未来が視える元海兵が麦わらの一味について行く話   作:テロン

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= PIRATE

 

 

 

 

「もうすぐだ」

 

 

 木々が途切れ始めるあたりで、メルリオールは一度立ち止まった。少し待っていれば能力を使って追いかけてきたローが現れる。その間、「野イチゴだ!」「酸っぺェ!」「おいこっちは甘ェぞ」などと騒がしくしながら一帯の野イチゴが消滅していった。

 因みにメルリオールはちゃんと甘いやつを引いている。

 

 

 こちらに視線を向けた彼は、ごく自然に頭を撫でて隣に立った。

 

 

 どういう、ことだか。

 

 

 このやり取りに戸惑っているのはメルリオールだけなようで、この気持ちは誰にも理解されていない。少なくともメルリオールの知っている、ついこの間会ったローはこういう態度では無かった。

 

 

 10年後のローは背が随分と伸びていて、海賊らしく髭なんか生やしていて、メルリオールと口喧嘩を繰り広げているあのローと同一人物とは思えないほどに『大人の男』だった。色男とは、こういう時に使う言葉なのかもしれない。自分がひどく子供に思えた。

 

 

「どうかしたか?」

「なんでも、ない」

 

 

 こういった声も、それから態度も、一々甘ったるいことにこの男は気付いているのだろうか。というか未来のメルリオールは気付いているんだろうか。ひたすらに調子が狂う。

 

 

 分からないのだ。

 

 

 他人よりも人間の感情というものについて何倍も造詣の深いメルリオールであるが、そればかりは分からないのだ。

 

 

 人が人を恋しく思うこと。もしくは、愛おしむこと。自分の中に、それと同じ心があることが。

 

 

「メルリオールさん、あの山はなんだい? 島に入った時は見えなかったんだ」

「ん、それは私もだ。入った直後から見えるようになった。多分囚われてから、だな。こっちが本来の姿だと思う。あれは火山だよ」

「火山? そうは見えないが」

「今はね」

 

 

 行き止まりの思考を取りやめて、サンジと言ったか、金髪の男にそう返す。彼の言う通り、今メルリオールがいる辺りからは島の中央に聳える火山がよく見えた。

 

 

 この島は大まかに瓢箪のような形をしていて、南北で多少雰囲気が異なっている。と言っても北側が多少山がち、という程度のもので一般的な夏島の気候に合わせた景色だ。

 麦わらの一味はその南端に船をつけているらしく、これから向かう白ひげの船は中央あたりに位置している。因みにメルリオールの軍艦もその辺りだ。くびれの東側に軍艦、西側に白ひげ。双方とも似たような入り江に船がある。

 非常に面倒なことに艦を動かすことが出来ず、近くに現れた彼らに文句をつけることしか出来ないのだ。

 

 

 そしてこの火山は、ちょうど島の中央に位置することがこれまでの調査で判明している。

 

 

「その話も追々な。じゃあ行くぞ」

 

 

 正義のコートをバサリとはためかせ、見えない一線を越える。テリトリーに土足で踏み込んだ集団に対し、値踏みするような覇王の覇気が向けられた。

 全員揃って顔を引きつらせ、足が止まる。まァ初見じゃこうなるだろう。あまりの重苦しさに足先がちょっと地面にめり込んでいる。

 普通の見聞色の方でそれを視ていたメルリオールは、構うことなく姿を見せた。

 

 

「来たか、メルリオール」

「ああ。話は聞いてるんだろ? 新しい客人だ。それもお前たちより未来の、らしい」

「面白ェ話も聞いたぞ」

 

 

 伝説の船を背景に酒樽と椅子を並べただけの砂浜を、一人の大男の存在感が埋め尽くしていた。

 エドワード・ニューゲート、通称白ひげ。四皇の一人にして最も海賊王に近い男。そして、メルリオールと奇妙な縁のある男。

 

 

 彼はメルリオールからすれば7年後の人間ではあるが、白ひげとの出会いは去年のことになる。つまり、船員だと名乗る得体の知れない新入りのことは知らないが、白ひげなら知り合いだ。お陰で話が通じるのだが、当人はメルリオールが己の息子とギャンギャンやり合っているのを愉快そうに見ているばかりだった。

 

 

「お前、そこの坊主と一緒に海賊やってるんだってなァ」

「不確かな未来の話をするな。それより、また酒を飲んだな。残り短い寿命を削るのが趣味か?」

「ここじゃいくら飲んでも変わりゃしねェ」

 

