ウォーターセブンに戻り、諸々が片付いて一休みした後。リオは街をブラブラと歩いていた。
「で、リオは何してたんだ? お前も捕まったんじゃないかと心配したんだぞ!」
「ありがとう、チョッパー。ちょっと船を沈めたり、海兵を退けたりしてたけど、見ての通り捕まったりはしてないよ」
「強いのね、リオは」
まァね、と頷いておく。今はロビンと共に、買い出しとチョッパーの往診の付き添いだ。個人的にロビンと話したかったのもある。
「じゃあ診察してくるから、ロビンのこと、よろしくな! リオ!」
「うん」
住人たちの診察にトテトテと走っていくチョッパーを見送って、壁にもたれたロビンの隣にしゃがみ込む。
「ごめんね、ロビン」
「それは、あなたが私が捕まることを黙認したことを言ってるのかしら」
「そう。ロビンは賢いね」
「未来が視えるのも難儀なのね。そこまで正確に視えるとは知らなかったわ」
ロビンはそう言って、リオを見下ろした。その表情は相変わらず読めないが、リオは彼女が何と続けるのかは視えていた。いつも通りに。
「リオ。あなたは過程がどうであれ、犠牲なくこの一件が終着すると知っていた。だから何も手を出さなかった……いえ、出せなかったというべきかしら。最良の未来が視えているのに、余計な手出しをして未来を変えるわけにはいかなかったから」
「『最良の未来』、ね」
「あら、違ったかしら?」
「さァ。ただ私は視えている通りに行動しただけだよ」
それでもありがとう、と続く。
「ロビンはさ。ロビンだったらどうする? 未来が視えていたら」
唐突に口にしたリオの疑問に、ロビンは小さく笑ってリオと同じようにしゃがみ込んだ。
「さあ。その時になってみないと分からないわ。未来が視える人の苦痛は、私にはきっと分からないもの」
「ふふ、苦痛って思うんだ」
「あら、失礼だったかしら」
「いいよ。ロビンがそう思うならそれで。でも、じゃあ質問を変えようか。ロビンならどうしてた?」
小さく息を吸うリオに、ロビンは促すように頷いた。その穏やかな表情が青ざめていくことに、躊躇する程度の感性はリオにもある。
「
「それは…………」
一瞬で様々な考えがロビンの脳内を駆け巡ったのが手に取るように分かった。しばらくして、ロビンは遠慮がちに溜息を吐く。
「……あなたは、私がなんて答えるかも分かるの?」
「うん。まず、『それはあなたが視た未来なの?』と聞こうとした。でも途中でやめたね。わかりきってるからかな? で、『あなたはその時、ほんの子供だったはず』と言おうとした。違う?」
「いいえ、その通りよ」
「ではそれに返すけど、うん、確かに私は4つの子供だったね」
「…………あなたのことが、少し分かった気がするわ。きっと、こんな言葉もあなたにはすでに視てきた台詞なんでしょうけど」
「気を使う必要はないよ。会話自体は嫌いじゃない」
ロビンは「それじゃあ遠慮なく」とニコリと笑う。いい笑顔をするようになった。
「私はその質問にも、答えられないわ。リオは、罪悪感を覚えているの?」
「……さァ。正直、それは分からないな。何もしなかった罪悪感も、何もしなかったから得られた幸せも、私にとっては今直面するものじゃなくて、すでに
「文字通り視点が違うのね」
それにね、と続ける。
「ぶっちゃけてもいい?」
「ふふ、何となく私にもあなたが次に何を言うのか読めたわ」
「うん。もしあの時の私が准将だったとしても、何も出来なかったよ。原因や程度を抜きにすれば、この世界はあまりにも悲劇に満ちている」
「『すべてを救う』正義、だったかしら」
「うん。不平等でしょ。すべてを救うなんて土台無理だから、私がやってたのは『ひたすら手が届く範囲だけを救う』偽善だ」
思い違いをしていたんだと思う。それか、思い上がっていたのだ。
「私からも質問していいかしら?」
