「レクター、隊連れて軍艦に戻って待機。道中くれぐれも面倒ごとを起こすなよ。帰ったら飯の準備でもしてろ!」
「承知しました、准将もお気をつけて」
部下に大雑把な指示を出し、リオはその背中を見送りながら「どこから話したもんかな〜」と腕を組んだ。
その右目にはローが渡した黒い眼帯が巻かれている。元々リオが置き忘れたのを持って出て来ていたもので、ある意味本人のものと言えるだろう。
10年前のリオは『メルリオール』として海を駆けた己の正義に殉ずる海兵であり、こちらの時代のリオと区別する為にもメルリオールと呼称することが取り決められた。本人からは「呼びにくかったらメルでもいいよ。どっちかって言うとオールだけ切り取って欲しいんだけど、そう呼ぶ奴多いし」とのこと。ローだけはそれに従っていないが、そもそもメルリオールと呼ぶ事のない例外だ。
リオから一味への態度も、かなり親身なものに切り替わった。メルリオールの正義を肯定するという行為は、彼女にとって相当上位に位置する贈り物だ。
「メルリオールはこのホワイ島について詳しいのか?」
「ホワイ島? 何だそりゃ、この島名も無い無人島だろ。それに多分、それ間違ってる」
「間違い?」
「ホワイト島、じゃないの。トが一つ抜けたんだ」
「ホワイト? どこが白いのかしら」
「そのうち分かるよ」
リオには若返りという事象についても一味の置かれた現状にも心当たりがあるらしく、詳しくは説明しないまま始めの質問を繰り返した。
つまり、「どうやってこの島に来たのか」と。
「どうって、普通に船を停めてあるわ。新世界にありがちな特殊な海流も異常気象も無かったもの」
「船はどこに停めた?」
「あっちから来たぜ。仲間が2人船番してる」
「南側か、運が良いね。接岸した時他に船影は見えなかったんだな?」
「そこは断言できるな。少なくともわしらから見える範囲では他の船は見当たらず、島の中に人の気配すら無かった。リオ……つまり、未来のお前さんもそう言っていたしのう」
ふうん、と頷いたリオは「じゃあとりあえず船番してる人呼び戻して」と片手を振った。
「船番してる奴らがこちらに巻き込まれたのかそうじゃねェのかは確認しないと。この事象自体、島内に踏み入ったかどうかは関係ないとは思うけど、サンプルは多ければ多いほど良いからな」
「じゃあ電伝虫で呼んでみるか」
サンジがそう言って子電伝虫を取り出して、サニー号へ連絡を試みた。
「おいあいつら寝てんじゃねェか?」
「早く早くー。急いで、今すぐ、ASAP!!」
「ようし、おれが叩き起こしてくるから待っててくれ!!」
「あ、なら先に話進めてるから」
「……ウン!」
サンジが一人寂しく船に駆けていったのを見送って、これだからせっかちはと頭を抱える。基本的に先を見据えすぎてて現在を疎かにしがちなのはリオの欠点だ。
「何が起こってるか分からないし、船番はいた方がいいんじゃねェか?」
「いらないよ。現状船番の意味は全くないし」
「どういうことだ?」
「事故で船が流れていく心配も、誰かに襲われる心配も要らねェってこと。むしろ一味がバラけている方が問題だ。いいか、この島ん中じゃなるべくひとかたまりになって行動しろ。因みに試してみてもいいが、いくら沖に漕ぎ出してもまたこの島に戻ってくるんだ。誰が試しても霧ん中に突っ込んだみたいになる」
「それって、この島に閉じ込められてるってことか?」
「そう。盗難や破壊の心配は……ま、これは私の言葉より体感した方が手っ取り早いだろ」
「なあ、メル」
「ん?」
珍しく難しい表情で考えこんでいたルフィが、ふと森の奥に視線をやってから口を挟んだ。
「ここ、森の奥にまだなんか居るよな? なんか……懐かしい感じがする」
「ああ、そっちの話はお前たちが全員集まってからしようと思ってたんだけど……。よく聞け、事故防止で目通りはさせてやるから、くれぐれも大人しくしてろよ」
「もしかして海軍が来てるの?」
「ゲ、メルリオールならどの海軍大将連れてきてても違和感ねェぞ」
「改めて考えてみりゃ、メルリオールっつーと海軍のお偉いさんだよな」
フランキーが顎に手を当て首を捻った。かつての三大将の誰とも深い関わりがあり、ロシナンテとの交友もあって前元帥センゴクとも近しい。おまけに海軍時代の無茶苦茶な出撃とその若さのせいで一般海兵からの認知度もある。
そして実力についても。実際、仲間の姿に攻撃を躊躇っていたとはいえ今の麦わらの一味を無力化する一歩手前まで数秒とかけなかった。
