未来が視える元海兵が麦わらの一味について行く話   作:テロン

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= JUSTICE

 

 

 

 ──現在。

 

 

 地を蹴って、空へ。その次は空を踏みつけて、さらに上空へ。

 メルリオールはその信条故に、早くて、速い。

 

 

「待たせたな、ホワイト」

 

 

 突如引き起こされた()にて、いつも通りの光景が顕現していた。地が黒く染まり、山が赤く光り、空を白い人影が闊歩する。どこをどう破壊しても繰り返されるその光景に、メルリオールはいつもの如く突っ込んで。

 

 

 殴りかかる直前で急停止した。

 

 

「HI──?」

 

 

 胸倉を掴み上げて、地上へと力任せに引き摺り降ろす。自由落下の重力を込めて地面に叩きつけられた身体は、けれどもどこも損傷していない。

 

 

「おいリオせめてもう少し考えろ! そいつ殴っても未来視は戻って来ねェぞ!?」

 

 

 パンパンと両手を叩いていたところでようやくローが追いついてきた。焦ったように早口で意味がないと言っているが、ちまちまやっていくのは性に合わない。なんせいつも答えを視てから動いている人間なので。

 

 

 だから、答えは早めに返してもらうに限る。

 

 

「分かってるよ、ロー。もうとっくに何度も殴り倒してるからな。けど、ここは私のための島で、こいつは私なんだ。なら確かに、()()()()()()()()し、拒絶する必要もない」

 

 

 背後から複数の気配が近付いてくるが、そんなに時間をかけるつもりはない。なんのリアクションも見せないホワイトの隣に膝をついて、「怒ってるのか」と呟く。

 苦しいのだろう。動かない、というよりは動けないのだ。動けない理由はメルリオールにも理解できた。

 

 

「それが一人の人間には抱えられないことはもう理解した。手放していいぞ。私はそれと共に歩むと決めた人間だ」

 

 

 言いながら、グローブを外して右目のあたりに手を突っ込んだ。仮にも形あるものなのに、抵抗はない。水面に手を差し込んだように、ひんやりとしている。

 探るように手を動かせば、頭の外側あたりに硬い感触があった。掴んで引き抜いて、そのまま立ち上がって取り出した物を眼前に晒す。

 

 

「イヤリング?」

 

 

 涙型の石が揺れている。なんとなく、これで正しいのだという感覚があった。イヤリングを引き抜かれたホワイトは溶けるように地面に消えていき、あたりには徐々に光が差し込んで行く。

 

 

 月明かりだ。まだ夜が明けることはなく、今、夜が明ける必要もない。

 

 

「これ、私が知らない未来のやつ?」

 

 

 イヤリングを持って問いかけるとローは何も言わず、気まずそうに目を逸らした。

 あまり見ない仕草に笑いながら、自分で左耳にそれをぶら下げる。初めてつけた割には手間取らなかった。確かな重みを感じて軽く首を振れば、自分という存在が延長していく。

 これはきっと、メルリオールにしか分からない感覚だろう。腕が伸びるように、呼吸が深まるように、或いは世界が色付くように。

 

 

 どっと押し寄せる誰かの想いが、メルリオールの心に雪崩れ込んでくる。その一つ一つと向き合い続けるのが、メルリオールの正義だった。

 

 

「見たことある顔だな、確か最近新世界に入ってきたやつか」

 

 

 地面を見れば、どこぞの海賊に叩きのめされて号泣している髭面のならずもの。

 

 

 顔を上げれば花びらが舞い降り、見知らぬ夫婦の結婚式。

 

 

 微笑ましいと思って瞬きすれば純朴そうな青年が気の強そうな少女に物の見事に振られていた。

 

 

 横を見れば部屋に入ってきた蜘蛛に失神する女性。

 

 

 叩き潰そうと咄嗟に手を振り上げれば、パン、とクラッカーが鳴った。娘たちによる誕生日のサプライズだ。

 

 

「待て、少し待て」

「ロー?」

 

 

 パチリと視界を切り替えるように声のした方を向けば、眼帯をした右目のあたりを押さえ込んだローが背後の木にもたれかかって俯いていた。

 