「いいけど、チョッパーの診察がそろそろ終わるから手短にね」
「ええ、一つだけ。なぜ、リオは未来視のことを『占い』と言うの?」
「なるほど。うーん、質問に質問を返すけど、ロビンは占いって言葉にどんなイメージがある?」
「そうね。率直に言うなら、
「正しいね」
頷いて、リオはよいこらせ、と立ち上がった。今度は反対にロビンを見下ろす形になる。
「占いにはさ、根拠がないんだ。あらゆるものと断絶して、結果だけがそこにある」
だからそうだね、とリオは軽く土を蹴り上げた。
「みんなは私の占いを話半分に聞けばいいんだよ。信じてあげるのは、私の仕事だから」
宿に戻ると、ルフィが寝たままご飯を食べていた。器用なことだ。
まァ、嵐みたいな身内が向かってきているし、すぐ起こされるだろう。フランキーの提案により麦わらの一味に船が贈呈される取り決めがなされ、リオは喜ぶナミたちの手を引いて少し壁から離れた。
次の瞬間、ドカァンとバカみたいな音がして、壁が崩れていく。
「誰だ……!」
「これは、大丈夫なやつ。比較的……」
壁の向こうから現れたのは軍服を着た海兵。麦わらの一味とはお前たちか、と言いながら一直線にルフィの元へ飛んでいく。あれは、リオが止めなくていいやつ。良かったァ。
「起きんか〜〜!! ルフィ!!」
拳骨ガープの鉄拳。この人の拳については深く考えない方がいい。ただの打撃がゴムの体に効く理由を「愛ある拳に防ぐ術なし!」なんて言ってるが、てんで理解できない。
孫と祖父がわーきゃー言い合ってるが、リオはくわりと欠伸をしていた。
「そもそも赤髪ちゅう男がどれ程の海賊なのか解っとるのか!? お前は」
「シャンクス!? シャンクス達は元気なのか!? どこにいるんだ!?」
「赤髪…………」
四皇赤髪。頭の痛くなる名前だ。
「あの赤髪と繋がりが?」
と驚くロビンに全面同意。
「ルフィの麦わら帽子、その人から預かってるんだって。そんなにすごい人だとは知らなかった」
「赤髪に鷹の目に…………。東の海って最弱の海じゃなかったっけなァ」
「鷹の目? 王下七武海の!?」
「そう。東の海で会ったんだって」
「ゾロがやられちゃって大変だったのよ」
「いやいや、生きてるだけで奇跡だから」
そのゾロは、そろそろ迷子から抜けて合流しそうだ。その前に後ろに控えてる二人との戦闘があるみたいだが。
「ところでお前さん、もしや赤犬のとこのクソガキか」
ルフィとゾロと知り合いらしい二人との話の途中、ガープの視線がこちらに向いた。ぺこりと頭を下げておく。
「はい。直接お話するのはもしかして初めてですかね、ガープ中将」
「なんじゃ、狂犬がすっかり丸くなりおって。いつの間に海賊なんかになりおった」
「あれ、聞いてないですか」
「聞いとらん!」
「絶対言ってますって、センゴクさん……」
その後はローグタウンで出航を手伝ってくれた男がルフィの父親で、あの革命家ドラゴンであった事が暴露され、嵐のような海軍の英雄は去っていった。
ドラゴンってDだったのか。まァ確かに頭文字はDだけど……。
「んー、正味あとは宴くらいか」
ロビンはまだ一仕事ありそうだけど、と伸びをする。あとは裏で面倒そうな事が起きるので、その対処はリオの仕事だろう。
「まーた、ロビンいじめちゃって」
チャリチャリと、どうやって貰ったのかサンジの焼いた串焼きを食べながら自転車に乗って島内を移動するクザンの前に立ちはだかる。どうしても声をかけずにいられなかったこの男は、先程宴のどさくさに紛れてロビンの意思を確認してきたのだ。
「人聞き悪いこと言いなさんな」
「事実だもん。で、言伝なんだけど」
「あァ、占い?」
「そう。なんか赤髪と白ひげが接触するけど交渉は失敗に終わるし、かといって戦争も起きないから放っといていいよ」
「はいはい。まァ覚えてたら伝えておくよ」
「よろしく。じゃあね」
