「上空にホワイト出現、定位置です!!」
「よし来た、砲撃用意!」
「いつでも行けます!」
「撃ェ!」
5つの砲門が火を噴いて、その弾道をなぞるように空を駆ける。
「ご武運を、准将!」
部下の声を背中に、メルリオールは軍刀に覇気を漲らせた。
目指すはこの島の一番の異常。
ただし、生きている。およそ生き物と思えなくとも、生きていて、日が沈み切ると噴火と共に姿を現し、侵攻を開始する。
「FO────RE────LOS────!」
「何を嗤っている!」
人の形をしている限り、メルリオールはその心に手をかける。奥へ、奥へ進んで解体し、解析し、はらわたを引き摺り出すことができる。
はずなのだ。
現状、そうはなっていない。この化け物が嗤っているのか、そうでないのか、感情と呼べるものがあるのか、何も分からない。
けれど紛いなりにも相手が人の形をしているのであれば、メルリオールは
生まれてきた意味だとか、生きている意味だとか、この瞬間もメルリオールの心臓が脈打っていることに対する、ありとあらゆる意味だ。
メルリオールの『チカラ』に万が一があってはならない。例外があってはならない。不足があってはならない。
「何故ならわたしは、『すべてを救う』から」
目の前で砲弾が揃って炸裂し、その爆風を物ともせずにホワイトが大きく口を開いた。白く発光する腕が、空を抱くように広げられる。
何をしようとしているかを視て、動くだけの力がメルリオールにはあった。
「大通連!」
武装色の覇気を漲らせた刀で、袈裟懸けに斬り払う。手応えは、ある。
斬り裂かれた傷口からは、ホワイトの体表と同じく白く発光する、ぶよぶよとした何かが溢れ出してくる。それは重力に逆らって空中を漂って、体の一部のようにうねうねと動くのだ。
「WAS────」
「メルッ!」
溢れた臓物が瞬間鞭のようにしなり、メルリオールを打ち付けようと迫った。この程度造作もないが、五月蝿い男が横合いからそれを炎で殴りつけた。
「馬鹿、余計な手間増やすな!」
叱りつけ、燃え盛る腕をむんずと掴んで右から左に投げ飛ばした。ついでに自分もホワイトから距離を取る。ヒュルルと炎が尾を引いて、その末尾に火山から垂直に吹き出したマグマが食らいついた。
メルリオールは肌を舐めるようにマグマが掠めても慣れたものだが、エースは違う。炎はマグマに弱いらしい。だのにこいつはメルリオールの戦闘に律儀に割って入っては意志を持つように暴れ回るマグマに追われていた。
「はは、でもメルが助けてくれんだろ?」
「お前本当にそれで新世界やってけんのか?」
「お前だけだぜ」
「あ?」
表情はハットに隠されて見えなかった。代わりに呼吸のように感情を読み取って、その純粋な好意を吐き捨てる。
理解しがたい。メルリオールから向けられる許容と、それは同質でない。
ならば、メルリオールはその感情を理解出来ない。
「っと」
別に意識をホワイトから逸らしたつもりはないが、隙を突くようにホワイトが膨張を始めた。コポコポと皮膚──と呼んでいいのかは分からないが──が泡立ち、質量を無視して肥大化していく。溢れ出た臓物は瞬く間に本体に吸収され、メルリオールが立っていた場所を巻き込み、さらに伸びて伸びて伸びて。
「おんや、昨日よりデカくなったか?」
「嫌なこと言うな、錯覚だろ」
最終的に、火山と同じくらいのサイズになった。
その身じろぎ一つで木々がへし折れ、地が抉れ、数多の命を踏み潰す。
エースと共に高く伸びた木の頂点に降り立ったメルリオールは、その様を無感動に眺めていた。
巨大化した体に慣れる為か、ホワイトはしばらくの間ジッとしている。その間に不自然に膨らんだ箇所や細すぎる箇所などが修正されていって、最終的には矢張り人間のような形になるのだ。
「おわー、なんじゃこりゃ!」
「ヨホホホ、近くで見ると大きいですねェ……!」
「光ってるー!!」
地上が騒がしいのを見下ろして、メルリオールは刹那顔をしかめた。何故わざわざホワイトの足元なんぞに。
「
「観察してる。ゲストが増えたからだろう。明日は一応アレにも面通しさせるか」
「親父はともかく、あんま意味ねェんじゃねーの」
「意味あるかどうかは知らねェよ」
ふうと息を吐いて、メルリオールは覇気を練り上げた。動き出す前にまず足を潰す。
「十種神宝、道返玉!!」
至宝を意味する名を呟いて、刀を仕舞い、銃を撃つ。己の中にこんこんと湧き出るそれだけが、世界という圧力に対抗するための唯一だ。
バチンと音が鳴る。鳴るたびに何かを壊していく。壊してくれ。メルリオールは真摯にそう願っていた。
不条理を。
悪逆を。
涙を、血液を、悲鳴を。自分以外の何もかもを。
この海に蔓延るあらゆる救われないものたちをすべて壊して。
世界を、救わせてくれ。
覇気は、意志の力だ。
その願いが力になる。叶える為に走り続ける、何よりの糧となる。
だからこうやって、現実にはらわたを晒す。それは白く輝く稲妻となって顕現し、いつかこの海を塗り潰す。
メルリオールの理想と正義は、どんなものよりも強固で正しいのだと、ただ盲目的に信じている。
それがこの海に生きる、『狂犬』の本質だ。
その足を止める存在はなんであれ、破壊しなければならない。
メルリオールにしか見えないバチバチと弾ける白い光を纏って発射された銃弾は、ホワイトの左脚の甲に突き刺さった。そこからありったけの覇気をぶちまけて、着弾地点をズタズタに引き裂いていく。