 

 つまらなさそうに吐き捨てた白ひげは、付近で弟と並んで座っている男に声をかけた。

 

 

「エース、メルにジュースでも出してやれ」

「任せな親父。何がいい? おれがリンゴでも取ってきてやろうか」

「どうせ燃やして仕舞いだろうが!」

 

 

 本当に森に繰り出そうとしている男を怒鳴って止めて、舌打ちを零した。

 既に3回くらいは同じやり取りをして、濡れた子犬のようになった男を前に青筋を立てている。

 

 

「いつでも新鮮なのは良いんだけどなァ」

 

 

 ゴソゴソと船荷を漁りに行った新入りは流石にもう場所を覚えたのか、すぐにオレンジとグラスを片手に甲板から顔を出す。

 

 

「ルフィ、良いオレンジ持ってきたぜ。メル連れてちょっとこっち来い!」

「おう! じゃあ白ひげのおっさん、おれの仲間たちよろしくな。多分もうそろそろ動けるだろ」

「お前が降りてこいよ新入り!」

 

 

 なんて反論してみるも、ゴムのように伸びた腕がメルリオールをモビー・ディックの甲板まで連れてきてしまった。

 なんという兄弟だ。あまり似てないけど。

 

 

「血は繋がってないぜ。おれらは盃を交わした義兄弟」

「へェ。いや、興味ないけど」

 

 

 雑に絞られたオレンジジュースを仕方ないので受け取って、ゾロゾロと砂浜に降りてきたローたちを見下ろす。

 メルリオールが居なきゃ話すこともあまりないだろうが、ロー以外はおっかなびっくり挨拶などを交わしていた。

 

 

「そういや、エースはトラ男のことまだ知らねェか?」

「トラ男?」

「あの長ェ刀持ってる奴。良い奴なんだ! 沢山助けてもらった」

「へー、たしかに結構強そうだな」

 

 

 自分の話をされていることに気付いたのか、ローと目線が合った。ス、と目が細められたのは急かしているからか。手配書を見せろとかなんとか。

 

 

「そんであいつ、リオとケッコンしたんだ!」

「ブフォッ!」

「はあ!?」

 

 

 思い切りジュースを噴き出したメルリオールは、ついでに口に入ったオレンジの種を吐き出した。

 何度言っても種ごと絞りやがるのだ。

 じゃなくて。

 

 

「リオってメルのことだろ? 結婚したァ!? おい、いつだ!? ここ1、2年の話だよな? っつか、それ白ひげ海賊団(ウチ)は了承してんのか!?」

「多分?」

「なッんで曖昧なんだよ、大事なところだろうが」

「ちょっと黙ってろ新入り!」

「あ、逃げた」

 

 

 何か言われているが気にしない。甲板から飛び降りて白ひげの隣に降り立ち、強制的に話を聞かなかったことにした。観測しなければ事実ではないのだ。

 それが例えロー本人から齎された情報であっても。

 

 

「メルお前ェ、座ってジュースも飲めねェのか」

「お前が言うな、クルーの躾はしっかりしろ。だいたいなんで毎度ジュースが出てくんだよ、おかしいだろ!」

「なんだァ、拗ねてんのか」

「拗ねてねーよ」

「仕方ねェだろう。コックが不在だ」

「そういう意味なワケねーだろ、どいつもこいつも海賊共は……!」

 

 

 白ひげ相手に減らず口を叩いても、諌めてくる隊長たちがいない。この島に取り込まれなかったのだ。おかげでこの船はいつになく静かだった。

 彼らが今はどうしているのかは全く不明だが、どう考えてもこっちの方が非常事態なのだから心配するだけ無駄だろう。

 これはメルリオールが心配しているという話ではなく、白ひげが息子たちを案じているという意味で、だ。

 

 

「おい、義理は果たしたからな。もう一度言うけど、お前たちの一味が白ひげとぶつかろうが私は今後仲裁しない」

「下手なことしなきゃ手は出さねェよ、ジンベエも、おれの息子の弟もいる」

「それが何かの免罪符になんのか? 老けて丸くなったな」

 

 

 ニイと笑った白ひげは、唯々愉快そうにメルリオールを見下ろしていた。

 

 

「なんだよ」

「フン、ここが海の上でなくてよかったなァ、メル。ご自慢のマントに絞り皺が増えちまう」

「言ってろ」

 

