唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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102 船上は乙女の戦場 >> LOVE TACTICS ②

 『抜け駆け女』──。

 

 出し抜けにそう呼ばれた載原は、しかし表情一つ変えることなく、ただただ佐遁のことを見据えていた。

 

 潮風に紛れて、ひりつくような冷たい空気がその場を支配していく。載原はゆっくりと口を開き、

 

 

「…………? ごめん。何のことか、全然分からない。何の話?」

 

 

 無表情のまま、小首をかしげて問い返したのだった。

 

 

 本当に、心の底から心当たりがないと言っている表情だった。

 そのあまりの他意のなさに、佐遁のこめかみに青筋が一つ浮かぶ。

 

 

「天然でやってンならなお性質が()りィ──わよ! アンタも転生者なんでしょ!?」

 

「……いやそんなことを急に言われても」

 

 

 載原は困ったようにたじろぎ、

 

 

「……確かに私は転生者だけれど、それとアナタの敵意に何か関係がある? 私は、今のところこの船に乗っているメンバーとは利害関係がない」

 

「関係大ありよ! アンタ『シキレボ』のあらすじ忘れてるわけ!?」

 

 

 あくまでも平然と答える載原に対し、佐遁は信じられないとばかりに両手を広げる。

 あまりにも明け透けな『転生者の会話』だったが、幸いにもこの場には二人しかいない。

 だからか、佐遁はさらに会話をヒートアップさせる。

 

 

「『第一巻』! 神織さんは浄蓮に憑依され、綾乃と一緒に学園に潜む陰謀に立ち向かう! 今まさにその真っ最中でしょ!? なんでアンタがその輪に加わってんのよ!?」

 

「…………」

 

 

 佐遁の指摘を受けて、初めて載原の説明が止まる。

 相変わらず無表情ではあるものの『言いたくない話題』に差し掛かったのを雰囲気で見て取り、佐遁は続けた。

 

 

「フェアじゃないから先に言うけどね。私は神織さんが好き。恋人になって、彼のことを隣で支えたい。その覚悟もあるわ」

 

「…………、……そ、そうなんだ」

 

 

 さらに一歩踏み込まれて、載原はその分一歩引き下がる。

 

 自身が優勢を得たと確信し、佐遁はさらに、

 

 

「アンタはどうなのよ。『第一巻』案件……神織さんはまだ浄蓮と信頼関係もなく、戦闘力的にはまだ乏しい。いつにもまして不安定な戦況だったはずよ。

 そこに首突っ込んでまで『抜け駆け』しているアンタは! 自分の想いを優先させて神織さんのことを危険に陥れる可能性は考えてないの!? どうなのよ!」

 

「……ええと、その……」

 

 

 佐遁の鬼気迫る迫力を前にして、載原の無表情に少しだけ揺れが生じる。

 

 ただしそれは、図星を突かれた動揺といったものではなく──どちらかというと、想定外の話題を振られた時の困惑に等しく。

 

 

「……あれは、不可抗力だった」

 

 

 そう短く答えた時には、載原はまた元の無表情に戻っていた。

 

 不可抗力。

 その言葉を聞いて、佐遁は即座に『そう切り返すか』と思った。

 ──神織悟志という少年の魅力に惚れ、老若男女誰もが彼に好意を持って然るべきと考える佐遁にとって、転生者はことごとく初対面よりも前から神織に好意を持っているのが確定していた。

 

 ならば、『正史』に存在しない人物──即ち転生者が神織の周りにいるということは、好意を持って神織に近づいているに違いない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、佐遁にとってはそれが正常な思考回路であった。

 

 だから大前提として、佐遁にとって載原が神織に近づいたのは『故意』である。

 佐遁が載原に聞いていたのは『理由』ではなく、全てをさらけ出した自分に対して『どう対応するか』であった。

 

 

「……先日、従来のピースヘイヴン体制が『ライトノベルイラストレーション研究部』によって瓦解したことは知っている?」

 

「そりゃまぁ。でも、結局ピースヘイヴンが会長をやってるって聞いたわよ」

 

「……それでも、体制が大きく変わったことは否定できない。私も、目的があって学園に編入した。

 ……学内の状況が大きく変わった以上、世界のターニングポイントを再確認する必要があった」

 

 

 世界のターニングポイント。

 

 即ち──『正史』の中心人物。

 

 

「……そこで真っ先に神織さんを確認しに行ったことは否定しない。……でも別に、関わり合いになろうと思ったつもりはない。

 『正史』に介入するのは、私の目的からはかけ離れている」

 

