「ナミ〜、今日の新聞もう届いてた?」
「それなら部屋に置いてあるわよ。あんたも新聞好きねェ」
「あれ、そんなに露骨だった? ま、でも面白いからねェ」
リオが目覚めたのは、ルフィやロビン、他に凍らされた面々よりもずっと早かった。後遺症も特になく、ほぼ自力で氷から脱出している。あっちが本気だったらこうはなってないから、真意は推して知るべし。
ルフィたちが復帰するまでの間、リオはゾロやサンジに請われて海軍本部大将の話をしていた。一般的に知られている部分だけでも、知っておいて損は無いだろう。
「じゃあ、あいつが特別強いってわけじゃないんだな」
「そう。三大将の間に優劣はないと思うよ。もちろん、お互い戦うなら相性が生まれてくるけどね」
「氷にマグマに光。見事にみんなエネルやクロコダイルと同じタイプか……」
「
個人的には
「それは、リオさんがいち早く氷から抜けて、意識を保っていられたのと関係あるのかな?」
「うん。系統としては私の未来視と同じ。才能がかなりものを言うから習得できるとは限らないし、するにしても師匠について何年も修行を重ねるとかしないと。後は死地で目覚めるともいうけど、まァだいたいそのまま死んじゃうね」
「それはつまり、海軍大将はリオレベルで未来を読めるってことか」
「読めはするけど、私の占いほどじゃないよ。そこは大丈夫」
それから、リオはナミに白い紙を貰って彼らの似顔絵を作った。
「まず青雉がこれでしょ」
「おいウソップ、代筆しろ」
「うおォ、素敵な絵だね、リオさん。君の内側から溢れ出すセンスが輝いてるよ」
失敬な。
「で、赤犬がこんな感じ」
「これ人間か? 怪獣じゃねェのか」
「ここが眉毛だよな? で、軍帽をかぶって、と」
「そうそう。もうちょっと威厳のある感じの表情に…………そうそうそう! 最後に黄猿がこうね。いつもダサいスーツとか着てて」
「こうだな」
「そう! で色つきのサングラスが……もっとダサい感じに!」
「これ以上か!?」
「そうそう! いいね、すごいよウソップ!」
「リオさん、黄猿に何か恨みでもあるのかい……?」
ともかく、とウソップが書き上げた方の似顔絵を持ってひらめかせた。
「この顔を見たら一目散に逃亡すること! まァよっぽどのことがない限り大将が出てくることはないと思うけどね」
逃げられるとは思ってないが一応伝えておく。リオの占いによると出会うらしいが、まあいいだろう。
次の島、ウォーターセブンは船大工の島だ。傷んできたメリー号を修理するにはうってつけだろう。近辺に司法の島、エニエス・ロビーが構えているのがかなり気にかかるが。
リオの占いによるとなぜかロビンが捕まり、世界政府の旗が撃ち抜かれるらしいし。
流石に世界政府に喧嘩を売るのは不味すぎる。が、ルフィはやっちゃうだろうし、リオができることといったら何とか穏便に済むように裏工作をするくらいである。
「ということで、何とかならないかな〜」
『すっごいこと要求するね、メルちゃん』
「覇王色の覇気使える知り合いとかいない? 一般海兵だけでも先に片付けておけば楽になると思うんだよねェ」
『メルちゃん、おじさんこれでも海軍大将なんだ』
「使えないなァ〜」
電伝虫の相手はクザンだ。どうせロビンを気にして近海をウロチョロしてると思ってたが、案の定だった。自由行動の最中、買い出しを済ませた後にかけてみた第一声が『太々しいな』だったのには同意だが。
『そもそも、覇王色ならメルちゃんでもどうにか出来るでしょうが』
「知り合い呼べってこと? 新世界じゃん」
