未来が視える元海兵が麦わらの一味について行く話   作:テロン

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= MER-RIO-ALL

 

 

 

 

「悪い傾向ってなに?」

「進んで欲しくねェ方向って意味だ。誘導するつもりはねェが、お前らしくない考えに支配されるんなら止めはする」

「なにそれ、ローは私の頭の中でも読めるの?」

「実を言うと」

「ん?」

 

 

 伸びた蔦を払ったローが振り返り様に眼帯に手を当てた。メルリオールの右目が嵌るそこ。

 

 

「お前の心はかなり前から筒抜けだ。この目を通してな」

「…………。え。え?」

 

 

 え、そういうあれか。メルリオールの目ってそんな感じなのか。

 

 

「そもそもお前の知覚、特に視覚に関しては現実を視てるんじゃねェってのは未来のお前とも合意した。一旦自分の心ん中に……」

「無理無理無理聞きたくない! プライバシーの侵害だ!」

「お前も勝手に覗くだろうが」

「それは違うじゃん。なんかさァ、こう、違うじゃん!!」

「違わねェよ」

 

 

 ローはこっちの話に耳を貸さずズンズンと島内に踏み入って、ある地点で足を止める。別になんでもない場所だ。ここに意味があるんじゃなくて、誰の声も届かない場所であることに意味がある。

 

 

「で、『そんな未来には進みたくない』、『なにも大事にできない』だったか? もう一度お前の口で言ってみろ」

 

 

 ついさっきのメルリオールの思考を一言一句違わず口にして、ローは歪に口角を釣り上げた。はだけたシャツの胸元から覗く刺青が、何を指しているのかを知っている。それは心臓を意味していて、同時に一人の男のことを示している。メルリオールの始まりが、そこにあった。

 

 

「生憎と、俺の信じるメルリオールはそんな言葉は口にしない。おれやコラさんに同じことを言えるのか、考えてみろ」

「ローの、信じる…………?」

「変か。おれだってお前の正義をよく知っているし、長く見てきたんだ。それに『トラファルガー・ロー』は、お前が救った人間だろう?」

 

 

 ローを、メルリオールが救った。

 そう、考えたことはなかったけれど。否定する気持ちにもならなかった。見透かされているような気分だ。

 どうやら、メルリオールの心が見えているというのは本当らしい。木々の隙間から細氷の輝く空を見上げて、一度目を閉じた。

 

 

 メルリオールは人間の心や感情というものについて、よく知っている。目を閉じればそこに地続きで存在するのが心だ。

 

 

 雪が降っている。ずっと。

 メルリオールの心の中のとある部分には常にしんしんと雪が降っていて、冷えている。

 

 

 雪の中の彼しか知らないからだ。白くてキラキラ輝いて、メルリオールの手元まで落ちてくる。メルリオールにとって彼は雪そのもので、雪の記憶と共にあって。

 

 

 メルリオールの心の中に、確かに刻まれている。

 

 

 それは本来、メルリオールには不要なものだ。似つかわしくないものだ。

 

 

 ──なにも、大事にできない。

 

 

 そういう生き方を、している。

 

 

「もう少し時間を置いていいとは思ったが、もういいだろ。思い知ったさ。モラトリアムなんざお前にはちっとも似合わない。なあ、リオ。……お前にとって、メルリオールとはなんだ?」

 

 

 直接問いかけられたのか、メルリオールの心象風景を介して問われたのか、区別することはできない。どちらも等しく同じもので、だからこそメルリオールは他人とは違う、この道を歩いている。

 故に、何かと問われたらその答えはもう決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メルリオールはいつか、『すべてを救う』存在だ」

 

 

 どろりと澱んだ瞳のままで、リオは噛み締めるようにそう言った。

 

 

 あの頃、正義や夢、理想や将来、あるいは世界情勢の話になると、リオはその台詞を繰り返すだけの機械のようになった。

 まるでそれしか発言を許されていないかのように。もしくは、それ以外を考えないように。

 

 

 メルリオールは『すべてを救う』。

 その為に、気付いてはならないことがある。それも、いくつも。

 

 

 それらから必死に目を逸らすことで、かつてのメルリオールは成り立っていた。そうして周囲の人間も、それを指摘しなかった。

 

 

 この精神性が、どれだけ稀有なものであるか。当時メルリオールの周囲にいた大人たちは理解していた。それは海兵であれ、海賊であれ同じこと。

 

 

「どの未来に進むかは私が決めるし、私が取りこぼすものは一つとして存在しない。それはたしかに、大事なものを作らないってことだ。この道を進む為には自我も私情も要らなくて、ただ機械のように人を救えばいい」

 

 

