唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
そうして、神織達は生徒会長主催の『無人島遊覧イベント』に参加することとなった。
イベントを見つけて来た載原の話によると、このイベントはクルーザーを用いた遊覧イベントらしい。
生徒会執行部所有の中型船に乗って常世島近海を遊覧したのち、無人島である一宵島に停泊してそこでレクリエーションをするという流れだ。
何故ゴールデンウィーク真っ只中のこの時期にそんなレクリエーションを催したかは不明だが、追手を撒きたい神織達にとっては好都合である。
『……生徒会執行部は、この学園においては独立した組織。だから、治安維持部の手も届かないと思う』
というのが載原の言だった。
これについては、治安維持部に所属している剣菱も同意していた。
とはいえ──と、神織は内心で呟く。
《……こればかりは想定外だったな》
現在地は、生徒会所有のクルーザーの船内。
教室二つ分ほどの広さがある広大な船内には、神織達の他の参加者七人と、主催側と思しき生徒五人(と引率の先生一人)で計一六人がいる。
先程までは甲板でバタバタしていたのだが、今はそれが収まったのか、潮風から身を守る為に全員船室に入ってきていた。
──ゴールデンウィーク真っ只中でだいたいの生徒は帰省している中、わざわざ学園に残っている生徒に変人が混じっていることは半ば必然。
ざっと見る限りでも、牢屋の中にいる生徒、メイド、お嬢様、妙に偉そうな小学生の少女、顔だけ着ぐるみ少女、何故か恍惚としてる少年、痴女みたいな格好の先生などなど……。
船内の生徒達も、アクの強いキャラクターをしてそうな生徒が大勢いた。
これでは、治安維持部の追手から逃れられても別の厄介事に巻き込まれそうなこと請け合いであった。
《ふうん。弱腰だな……と茶々を入れてやろうと思ったが、なかなかどうして、これは随分と混沌とした局面になっているようだねえ》
そこで、ずい──と神織の横に白髪の少女の幻影が現れる。
依代である神織にしか見えない浄蓮は、適当そうな雰囲気を漂わせながら、
《ただの生徒としては、という枕詞を除いたとしても強者揃いだ。何人か評判を聞いたことがある連中もいる》
《……そうなのか?》
吟味するように生徒達に視線を向けている浄蓮に、神織は純粋な驚きの感情を見せる。
……仮にも人類にあだなす『大妖怪』の言葉に素直なリアクションを返すなよと内心思いつつ、浄蓮は疑問に答える。
《特にあの牢屋の中の阿呆、トレイシー=ピースヘイヴンは有名人だね。主に悪名が、だが》
《生徒会長、学園の外でも有名人なんだな……》
《おそらく、
《…………そんなのアリかよ》
衝撃の事実に目を丸くする神織。
ただし、『ウラノツカサ』といえば常識が通用しない学園で有名である。
生徒会長が生まれる前から生徒会長でも、何ら不思議はなかった。
驚愕する神織は置いておいて、浄蓮はさらに続ける。
《あとはそうさな……目ぼしいところで言えば、あそこのメイド。
《あのメイドさんがか? その隣のお嬢様ではなく?》
高等部一年生
ライトノベルイラストレーション研究部所属
霊能名──『
高等部一年生
ライトノベルイラストレーション研究部所属
霊能名──『
確か、二人とも神織の同級生だったはずだ。
神織としては、どちらかというとその横にいるお嬢様の方がメインという印象で、メイド自体は『なんかいつもお嬢様にくっついている謎の存在』という扱いだったが。
《あのメイドは相手にすると面倒だ。敵対しないことをお勧めしておくよ》
《別に誰とも敵対する予定はないが……》
《他にも何人か面白そうなのがいるな。ただ……そこまで教えるのは流石にサービスしすぎか》
そこまで言って、浄蓮は悪戯っぽい笑みを浮かべながら口を噤んだ。
《なんだよ、知っているなら教えてくれても良いだろ》
神織は不服そうにして、口を尖らせる。
──直後、浄蓮の纏う気配が冷たく鋭いものへと変質した。
《勘違いするな。妾が助力するのはあくまで御前との協力関係に必要な範囲内だ。『滝壺』への対処の本筋から離れたところでまで、人間に手助けをする理由はないよ。
これ以上は、対価を求めるぞ》
絶対に越えられない一線を引くような、厳然たる宣言。
それを突きつけられて、神織は目の前にいるのが人間を意志一つで消し飛ばせる『大妖怪』であることを思い出す。
──神織が今この場に立っていられるのも、ギリギリのところで『大妖怪』浄蓮の君との交渉を成立させられているからなのだ。
外部の不確定要素に加えて、内部の不確定要素。その存在を、神織は強く認識していく。
「うう……問題児だらけです……」
そんな神織の横では、剣菱がしわしわの梅干しみたいな顔をして背を丸めていた。
神織は首を傾げて、
「そうなのか?」
「そうですよぅ……。校内戦闘常習犯の
中等部三年生
社会活動秩序補正部所属
霊能名──『
高等部二年生
実践的霊木機戦研究部所属
霊能名──『
小等部四年生
不老長寿部所属
霊能名──『
高等部三年生
着ぐるみ研究部所属
霊能名──『
「胃が痛いです……。ただでさえ生徒会長がいるのに……」
「大変なんだな……」
治安維持部は、生徒会執行部と『部活提携』している部活動の一つだ。
