唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
「………………………………………………………………………………」
──『美少女になりたい』。
その宣言を聞いて、流知の時間は間違いなく凍り付いた。
流知の脳内を、様々な可能性がよぎっていく。
『女の子になりたい?』
『心の性別が違うってこと?』
『いやでもすごく普通の男の子……』
『聞き間違い?』
『ビショウジョ……あっ美少年?』
『カッコよくなりたいってこと?』
『いやでも別に顔の造詣悪いわけじゃなくない?』
『あっそもそもこんな風に他人の外見を値踏みするような考えってよくないよね……』
『反省……』
……途中からなんかズレているのはご愛敬だが、ともかく、それほど流知の想像を絶する発言であったのは間違いない。
そして、そんな風に思考が堂々巡りを起こしている流知を周回遅れにするように、春桁は続ける。
不敵な笑みを浮かべながら。
「ただの女の子じゃねぇぞ……。街を歩いたら通行人から振り返られ、男時代からの友達すらくらっと来させてしまう、そんな美少女に、俺はなりてぇッッッッ!!!!」
「あっ本当の本当に美少女なんですのね……」
しかもどうやら、普通に男性的な嗜好の一環として美少女になりたいらしかった。
到底流知に理解できる範囲は超えている。
「…………それってどうやってなるんですの」
自然と渋い顏で、動機ではなく理屈の方で話を進めようとするあたり、やはり根本的なところで腰が引けているのは否定できないのであった。
無理もない。
突然美少女になってチヤホヤされたい(大意)とか言い出す少年がいたらビビる。
誰だってビビる。
おそらく、どうせ大した実現性もなく願望を掲げているのだろう──と流知が心のどこかで思いながら放った問いに対し、春桁はけろりとした表情で、
「あ? そりゃあ『発育』の木行を使って体内の組成からちまちまと」
「意外とやることが地味かつ具体的なのが生々しくて嫌ですわ!?」
思わずツッコミを入れてしまう流知だったが、肝心の春桁はと言うと『まぁパンピーはそう言うわな……』みたいな感じでドヤ顏を決めていた。
ちなみに、彼の友人であるはずの灰咬は既に我関せずの態勢に入っていた。
流知はいよいよ呆れを隠す気力もなくなりながら、
「というか、女の身体なんてそんなにいいものでもありませんわよ……」
何せ流知は前世から数えれば四〇年近く女性の身体で生きて来た身である。
しかも、不安定な思春期を二度も経験している。
当然、大変な思いもいっぱいしてきている。
そんな女体の
ただ、流知はその一点を以て誰かの願望を否定したりはしない。
気を取り直して、流知は改めて春桁に問い直す。
「それで、なんで女性になりたいんですの?」
「女性じゃあない。『美少女』だッ!」
「ああ、はい……」
もはやツッコミすらなかった。
春桁はちょっと寂しい思いをしながら、
「質問に質問を返すようで悪いが、流知ちゃんは考えたことねぇのか? 筋肉モリモリマッチョマンになってみたいとか、鬼畜眼鏡なイケメンになってみたいとか」
「えー……ないですわねぇ……」
「ええ!? マジで!? 一度も!? そんな奴がこの世に存在するのか……!」
そこまで驚かれると心外だな──と流知は思うが、よく考えたら彼女の周りには前世と違う性別に転生しても当たり前の様に適合している連中がいっぱいいる。
薫織など前世の頃からメイドだし、ピースヘイヴンはあのザマだし、嵐殿に至っては痴女一直線である。
流石に自分の性別が変わったらということを前以て想定していないと、あれだけの大跳躍を決めるほどの助走距離は稼げないのでは? と流知は今更ながらに思う。