 

 なるほど、メルリオールと繋がってしまってるが故に、これに耐えられないらしい。

 蛇口の栓を捻るような感覚だろうか。一度切り離して、残ったものを流し見ていく。一秒の間に一年が過ぎて行くような速度で、メルリオールがこれから経験するあらゆる出来事の記録が周囲を綺羅星のように通り過ぎていった。何も知らない子供ではなくなって、酸いも甘いも嫌というほど味わって。現実を知って、挫折を味わって、正義を捨てた。

 

 

「必要ない」

 

 

 呟いて、その場に駆け込んでいた面々と視線を合わせることなく火山を振り仰ぐ。

 

 

「『メル、何があった?』という君たちの言葉のその次の次の次についての返事をもうした。これ以上の手出しは必要ない」

 

 

 どくんと島が脈打ったように感じた。これも感覚的な話だ。

 一味全員の出鼻を挫いて、メルリオールは片手を握り込む。

 

 

「安心してそこで見ていて。私が必ず『すべてを救う』から。それに、もう十分すぎるほど助けは得た。……見守ってくれてありがとう、みんな」

 

 

 ぱっと拳を開いて振り返り、心配で顔を染めているルフィたちに向かって笑いかける。

 

 

「あれ、リオか!?」

「ううん、それにはまだノーとしておこうかな。君たちの仲間だという感覚はあるんだけど、一部の記憶はホワイトがどうしても渡したくないみたい」

 

 

 『メルリオールが目を逸らしている事実があること』を認めることが鍵だというなら、それを認めた今、受け入れられなかった記憶はメルリオールに戻ってきている。一部を除いて。

 

 

「その記憶を塞いでんの、リオか」

「そうだね、未来の私だ。解決には必要ないと思ってるのかな。なんとなく理解できるような、そうでもないような。いや、これ意地悪だな。ローとの記憶だけごっそり抜かれてる」

「お前らしいと言えばらしいが……」

 

 

 復活したらしいローが諦めたように笑う。未だ、このイヤリングの由来は謎なままだ。

 

 

 自分の体を見下ろして、真っ白いコートを鷲掴んで、これを捨てることになった記憶に手を伸ばす。客観視すればするほどもう終わっただろうと思うのに、続きの物語があったらしい。

 

 

 メリー号に乗り込んで海に出て、偉大なる航路(グランドライン)に戻って。その先はおぼろげにしか分からないけれど、折れただけで終わらなかったのは、この島に招かれた人々の助けがあったからだろう。

 恩を受けっぱなしだ。受けたものを返す者として、返さなければならないものが些か溜まりすぎた。

 

 

 そのまま右手を前に差し出して、パチンと指を鳴らす。

 

 

 この島の昼はメルリオールが望んだ安寧で出来ていて、夜はこの島の本来の姿にほど近い。その夜に陣取っていたメルリオールの一部分がもう既に戻ってきているのであれば、今、この夜を支配できる。

 

 

「雪か」

「今度は本物のね。応急処置だけど、噴火(私の癇癪)で終わるわけにはいかないから」

 

 

 空を舞う白い結晶が、火山のマグマに降り注いで行く。島を焼き尽くしたそれは、メルリオールの挫折の記憶であり、メルリオールから大切なものを奪った仇であり、メルリオールの自身やこの世界に対する怒りそのものであり、そしてこの海での生き方をメルリオールに叩き込んだ師を表すものだ。

 

 

 どう受け取るかはメルリオール次第。

 

 

 そして、人の善意を信じたのがメルリオールだ。

 

 

 白く覆い積もった雪が、絵の具でも塗るように頂点から火山を削り取っていく。いずれ無くなっていくだろう。

 

 

「エース。おいで」

 

 

 山の麓にまで落ちてきた雪の粒を頭上にそのまま受けながら、叱られた子供のように身を隠している男を呼び寄せる。

 

 

 3秒くらいは待って、メルリオールが痺れを切らす直前を見計らったようにエースは枝の上から飛び降りてきた。

 

 