その関係で剣菱も学内の治安維持活動に従事しているのだが──そうなると当然、ある種の問題児たちとは顔を合わせる機会も多くなるのである。
根本的にそのへんは他人事な神織は、ポカンとしながらしわしわの剣菱にざくっとした慰めの言葉をかけるほかない。
と、そこでふと、先ほどから載原が無言でいることに気付いた。
気になって神織が載原の方へ振り返ってみると、載原は何やら無言のまま問題児たちの方へ視線を向けているようだった。
「凛音、どうしたんだ?」
その表情が真剣そうだったので、神織は思わずそう問いかけていた。
問いかけられた載原ははっとすると、神織と剣菱の方へと視線を向け直す。
「……いや……なんでもない。それより、海を眺めたい。二人も甲板に出ない?」
「いいですね! 賛成です。…………と言いたいところですけど、わたしは、追われる身とはいえ治安維持部の一員です。
この問題児の巣窟を放置することはできないですので、お二人だけ行ってくださいです……」
「いや、この状況で綾乃だけ置いていけないだろ」
流石に、しわしわの剣菱の惨状を見て船室に置いていくのは無慈悲すぎである。
載原は少しだけ無言で二人の様子を見ていたが、
「…………なら、仕方がない。私はちょっと外の様子を見てくる。二人は此処で待っていて」
そう言って、載原は一人で甲板を上がっていってしまった。
神織はその後ろ姿を見送ってから、
「もしかして、船酔いしてたか? だとしたら、あとで様子見に行った方がいいかもしれないな」
「いや……載原さんは船酔いするタイプには見えませんですけど……」
剣菱は両手で顔を揉んで、しわしわ顏を直しながら、
「多分、何かを感じたのかもしれないです。正直わたしも、このツアーには何か
「……きな臭いもの?」
オウム返しする神織に、剣菱は頷いて言う。
「ええ。おかしいとは思いませんか? このイベント、告知が昨日の夕方だったんですよ。長期休み中のレジャー活動……にしては、告知がぎりぎりすぎるです。
まぁ、だからこそ載原さんも応募できたんだと思うですけど……」
「……確かに」
通常であれば、この手のイベント告知は一ヵ月前から出されていてもおかしくない。
遅くても、一週間前くらいだろう。
学生主催ということを加味しても、あまりに突貫すぎるイベントと言わざるを得ない。
「イベントの主催が生徒会長のピースヘイヴン先輩で、おそらく開催協力の生徒達が全員軒並み『ライ研』所属なのも気になるですし……」
「ライ研?」
「ライトノベルイラストレーション研究部です。あそこのお嬢様……遠歩院さんとか、同級生のメイドさんが所属してるです」
「あぁ……」
主催側だったのか、あの二人……と内心で意外に思う神織。
剣菱は話を戻して、
「イベントも、近海を遊覧して一宵島でレジャーっていうシンプルな内容で、何の変哲もないです。
それをわざわざゴールデンウィークで人が少ない時に急ピッチで出す……何かありそうじゃないです?」
「…………、」
言われてみれば、その通りである。
妖怪に襲われて死にかけたり、『大妖怪』浄蓮の君に憑依されたり、専用シキガミクスを構築したり、治安維持部の面々に指名手配をされたりで波乱の連続だったせいで感覚がマヒしていたのかもしれない。
そうした一連の問題の渦中に置かれていると世界の問題がそれ一つだけだと錯覚してしまうが、『全く別の問題』が並行発生していない保証などどこにもないのだ。
「……ってことは」
そこで、神織はさらにその先に思考が至る。
そんなあからさまに怪しいイベントに首を突っ込んだ神織達は、此処を緊急避難先と見定めて参加しているが──他の面子については、どういう思惑があるのだろうか?
同じように何かから逃げているのか、あるいはこのイベントに隠された思惑に共鳴しているのか、はたまた参加生徒そのものに用があるのか。
──どちらにせよ、多くは何かしらの思惑を抱えているのではないだろうか。
「なるほど、凛音が他の生徒を気にする訳だ」
むしろ、全く気にしないということは目的も分からない相手に完全な無防備状態を晒すということである。まぁ、先ほどまでの神織のことなのだが。
しかし、だとすると。
「下手をしたら、『揉め事』ってのもその一環なのかもしれないな」
「そして……各々の目的の為に行動している生徒達が接触した結果『揉め事』が発生するのだとしたら」
つまりそれは、生徒達の目的達成のためには武力衝突が不可避ということに繋がる。
もしもこの予想が正しいとしたら、遊覧中、あるいは無人島到着後に本格的な戦闘が始まってしまう危険性も否定できない。
その未来を想像して、神織は俄かに首を横に振る。
「……冗談じゃないぞ。高等部の生徒達だけじゃない。この船には小等部の女の子だって乗っているんだ」
「です。『滝壺』の問題も大事ですけど……とりあえず目先の問題として、わたし達はこのイベントの主催者と参加者の目的にも注意する必要がありそうです」
部外者の神織達にしてみればとんだとばっちりだが──もはやこの状況は、文字通り乗り掛かった舟である。
人知れず警戒を強めた二人を乗せて、クルーザーは一路、一宵島へと向かっていく──。
薫織は原作視点だと『メイドさん』で名称が固定されるタイプの存在です。