未来が視える元海兵が麦わらの一味について行く話   作:テロン

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 盛大に轟いていた雷鳴が消えると、夜を湛えた空に亀裂が入っているのが確認できた。封じ込められていた怨念が消えた今、この空間も役目を終えるのだろう。

 

 

 ことを見守っていた面々も、水を失い穴だけになった湖の周囲に集まってきていた。覗き込めば、中央辺りに更に深い穴が開いている。きっとそこが海に繋がっていて、掘り進めたことで海水が混じってしまったから泉の効能が捻れたんだろう。

 

 

「待ってれば元に戻るのか?」

「この事件の犯人に……つまり、未来の私にその意思があるなら、そうなんじゃない。多分、私の隊とカタクリが先かな。一番ここの時代からは遠いし」

 

 

 駆け寄ってきたローに頷いて、早速違和感を覚え始めた指先を掲げた。何処かに引っ張られているような感じがする。きっと認識できないうちに元の時代へ戻るだろう。この空間に足を踏み入れた時と同じように。

 

 

「未来の私によろしく」

「お前は早く過去のおれに会いに行け。多分待ってる」

「……そう?」

 

 

 そうかもな、と返したかったけれど、メルリオールにその辺りの記憶は渡されていない。なんならこの島での出来事も全て忘れるのだから、きっとまた果てない夢を追いかけ続ける生活に戻るのだろう。

 

 

「そうだ、これ渡しとく。返しておいて」

「ああ」

 

 

 未来の自分の太刀を引き渡した。最後、どうやってか『リオ』が力を貸してくれたらしい。よく、手にもメルリオールの覇気にも馴染んでいた。その理由とて、メルリオールには分からない。けれどいつかそこに辿り着くのであれば、悪くないと思った。

 

 

「親父には会ってかねーの?」

「会う必要ある? どうせまたすぐ鉢合わせるよ、私は」

「それもそうか」

「それにどうやら、最期に言葉一つ贈れなかったのが私らしい。ならそれに従うまでだ。あいつも妙に私のこと避けてたし」

「内心寂しがってるぜ、あれ」

「じゃあ何を見たか、土産話でもしておいで」

 

 

 そうして仄かに残った記憶が、またメルリオールをこの島に引き寄せるだろう。

 過去に戻ったメルリオールはこの島での出来事を何一つ覚えていない。それでも最後にエースの顔を正面から見つめた。いずれ出会い、失うもの。未来が決まっていたとしても、そこには多くの意味がある。

 

 

 後ろに構える未来の仲間たちとだって、そうだ。

 

 

「それじゃあ、また。それぞれの時代で私と会うといい。カタクリは何か言っておくことある? ないって」

 

 

 無言の大男のことを勝手に代弁して、メルリオールは朗らかに別れを告げた。直後に今しかないとカタクリの脛辺りを突っつく。

 

 

「そうだカタクリ、これ聞こうと思ってたんだけどさ。魚人島のお菓子、どれが1番オススメ? いつかの楽しみにしようと思って」

「……」

「え、そうなの! 私多分それ食べたよ! は? 自島の方が美味しい? え〜、じゃあ今度食べさせてよ」

「メルリオール……少し黙ってろ」

「やった〜!」

「そうだこのメル、ガキんちょだった……」

 

 

 何やらカタクリとエースが頭を抱えてやがると思いながらも諸手を挙げていれば、意識が遠のいていく。そうして、瞬いた瞬間。

 

 

 見覚えのない島に立っていた。

 

 

「メルさーん、無事ですか!!」

 

 

 遠く、部下の声がする。だが近くに宿敵の気配もする。ドッと押し寄せる未来を具に観察しながら、頭の片隅でメルリオールは首を捻った。

 

 

 はて、どうしてこの島にいるんだったか。

 

 

 ま、考えても詮無い話だ。それは過去でしかなく、メルリオールは常に未来を視るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったな」

「行ったな、ヌルッと。締まらねえ奴……」

 

 

 気が付くといなかった、としか言い様がない。メルリオールと、カタクリと、恐らくは東の浜辺の軍艦も。

 

 

「あれで大丈夫なのか、メルリオールは。最後ので一気に不安になったんだが」

「多分、大丈夫なのよ。リオが尻尾振ってるってことは、向こうも何かしらでリオに優しくしたってことでしょうし」

「その『優しくした』がバグってる可能性あるだろ、リオの場合」

「ふふ。ああ見えて、リオとカタクリは好きなお菓子の情報を交換するくらいの仲なんですって。面白いわよね」

「そういえば、なんだかんだよくお菓子食べてらしたような……」

 

 

 口々に言い合う一味に軽く笑ったエースが、「情報交換っていうか、メルたち一切口に出してねェらしいけどな」と聞きかじりの知識を口にした。

 

 

「うちんのとこの兄貴分たちも、メルのことはパタパタ尻尾振ってくる犬っころみたいな扱いだったし、カタクリのおっさんもそうなんじゃねェの? メルって基本他人に甘いし、一回認めると際限なく尽くしてくれるじゃん?」