「メル……」

「何しょぼくれてんだ、まだ何も言ってないだろうに」

「謝らねーからな」

「怒ってないよ。ったく」

 

 

 エースは、死んだ。ここにはいないが、白ひげもだ。己が果てたことを知りながら、過去のメルリオールを前に口を噤んだ。あのカタクリも、同じように。

 

 

「ばかなやつだ」

 

 

 些細なきっかけで曇ってしまう輝きを目にした人間の行動として、それが当然の行為だと信じて。

 

 

「私に言いたかったことがあるんだろ。これが最後の機会だぞ」

 

 

 メルリオールにはずっと、何かを言いかけて口を噤むエースを見てきた記憶がある。何かを期待するようにメルリオールを見つめていた。何かを許されていると信じるように。

 

 

「あァ、どうしても伝えたかった。今みてェに、ちゃんと自分の心が分かってるメルに言わなきゃいけなかったことだ。けど、もういい」

 

 

 くしゃりと笑う笑顔は、メルリオールが知っているものよりも大人びていた。メルリオールの目に小さな子供に見えていただけで、本当の彼はこういった表情の出来る子だったんだろう。

 

 

「おれは最期までそれを言えなかったんだ。言って、返事を聞かずに死んだのがおれだ」

 

 

 だから、それでいいと。

 きっと、メルリオールも──未来の自分も、同じ考えだ。

 

 

「そうだね。最期まで、お前に対する気持ちが分からなかったのが私だ」

 

 

 片耳に揺れるイヤリングの由来が分からないように。彼から向けられる情の名が分からないように。その気持ちを理解するためには、ローとの記憶が必要らしい。未来の自分は、その部分だけを明け渡していない。

 

 

 そうだとしても、メルリオールにはまだ伝えられることがあるはずだ。両手を伸ばして、出会った時からメルリオールより高いところにある両頬を挟み込んだ。引き寄せて、額を合わせて、目を伏せる。

 

 

「君に逢えてよかった。ありがとう」

「おれもだ、メルリオール」

 

 

 名残惜しさが残らないようにぱっと離れて、正義のコートをはためかせた。

 

 

「いくのか」

「うん」

 

 

 止まってはならない。行かなければならない。ゴールが、見えているならば。

 

 

「この先を知っていたとしても、やっぱり私は正義の二文字を背負った時代のメルリオールだ。私にしかできないことがある。……私はそれを嬉しく思うし、できる限りそれを果たしたいと思う。誰のためでもなく、私自身のために」

 

 

 エースはゆっくりと首肯した。口をぎゅっと引き結んで、何も言おうとしない。

 

 

「じゃあ、行ってくる。っと、刀折れてるんだった」

「なら丁度良いのがある。持っていけ」

 

 

 後ろからゾロが口を挟んで、腕を組んだままくい、とメルリオールの背後を顎で示した。ホワイトが消えた辺りだ。

 

 

「言っただろ、大事な刀を贈られる時が来るって」

「……センスないよ、やっぱ」

 

 

 由来が分からずとも、そこに横たわる太刀が自分のものであることは感じられた。持ち上げて折れたものと取り替えて、使わないだろう他の武器も投げ捨てておく。どうせ2本の腕しかないのだ。後先考える必要がないのなら、刀と銃がそれぞれ一つあれば良い。

 

 

「これで君たちの知る『リオ』の姿に近づいたかな?」

「いや、まだ一つ大事なもんが足りてねェ」

 

 

 ルフィが口を挟んで、エースの隣に並ぶ。

 

 

「な、エース!」

「……そうだな」

 

 

 呟いて、彼が何かを指で弾いた。飛んできたそれを受け取って持ち上げる。

 

 

「これ……。あァ、あの時の」

 

 

 赤い石のついた、チャチなヘアゴムだ。短髪のメルリオールには不要なもの。手首に通して、今度こそメルリオールは彼らに背中を向けた。

 

 

「北の湖よ、メルリオール」

「うん、分かってる」

「ええ。行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 弾丸のように飛び出して、溶けて消えていく山を突っ切って北へ。中央に広がる湖は月明かりに照らされて怪しく光っていた。その辺に両足でしかと立っている人影は、湖面が揺れると同時に三叉槍を握った腕に力を漲らせる。