『そりゃあね、覇気を使いこなすような猛者は楽園で足踏みしてないよ。面倒なことに』
「何言ってんだか。それに、もしこっちに来てたってあいつらに協力なんか頼める訳ないでしょ、こっちが死ぬわ。あと、
『ブフォ、おい、思ってもないこと言うんじゃないよ。しっかしあれだな、将官クラスが海賊に転身するとなかなか面倒だな。知りすぎてる』
「そういや懸賞金ってあれからどうなったの?」
『メルちゃんがこの後世界政府の旗ぶち抜いちゃったらつくかなァ。ま、あとは活躍次第だ』
「大人しくしてまァーす」
ガチャリと通話を切って、この後起こることを指折り数えた。
ああやだな、リオはこの船に乗りたくてたまらないのに、彼は降りてしまえるんだ。そんで、あっさり乗せてもらえるんだ。リオはどうだろうか。リオの時も、同じように、手を掴んでくれるだろうか。
ウソップが一味を抜けた。
リオはその様子を全て静観していた。一味みんなの感情がよく動いた昨晩のことは、もう何度も視ていたからだ。
ロビンはチョッパーとはぐれた後、船に戻っていない。今頃CPに捕まっているのだろう。
「……リオ、ロビンがどこに行ったか占えないの?」
「それはできないかな。大きくは心が動いてないみたいだ」
「…………じゃあ少なくとも、誰かに襲われたとか、拐われたんじゃないってことだよな」
妙な間があったのは、リオがウソップの離脱を占っていたことに気付いたからだろう。けれど、言ったところで原因を取り除けるわけじゃない。いくら未来が視えても、メリー号は直せない。
サンジの言葉に、リオは曖昧に首を振った。
「ロビンは多分、そのくらいじゃ取り乱さないよ。今どこにいるかはわからないけど、ロビンについては一つ視えてることがある」
「なんだ?」
「高い塔の上で、下を見下ろしている」
塔、と呟いたルフィがウォーターセブンの街を降り仰いだ。
「それから……結構ヤバめな光景も」
「ヤバいってどういうことだ。ロビンに何かあんのか?」
「ロビン自体というか、一味というか……。まァこれ自体で直接害があるわけじゃないけど」
「なんだ、はっきりしねェな」
「あー。世界政府に喧嘩を、売ることになる、と。いや、なります」
キョトンとしたルフィは、「なんだ、それなら最初からだろ。おれたちは海賊だ!」と笑い飛ばした。
「やっぱりバスターコール発動するの?」
「あららら、仲間と一緒にいなくていいの、メルちゃん」
「書き置きは残してきたけどね。あ、これお土産。アラバスタにしか咲いてない花なんだって」
「押し花か、粋なことするねぇ。……メルちゃん、あと二つあるみたいだけど?」
「渡しといて」
「……………………」
海上。能力者でもないリオは、裏技を使ってクザンの漕ぐ自転車を追いかけてきていた。裏技というか、フィジカルで。
複雑そうな表情で一応リオを追い返そうとした青雉は、結局後ろに乗っけて海を漕いでいる。目的地は司法の島、エニエス・ロビーだ。
「ロビンのこと、とうとう始末する気になったんでしょ」
「…………20年だ。おれァ20年待った」
「知ってる」
「そういや、お前さんとの付き合いもそんくらいだったかねェ」
「全然違う。もっと大きくなってからでしょうが。……それに、昔を懐かしむのは老化が始まった証だよ」
海は静かだ。使い古した自転車の金属音と、ひたすらに波の音。
「メル、お前今度はどこまで視えてんだ」
「そうだなァ、盗み見しながらギュンギュン心を動かしてるおじさんがいるから、結構全部かなァ」
「コリャ参った」
「クザンも、難儀だよねェ。海兵なんかやらない方が自由になれるのに」