「あの馬鹿……」

「あら、一番懐かれて拒絶出来なかった筆頭が何か言ってるわ」

 

 

 緩やかな空気を吸って、エースは襲い始めた違和感に片手を翳す。時間のようだ。

 

 

「さて、つぎはおれと親父か」

「白ひげに状況伝えた方が良いんじゃねェか?」

「このくらいの距離なら見聞色で大体把握してるさ」

 

 

 ウソップの言葉に首を振ったエースは、ルフィを見て困ったように口をまごつかせた。

 

 

「参った、いざとなると上手い言葉が出て来ねェな」

「いいよ、エース」

 

 

 麦わら帽子に隠れた表情は伺えないが、その声は震えていた。けれど、気丈に前を向き、「大事なことはもう聞いた」と笑ってみせる。

 

 

「……ああ、そうだ。死んだらもうおしまいなんだ。今更付け加える言葉もねェよ。大人になったな。……ルフィ」

 

 

 その事実に、兄の方もそっくりな笑顔を浮かべた。そうして一味とローの方を向いて、今度は兄の顔を見せる。そちらの方は少し、「ありがとう」と微笑んだリオに似ている気がした。

 

 

「未来のおれも言った気がするが、ルフィを頼む」

 

 

 その頼みに各々が頷くのを確かめてから、今度はまた違う表情へとコロリと移り変わった。

 

 

「それから、メルリオール。おれの姉貴のこともな」

「お前……」

 

 

 メルリオールが見せなかった手配書の中身。知っていたのか、と驚く気持ちと共に、何処か納得する気持ちがあった。あれだけリオに懐いているように見えたのは、それなりの理由があったのだ。

 

 

「その反応だと、マジで姉貴か?」

「いや……。実際に血縁関係があるかどうかは分からねェと聞いてる。少なくとも、島は違うと」

「詳しいな。ま、当然か」

 

 

 ローを敵視するような態度は感じられないが、多少面白くない気持ちはあるのだろう。それでも、空を見上げる彼は、肩の荷を下ろしたような安堵に満ちていた。

 

 

「メル、多分自覚はねェんだろうけど。最初に会った時、おれを見て『似てねェな』って言ったんだよ。馬鹿だろアイツ。その癖おれの両親のことは名前すら知らねェし、おれに妙に甘いし、ガキの頃の話とか聞きたがるし。だからまァ、なんとなくそうかなとは思ってた」

 

 

 最期まで聞けなかったけど、と呟いて、噛み締めるように目を伏せる。

 

 

「困るよなァ。おれには居ねェもんだって諦めてたやつが、手に入ったと思った途端に横から生えてきやがる。勝手に現れて勝手に居座って、その癖分からねェなんて言って線を引く」

 

 

 愚痴のように聞こえたが、自慢話のようにも思えた。結果ローは返事をしないことにして、同じように空を見上げた。未だに雪が降っている。リオにとってのローが雪そのものであるように、彼女の心の中には常に明るく燃え盛る炎がある。

 ということをそのまま伝えるのも癪だったし、リオは伝えないことにしたらしいので。

 

 

「っと、おれもそろそろか。元気でやれよ、ルフィ」

「おう。じゃあな、エース。白ひげのおっさんによろしく」

 

 

 兄弟が頷いて、ふつと兄の姿が消える。

 

 

「もう一人のお兄さんのことは伝えなくて良かったのね?」

「おう。……知らないままだったのが、エースなんだ」

 

 

 その寂寥にそれぞれが目を伏せる。

 そうして、不思議な島での冒険は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 土を踏む軽い音を立てて、静まり返ったその場に歩み寄る。

 

 

「おかえり。良い冒険だったかな?」

 

 

 起伏のない島で、片耳のイヤリングを揺らしながら問いかけた。

 バッと振り返ったナミが一直線に歩み寄り、初めに抱きついてくる。

 

 

「リオ!!」

「はいはい、今度はリオですよー。未熟な私はどうだった?」

「可愛かったけど、見てて心配になったわ」

「うーん、自覚ありって感じ」

「ともあれ解決して良かったです」

「リオさんも元気そうで良かった」

 

 

 口々に心配の言葉がみんなから送られて、ローからは貸した刀を受け取って、最後にルフィが「腹減ってないか?」とちょっとズレた労りをくれた。

 

 

「甘いものを食べたい気分ではあるかな。でも、みんなは数日だったかもしれないけど私の体感だと一瞬だよ。まァその一瞬で色々やったから疲れてるっちゃ疲れてるけど」

「過去の自分から未来視を取り上げたり?」

「私じゃないよ、あれは事故。右目の視力を取り上げたのは私。ローへ心を筒抜けにしたのも私かな。その方が話がスムーズだったでしょ?」

 

 

