛びついてきた仲間を受け止めてグエ、となりながら、リオは空を見上げた。

 それから、心の中で「見てるかな」と呟く。

 

 

 これまでもそうだったように、これからも、リオの知っていたこの海はどんどんと失われていくだろう。

 人も、モノも、常識でさえ。

 それが、新しい時代を迎えるということ。

 

 

 それでもまだリオとして、ここにしがみついて、新しい生き方を見つけたことを、去っていった彼らは祝福してくれるだろうか。

 

 

 その答えを聞けるのは、まだ随分と先になる。脇目も振らず駆け抜けていた昔と違って、今はゆっくりと、足を踏みしめて歩き出そうとしているから。

 

 

「すぐに答えが出ないって、難しいね」

 

 

 発した言葉に、周り全員がキョトンとした。なんでもない、と首を振って目を伏せる。

 楽と、楽しいは違うらしい。行く道が困難であればあるほど。

 

 

「楽しいだろ?」

 

 

 覗き込んでニシシ、とルフィが笑った。

 

 






本編はこれで完結となります。
長らくお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

当初はワノ国に入る構想も朧げにはあったのですが、リオの話とするとドレスローザでほぼ決着しており、未来視を謳った以上カタクリを出さない訳にも行かないと思ったので長めのエピローグのような形で用意したのがWCI編でした。


とは言えまだ語ってない話があるため、この後しばらく番外編に入ります。丸々一章分(10万字くらい)あり、ほぼ本編です。
時系列としては一味が全員揃っているのでワノ国後のような、とはいえ原作とは一切関係の無い島に行ってるので明確にワノ国後とも言えない……という謎時間軸の話になります。本編の後であることだけは確か。


簡単に次回予告すると、『野生のメルリオールが現れた!』です。
作中でメルが散々「衰えた」とか「弱くなった」、「使えなくなった」と言われたり自称してるアレの話。
多分もうわかってるんじゃないかと思いますが、昔のリオはアレが出来たんです。

今週末スタート予定。
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