本人も肯定するだろうが、リオの性質からして今が最盛期なのだ。精神的に未熟で、自分の感情と向き合うことも出来ず、荒削りな技を振るうだけだったとしても。
今のリオは、挫折を知らない。
信じる思想は一片の罅もなく、強固な意志がそこにある。覇気は、意志の力だ。
「いや、海軍は私の隊だけだ。元はいつもの通り海賊と戦闘中でさ。この島に囚われたと思ったら割とすぐに別の海賊船がやってきた。だから初めてじゃねェんだよ、お前たちみたいに時代の違う人間がここにやってくるのって」
軽い調子で海賊と口にしたリオはあっけらかんとしていた。
「既に二つの海賊団が居るってことか?」
「うん、そう。海賊団って言っても、最初に私と戦ってた方は一人だったから勢力として数えるのは微妙、かといってもう一方も船員が全員巻き込まれたんじゃなくて船長ともう一人だけなんだ」
人数で言えば君らが一番多いけど、と断りながらも渋い顔をする。
「ちょっと待って、リ、メルリオールと戦闘中だった海賊って……。あたし嫌な予感がするんだけど」
そういえば『目通りさせてやる』と明らかに格上の相手に対して使う言葉を持ち出してきたな、と思っていればリオが「どうでもいい方の奴が先に来たな」と呟いた。
「え、おいメル、これって『そういうこと』か!?」
「は? 何が?」
疑問符を返しながらも素早く腰の刀を右手で抜いたリオが、グッと足に力を込めた。
直後、ローの見聞色も遠方から急速に飛来する何者かの気配を察知する。見知らぬ人間のそれではある、が。
「おーいメル、何やってんだ?」
「じゃれ付いて来んじゃねェよ、新入りが!」
呑気な声と険呑な声と共に衝突音が響き、武装色の覇気と刀が削り合う。ビリビリと空気が震えて、一方的に押し切ったリオが覇気を噴きあがらせた。
「メル怒ってんじゃん!!」
「怒ってねーよ!」
「おしゃれ眼帯も似合ってるぞ!」
「おしゃれでもねーーーよ!!」
そうして、その剣戟の隙間から赤く光る炎が揺れ動く。
オレンジのテンガロンハットに惜しげも無く晒された上半身。刻まれたタトゥー。なんと数奇なことだろうか。
「エース!!」
「ん? おいまさか、ルフィか!?」
メラメラの実の能力者にして、麦わらのルフィの兄。ポートガス・D・エースがそこにいた。有名人では、ある。その存在が世界中に知れ渡ったのは────。
恐らくその場にいた全員がここで思考を打ち切った。振り返ったリオは目の前に集中していたせいか、怪訝そうにしながらも疑問は呈さずエースに飛びついたルフィを流し見ている。
「そういうこともあるのか……」
「なんだお前ら、知り合いか?」
「メルに教えたことなかったか? おれの弟だ!」
「だから誰だよお前、私は知らねェんだって!」
「おいジンベエまでいるじゃねェか!」
「あ、ああ。久しぶりじゃの、エースくん。いや、そうでもなかったか……」
「ん? 久しぶりではあるだろ? あ、それよりルフィ、なんでこの島にいるんだ? 旅立ちは17になったらだって約束したじゃねェか」
「おれもう19だ、エース……!」
「え!? じゃあ同い年になっちまったってことか?」
ややこしくなってきた。丁度その時呼び出されたゾロとブルックと呼んできたサンジが合流し、あり得ない状況に揃って目を剥いている。一人は骸骨なので目はないが。
説明はウソップたちに任せて、ローは「つまり」と声をあげた。
「俺たちの時代を基準にするなら、『メルリオール』とその配下の海兵、それからもう一人の海賊が10年前、火拳屋は3年前の時代からそれぞれこの島に囚われているってことだな」
言われたエースの方はローの顔を見て驚いたように一瞬目を見開き、すぐにリオに視線を落とした。
「3年? でも俺はこの島来てから1月も経ってねェぞ?」
キョトン、と首を傾げたエースに「やっぱ何も話理解してなかったな!」と吐き捨てたリオは「私の理解では今日で23日目だ」と続けた。
些細な違和感が襲うが、それ以上の違和感に押し流されてしまう。
「おれらが来たのいつだった?」
「なんで覚えてねェんだよ、ちょうど3週間前じゃないか?」
「もうそんな経つのか。いやー、流石に飽きてきたな!」
「能天気野郎が……!」
「そういやメル、なんか元気になったな。昨日までは死にそうな顔してたのに。どうした、宴するか?」
「しねーよ!!」