そうして考えてみると、流知もまた、『性別を隔てた存在』ではないにしても、何かになりたいという願望は確かに秘めていた。
たとえば流知が前世で子どもの頃には、『ズムプリの
そもそも、今の彼女自体、そうした前世の憧れに基づいて『何者か』を演じ目指している行動そのものだろう。
その点で言えば、『美少女』になりたい春桁と『お嬢様』になりたい流知の間には、何の違いもないのかもしれない。
そう思って、流知は春桁に対する隔意を自然と取り除いた。
「……まぁ、憧れる何者かになりたいという気持ちは、わたくしにも分かりますわ」
「嘘だろ!? アンタまでそっち側に行かないでくれ!! 常識人筆頭だろアンタは!!!!」
結果として、横で我関せずの姿勢を貫いていた灰咬が取り残される形となった。
ツッコミを放棄した者は孤立する運命にあるのである。
「だっろぉ!? 流知ちゃん流石、話が分かるぅ!!」
「だからって突然美少女になりたいって言われたらドン引きしかねえだろ……。少しは加減しろバカ」
理解を得られて調子づく春桁の額にチョップを入れる灰咬。
春桁は打たれた額を抑えながら、
「いて。別に女の世界に入ろうって訳じゃねえよ。ただちやほやされたいだけで……」
「それはそれで問題だろ……」
「それならまず形から入ってみたらどうかしら? 女装して動画サイトに投稿したりとか……」
「そ────いうことじゃねぇのぉ!!!!」
「えぇ……?」
「あー、気にしなくていいからな。コイツ、馬鹿だから」
そこには複雑なオトコゴコロがあるのだが、流知にその機微は分からない。
ともあれ、なんだかんだですっかり春桁と灰咬とは打ち解けることができた流知であった。
この気安さであれば、これからのレクリエーションでも円滑なコミュニケーションが期待できるだろう。
(……意外と頑張れたな、私……!)
別にそれを意図して会話をしていた訳ではないのだが(というか一〇〇%春桁のボケへの対応に追われていただけなのだが)、結果として距離が縮まったことに満足する流知。
そこで、不意に他のメンバーがどうしているか気になった流知は、自然と視線を薫織の方へ向け──。
「ねーえ、メイド長! これとかどう? 動きよくなりそうだと思うんだけど!」
「分かった分かった。乗り気になるのは良いが身を乗り出すな狭いから」
「へえ! なかなかいい手際じゃないかい。流石は園縁の爺さん。伊達にメイド長はやってなかったね」
「爺さんはやめろ爺さんは。……さっきの根に持ってるのか?」
──そこにいたのは、胡坐をかいた上に妥暮を座らせ、そして後ろから佐遁に抱き着かれている薫織の姿だった。
前世の薫織の性別を踏まえればモテモテと言えるかもしれないが、不思議と大家族のパパみたいな雰囲気を感じさせる光景である。
「っていうかお前ら離れろ。作業の邪魔だろ。仕事はどうした仕事は」
薫織の方も、かなり気さくな印象だ。
流知と相対するときよりも、どことなく遠慮がない──と、流知は思う。
実際にどうかは知らないが、とにかく流知はそう思った。
「……
その様子を見て、灰咬がほのぼのとした見解を語る。
しかし、流知の見解は違った。
(……なんだろ、へらへらしちゃって。私は会を盛り上げる為に頑張ってるのにさ)
流知は全く初対面の相手となんとか会話を盛り立てて仲良くなって、参加者にこの会を楽しんでもらうという
翻って薫織の方はどうだろう。
薫織の方も同じように
前世の旧交を温めるばかりで、肝心の仕事を全くしていない。
……実際には流知だってやったことと言えば春桁の破天荒に振り回されているだけなのだが、そこはともかくとして。
(せめてもっと、前世の関係を引きずらないとかさ……。そもそもさっきからちっとも私の方を気にしてなくない?