とはいえ赤髪にも白ひげにも、海軍として向かい合わねばならない時はやってくるが。
感傷もなく、走り去って行くクザンと反対方向へ向けて歩き出す。足取りは軽い。
サンジの料理はリオも楽しみなのだ。リオの未来視は味覚を共有するものではないので、実際に食べるまでどんなものかは分からない。これほどの娯楽もないだろう。
リオのそれは他者とだいぶ違う自覚はあるが、経験則上
「ってなわけで、美味しいご飯は好きだよ」
「おれはいつでも君のコックさ♡ おかわりもあるよ♡」
「わーい」
両手に串を持ってモグモグしているリオは、目の前に綺麗にサーブされた皿を並べながら宴を満喫していた。
ロビンも気分を切り替えられたのか同じように満喫して──は、いないな。
「どうかした? ロビン。さっきまで楽しそうに見えたし、実際そうだったのに」
顔が引きつっているロビンは、サンジに「飲み物のおかわりが欲しいわ」と告げてリオの隣に駆け寄った。
「まかせてロビンちゃん♡」
「あ、私はデザートも欲しいなァ」
「お任せくださいレディたち!」
ギャグみたいなスピードで去っていったサンジを見送って、リオはロビンに首を傾げる。見聞色は使ってない。そんなに大した内容じゃなさそうだ。
「どうかした? 先は視てないから、普通にお話ししようか」
「いえ。その、リオの未来視──占いは、もしかして感覚を共有する事があるの? 味覚
ああそのこと、と頷いた。
「そうだね。視覚は絶対。あとは聴覚くらいかなァ。場合によるけど。でもそもそも私の占いって情景とか事実じゃなくて、相手のその時の『感情』にリンクするものなんだよね。共感って言った方が分かりやすい? その人の記憶の中に入って心の動きを追体験するっていうか。まァ未来に起こることだから、
どれだけ特殊でも、見て、聞く、という過程ではあるからだ。
予感ではなく、風景ないし、映像。そして胸を劈く雷。
現在の光景を塗り潰し、リオにしか感知出来ない雷鳴と共に、誰かの未来のワンシーンがその場に展開される。リオには常にその形での未来が実体験のように飛び込んできていて、これを指して『占い』と呼んでいた。
例えば今もリオはロビンと会話をしているが、その実彼女の顔より少し低いところを眺めている。知らない男が頭を壁に叩きつけながら泣き喚いているのだ。主体にあるのは人生最大の絶望といったところ。
おかげでロビンが見えないけれど、隣にカレンダーがあるのでこれが1週間後の未来であることは分かる、といった具合。
視界がジャックされない方は単に見聞色だ、近ければ心を覗けることもあるが、そこまで珍しい力じゃない。
「感情を……。だから、視える対象が感情が大きく動いた時に限定されるのね」
「そうそう。だから、元となった感情に関わってる光景や言葉なんかは分かるよ」
「そう」
それじゃあ、とロビンは言って、躊躇うように少し周囲を見渡した。
「…………オハラの時は、
「誰の、というか……」
答え方に迷って、リオは右手の串にかぶりついた。咀嚼して、やっぱりあまり良い言い方が思いつかずに「正確ではないけど」と前置きした。
「だいたい、半分くらいかなァと思うよ」
「半分……?」
「うん。オハラの人たちの。いや、海軍も含めてかな。ロビンのも視たような気がするし、他にも沢山いたでしょ? 出来事は一つでも、感情って一つじゃないしね。だから
「それはッ」
言い淀んだロビンに、なーに、と首を傾げた。それでも続かなかったので、見聞色で飲み込んだ言葉を探してみる。
「『辛くはないの』、かな? 別に。私の感情じゃないし。ロビンは優しいね。あとは『占いは知ってる人間だけなんじゃ』かな? 流石にあそこまで大規模な事件だと知らなくても視えるよ」
抗いながらも無残に殺される人間の断末魔って結構強大な感情だし、という補足は流石に口にしないだけの理性はある。