無理矢理リオと肩を組もうとしているエースと、それを必死に止めさせようとしているリオ。ローの理解ではリオは義弟のエースを相当に可愛がっていた筈で、しかし彼らの出会いは当然ながらエースが海賊になってから。
10年前のリオはエースのことを知りようがなく、逆に3年前のエースの方はメルリオールと出逢った後。時代があべこべになっていなければ見られなかった光景だろう。
そして、とローはリオに気取られないよう細心の注意を払って思考する。
火拳のエースは、死人だ。
2年前の頂上決戦にて、確かに死亡している。
目の前にいるのが本物のエースだとするなら、これを若返りだとする説は完全に否定された。
ならば恐らくこの現象は。
「時間軸が交錯している……?」
同じ考えに至ったのか、ロビンの口から核心が語られた。
「どういうことだ? というか、お前らルフィの仲間か?」
「え、ええ。初めましてエース。話は聞いていたわ。私たちの中には貴方に会ったことのあるクルーも居るのだけど、貴方にとっては未来の話ね」
「へェ! 随分沢山だな。ジンベエがいるのもその辺の話か?」
「あー、そうなんじゃが……。エースくん、未来のことはあんまり知らん方が良いじゃろう」
「はあ?」
「面倒だからお前は黙ってろリオ!」
未来視を否定されたと勘違いしたリオが口を挟んだが、取りあえず黙らせて興味深そうな視線を向けてきたエースに口を引き結んだ。
「リオって?」
「あー……。火拳屋、良いことを教えてやる。自分の手配書があるならこいつに見せてみろ。それで一発だ」
「おれの手配書?」
「あ、そっか。それもそうね」
相槌を打ったナミにその他一同も同意していることを確認して、リオとエースは二人揃って首を傾げた。
「まァ、それならうちの船に案内するぜ。ここからだとちょっと離れてんだ。俺は先に戻ってるから、メルに案内してもらってくれ!」
「おい勝手に決めるな!」
「じゃあな! あ、ルフィ。おれと一緒に先に行くか?」
「行く!!」
「よし!」
「こら新入り!!」
怒鳴ったリオを意に介さずにエースが空に向けて飛び立った。その後を身軽に飛び跳ねた弟が追う。
「ちょっとルフィー!?」
「先行ってる! 挨拶もしてェしな!」
「自由だなー!」
慣れている一味は諦めたように空を見上げていた。
「メルリオール、一応先に聞いておきたいんじゃが」
「ジンベエか。なんだ、言ってみろ」
「これから会いに行く海賊団と言うのは……。いや、もっとはっきり聞こう。エースくんと共にこの島に捕らわれた海賊言うんは、白ひげの親父さん、か?」
問われたリオは気負うことなく頷いて、その次に「お前たちが分かるってことはやっぱあの馴れ馴れしい男って新入りなんだ」と嫌そうな顔をした。
「新参者なんて珍しい」
「エースくんは……。特別でな」
「ふうん。まァいいや。ってことでこれからお前たちを白ひげに会わせる。ジンベエは面識があるだろうが、他の奴らは精々ポカしねェようにな。ロー以外は機嫌損ねても見捨てるぞ」
「はいはい! 心の準備の時間が欲しいです!」
「おれも!」
「おれも欲しいぞ……!」
「やるかよ、日が暮れたら面倒だ」
バッサリ切り捨ててから、口を開こうとしたローに向けて「いいよ、早くね」と先回りした返事を寄越す。
この感覚も最近味わっていなかったものだ。
「おれは一旦船に戻って物をとってくる。先に行ってくれ」
リオ以外にそう告げて、ローは踵を返した。
本当に、因果なものだ。
この島には純粋な理想を掲げた頃のリオがいて、この先の彼女に多くの影響を齎した海賊が揃っている。
見ようによっては2年前、リオはエースと白ひげの死をきっかけに己の感情に向き合うことを決めたと言えるだろう。抜け殻のようになっていたリオがもう一度海に出た原因。それがなければローはリオの行方を知る術がなく、新世界を無駄に探し回る羽目になっていた。
もし、何かの掛け違いがあってリオが麦わらの船に乗らず、その寸前まで二人の死の未来を知らなかったとしたら。
「二人でドフラミンゴを倒すんだと思ってたおれは、二度とあいつに会わなかったかもな」
そうして何処かで、のたれ死んでいた。
サニー号の甲板に着地したローは、勝手知ったる船室に踏み入りながらこれから会うと言われた海賊のことを考えた。
偉大なる海賊、白ひげ。リオは他人にその男のことを滅多に語らない。ローとて、その間にどのようなやり取りがあったのか、断片的にしか知り得ないのだ。