唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
「…………やばいな、アイツら」
──現在、薫織班はそんなこんなでシキガミクスの大枠を決めて、制作に着手していた。
班分けからここまで、一〇分も経っていない。
他の班ではまだ大枠を決める話し合いをしているし、流知班に至ってはようやく「よしじゃあやろうか」となったところである。
薫織班が最初から顔見知りであること、人数が少ないことを除いても、あまりにスムーズすぎる展開だ。
「もう、作り始めてるみたいだぜ。意思決定までのスピードが速すぎるだろ」
「……もっと言うなら、連中自分達の策を
薫織班の様子を見ながら、灰咬は気まずそうに言う。
──この流れはピースヘイヴンが『各班の競い合い』が自然と生まれるように誘導したものだ。
薫織達を除いた班はその流れに乗っかる形で『せっかくならいいものを作ろう』と策を秘匿しながら製作しているが──薫織班は違う。
むしろ自分達のインスピレーションを積極的に公開する形で、全体の基準を引っ張り上げようとしているきらいすら見受けられる。
実際、他の班も薫織達の進捗を意識している。
この分では、薫織達の方針を踏まえた方針が他の班のインスピレーションにも影響してくることだろう。
「でも、おかしくねぇか?
「いや、薫織はそういう半端を一番嫌いますわ。やるなら絶対に勝つ。だから、アレにも目的があるはずですわよ」
薫織達の思索の過程は、ホワイトボードの記述を見れば一目瞭然だ。
これから出発する一宵島で便利遣いできるアイテム。
その発想からスタートして、行動範囲を広げるもの、活動難易度を下げるものといったインスピレーションが膨らんでいる。
目的が明確だからこそ限られた性能でも効果の発揮が容易で、文明の利器がない自然での活動を補助するものだからこそ汎用的な活躍が期待できる。
薫織達のテーマ設定は確かに秀逸だった。
このテンプレートを前提に置けば、より良いものが作り出せるだろう。
「ま、確かに助かりはするな。同じ思考のフォーマットを使えば、より後から参戦したヤツの方が違う視点を持ちながらこねくり回せるし」
気楽そうに言いながら、春桁は薫織班を横目に見る。
同じフォーマットであれば、色々な前例を見た者の方が有利になるのは間違いない。
アイデアとは、様々なインプットの上に成り立つものだからだ。
それすらも踏み越えていけるというのが薫織達の自信なのかもしれないが……。
「……それこそが、薫織の目的なのでは?」
不意に、流知はあることに気付いた。
「どういうことだよ? 流知ちゃん」
「そもそも、そもそもですわよ? このレクリエーションって、別にテーマなんて決められてないではありませんの」
流知はそんな、当たり前のことを指摘する。
ただし、この場に集う面々も馬鹿ではない。
その当たり前の前提くらいは、きちんと頭に入れている。
その上で、薫織班が提示した思考のフォーマットが有用だからそれに乗っかっているというだけで──
「でも、薫織達の案を見て思考の幅を狭めた」
「そりゃ、完全自由じゃ思考のとっかかりがねえし」
「それが失点にはならねぇとは思うぜ? っていうかそもそも、何となく競い合いの雰囲気になってるだけで別にこのレクリエーションの結果、明確な勝敗が決定するって訳でもないしな」
「そこですわよ!」
ビッ! と人差し指を立てて、流知は二人に向かって突きつける。
「ピースヘイヴンのバカは腹黒のくせにテキトーなので、わたくし達を焚きつけておいて明確なルールは設定しませんでしたわ。だから皆、
悲しくなるぐらいグダグダな流れだが、その流れで、急造のチームが一応きちんと稼働できている辺りは流石というべきか。
そしてその方針でも、多くのチームは問題ないだろう。
薫織達の方法論を元にして、よりよいものを作り、ピースヘイヴンが提示したレクリエーションを満喫できるはずだ。
ただし、この中に一班だけ、その前提に合わない例外がいる。それが。
「
遠歩院流知。その人である。
「だってそうでしょう!? これから薫織をアッと言わせたいっていうのに、そのわたくしが薫織の方法論に則ってシキガミクスを考えるって、それもう
薫織の真意がどうかは、実のところ分からない。
案外、方向性を提示することで全員で似た方向性の中で切磋琢磨する流れを望んだだけかもしれない。
本気で取り組みはするが勝敗には拘泥しないという意思表示なのかもしれない。
だが、少なくとも流知はこう受け取った。
「
薫織から流知への、『宣戦布告』、と。
「…………なるほどな。で、流知ちゃんはどうするつもりよ?」
「無論、薫織の方法論になど乗っかりません! 完全無視して、一〇〇%の別軸から挑んで勝つのですわーっ!!」
そう叫んで、流知は力強く右拳を突き上げた。
あまりの威勢の良さに、春桁の頬も緩む。
ついでに横目で流知の様子を見守っていた薫織の頬も緩んでいた。
◆ ◆ ◆
「まぁそれは良いんだけど、具体的にどうするよ?」
さくっと切り替えた春桁は、そう言って話の流れを元に戻す。
薫織の方法論に乗らずにシキガミクスを考案するというのは良い。
だが、実際にやるとなると、何の手がかりもない状態に逆戻りするということだ。
『行動範囲を広げるもの』『活動難易度を下げるもの』といったくくりを失った状態で、ゼロからシキガミクスの考案をしなければならない。
それは、かなり時間のかかる作業になるのでは──と当たり前のことを考えている春桁の懸念を吹き飛ばすように、流知は言った。
「ずばり、合体ロボですわっ!!!!」
「…………はぁ?」
あまりに突飛な発言に、春桁も灰咬も首を傾げてしまう。
しかし、流知は別にふざけていたり、ぶっ飛んでいたりしたわけではない。
彼女なりに至って真面目な理由が、彼女の宣言にはあった。
「破天荒なことを言えばいい……とか思ってはいませんわよ? むしろ、巨大ロボに辿り着くのは薫織によって生まれた誘導を無視すればごく自然!