リオの占いに時間軸はあまり関係ないが、殺す方と殺される方をほぼ同時に視ることもある。
何が起きているのか分かりやすいから、お得パックってやつ。
問題があるとすれば、自分が死んだのか死んでないのか分からなくなることくらい。
因みに占いに時間軸が関係ないというのは、誰かが殺される未来が確定した時に、誰が殺すのかは確定していない、というような事態が往々にしてあるからだ。未来とは現在から順々に形作られていくものではなく、出来事の重大さの順に決まっていくものだとリオは思っている。
まァでも、と黙りこくってしまったロビンにリオは左手の串を差し出しながら言った。
「さっき色々言ったのは少し訂正かなァ。私は自分の視たものは信じてるけど、やっぱりこれは未来視じゃなくて占いだと思うよ」
リオの占いはいつかどこかで生まれる感情を嗅ぎとるもの。それが本物であるかは確かめようがない。
であれば、やっぱりリオが真に未来視をしたのは、たった一回だけなのだろう。感情の視えない未来視。たった一回だけの。
「船、乗るだろ?」
膨大な未来の先で、彼はずっとリオに手を差し伸べていた。
次の島は魚人島なのだという。もう楽園も終わりという事だ。まァ魚人島こそが『楽園』というサンジのような者もいるが。
そして、その前に立ちはだかるのが年間100隻以上が消息不明になるという
ゾッとする話はさておき、駆け込んできたフランキー一家たちにより船が完成したこと、それから新しい手配書が出されたことが知らされた。
「あんた、とんでもねェ額ついてるぜ! 麦わらさん。それに他のみんなも追加手配されちまってる!」
そう言ってばらまかれた8枚の手配書。
麦わらのルフィ、懸賞金3億ベリー。
「うはー、あがったァ!」
海賊狩りのゾロ、懸賞金1億2000万ベリー。
「フン」
悪魔の子ニコ・ロビン、懸賞金8000万ベリー。
「………………!」
泥棒猫ナミ、懸賞金1800万ベリー。
「ちょ……」
狙撃の王様そげキング、懸賞金3000万ベリー。
「そげキングにもついてるぞ!」
わたあめ大好きチョッパー(ペット)、懸賞金50ベリー。
「ゴジュ」
黒足のサンジ(写真入手失敗)、懸賞金7700万ベリー。
「誰だ」
それから。
奇術師リオ(写真入手失敗)、懸賞金7100万ベリー。
「なんだ奇術師って……」
サンジと同じく下手くそな似顔絵が、まして仮面をつけた状態のものが印刷されていた。海軍側の苦肉の策だったことが伺える。
あくまで7000万の海賊を討伐したことだけを理由に手配したということだろう。二つ名を奇術師としたのも、メルリオールに結びつけられないようにという理由からか。まァ仮面にマントの絵だけを見ると、奇術師に見えなくもないか。
「あれ、リオって海軍なのに賞金つくのか?」
「いや、海軍って何の免罪符にもならないからねェ」
不思議そうなルフィに首を振って、リオは自分の手配書を投げ捨てた。
これはいいとして、あの時同じくエニエス・ロビーにいたフランキーという船大工にも懸賞金がついてしまったため、一緒に連れ出して欲しいとの要請があった。もともと船大工を探しに来たのだし、ルフィも気に入ったようだし否やはないだろう。
新しい船があるという廃船島へ向かえば、作業を終えた船大工たちが疲れ果て眠っていた。
お披露目されたのは、船首にライオンを抱くスループ船。立派な船だ。当の本人は姿を消していたが、その辺りはルフィや島の人間に任せておけば問題ない。
リオは船を確認する一味のみんなに着いて芝生の具合なんかを確かめていた。
「パンツ…………」
「リオ、何か言った?」
「いや」
訝しげなナミに首を振って、リオは水平線に溜息を吐いた。
もうそろそろだ。この海の向こうで、また一つの未来が消えるのだろう。
明日もおなじ時間に投稿予定です。