宴を開く時、海賊の準備は素早い。
あちらで拠点にしていたという西側のビーチまであれこれと荷物を運んで、真っ昼間から飲めや歌えやの大騒ぎ。
こういう時一味に音楽家がいると盛り上がりが違う。軽快な調べに耳を傾けながら、ゾロやナミたちによって豪快に飲み干されていく酒樽の中身を見てひと笑い。美食に舌鼓を打って、暑苦しい中焚き火を囲んでチョッパーとウソップの奇妙な腰振りダンスにまた笑う。
「おれや麦わら、白ひげや火拳はともかく。お前にとってはカタクリもその枠なんだな」
本人的には、事実確認のようだった。ローの言葉に首を傾げて、続きを待つ。
「結局、お前はあの男に何をしたんだ」
「何もしてないよ、本当に。ナミに言った通り……ただ生きてただけだ。例えばほら、救難信号を、さ」
「ああ」
頷くローに笑いながら、「受けたことがあるんだ」と囁いた。
大海賊時代において本来の目的よりもトラップとして使われることの多い、『無視』が原則の信号。海上から発することの出来る、唯一のSOS。
「ま、実際は受ける前に動き出して救助をしていたわけだけど。いくら玄人でも新世界の海には万が一が常にあって、その時はたまたま彼らの幼い弟妹も乗ってた。その子たちを、カタクリに引き渡したことがある」
勿論この話は兄弟全員が認知はしているから、カタクリの態度を何とか飲み込もうとして、納得しきれなくて、結果がこれだ。
それで正解だとは思う。リオはマムの海賊団からの恩賞を期待して助けた訳じゃないし、乗っていたのが子供だから助けた訳でもない。
「ね、だから、私は何もしてないの。だってすべてを救うのがメルリオールなんだから……。これくらい、何かをしたうちには入らないでしょ?」
メルリオールの名を知る海賊たちの誰もが、その生き方を知っている。無差別に救助に来るメルリオールを見て、打算や裏があるとは露にも思わない。
恵まれた話だ。そうした恩恵を、余すことなく享受してきた。
「レディたち、そろそろデザートはいかが?」
「いただくわ」
「サンジ、こっちにもお願い」
「もちろん!」
ナミとロビンが並んでいるところに声をかけたサンジに手を振って、リオはチビチビ酒を傾けているローの隣で「なんか機嫌悪い?」と首を傾げる。
現実世界に戻ってきてからというもの、ローは口数が少なかった。
「そうでもねェよ」
「ふーん? あっちでなんかあったのかな。なんとなーくは見てたけど、細かい場面までは追えてないから見当もつかないや。昔の私はどうだった?」
「そのまんまだった。おれのよく知るお前だ」
「へー? じゃあなんで拗ねてんの?」
「拗ねてねェよ。おれはお前が実際に海兵として海を駆けていたところは知らねェ。お前も見せなかった。それを実感しただけだ」
「それを拗ねてるって言うんじゃ?」
と思うが、違うらしい。まァ言わせておくか。ホワイ島とかいう駄洒落の様な名前の島の冒険は、彼にこれまでとは違った視点を与えたらしい。
強いて言うなら、とローはぽつりと呟いた。
「お前が覇王色の覇気に目覚めていたことは、知らなかった」
「ん? ああ、そりゃローたちと戦うことなんかなかったし、見たことはないでしょ。私はそもそもこれがあんま好きじゃないし。でも、覇王色の使い方をカタクリから習って、それをエースに教えてたって話しなかったっけ? それに、覇気が稲妻状に駆け巡るとか、大勢をいっぺんに停止させるとか、やってることは結構そのままだと思うけど」
「白鳴のことか?」
「ああそれそれ。覇王色は使えなくなったけど、一部引き継いで白鳴になってるんだ」
ヴァイオリンの音色が鮮やかな一音を残して消えていく。
静かになったと思えば、みんなも手を止めてこちらを見ていた。そりゃ気になるか。
「どういうことだ? 使えないって」
「確かに使っているところは見たことないわね。でも、覇気って突然使えなくなるようなものなのかしら」
「覇気のメカニズムもまだまだ謎が多いからのう。老衰や怪我によって万全に扱えなくなることもあると聞いたことがあるわい」
「でもリオは今健康だぞ?」
「そういう話じゃねェってことか」
広げた掌を見下ろして、リオは不思議な心地で笑みをこぼした。かつて。この手は万能感に酔いしれていた。強い意志があって、そのための力があって、何でもできると思っていた。
「でも、そうじゃない。今がどうあれ、私は一度この正義を捨てた。この海を統べる意志を手放したんだよ。今更昔のようにはなれない。それに、今はもう、私の時代じゃないとも思ってるしね」