 

 吐き捨てれば、ドサリと背後に人が降り立った。甲板から帰ってきたのだろう。

 

 

「何話してんだ? メル、取り敢えずおれの手配書見つけてきたから、ほら」

「興味ねェよ。どうせ4とか5とか、そのくらいだろ?」

「割とちゃんと評価してんのな……」

「あ?」

「良いから見てみろ、リオ」

 

 

 ローが口を挟んできた上に、詰め寄って来る。新入りの手から手配書を受け取って、それはピラリと視界に入るように広げられた。

 

 

「ほらやっぱり5億……。は?」

 

 

 印字された文字に目を見開く。ローの手から手配書を受け取って、何度か瞬きをしながら見直して。その写真の人物の顔を見て、また手元を見下ろした。

 メルリオールのその反応は10年後の者たちにとっては想定内だったようで、経過を見守るような視線が届く。

 そして、手配書の本人。ポートガス・D・エースは静かに瞠目した。

 

 

「おれから何かを補足する必要性も感じねェが、この先のお前も今と全く同じことを考えたんだろう」

「そう、か」

「メル……?」

 

 

 淡白な返事と共にメルリオールは手配書を突き返した。別に。別に、どうでも良いし。

 

 

「おいトラ男野郎、これ本当に効果あんのか?」

「ある。現にもうだいぶ緩んでる」

「うるさいぞ」

 

 

 反論すれば宥めるように軍帽の上に手が置かれた。グリグリしやがって。

 

 

「お前、19って言ったか?」

「ああ、それがどうかしたか?」

「なら私の時代じゃ12のガキか」

「そうなるな、俺の知るメルは20歳超えてたし」

「ふーん」

 

 

 大人になった自分というのは中々想像がつかないが、この男の話は真実なんだろう。白ひげの船に乗っているというのも。未来のメルリオールが、この馴れ馴れしい態度を許容していたというのも。

 

 

「こっちからも手土産だ、リオ」

「ん?」

 

 

 そう言って、ローはもう一枚丸めた状態の紙を差し出してきた。取りに戻ると言っていたものだろう。

 

 

「多少古いものだが、お前に渡しておく。どう使うかは任せるが」

 

 

 恐らく、と続く。

 

 

「ここでの記憶は外に持ち出すことが叶わないとおれは思う。理由は二つ、おれの時代のお前がこの島を一切記憶していなかったこと、それから、お前がこの島の話を『エースに聞いたことがある』と言ったこと」

「おれが?」

 

 

 コクリと頷いたローにメルリオールは疑念の眼差しを向けた。

 

 

「それ、私は覚えてなかったとして、そこの……。エースは覚えていたってことじゃないのか?」

「完全ではないだろうがな。正確には、未来の人間に関わる記憶は持ち出せない、が正確だろう。一番過去にあたるお前は何も持ち出せず、火拳屋は多少の記憶が残った。お前に会ったことまで覚えていたかは定かじゃねェが、話した内容が残っていないのは確定と見て良いだろう。何より、未来についてはお前が一番詳しいはずだ」

 

 

 ふうん、と曖昧な返事を返してメルリオールはなんの気負いもなく渡された紙を広げ、瞬時に音を立てて折り畳んだ。

 

 

「あ、ウワ、ワ……!」

「おいメル、どうした!?」

 

 

 いきなり気絶しかけたメルリオールに驚いたエースに首を振る。なるほど理解した。メルリオールにエースの手配書を見せろと言われた理由も、周囲の視線が伺うようなものなのも、過去を変える、ないし未来を変えることにはならないと念押しをされたのも。

 

 

 そこには成長したメルリオールの写真と、それから手配名が記されていた。『ポートガス』・『D』・『リオ』。メルリオールの本名だ。上の名も下の名も、とうに捨て去ったはずのもの。何がどうなってこれをまた名乗るようになるのか、どうして海賊になってしまったのか。

 メルリオールには理解できないし、想像もできないし、何よりローの言った通り、可能性の一つでしかない。

 

 

 ふう、と息を吐いて手渡された選択権を握り締めた。

 

 

「見せない! 絶対、誰にも、見せない!」

 

 

 虚を突かれたように瞬いたエースは、素早く頷くとその片腕を燃え上がらせた。

 

 

「ならおれが処分してやるよ」

「あ、うん。聞かないの?」

「そりゃ、メルが言いたくねェことだろ? なら別に」

「そ」

 