 これは優しさでも甘さでも善性でもなく、狂信だ。そうであるのに、そう断じるにはあまりにも視野が広く、同時に高すぎる。

 すべて、というあまりにも不確かなものを、この世界で唯一メルリオールだけが認識していた。現に彼女の力はすべての海を覆っていて、程度の差はあれ世界中の悲劇を知覚している。それだけの力を咄嗟に刀に籠めようとするのだから、砕けるのも当然だ。

 知ってしまったからこそ、馬鹿正直にすべてを救うと明言している。そこより狭いもの、低いもの、後ろにあるものを見ることができない。

 

 

 超越した視点から文字通り世界のすべてを救うもの。彼女にはそうなれる可能性があって、そうあれかしと生きている。

 

 

 けれど。

 

 

 けれど、と続くのだ。

 

 

「これは私の心臓を刺し貫くのと同じことだって、分かっててやってる?」

「ああ」

「それはどうしても必要?」

「ああ」

「そう」

 

 

 肯定すれば、リオはゆっくり吐息を吐いた。心臓に刀を突き立てて、臓物を引き抜くような所業。かつて、ローの知らないところで行われたこと。今度は己の手で、成し遂げなければならない。

 

 

「私はもう、気付いてる。自分がそれほど強くないってことに。月に一度は君に会いに行かなきゃ続けられないくらい。私は、強くない」

 

 

 絞り出した声と共に浮かんだ笑顔は、ヒビの入ったガラスのように歪だった。

 

 

 理想の通りにはあれない。毅然とした心で悪に立ち向かい、いつまでも走り続けて人を救うヒーローのような存在に、なれない。安息を求めて雪を夢見る限り、『メルリオール』ではあれないのだ。

 

 

 どれほど認め難くとも、本当の自分はそうだった。

 

 

 気付いてしまうともう走り続けられないような、彼女が目を逸らしてきた真実。

 

 

 16の頃、リオはローの船出を知った。そのまま海に出て、倒れるまで、そして倒れても走り続けて。ボロボロになってローに会いにきたリオを知っている。今のリオからすればほんの数ヶ月前の記憶だろう。

 

 

 そこで二人とも気付いていたのだ。無理だと分かっていた。それでも止められなかったし、止まれなかった。

 

 

 何故ならメルリオールは『すべてを救う』から。そうでないと意味がない。

 

 

 ノロノロと動いたリオが、懐から純白のピストルを取り出した。左手に握って、引鉄に指をかけ、緩慢にその銃口を覗き込む。撃鉄が起こされいつでも撃てる体勢ではあれど、ローは焦らなかった。その引鉄が引かれることはない。

 メルリオールは確かに自分の命を軽視するが、どれだけの絶望の中にあっても自死は選ばない。それは歩んできた道のりが証明している。

 

 

「私は『すべてを救う』ことはない。『すべて』の意味も、『救う』の意味も分かってない。どんだけやっても未来は変わらない。強くなって、この海で一番強い奴になったって、意味はないんだ! だって私は、何かを壊したいわけでも、殺したいわけでもなくて。……ロシナンテ。あいつの言葉に縋っているだけだから」

「それでもお前は生きている」

「そうだよ! だって死んでも良い理由が見つからないからね! 何も為してないのに、まだ出来ることがあるはずなのに、ここで逃げるわけにはいかないんだ!!」

 

 

 首を絞められた鳥のような、酷い声だった。叫んで、自嘲する様に唇を歪めて、未来と向き合い過ぎて澱んだ瞳をギラつかせる。醜いとは思わなかった。得難い、と。そう思う。失われてしまったものに想いを馳せたその一瞬で、リオは激情を腹の中へ押し込んだ。

 

 

「まったく、酷いことを言わせるなァ。何処が私の為の島なんだか。これが、島を終わらせる『答え』?」

「そういうことだな。正確に言うなら、それはあくまで『鍵』だろう。この島はお前が作ったものだ。そこから脱出する鍵は必然的に、お前の中にしかない」

「そう。ならこの島、私が折れないと出られないんだ」

 

 

 やけくそで出てきた言葉だろうが、ある意味真実だった。

 だから20日以上も、白ひげ、エース、カタクリの3名が現状維持を選択してきたのだ。

 

 

 己の手でこれを、折ることができない。

 

 

 それはローだって同じだ。傷つけたいはずがない。それでも、この新雪のような心を踏みにじるものがあるとすれば、それは雪を降らせた己であるべきだ。

 

 

「ああ、そういう……」

 

 

 とぷりとリオの心が揺れるのを知覚して、何処か遠くを眺める横顔を無言で見つめた。

 逃避する様に周囲の様子を思い返し、過程を無視して答えに辿り着く。そういった理不尽さを有しているのが、この時代のメルリオールだ。

 

 

「よく、私に気付かれず隠し通したな。うちの馬鹿共も。査定上げてやらねェと」

 

 