世界や世情はすべての人が集まって出来るものだが、時代というのは個人が作るものだ。特定の人から人へ、バトンを渡すように、或いは奪い取るように続いている。リオはそのバトンを放棄した。手放したものは戻ってこないし、取り戻したいとも思っていない。
「君は覇王の器を持っていたから私を認めたわけじゃない。だからいいんだよ、知らなくて。なくても困らないもん。私には仲間がいるからね。私の覇気がバチバチ弾けるのだけがかつての名残りかなァ」
言いながらちゃぷりと杯を揺らす。
多分正確なところとしては、白鳴に統合されたという感じだろう。何にしても、もうリオの覇気は黒く轟かない。リオの齎す光が影を生むことは無い。そういう話だ。
それじゃ生きづらいって顔を顰める奴もいるだろうけど、決して強制するものじゃないから、これからのリオに王たる証は必要ない。
「今は他にもっとやりたいこともあるしね。すごーく個人的で、すっごく大きい夢だ」
ね、とルフィにウィンクをすればニッコリ笑顔が返ってくる。それでも不満そうなローに、「ずっと拗ねてても良いけど、その分私が先に奪い尽くしちゃうぞ」と言っておく。
「お前なァ……」
「おや、ローも随分先読みが上手くなったねェ。でも、一応口に出して言っておこうか。『ちゃんと君を好きだと言える私の元に戻ってきたんだから、拗ねてる場合じゃないぞ』ってね」
この気持ちはローがくれたものだ。そんで、ローに奪われたものでもある。いつか彼の全てを奪い尽くしてやろうという野心がリオの中にあって、同じように奪い尽くされたいと思う心もある。
そう言いながらも、違う船に乗って
盛りだくさんでとっ散らかって一貫性がないと思われるかもしれない。けれど、リオの中では全部繋がっている。
リオは、『すべてを救う』のだ。
「君が教えてくれたんだ。失敗塗れでも、どれだけ馬鹿馬鹿しくても、例え後ろ指を差されようとも。今ここで私が『すべてを救いたい』と思ってることは間違いじゃない」
もちろん、リオはいずれ必ずすべてを救う。
その手段と方法は、もう貰っているから。
『すべて』とはどのようなものか。
『救う』とはどういうことか。
『すべてを救う』ためにはどちらもが必要で、どちらもを理解する必要がる。
──『すべて』とは、この両目に映るすべてだ。
今リオの両目はそれぞれ別のところにある。そのおかげで、これまでは視えなかったものがよく見える。自分がどのように笑うのか、とか。
────そして、『救う』とはどういうことか。それは。
愛や慈しみや友情を、中心に置いて行動することだ。誰かを大切に想う心を常に持ち続けることで、何をすべきかは自ずと見えてくる。『すべて』という不特定多数のものが相手だって、愛して、その為に走り出すことができる。
この気持ちは、ローが教えてくれた。
だから今のリオなら、正真正銘『すべてを救える』。
「おれの負けだ、『メルリオール』。今日のところはな」
「お、よく分かんないけど勝った。ルフィ、ハートの海賊団の船長に勝ったけど、何を要求しようかな」
「おいそういう話じゃねェ!」
「シシシ、じゃああのクマたちも呼んで、もっとでっかい宴をやろう!」
「お、腕が鳴るなァ」
「あ! ねェそうだ、あたし絶対結婚式がやりたい! 丁度いいから今やっちゃいましょう!」
「いいな、トラ男のとこに追加の酒を持ってきてもらおう」
「ドレスもよ、似合うのを仕立てないと」
「なら私はお二人のために一曲書き上げましょうか。タイトルは『雪降るウエディング』!」
「サニーの大砲を弄って祝砲が撃てるようにするか」
「おい勝手に他人の式の計画を立てるな!」
なんか面倒なことになっているが、ローに任せよう。元気に噛み付いているし。
「リオ、お前の仲間だろうが、なんとかしろ!」
「騒ぎたいだけなんだから放っときなよ。慣れてるでしょ」
「その当事者意識の薄さはなんなんだ! いいか、百歩譲っても式を挙げるのはコラさんに報告してからだ!」
「……。そらそうだ。みんな、止め止め! 結婚式は中止。代わりに今からローがプロポーズするって!」
「えー!!」
「ぷろぼーずの宴だァ!」
「おい!!」
「とか言って、本当は乗り気な癖に」
勝手に心を読んで口を挟んだリオに、今度こそローは頭を抱えて蹲った。
「お前は、本当に、どうしようもねェ……」
「はは! 本気で嫌ならもう拒絶出来るでしょ」