何せ、せっかくの『好きに汎用シキガミクスをデザインできる技術』ですもの。今までは組み立て難易度とかの関係で実現できなかったシキガミクスは設計し得ですわ!」
……言われてみれば、確かにその通りではある。
『種株』によるシキガミクス製造難易度の低下を実感する為のレクリエーションなのだから、今まで作りたくても技術的な問題で作れなかったシキガミクスを考案するのは常道だ。
合体というのも、そもそもシキガミクスには『合体型』という区分があることからも分かる通り、戦略的に見ても有用である。
ここで合体ロボの汎用シキガミクスについて考案することで、現在は限定的な用途に留められている『合体型』についての技術進歩が生まれる可能性もある。
そういう意味でも、流知の意見は意外と常識的なものではあった。
ただし。
「アイデアは悪くねえと思う。でも消費霊気の問題はどうするんだよ。普通にシキガミクス複数分の消耗だぜ?」
発熱、放冷、発光、発育と比べて、運動はエネルギーの消費が激しい。
薫織班で出て来た機体案がだいたい小粒なものだったことからも分かる通り、既に専用シキガミクスを有している陰陽師にあまり巨大なシキガミクスを使用することはできないのだ。
使い勝手という点で、置物になる可能性が限りなく高かった。
そこを指摘されてしまっては流知も苦しいのか、う~んと唸りながら、
「そ、それは……。……そうですわ! 霊力でタービンを回しましょう! 発電した電気を溜めて、霊気と並立稼働すればいいのですわ!!」
「木造で構成されているシキガミクスの電力運用はできねぇよ」
「うぐぅ……」
電力と併用できないのも、シキガミクスのつらいところであった。
というか、現在の社会がほぼシキガミクス文明と化しているのも、電気よりも効率のいい霊気による機械文明が電気と併存できないからであるのだが。
「うう……。薫織の裏をかくなら浪漫方向だと思ったのですが……」
そう言って、流知は肩を落とす。
それを聞いて、灰咬はぴくりと眉を動かした。
「……『
「え? ああ、薫織の方法論に乗っからないということは、逆方向を行くのがいいでしょう?
薫織って、破天荒みたいなイメージがありますけど、やっていることは意外と基本の延長だし、出力も地味なんですのよ。戦闘スタイルも『道具を出して状況に合わせて使う』ってだけですし。
だから、こっちは逆に『結果的な絵面が派手』だけど足場が盤石って感じにすればいいのでは……と思ったのですわ。でも、上手くいきませんわねぇ……」
「ああ、そういうね……」
その話を聞いて、春桁は得心がいった。
本来、流知は合体ロボとか言い出すようなタイプではない。
合体ロボが趣味ではないという話ではなく、そういう派手な絵面よりも、もっと身近な便利さを求めるタイプということだ。
春桁は普段の流知を知っているわけではないが、しかし彼女の精神性が小市民に寄っていることくらいは何となく分かる。
つまり、無理して自分に合わない考え方を捻りだしていたというわけだ。
別に、それが悪いわけではない。
普段の自分とは違う思考法を取り入れることが結果的に成長に繋がることもある。
ただし、今回の場合はそれが合わなかったというだけ。
「仕方ない、それじゃあぼちぼち俺達もアイデア出しすっかー……」
流知の思考が煮詰まって来たようなので、助け舟も兼ねて春桁が口出しをしようとしたのと、全く同じタイミングで。
「あとはもう、シキガミクス自動再生装置くらいしか思いつきませんわねー……」
とんでもないことを、言い出した。
「……何を言っている?」
「シキガミクスに、『発育』機能を持った装置を取り付けるのですわ。破壊されてもそこから再生させるのです」
低い声で問い返した灰咬に、流知はさらりとそんなことを言った。
……確かに、『イメージを用いた「発育」』を遠隔で行えば、シキガミクス自体に自動再生機能をつけることは可能だろう。
だが、そこには問題が一つある。
「内部血路はどうするんだ。ひび割れの修復程度なら問題ないだろうが、シキガミクス同士の戦闘では大破もざらだ。欠損部位を修復しても、内部血路がなければ片手落ちだぞ」
「そこはほら。わたくしの霊能を使うのですわ」
そう言って、流知は手にシキガミクス──『
まるで、世間話をしているかのようなトーンだった。