 

 

『あいたい。あいたい、あいたい、あいたい』

「ごちゃごちゃ五月蝿ェ」

 

 

 罵声と共に、槍が射出される。が、その鋒が何かに触れることはない。その様と、その次の瞬間を視て、咀嚼して、メルリオールは心のままに息を吐き出した。

 

 

「十種神宝、沖津鏡」

 

 

 衝突地点に突っ込んで、高速で覇気を循環させる。防ぐではなく、受け流すための技だ。構えて、正面から。青く燃える炎のイメージを視て、それを頭上へと弾き飛ばした。

 全て、過去の話だ。誰よりも先に行くメルリオールにとって、戦闘中の全ては過去。

 

 

 先に放っておいた銃弾が物理的にあり得ない軌道で標的へと殺到する中、湖面の下の生き物はようやく姿を現した。

 

 

「手前……」

「いつだってヒーローってのはドラゴンから民を守るんだ。知らないの?」

 

 

 苦々しげな声と共に、メルリオールの放った銃弾の全弾にジェリービーンズを当てることで軌道を曲げた、ないし曲げさせられたカタクリの呵責が届く。それを軽く流して、メルリオールは立ち上る水蒸気を前に着地した。

 

 

 ばさりと両翼が開く。太い前足が地を踏む。そして、高温に煮えたぎる咥内から、青い炎がチラリと覗いた。

 

 

『GYAAAAA!!!』

「そういうのは早めに卒業しておけ」

「ガチ説教じゃん」

 

 

 湖から現れたのはドラゴンだ。青緑のてらてらと光る鱗肌に、刺々しいフォルム。額には一本の角を抱き、顎には鋭い牙がズラリと並んでいた。大凡、絵本の挿絵と似たようなイメージだろう。なんて馬鹿馬鹿しい。

 サイズはカタクリよりちょっと大きいくらい。メルリオールからすると充分大きいのだが、カタクリからすると微妙、って感じだろう。

 

 

 こちらも負けじとコートをバサバサやって、もう反応すらしなくなったカタクリが踵を返すのを黙って見送った。

 一定以上の距離は開けずに、この島に集った覇王の一人は静かにこちらを見据えている。

 

 

 近くにカタクリがいる状況でメルリオールが死ぬなんてよっぽど()()()()()話で、一回下手こいて死んだメルリオールに一番ブチ切れていたのがこいつだ。

 だからずっと、この湖の横に陣取っていた。毎度毎度ホワイト戦に出張って来てたのだって、メルリオールのお守りだろう。

 そうした関係を、10年かけて築いたのだ。

 

 

『かえりたい、かえりたい。かえして、かえして、かえして』

「確かにこりゃ五月蝿い」

 

 

 くわりと口を開けたドラゴンの口から溢れるのは、青い炎ばかりではない。幼子のような声がする。あいたい、かえりたい、かえしてと。

 どんな形をしているかは重要ではなくて、この声こそがこの島の奥深くに隠されたものだ。

 

 

 刀を引き抜きながら、バチンと高らかに覇気を打ち鳴らす。気を抜けば刃すら崩すそれが、正面から届く熱気を押し返すように広がった。

 やたらめったらに吐かれるブレスを前に、メルリオールは暴れまわる白鳴に囲われ動かない。

 

 

「回帰するもの。彷徨えるもの。寂寞、他責。碌でもないな。お前の帰るところはもうないんだろう」

 

 

 それは竜の姿を借りて現れた、形のない怨念のようなものだ。力を十全に振るえるメルリオールの前で秘匿されるものは何も無い。その来歴も、正体も、全てが手に取るように感じられた。

 

 

「かつてこの島に辿り着き、若返りを求めて泉の水を飲み干した。それでも飽き足らず、底を掘り広げ泥濘を啜り、やがてこの湖そのものに成り果てた者。元がどんな姿だったのかも忘れたか」

 

 

 気付いた時には何もかもを失って、何のために若返りを求めたのかすら忘れていた。無人島で一人取り残され、現実とズレた位相に引き込まれながらもずっと嘆いている。欲に呑まれ人を捨てた愚か者。