ちょっと待ってろ、とダッシュで小道具を取りに行ったウソップとフランキーを横目に、リオは片手をローに差し出した。
「あ、ムードとか気にする? 私、くれるんなら1秒でも早く貰いたいなってタイプだけど」
「そういう奴だよな、お前は」
言いながら、据わった目でローはポケットに手を突っ込んだ。剥き出しのそれを取り出して、ピンと弾いて投げ寄越してくる。ムードがどうこうはローも言えた義理じゃなかったか。
危なげなく受け取って、小さなそれを空に透かして眺める。それなりに大振りな石の嵌った指輪。用意していたのは知ってたし、いつ渡してくるのか楽しみにしていたものだ。
「お、ダイヤモンドだ」
「好きだろ?」
「ダイヤモンドを? 別に……?」
聞き分けのない子供に対するような溜息を吐いて、ローは「雪は指輪にならねェんだよ」と愚痴った。
「ちゃっかり降らせてただろ、ダイヤモンドダスト」
「えー、知らないけど。それ昔の私じゃない?」
「お前ではあるだろ」
「私、オパールも好きだよ」
「もう持ってんだろうが、文句言うな!」
オパールのイヤリングを揺らしながら、リオは「文句なんかないよ」と笑った。ダイヤモンドダスト。いつか、ローと一緒に見た記憶がある。白くて、キラキラしてて、綺麗なもの。
「あれはローみたいだから好きだった。この指輪もローだと思えばいい?」
「は? あれはどっちかというとお前だろ」
「え、どの辺が?」
「どこって、全体的に……。ああクソ、言わせたいだけだな!?」
「あ、バレた」
笑いながら指輪を握り込んで、勝手に左手に嵌める。お返しのように、リオもポケットから取り出したものを指先で弾いた。
「考えることは一緒だね」
似たような形の、ダイヤモンドの指輪だった。
リオはもう、自分の愛がどのような形をしているか、自覚している。心を溶かすものも、冷たく固めるものも、どちらも等しく同じものだ。愛とは一つの色ではなくて、どれでもある。遠ざける愛があれば、手を伸ばす愛があり、共に歩む愛があれば、そうでない愛だってある。
多くの人に、愛されてきた。
何であれ、この指輪のように丸く円環を描くのが愛である。円弧の上にある以上、いずれは必ず届くし、返ってくる。途切れることはないし、果てもない。
「名字は奪われちゃったけど、薬指は奪い返した。次は何を奪おうかなァ」
「きりがねェな」
「それでいいんでしょ?」
「ああ。これからもちゃんとおれを『救って』くれよ」
それがプロポーズの言葉か。まァ、悪くない。ロシナンテに教えてやろう。
「もちろん、世界で一番たくさん『救って』あげるね、ロー! 幸せすぎてもう辛いってギブアップするまで!」
「来ねェよ、そんな日」
「それもそうか!」
笑っていれば、パン、と先走ったチョッパーが手を打ち鳴らした。
「あっ」
「いいのよチョッパー、こういう時は目一杯拍手して」
「クラッカー取りに行った連中は?」
「そろそろ戻るだろ」
今更ながら、見られていたことにローが歯を剥いた。船に戻っていた二人の姿もビーチの先に見える。ウソップは筒のようなものを肩に担いでいて、フランキーがその後ろを必死に追っている。
「間に合ったか!?」
「おい待てウソップ、そっちはロケットランチャーだ!!」
「え」
間抜けな声と共にビーチの片隅が吹き飛んで、皆が慌てて立ち上がる。全く忙しないったらありゃしない。
舞い上がった粉塵に悲鳴を上げながら、リオは真っ先にジャングルへ向かって駆け出した。
この先。
どのような艱難辛苦が襲ったって、リオは自由にこの海で生きていくだろう。
未来は白紙だ。なんだって描ける。
そこに乗せる色とりどりの絵の具は既に手に入れていて、あとは最後に入れるサインの為、『己がどう生きたか』、胸を張る為の道程だ。
お前は誰だ、と問われて、『
今日も、生きていく。
これで本当におしまい。
個人的には書ききった気分です。まだ回収してないものもない……はず!
もうちょっと軽い、おまけ的な短編をあげたい気持ちはあるんですが、ネタ出しが苦手なので「これまだ回収してねェぞ!」とか「こういうシチュエーションの話くれ!」などなど、良ければご協力ください。感想欄でも、この後活動報告をあげる予定なのでそちらにでも、その他Xにマシュマロを開いてます。
特に期限を設ける予定はありませんので、5年後くらいにいきなり番外編があがるかもしれません。
改めて、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!