 救わなきゃいけないものが視えた。同時に自分じゃ救えないことも分かった。過去の自分がこの島を訪れていたのは偶然なのか、運命なのか。リオはこの島に染みついた怨念を観測し、リオの心に共鳴させる形であの島を創り出し、島自体の時を遡る特性を利用してそれぞれの時代の自分を通して周囲に強制的に見せつけた。実際にはあの火山の島に迷い込んだわけではなくて、仮想体験していたという方が正しい。

 その中で一つずつ、かつての自分に『救う』為の階段を歩ませた。昔のリオだったらもっとスパルタに早期解決を図っていただろうけど、今のリオは自分自身をちゃんと慈しんでいるから、少し時間がかかってしまったらしい。

 お陰で色々と巻き込んだけど、メルリオールへの協力を拒むような人間を招いたつもりはない。

 

 

「事後承諾になっちゃったけど、みんな協力してくれてありがとう」

「あんたねえ、せめて一言相談くらいしなさいな。って言いたいところだけど、別にいいわよ。そうよね? ルフィ」

「おう、仲間なんだ、助けて欲しい時にいちいち助けてくれなんて言わなくたっていい」

「そう言ってくれると思ってたよ。お陰でこの島も元通りだ。元々、長居さえしなけりゃ安全な島だったと思うけどね」

「長居するとどうなるんだ?」

「さあ? 知りたきゃ北の湖にでも潜ってみなよ」

「うへェ、骸骨がザクザク出てきたりして」

「怖いこというなよ!」

 

 

 さて、と背伸びをして体をほぐしながら「私だけまだバカンス気分なんだよなァ」とぼやいた。

 

 

「良いじゃねェか。おれたちは殆ど休んでたが、あんましバカンスって感じじゃなかったし」

「拠点も毎回リセットで消化不足だったんだ」

「メシも何度かリセットに巻き込まれて消えちまったし」

「それはごめん」

「腹はあんま減らなかったけどな」

「おれは空いてたぞ!」

「おれも! おれも!」

 

 

 じゃあ、とみんなで顔を見合わせて、逃げたそうにしているローの腕をがっちり掴む。

 

 

「取り敢えず、宴にするか!!」

「待ってましたァ!」

「宴だァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メルさーん、この艦壊れませんでしたっけ?」

「は? だとしたらとっくに海の藻屑だろ」

「おっかしいなァ」

 

 

 海図を眺めていた副官は腕を組みながらうんうんと唸っている。使えそうにないので果物パーティー中の部下を捕まえて、甲板に最新の手配書を並べるのを手伝わせた。新世界で活動が見られた海賊だけでもかなりの数になるが、これを覚えるのもメルリオールの大事な役割だ。

 

 

「おい、こいつお前に似てねェか? 無精髭とかそっくりだぜ」

「生き別れの兄弟かもな」

「やめろやめろ、そンなこと言ってっとメルちゃんが見間違えて狩りにきちまう」

「ガハハハ、メルちゃん見境ねェからな!」

「おい馬鹿共、お前たちも覚えるんだよ!」

 

 

 ひえーだかぎゃーだか喚いているのは無視しておく。

 

 

「それで准将、次はどの島を『救う』んです?」

 

 

 気にしないことにしたのか、切り替えた副官の言葉にメルリオールはキョトンと首を傾げた。

 

 

「決まってんだろ、『すべて』だ」

「今日も流石のメルリオール節ですね。その中でも何処からか、って意味ですよ」

「そうだな……」

 

 

 一枚の手配書を持ち上げて、過去の新聞の束にも手を伸ばす。それはこの海で何度も繰り返された日常だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「親父……?」

 

 

 喧騒に瞬いて、急速に薄れ行く違和感に首を捻る。答えを求めて近くにいた父親を見上げれば、存外温かな雰囲気でもって見下ろされていた。

 

 

「どうかしたか、エース」

「……いや」

 

 

 モビー・ディックの甲板。そうだ、新しい島を見つけて上陸しようとしたところだった。何かを失ったような心の中に、なんとも言えぬ満足感がある。夏島の温暖な気候のせいだろうか。

 

 

「なんかメルに会いてェなって思った。おれ、ちょっと探しに行こうかな」

「噂をすればなんとやらって言うだろう。そのうちひょっこり現れる」

「だといいけど、メル今度海軍やめて隠居するって言ってたし、その前に会っとかねェと次いつ会えるか……」

「どうせすぐ戻ってくる。あれはそういう奴だ」

「それはそれで困るんだよ、戻ってきた時メルに勝てるくらい強くなってる予定なんだしさ。……なァ、親父。これはメルには内緒にして欲しいんだけど」

 

 

 甲板から身を乗り出して上陸したクルーに手を振りながら、エースは秘め事を父親に曝け出す。

 

 

「姉ちゃんって呼んだら、メルはどんな顔すると思う?」

「そりゃお前……」

 

 

 言い淀んだ直後にグララララと盛大に笑い転げた白ひげは、滲んだ涙を拭いながら息子の肩に手を置いた。

 

 

「泣いて喜ぶだろうよ」

 

 





次回最終話。明日同じ時間にあげます。


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