「はぁ? どういうことよ。でも現に実際、一緒に行動しちゃってるじゃない」

 

「……そこは事故があって……」

 

 

 よほど不本意だったのか、そこで載原の語調はまた弱くなる。

 

 とはいえ、此処で余計な誤解を生むのも嫌だったらしい。

 載原は、ぽつりぽつりと此処に至るまでの経緯を佐遁に語り始めた。

 

 

 ──始まりは、ゴールデンウィーク前日のことだった。

 

 園縁薫織とトレイシー=ピースヘイヴンが激突し、そしてトレイシー=ピースヘイヴンが敗北したこの日。

 載原は、前日の生徒会執行部のクーデターによる学内勢力の趨勢変化の影響を確認するべく、神織の周辺、そして『第一巻』案件の舞台となる要所を確認していた。

 

 『第一巻』案件はゴールデンウィーク初日の出来事であり、前日の時点でその前提条件──陰謀の核である『滝壺』が失われるなど不測の事態が発生した場合、速やかにその事実を把握する必要があるからだ。

 

 

「まぁ、そこは分からなくもないわ。私だって気になって掲示板見てたし」

 

「ただ……私はそこで一つ、失敗を犯した」

 

 

 結果として、『滝壺』という事件の前提条件は失われず稼働していることは確認できた。

 

 当然その確認作業は第三者に発見されないよう細心の注意を払っていたが──載原の失敗は、黒幕の感知能力を低く見積もっていたことだった。

 

 『第一巻』案件の黒幕・波浪誠人は、『正史』においては最初は小悪党であった。

 『滝壺』にしても他所から譲り受けた代物であったし、彼自身も個人の憎しみで動いているだけで能力はそこまで高くなかった。

 だからこそ、載原は『正史』における波浪の能力を正当に評価し行動したのだが──転生者が星の数ほどいるこの世界で、どうして個人の能力が『正史』通りに進むだろうか。

 

 この世界における波浪の感知能力は、載原の見立てより──『正史』よりも高かったらしく、それゆえに載原は『「滝壺」に接近する生徒』として波浪に認識されてしまった。

 

 

「ホントに迂闊ね。もうちょっと慎重に進めばよかったのに(まぁ私だって同じミスすると思うけど)」

 

「……面目ない」

 

 

 結果、載原は『滝壺』の部分稼働によって生じた怪異の襲撃を受けることになる。

 

 もちろん、その場は難なく切り抜けることができたのだが──

 

 

「で、その場にあの『巻き込まれ体質』の神織さんが居合わせてしまった、と」

 

「…………その通り」

 

 

 さらに悪いことに、載原が敵に自分の霊能の情報を見せたくないがゆえに徒手空拳で立ち回っていたのを見た神織は、『女の子が怪異から成す術もなく逃げている』と受け取ってしまった。

 

 ──神織悟志は、そういう状況で素知らぬ振りを決め込めるような男ではない。

 

 

 ゆえに、彼自身も戦闘可能なシキガミクスを持ち合わせていないにも拘らず、神織は載原を助ける為に進み出て──そして、『浄蓮の君』に憑依されたのだった。

 

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ちょっと待って? それってつまり……今ってスケジュールが一日前倒しされてるってこと?」

 

「……そう。だからこの世界での事件の流れは、本来よりも進みが悪い。私がいるせいもあると思うけど」

 

 

 『正史』において、『第一巻』案件は二日間の出来事──即ちゴールデンウィーク二日目には終わっていた。

 

 しかし、実際には()()()()()()()()()()()()()()()である。

 スケジュールが一日前倒しされているのであれば──もちろん単純に考えれば、であるが──昨日のうちに決着がついていておかしくない。

 

 『正史』では、二日目に盤面が大きく動いたきっかけは波浪が治安維持部を動かしたことで神織達が追い詰められたことだった。

 載原という戦力が増えたところで、治安維持部が総動員されれば神織達は変わらず追い詰められるだろう。

 そう考えると、そもそも『治安維持部の総動員』という差し手自体が発生していないことになるが……。

 

 

「いやそこはどうでもいいわ」

 

 

 転生者としてはかなり気になる『正史』の動向。しかし佐遁はそれを、二秒で切り捨てた。

 

 

「今重要なのは、『正史』じゃない。そんな踏み越えていくだけの歴史の障害なんかより、大事なのはアンタよアンタ。

 神織さんの近くにいる転生者(おなじタイプ)の女。アンタがどういう意志でそこに居座っているか、よ」

 

「……いやだから、それをさっき説明したわけで……」

 

「そォんなのはきっかけに過ぎないでしょーうがァ!」

 

 

 バッ!! と佐遁は空を仰いで叫ぶ。

 

 あまりにも凄まじすぎる気迫であった。

 

 

「最初は不可抗力だったかもしれない! でも神織さんよ!? あのイケメンっぷりよ!? しかも、誤解とはいえ助けてもらったんでしょ!?