「それは自省も込めて?」
「いや…………。私はいいんだよ。自分で納得して決めた道だからさ」
「世界政府に銃口向ける道でもかい」
「そうだね」
遠くに見えてきた司法の塔へ視線を向ける。
「未来が視えなくなった。あれは、もう既に起きたんだ」
「時代の潮流かねェ。ニコ・ロビンも、お前も、同じ男の元に身を寄せた。因果なもんだ」
「いいや」
リオは静かに首を振った。クザンは、問い返すことなく静かに自転車を漕いでいた。
「決まってたんだよ、ずっと昔から。私たちが知らないだけでね」
「なーにを、しようとしてるのかなァ」
「誰だ、貴様は!」
四方八方から銃口が突き付けられた。
今、リオの顔には、上半分を隠すような仮面がつけられている。クザンからの餞別だ。知り合いにはバレるだろうが、少しの間誤魔化すくらいなら問題ない。
エニエス・ロビー、近海。
戦闘音がうっすらと聞こえる程度の距離に、ガレオン船の姿があった。海賊船だ。船長の手配書は見覚えがある。確か、7000万程度か。
世界政府の拠点に近寄る時点で大した豪胆さだが、時期が悪い。
バカな海賊が自滅するのは歓迎するが、ルフィたちの戦いに水を差されるのはたまったものじゃない。それに、彼らはリオの視たエニエス・ロビーの戦いの中には1シーンたりとも登場しない、異分子だ。
「あの塔になんの恨みがあるのか知らないけど、手を出されると困るんだよね」
「海軍か……? まあいい、野郎共、やっちまえ!!」
「また典型的な」
銃弾を──いや、そもそも号令をかけた船長の台詞までを読んで、リオは一歩船内に踏み込んだ。
「グワァ!」
「おい、どうした!」
背後で倒れ込んだ部下に慄いた船長が、サーベルを構えながら怒声をあげる。
「君、本当に7000万? 離れた所にいる敵に攻撃を当てる方法なんていくらでもあるよ」
「チッ、おい下がってろ、おれがやる!」
不利を悟ってからの切り替えの早さはさすが賞金首だ。振り上げられた切っ先が流れるようにリオの首元に襲いかかる。
「ッ!」
「だから前半の海で足踏みする羽目になるんだよ」
ガキンと金属同士がぶつかるような重い音が響いた。武装色と見聞色の覇気を組み合わせれば、このようにピンポイントで防御ができる。リオはそこまで武装色が得意では無いが、この程度の海賊に負けるとは露ほども思っていない。
指先を固め、サーベルを握りしめた。まァ、当然ながらただの刃物だ。リオが渡り合ってきた新世界の海賊たちと比べれば、脆弱極まりない。
パキパキと音を立て、刀身が崩れていく。
「なに!?」
「キャプテンの剣が!」
動揺する船員たちを見渡して「これがゾロと同じくらいの懸賞金か」と首を傾げた。
「見たところ、能力者はいないのかな。ま、能力者の数と海賊団の強さは関係ないけどね」
じゃあ運が良ければ助かるでしょう、とリオは軽く足を打ち鳴らした。
船が揺れる。
これだけで船が沈むなんて、楽園と呼ばれる理由が分かるなァと、リオは沈み行く船から脱出した。
「手を貸そうか、ルフィ」
「リオ……? お前、今までどこにいたんだ」
「あれ、私が誰かは分かるんだ」
エニエス・ロビーの第一支柱。CP9のロブ・ルッチとの戦闘を終えたルフィは、突然隣に歩いて来たリオを前に何度かもがいた。疲労が溜まりすぎて動けていないが。
主要な戦いは終わった後。捕まっていたロビンも解放して、脱出の期を窺っている段になっての登場に、当然の疑問が投げかけられている。
仮面の位置を正しながら、パラパラと片手に引きずってきた軍刀の破片を辺りにぶちまけた。