「ME────」
謎の奇声をあげながら、ゆっくりとホワイトが仰け反っていった。動作は緩慢でも、その巨体故に周囲の被害は計り知れない。
轟音の隙間にメリメリと木々が裂ける音が大合唱し、火山とは全く関係のない地面から突如火柱のようにマグマが立ち昇る。無茶苦茶だ。そもそもこれは噴火に似た現象なだけで、自然現象ではない。
やがて爆風と共にホワイトが火山に突っ込む形で仰向けに倒れ込み、火口が歓喜するように唸りをあげる。
ホワイトの体を伝うように、或いはその両脇を滑り降りるように。堰を切ったようにマグマが山肌を駆け下り始めた。
こうなると迂闊に近寄れない。が、こうでもしないともっと酷いことになると経験で知っている。両足が自由な巨人ホワイトは、その巨体にしては狭過ぎる島を自由に駆け巡り、マグマを引っ掴んではあちこちに投げ回す。後者は両腕を潰さないと防げないし、前者だけでも島を十度滅ぼしても足りないくらいだった。
「ぎゃー! メ、メルちゃ〜ん! すっごいけど死ぬ、あたしたち死ぬ〜〜!!」
「だから大人しくしとけって言ったのに。さっさと上あがって来い、死ぬぞ!」
「ナミさんとロビンちゃんはおれが死んでも守るから安心してくれ」
「マグマかァ、おれあんまり好きじゃねェんだよな」
ポツリと呟いた船長が、船員を纏めて掴んで木の上に上がってきた。そう丈夫な枝ではないし、そもそもマグマがここまで迫ってきたらこの木もお釈迦になるが、懇切丁寧に説明してやる必要はないだろう。
「あ、おいメル、あそこにいるのお前の部下だろ? マグマに飲まれるぞ」
「そうなる前に艦に戻る。放っておけ」
大砲操作に連れ出した部下のことだろう。視線も向けずに言い放って、メルリオールは再び刀を抜いた。
「リオ」
足に力を入れる前に、ローがその動きを止めた。だが、それだけだ。一秒は待った。走り出すことを決めたメルリオールにとってその時間は破格のものであり、それを知っているだろうに続きを述べなかったローを放って、メルリオールは勢いよく前に飛び出した。
壊さなければならない。
壊さなければならない。壊さなければならない。壊さなければならない。
でないと。
「……ッ」
空中で、細かく動いた未来に思考の渦から浮上した。突き刺さるような気配がある。ようやく動き出したか。
「
唸るような声がした。
メルリオールにはよく指摘されるが直すことのできない悪癖がある。会話の途中で未来を視て、先に回答を言ってしまうというもの。会話を楽しむつもりだったとしてもたまに出るその癖は、しかし一定以上の見聞色使いとであれば刹那の間に十や二十を超える言葉を交わす伝達手段にもなり得る。
未来を視て、返される返答に対して言葉を放ち、その未来を相手が観測することにより返答が変化する。その繰り返しは一体どこまで続けることができるのか。試すつもりはないけれど。
「
会話の初めと終わりの台詞だけが現実になった。空中で急停止したメルリオールは、声をかけてきた男を一瞥することなくホワイトを睨みつける。
ジタバタと暴れ、体を起こそうとはせずに、けれど既に島の半分が破壊されていた。流れ落ちるマグマはもうメルリオールの足元は通り過ぎていて、背後からは情けない悲鳴が聞こえてくる。
自分の体が燃えているのかと勘違いするような灼熱の中、メルリオールは覇気を込めた弾を撃ち尽くす勢いで引き金を引いた。破裂したホワイトの中身が間欠泉のように吹き上がり空を染めていく。
カチ、と弾切れの音がしたあたりで、ゾワリと空気が揺れた。
「時間切れか」
夜明けだ。
例え日没から一時間程度しか経っていなくとも、夜明けなのだ。
全てが白く染まっていく。
破壊の限りを尽くされた島の上空で、メルリオールは無防備に目を伏せた。
「で?」
紅茶を啜っていたメルリオールは、目の据わった女に詰め寄られていた。この光景自体は周囲も見慣れたものらしい。
「で、って。見ての通りだが」
場所は砂浜。『昨日』麦わらの一味が仮拠点を設営していたあたり。綺麗さっぱり何もなくなったそこで思い思いに腰を下ろし、彼らはメルリオールの訪問を律儀に待っていた。メルリオールの方は放っておいても良かったが、軍艦に帰投したメルリオールに絡みついてきたゴムのような手に引っ張り出されたのだ。
もてなしとして茶を出してきたあたりは評価しよう。なんでコーヒーじゃないのかはともかく、一度船に戻って湯を沸かしたのだとしても鮮やかな手筈だ。
「見ての通り、じゃないわよ。さっきのはなに? 夜になった途端島の見た目が変わったのはなんで? 何より……」
ナミは慄いたように体を震わせ、周囲に視線を走らせた。
「ぐちゃぐちゃになった筈の島が元どおりになってるのはなんで? あれって夢だったの?」
倒された木やマグマに飲まれて燃えた部分は、彼らが島を訪れた時とそっくり同じに修復されている。夏島の穏やかな気候と豊富な植生。湿った空気。とても火山には見えない緑に包まれた中央の山。
彼らが食べ漁った野イチゴの一粒一粒までもが、綺麗に記憶の通りに復元されているだろう。
取り敢えず、とカップを下ろしたメルリオールは皮肉げに口元を緩ませた。
「ようこそ、私からすれば24回目の、君たちからすれば2回目の『今日』へ」