 ちょっとはキュンとするはずよしたわよねしたって言いなさい大体助けてもらったって羨ましいのよこの野郎!!」

 

「……す、少し落ち着いて」

 

 

 一気にヒートアップする佐遁を前に、載原は無表情のままたじろぐ。

 

 多少落ち着いた佐遁に、載原は声色だけは困った調子で、

 

 

「……正直なところ、考えたこともなかった。確かに人間的には好意を持っているし、『前世』の知識から無条件に信頼していい相手だとも思っているけれど……。……そ、()()()()意味では……」

 

 

 瞬時。

 

 佐遁の乙女センサーは、敏感に載原の機微を察知した。

 ──この女、脈ありだ。

 今はまだ恋愛感情の種火みたいな状況だが、それでも確実に神織に惹かれている。

 何か色々事情があるからそれが表出していないだけで、多分そういうのを取っ払ったら割と簡単にころっといく。

 

 

 それが分かった──幸いにも載原自身が神織に芽生え始めた恋心の種火に気付いていない──以上、その種火を握り潰し、ライバルを潰すのが恋愛戦争においては最適解だ。

 

 何せ、相手は不可抗力とはいえ既に一つの事件を共にした親しい間柄なのである。

 むしろ此処で彼女に自分の恋愛に協力するよう言質をとれば、それは強力な牽制にもなるだろう。

 

 ()()()()()()で考えれば、そうするのが正しいはずだ。

 

 しかし。

 

 

「…………そ。ってことは、私の勘違いだったのね。いきなり食って掛かってごめんなさい。お詫びに一つ借りってことにさせてちょうだい」

 

「……誤解が解けたなら、気にしないけれど……」

 

 

 佐遁は、それ以上載原と神織の関係には拘泥しなかった。

 

 

(『人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて死ぬべし』。……仮に現時点で芽生えていない恋心なのだとしても。仮にこれが私の早合点の誤解なのだとしても。

 恋敵の邪魔をしてまで想い人にすり寄るような醜い女に、神織さんの隣は相応しくない。現時点でコイツの感情については『見』よ)

 

 

 佐遁佳代という女は、極度の恋愛脳だ。

 

 男女の関係値の多くを恋愛で推しはかる悪癖があるし、思い込みも強い。

 実際のところ、載原が神織に対して恋愛感情を抱き始めているという彼女の見立てだって、どこまで正しいか分かったものではない。

 

 しかし──それでも彼女は、筋を通そうとする。

 どうしようもない我欲に突き動かされながらも、正しいと信じる道を歩もうとする意志があった。

 それは、傍から見たらひどく歪な意志なのかもしれないが。

 

 

「さっき話したこととかも、忘れて。単純に神織さんのファンなのよ、私。だからアンタが半端な思いで首を突っ込んでるなら、引っ叩こうと思ってた。無粋な真似だったわ」

 

「……いや、『正史』に生半可な覚悟で介入されて盤面が悪化したら困るというのは、理解できる。正常な判断だと思う」

 

「(そういうこっちゃねえんだけどな~……)」

 

 

 微妙にピントのズレた回答に頬をかく佐遁。

 しかし、諸々のインパクトもあって、載原は佐遁が神織の恋人になりたいと言ったことは意識から押し流されているらしかった。

 これでいい、と佐遁は思う。

 

 

(この消極性だと、私が神織さんガチ恋勢だって知ったら、なんか妙な遠慮をしだしそうだしね……。コイツにとって私はただの神織さんファン。そう思わせておいた方が『フェア』でしょ)

 

 

 恋敵に対して塩を送るような真似と知りつつ、佐遁はあえて真実を黙殺する。

 

 

「話は終わりよ。甲板に移動したのも、私を誘い出す為だったんでしょ? 一緒に戻りましょう」

 

「……うん、分かった」

 

 

 それは、彼女の信じる正しさの為でもあったが──。

 

 

(な~んかこの女、ほっとけない感じがするのよね~……。危なっかしいというか)

 

 

 何のことはない。

 

 彼女もまた、とあるメイドと同じような善性を心に宿しているというだけの話だった。

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