 

 

 これを『救う』のであれば、たしかにそれはメルリオールにしか出来ないことだった。

 

 

『GURRRRAA』

「叫ぶな、聞こえてる」

 

 

 さあ、ドラゴン討伐だ。

 左手で抜いた白い銃が火を噴いて、右足に突き刺さる。銃弾の威力自体は全く通じていないが、その後炸裂した白鳴が硬い皮膚を貫いた。使ったことは無いはずなのに、手足のように操れる。

 可視化した白い雷鳴。誰かに見せるための覇気。

 

 

 間髪入れずにもう片手の刀を振りかぶり、同じ箇所に向けて袈裟懸けに斬り下ろす。鱗に覆われたそこは金属音と共に刃を受け止めるが、流し込まれた白鳴が同様に表皮を削っていく。

 現実ではないもの、中でも意思そのものに対してメルリオールは特権的な優位性を持っている。未来視とはそういうものだ。この存在に触れることができるのは世界でもメルリオールだけだろう。メルリオールが訪れなければ発見されることなく島の裏側で孤独に悶えていた。メルリオールの万全な覇気があって初めて、この怨念は竜の形をとって顕現する。

 

 

 未来の自分ではダメなのだ。覇気という一点に置いて、『メルリオール』は最も完成されている。

 

 

「とはいえ、このまま削り倒せば勝てるって話じゃなさそうだ」

 

 

 言いながら飛び退けば、さっきまでいた場所を超高温のブレスが薙ぎ払った。それはまだいいとして、6m級の巨体が身を捩り、大きく翼を広げる。飛ぶ気だ。

 

 

 1秒にも満たない間に思考する。

 

 

 どうしたものか。空を踏んである程度空中戦も出来るとはいえ流石に分が悪い。かといって飛ばれる前に削り倒す火力はない。未来の自分であればまだしも、記憶を受け取っただけのメルリオールに覇気はあっても技はない。

 

 

「カタクリ〜、肩借りてもいい? 足になってよ」

「……」

「無視すんな! ったく……」

 

 

 幻想に生きる生物である竜の肌は、この海で最も硬いと言っていい。恐らくそれは、メルリオールがその最強を知っているから。炎を吐き、空を舞い、最強生物の名をほしいままにする海の皇帝。流石に無人島の怨念如きがあれには及ばないものの、表皮を貫くための最低条件は共通している。

 

 

「大通連・暁──」

 

 

 見様見真似で刀を構え、有りっ丈の覇気を注ぎ込む。ミシリと嫌な音が聞こえた気がした。

 

 

 使い慣れていない刀で、ぶっつけ本番の技を放てるほど器用じゃない。

 

 

 だってメルリオールは、武器を使い捨てるような戦いをしていた。自身のことですら壊れて構わないと思っていた。壊れたところで止まるつもりはなかったから。

 

 

 この先メルリオールは、壊すわけにはいかない武器を手に入れ、必死に鍛錬に励むことになる。それは未来の話で、過去のメルリオールにはないものだ。常に未来を視ていたはずなのに、メルリオールが過去に置いてかれている。

 

 

 バチバチと高鳴る覇気が『贈り物』の損壊を恐れて霧散していく。

 

 

『情けないなァ。少しだけだからね』

 

 

 視えないどこかで、空気が揺れた。

 どこから聞こえているのか定かではない声がして、何かが握った刀の刀身に触れた。鋒から手元までをなぞるように移動して、溶けるように消えていく。

 

 

『全力で行け。最も強靭だった頃の私』

 

 

 その最後、未練のように後ろを振り返って微笑んだのが分かった。それはメルリオールの知らない『弱さ』だ。

 

 

 溶け合った、と感じた。この先10年かけてメルリオールが培う技術の粋。今この腕を動かしているのはそういったものだ。

 

 

 振り上げられた刀が、メルリオールの莫大な覇気を束ねていく。だが、それだけではまだ足りない。

 竜の鱗を貫く為には、まだ。

 

 