私一人で、しかも男の子二人とペアなんだけど……。……心配とかないの? ……別にいいけどさ)
まぁ、薫織と流知は対等な友人だ。さっき流知自身がそう言った。
その点から言えば、薫織が流知のことを常に気にかけたりする義理はない。
だから、薫織が薫織なりのやり方で自分の受け持った班を取りまとめるのも、流知に文句をつける筋合いはない。
(……でもさ、でもなぁ……)
なにか、面白くない。
流知の感想は、結局そこに集約されていた。
「なぁ、流知ちゃん」
その様子を横で眺めていた春桁が、不意に流知に声をかける。
そこで意識を外に散らしていたことに気付いた流知は、はっとして春桁と灰咬の方へ向き直った。
春桁はというと、楽しそうににんまりと笑みを浮かべながら、流知の横顔のことを眺めていたらしかった。
ピッと流知の方を指差し、春桁は言う。
「ひょっとしてさ、相当ジェラってない?」
「は、はぁ!?」
自分では思ってもみなかった可能性を指摘されて、流知は思わず目を丸くした。
(じぇ、ジェラ!? 私が? 今?)
「そんな訳……、」
「分かる! 分かるぜ! いやな、蓮も俺が他のヤツと仲良くしてっとムクれるからさぁ~」
「当たり前の様にデマを吐いて俺の存在級位を下げようとしないでくれるか?」
ウンウンと頷きながら言う春桁に、流知は居心地悪くなって視線を逸らした。
出てくる言葉の勢いも、自然と低調になっていく。
「別に……そんなんじゃない……ですわよ」
言いながら、流知は自分のことを省みていた。
(薫織は……私の専属メイドで、友達。……それ以上でも以下でも、ない)
流知の前世は、本当に何者でもないまま終わってしまった。
単なるアラサーで病死したデザイナーの女。それだけでしかない。
対する薫織は、NPO法人の長であり児童養護施設の施設長。
きっと色々な経験を積んで、色々な人と縁を繋いで、
だからこそ、世界を隔ててなお薫織は色んな人に慕われている。
そしてその幅広い縁の中に、流知との縁は存在しない。
流知と薫織は、たったの二年弱前に知り合っただけの繋がりだ。
世界を隔ててもなお続く縁とは、関係の長さも深さも、到底違いすぎる。
あの超然としたメイドの、人間性の底にあたる部分を──流知は知らないのだ。
これまで何度も救われ続けているはずなのに。
「……お二人は仲がいいですけれど、前世からのお付き合いでして?」
「まっさかぁ!」
流知の問いかけに、春桁はあっけらかんと答えた。
「そんな付き合いに見える? 照れるね。でも、蓮とは中等部に来てから知り合ったよ」
「もう、かれこれ四年の付き合いになるか。……まあ腐れ縁だな」
「照れちゃってぇ~このこの」
「…………うるせえ」
つんつんと肘で脇腹をつつく春桁に、ぶっきらぼうに返す灰咬。
二人の関係は確かに今世から築かれたもののようだったが、それでも確かな強さはあるように見えた。
流知はその様子を興味深そうに眺めて、
「……では、これまでに前世からの付き合いという方たちに出会ったことはありますか? 会長とか、此処にいる人達は抜きにして」
「んー? 俺はねぇな、そういえば……」
「……俺はある。前に一組見た。前世で夫婦だって言っていたヤツらだ」
割合あっさりと、二人は答えた。
それなりに巡り合うこともあれば、巡り合わないこともある。
それを意識した上で、流知は意識的に息を吐いた。
息を吐くと、急に冷静になる自分があった。
そう、結局はそれだけの話なのだ。
高校の同級生が、自分の知らない幼馴染と盛り上がっているだけ。
そこに何かそれ以上の
それはただ、自分の中の問題を他人の関係値に転嫁しているだけに過ぎない。
そうやって、流知が自分の中に
「──い~いこと思いついたぜ、流知ちゃん」
そんな流知の様子を見ていた春桁は、急にそんなことを言い出した。
「これから作り出すシキガミクスで──