「そりゃ、私は君の船の見習いだからね。ルフィたちのことを見ていたよ。さ、背中に乗って!」
いつものマントをルフィの体に巻きつけて、無理矢理背負いこんだ。彼らが脱出に使おうとしている護送船までは距離があるが、リオにはこの先もきちんと未来が視えている。
珍妙な仮面を被ったウソップの方へ歩き出せば、こちらの様子を心配そうに伺っていた彼が慌てて両腕を差し出した。
「リ、リオ! 良いところに! そのままこっちに飛べるか!? おれがなんとか受け止めてみせる!」
「
「まて、なんか聞こえねェか?」
「ルフィ?」
ああ、聞こえるのか。
軍艦の砲門がリオとルフィの方を向いていく。陸地は数少なく、一味はみんな孤軍奮闘している。
けれども、彼らは海賊だ。
「海へ……!」
「海へ!!」
海賊には常に、相棒がいる。
「メリー号に乗り込め〜〜!!」
軍艦の包囲の中、颯爽とそのキャラベル船は船員たちを迎えにやってきた。
ルフィを抱えて飛び降りながら、リオは水平線に立ち尽くすクザンを振り返る。彼はゆったりと、出航を祝うように片手を振っていた。
それはおそらくリオに向けてではなく。
「みんな! ありがとう」
悪魔の子、ニコ・ロビンは海賊船の上でそう言って笑った。
「さて、サンジが正義の門を閉じてくれたから逃げ切れるだろうけど、ここから先は私に任せてね」
「な、知ってたのか」
発動したバスターコールによって、近海には軍艦がうじゃうじゃと集まっている。
ウインクを一つ投げて、リオは腰にぶら下げていた軍刀を引き抜いた。これは道中ぶちのめした海兵から奪ったものだ。
「武装色硬化……
覇気を武器に纏わせるにはコツがいる。が、覇気を扱えるのであれば一から剣術を覚えるよりだいぶマシだ。雨霰と降り注ぐ砲弾に、支給品の軍刀を叩きつけた。
斬鉄なんかリオにはできないので、これは無理矢理砲弾の軌道を曲げているだけだ。ひしゃげた砲弾が海中に落ちていくのを尻目に、空中を
「な!?」
背後の声を気にせず、飛び上がった勢いのまま軍刀を大きく振りかぶった。
「大通連・投!!」
覇気を纏った軍刀をぶん投げるだけの技とも呼べない技。軍艦に衝突した安物の軍刀は、船体を貫いて砲撃機能を停止させた。
「さて」
甲板に戻り、軍刀に続いてバラバラと分捕ったマスケット銃をその辺に落としていく。
「おいおい、その服ん中は武器庫か何かか」
「いつの間にこんなに……」
「まァちょっと、海兵狩りをね。ナミ、切り抜けられそう?」
「ええ、見えたわ勝者の道が!」
「よし、じゃあ落とせるだけ軍艦落としておくか」
リオが何にも縛られずに暴れられるのは珍しいことだ。銃を構え、口笛混じりに軍艦の砲門を狙い撃つ。リロードは面倒なので、撃ったそばから海に投げ捨てながら、機械的に。
「うそだろ、銃で軍艦が沈んでく……!」
発射寸前の砲門を撃ち、砲門内で弾を破裂させれば軍艦などこんなものだ。よほど正確な見聞色の持ち主でないと合わせられないだろうが、リオ相手というのは運が悪かった。
まァ経験則上、沈んでも近くに味方の艦があれば生存率は高い。
ロビンはロビンでどっかで見たような男へ華麗に技を決めていた。
「よし、フランキーお願い!」
「おっしゃ、ちょっと船体にゃこたえるが……!
「あ、やっべやっべ、怒られたァ」
やりすぎ、とクザンから制止が飛んだので持っていた銃を投げ捨てる。メルリオールがお釈迦にした軍艦の数に比べれば、こんなものはお遊びみたいなものだろうに。
ウソップが煙幕を張り、空を飛ぶメリー号が離脱していく。
最後の別れを思い描いて、リオはそっとメリー号の船尾を撫でた。