 

 ぼうっと燃え上がってメルリオールの過去が灰になっていった。いや、未来か。

 

 

「理由は?」

 

 

 それくらいは言っておけと言わんばかりのローの短い言葉に嘆息した。

 

 

「言うまでもない。私が海兵だからだ」

 

 

 こういった物言いをするたびに、メルリオールは別の生き物を見るような目で距離を取られる。

 

 

「海兵ってのはおのれの掲げる正義に()()()人間のことだ。過去形」

 

 

 それは図らずも、未来の自分も口にした言葉。

 

 

「つまり、もう死んでるってことだね。私は自分の為には生きないの」

 

 

 だから個人の感情は優先されない。そうでないと意味がなくなってしまう。正義に殉じて死んでいった人間が、何のために死んだのか。どうして死ななければならなかったのか。正義の方が優先されるから、そちらを信じたから、生き残った人間がそのように行動し続けるからこそ、意味がある。

 

 

 結論付けて、「は〜〜」と息を吐いた。話は終わりだ。

 

 

「エース、お前が白ひげの船員であることは認めてやる。だがクソみてェな料理食わせようとするのは辞めろ」

「サッチがいりゃあなァ」

「そういう問題じゃねェだろ。もー、ったく、警戒してソンしたし、肝心なのやり忘れてたわ」

「あ?」

 

 

 軍帽を脱いでクルクル回し、バサリと脱いだコートを片手に、エースを白ひげの足元まで蹴っ飛ばす。「うお」とかいう呻き声は無視して、メルリオールは右足で踏み切った。

 

 

「ロー、久しぶり〜!!」

「お前の『久しぶり』の感覚はどうなってんだ……」

 

 

 両手を広げてローにダイブしたメルリオールは、この時ばかりはリオだった。だからこれは、リオとローのお約束だ。あの寒い海で、毎月どころでなく駆け寄ってくるリオを。

 

 

「ぐえ」

 

 

 このように、ローは正面から受け止めて、面倒臭そうな顔をしながら首根っこを捕まえ、ぷらんと揺らすのだ。

 

 

「ぐえー! 離せ!」

「おい暴れんな、雪原じゃねェんだぞ」

「グララララ!」

 

 

 背後から盛大な笑い声が響いて、メルリオールが知るよりも一段と弱り切った大海賊がその重い腰をあげた。

 

 

「こうじゃねェとなァ!」

「おわ」

 

 

 プランとされてるメルリオールごとまとめて、白ひげがローを持ち上げる。上がった視界の中で、白ひげは至極楽しそうに二人を見つめていた。

 

 

「『ロー』か。全く、今頃になって顔出しやがって」

「こらー! 力加減出来ねェ癖にローにちょっかいかけんなァ!」

「これは」

 

 

 重く言って、白ひげはニンマリと笑ったままメルリオールたちを降ろした。

 

 

「どこまでも未熟で、無謀で、未完成で」

「はァ!?」

「だが確かにこの海に根差した、得難いもんだ」

 

 

 得難い。

 

 

 メルリオールによく下される評価だ。未来を制する得難い力だと、軍のお偉方にメルリオールは品評される。

 

 

 彼らと同じ意味合いでないことは、心を見透かせるメルリオールには理解できるが、ならどういう意図かと言うとサッパリだ。

 

 

 じくり、と先ほどから見えていない右目が痛んだ。全く、未来の己は何をしたんだか。

 

 

「精々大事にしろォ」

「言われ、なくても」

 

 

 二人だけで会話して、それで話は終わりらしい。

 

 

 まァなんであれ、メルリオールに視えない未来であればそれは幻と同じだ。メルリオールの信じるそれじゃない。

 どれほど突飛であれ、そうやって割り切ることにした。

 

 

「……ご飯食べに帰る! ロー、一緒に帰ろ?」

「ナチュラルに軍艦に連れ込もうとするな」

「いーだろ別に。白ひげ、エース、夜にまた」

「え、メルもう行くのか?」

 

 

 船長のルフィの言葉をサラッと流して、メルリオールは外した軍帽を被り直した。

 

 

「お前たちも夜に向けて準備を済ませておけ。この島は夜が本番だぞ」

「どういう意味かは、夜になるまで教えてもらえないのね?」

「見た方が早い。それ以上に言うことはない」

 

 

 それだけ言ってメルリオールは踵を返した。

 

 

 この島が牙を剥くのはこれからだ。

 

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