 呟いて、一度瞬きをして、その次の瞬間にはもう『メルリオール』の力強い瞳だった。

 

 

「なるほどお前たち、全員()()()()()()()()()()()()()()()な。基準は10年後か、それとももっと先か。……いや、10年後だな。君たちがこの島に入った直後を私も見ている。つまりローが言った通り私たちは全員()()()()()()()()()()、ここは私の未来視による世界か」

 

 

 思わず舌打ちが漏れる。

 

 

「まだ言うつもりは無かったんだが。……どういう話の流れで気付いたんだよ」

「元々奇妙な違和感はあった。いくらなんでも時代の違う初対面同士の人間が、相談もせずに共通認識持ってるのは変だろ」

 

 

 それだけが理由ではないだろうが、違和感について説明しろと強請っても無駄だろう。

 

 

「私と同じ時代から来たはずのカタクリは、この先10年分の記憶を持っていて、ローに会ったのは未来の話ってことだ。白ひげやエースは3年分か。なんだったら既に面識があるな?」

 

 

 その問いには答えずに、ローは口を噤んだ。まだ知るべきではないと思ったからだ。

 

 

 この島の真実に、ローから見て過去からの来訪者はすぐに気付いただろう。時間軸が交錯しているのではない。きっかけこそ謎のままだが、この島はずっと、とある時間に留まっている。

 

 

 それはまさしく、ローたちがこの島に接触した時点で間違いないだろう。よってそれより過去の者は、そこまでの未来を知った。或いは体感したような気分だったのかもしれない。

 

 

 そして何も知らないメルリオールを認識して、全ての者が口を噤んだ。

 この意志が、失われる未来を知ったからだ。どれだけ得難いものであったのか、それは失われて始めて痛感する。

 

 

 だからここは、メルリオールのための島だ。

 

 

「ってことはホワイトは。あれが私ってことは。ホワイトは、私が得るはずだった、けれど私が拒絶した10年分の記憶が形を成したもの……?」

 

 

 巨大な威容で、ただ島を破壊する存在。まるで何かその先に()()()()()()()ものでもあるかのように、島を巻き戻し続ける。

 

 

 それはきっと、リオの防衛本能でもあるのだろう。

 

 

 気付いてはならないことがある。その記憶があると、メルリオールはそのままでいられない。完膚なきまでに折れて、大切なものを失い、暗闇の中に取り残され、願いは何一つ果たされない。

 

 

「恐れる必要はねェよ」

「まだ何も言ってないが?」

「見えてるって言っただろ」

 

 

 こちらの言葉に視線を逸らしながら不貞腐れてみせたリオが、その実恥ずかしがってるだけなことも、手に取るように見えた。プライバシーがどうこうは知らないが、本来ならリオの側に見せる見せないの制御権があるはずだ。それが機能していないのにも何か理由があるのだろう。

 

 

 そう身構えるな、ともう一度繰り返してローは少しの意地悪のつもりでゆっくりと口を開いた。

 

 

「トラファルガー・D・ワーテル」

 

 

 普段他人には告げない、ローの本名だ。最後に続く名前の部分を言わずに口を閉じて、促すようにリオを待つ。

 

 

 能力が絡まないリオは察しは悪いし深く考えもしないやつだが、それでもローの意図は伝わった。はくりと口を開けて、すぐに閉じて、また開く。

 

 

「……。・リオ?」

 

 

 ここでメルリオールと言わないくらいには自覚があるらしい。過去の自分に伝えてやりたいくらいだ。

 褒める代わりに軍帽を撫でて、そのまま先導するつもりで獣道に足を踏み入れる。適当に島を回ってガス抜きをするつもりで。

 

 

「最初に言っただろう。すべてはここに至るまでの道筋で、それを決して忘れるなと」

「それが、君の視た未来?」

「いいや」

 

 

 『リオ』が選んだ未来だ。

 

 

 飲み込んだ言葉が届いたのかどうか、突っ立ったままのリオはほんの一瞬の思考の末に正義のコートをバサリとはためかせた。

 

 

「なら問題ない。未来が視えたならメルリオールは動き出す。ゴールが視えてるなら私はどこまでも走り続けられるよ。いつか折れるんだとしても、どこにも辿り着けないんだとしても。今ここにいる私は『すべてを救いたい』と思っているし、その力、は。今ないんだった」

 

 

 あちゃーと大袈裟に頭を抱えたリオが、次の瞬間持ったままの銃に覇気をねじ込む。

 

 

 ぞわり、と首筋が泡立った。ローに向けられたものでもあるまいに、そこにいるだけで他者を怯ませる存在感がある。

 目的が定まった時の『メルリオール』。かつてこの海で、『狂犬』と恐れられたもの。

 

 

「じゃあ私の未来視、返してもらおっか」

 

 

 次いで、足元が黒く染まった。

 

 

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