「わたくしの霊能は、好きな画材で好きな絵を描くこと。血を画材にして紋様を描けば内部血路も描けるのです。これを『発育』と組み合わせれば、自動再生機能の完成ですわ」
「……いや、それは遠歩院が動かないと機能しないんじゃ」
「あれ? 『草薙剣』みたいなのってわたくしにはできませんの? なんでしたっけあの……そう、『神託型』! あんな感じで、わたくしの霊能を他の人にも起動可能にすればいいのではなくて?」
「流知ちゃん。へい、へい、流知ちゃん。ちょっと黙ろうか。な?」
きょとんと首を傾げる流知に対して、冷や汗を流しながら春桁が制止する。
その横で油断なく灰咬が周囲の様子を確認しているが──今の内容を聞いた様子の者はいなかったようだ。
灰咬は思わず胸をなでおろす。
それほどの、情報だった。
シキガミクスの自動再生機能。
そんなものが実現すれば、シキガミクス戦の常識は大幅に変わる。
今までも陰陽師を直接狙う戦法自体は存在していたが、多くの場合は相手の扱うシキガミクスに阻まれてきた。
だからシキガミクス戦は基本的に相手陰陽師のシキガミクスを破壊することを旨としている。
だが、自動再生機能が生まれてしまえば、その機能を有している者が絶対に勝つ。
『神託型』ならば霊気負担は霊能を借り受けている大元にかかるから負担も少ない。
まさに搭載した時点でシキガミクス戦での勝利が約束されるような無法の性能なのだ。
『イメージを用いた「発育」』によっても確かに技術の世代は変わるだろう。
だが、これはそれ以上だ。
世代が変わるなんてものではない──
遠歩院流知を獲得した勢力が、勝利するという形に。
端的に言って、この情報を知っておいて流知の身柄を狙わない理由が一切存在しない。
どんな組織だって、『種株』と流知を確保したいと思うだろう。
搭載できれば最後、自分の陣営だけは無限に再生できるシキガミクスを運用できるのだから。
「おい、蓮」
「……分かってるよ。こんな女子を狙うほど堕ちてねえ」
二人の少年は互いに頷き合って、
「流知ちゃん、その案についちゃあ一旦没にした方が良い。だってほら……流知ちゃんの霊能を使っちゃったら、汎用シキガミクスじゃなくなっちゃうし?」
「え、でも汎用シキガミクスを作らないといけないなんてルールは……」
「……そもそも、遠歩院の案だと霊能がバレるだろ。あまり霊能ってのはバラさない方がいいんだぞ」
「あ、確かにそうでしたわね……。では、やめておきますか……」
しゅんとしながら、流知は自説を取り下げた。
落ち込んでいる流知を見ながら、春桁と灰咬は『この件、さっさと
「それにもっとこう、日常的なものがいいんじゃないか? 台所用品的な……」
これ以上実用的な領域に手を伸ばすと、なんかヤバイ気がする──と春桁は思う。
危機感のなさもそうだが、この流知という少女は発想力の面でも侮れないというか……なんというか、軽い気持ちで出した閃きが致命的に情勢を左右してしまう傾向がある。
それはまぁ、
「日常的なもの? う~ん、難しいですわねぇ……」
「色々あるだろ。アイデアアイテムみたいな。日常の不便を発想の機転にできるから捻りだしやすいと思うが。『イメージを用いた「発育」』なら製造難易度もゼロに等しいしな」
「製造難易度……あっ、そうですわね! それなら前からやりたいことがあったんですのよ!」
ぱん! と手を叩き、流知は言った。
また何か来るのか……と身構えた二人には気付かず、流知は無邪気に続ける。
「薫織のシキガミクス。あのメイド服、『種株』から繊維レベルの部品を生成して衣服に組み込んでるんですのよ。だからシキガミクスなのに普通の服同様にしなやかなんですけど」
これ自体は、見れば分かる話だ。
あからさまなメイド服。あれが霊能に関係していると思えないようであれば、陰陽師失格である。
ただし、流知はそこではなく──
「繊維レベルの部品についてはわたくしも前からやってみたかったんですけど、この技術を使えば実現できますわね」
発想の根底には、薫織への対抗心もあっただろう。
だから自然と、彼女の知る限りでは薫織のみが実現している実装方法に手を伸ばすという発想が生まれた。
その上で、
「『発育』機能を備えた絆創膏とか包帯とか、どうかしら?」
と、問いかけて来た。