 バチン、と高らかに音が鳴る。

 

 

 その時、本当の意味で白鳴が顕現した。

 誰の目にも映るように、頭の中だけで響いていた雷鳴が、現実に産声をあげる。

 

 

()()────」

 

 

 ()()稲光を伴って。

 

 

 縦横に走る黒雷が、無差別に周囲を砕いていく。立っていた足場も、竜鱗も、大気さえもその余波で破壊しながら、解放の時を待っていた。

 技は未来、覇気は過去。かつての『メルリオール』でないと振るえないもの。『メルリオール』でなければならなかった理由。確かにこの海に根差して、永遠に失われたもの。

 数多の海賊たちが、メルリオールを認めた理由。

 正義の二文字を焼いた瞬間にメルリオールから失われた、この海を統べる意思。

 

 

「──(グランデ)!!」

 

 

 『正義』を信じた覇王の覇気は、湖ごとドラゴンを消し飛ばし、長く島を蹂躙し、そして消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほら、やはり、と。

 

 

 実地でその黒い稲光の使い方を教えこんだ赤銅の覇王は、誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 

 かつて誰にも視認できなかった白光を、誰もが知っていた。その黒雷こそが存在証明だ。影があるからこそ、人はそこに強い光があることを知る。黒い稲光を見ながら、皆口を揃えて白だと言った。

 

 

 例えこの先、己の心を信じて自ら輝く白鳴に至るのだとしても。

 

 

 やはり、こちらの方が美しい。

 

 

 かつて唯一その白鳴を視認していた男は、両者が交わる光景を前にそっと目を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あいたい』

 

 

 現実ではない何処かで、小さな声がした。薄く引き伸ばされた一瞬で、メルリオールは多くの言葉を交わすことが出来る。その一貫だろう。

 

 

 女か男か、子供か老人か、大きさですら分からない。メルリオールが当初ホワイトに対して感じた印象を、その声にも感じた。事実、メルリオールだけが最も真実に近いものを見ていたのだろう。現実と幻想の隙間、欲に塗れた愚か者が落ちた先。それを感じ取れるのは、メルリオールだけだ。

 

 

「感じたからこそ、救わねばならないと思った。何故なら私は『すべてを救う』。そういうものだからだ」

 

 

 そうして咄嗟に、この島を作り上げて。救う為に必要なあらゆるものを引き寄せた。それは海賊であり、海兵であり、過去の己でもあった。そういうことだ。

 

 

『おなじ、おなじ』

「やだなァ、君に共感されるポイントないと思うけど。強欲で身を滅ぼして死ぬに死ねない馬鹿野郎。いや、女かな。ちゃんと()()()やるから、あっちで生前の知り合いにでもたっぷり叱ってもらえ」

『おなじ』

 

 

 繰り返される言葉に、メルリオールは仕方なく微笑んだ。

 

 

「どうしても叶えたい夢があったんだろう。でも、もうなにもかも終わったんだ。お前が一体何年この島に囚われていたかは知らねェが、帰る場所も、会いたかった人間ももういない。お前の夢が叶うことはない。そういう意味では、同じかもな」

『おなじ』

「いいや、同じじゃない」

 

 

 その違いは最後まで、この怨念には理解できないだろう。言うだけ無駄というやつだ。

 

 

 諦めることも、折れることも、その結果悪事に手を染めることだって、許されることではないにしろ正義()に背いたことになりはしない。正義とは生き方の話だ。

 

 

 であれば、正義の対義とは、与えられた命を投げ捨てること。

 

 

 限りある命を燃やし続ける限り、『正義』はいつだって己の内にある。未来の自分はこんな単純な話を忘れてしまったらしいけど。

 

 

 そう結論付けて、メルリオールは声もなく消えていったそれを見送った。

 

 

「例え未来永劫この理想が叶わないんだとしても、それは私が足を止める理由にはならない。だってこれは、私が命を賭けるに相応しい」

 

 

 淡くそよぐ風が、メルリオールのコートを揺らした。

 

 

「────私の『正義』だ」

 

 

 かつてメルリオールは、最も純粋にそう信じていた。

 

 

 

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