唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
「シキガミクスを繊維状にするのは高等技術ですから今までは殆どできませんでしたけど、イメージでシキガミクスが作れるなら簡単に作れますし。
傷の治りが早くなる治療用シキガミクスはありますけど、あれは大型ですし身動きも取りにくいですから……。
布みたいにピッタリとフィットしつつ『発育』が機能するなら、きっと外傷の治療も今よりずっと手早くなりますわよ」
提案に付け加えるように、流知はそう続ける。
『日常の不便』と言われて真っ先に他者を癒す発想が出てくるあたりは、実に平和ボケした小市民らしかったが──二人の表情は、またしても微妙だった。
『後は指輪型のシキガミクスに発光機能をつけて目眩しとかかしら? 逃げる隙ができますわよ!』とドヤ顔をキメる流知にメモ帳を渡してアイデアを纏めさせながら、春桁と灰咬は互いに声を殺して会話する。
「(どう思う? 蓮)」
「(……このくらいなら遅かれ早かれ誰かが思いついてただろうし、拡散されても問題ないだろう。……話が出て来て十数分ってところでこれが出てくるのは危険だと思うが)」
「(だよなぁ~……。……っつか、それが一番ヤバイんだよな。あの黒幕野郎、絶対この『イメージによる「発育」』技術をこの場に留める気ゼロだろ? ハァ~……)」
「(俺も自分の『組織』に持っていくしな)」
「(ざっけんなよテメェ)」
携帯可能な即時治療器具。
これがあれば、たとえば敵シキガミクスの攻撃がクリーンヒットしたとしても、比較的容易に治療することができる。
病気や負傷の治療の為に『発育』を用いるケースは今までにも枚挙に暇がないが、それらは往々にして設置式のシキガミクスであり、患者はその場に留まり続ける必要がある。
だが、嵩張らず運動の阻害もしないとなれば汎用性は段違いだ。
今までにも携帯可能な即時治療道具については考案されたことがないわけでもなかったが、そもそも繊維質のシキガミクスを作成できるのが一握りの技術者である点と、製造にかかる手間が大きすぎるという点で一般には流通していなかった。
『正史』においても登場していないほどである。
だが、これならば高価ではあっても一般流通できるだろうし、そもそも汎用シキガミクスなので『種株』を持つ陰陽師なら誰でも自前で準備できてしまう。
霊気消費の問題で『治しながら戦闘』という訳にはいかないだろうが、それでも十分に世界を変えうる発明である。
「…………流知ちゃんって、凄いな。よくこんなアイデアを……」
「それほどでも……。薫織のシキガミクスを間近で見ているから繊維質のシキガミクスが身近だったり、いつも戦ってばかりだから怪我の心配をしていたり、そういう立場だから自然と思いつくのが早かっただけだと思いますし。多分、誰かとネタ被りしてると思いますわよ」
戦慄すらしていた春桁に、流知は苦笑しながら答える。
その前に提案した『嘱託型』の自動再生機構もそうだが、流知の発想力には光る部分があるものの、世界を変えうるそれに匹敵するほどではない。
誰でも時間をかければ思いつけることだし、勘がいい者なら流知と同じように即座に閃ける程度の発想である。
実際、この場に集った実力者ならあと一時間もすれば思いついていたかもしれない。
ただし、春桁が感嘆したのはそこではなかった。
彼が真に畏れたのは、
(『
流知ちゃんが『治療』を念頭に置いた発想になるのは、戦闘が身近にあることが関係してるのは間違いないだろうな)
人の発想というのは、決して無から生まれることは無い。
必ず思考には前提となる文脈が存在し、発想はその膨大な文脈の中から結実した一欠片に過ぎない。
であるならば、流知の発想が『治療』に寄っているのは、それが必要となる環境に身を置いてきたという切実な文脈があるのかもしれない。
ただし。
(ただ、それなら普通は防御や迎撃に発想が偏るもんじゃないか……?)
ただでさえ、戦闘能力に乏しいシキガミクスなのだ。
襲撃経験が多いなら、当然身を守る術は欲しいはず。
いくら隣に
まして、いつも無力感に苛まれているであろう立場だ。
普段のパワーバランスをひっくり返す攻撃力や、無益な戦闘を回避する補助を求めるのが自然な発想の流れだと言える。
実際、流知は発光機能を用いた逃走補助のシキガミクスを考案してもいる(それ自体は非常にしょっぱい出来栄えだが)。
それは彼女が襲撃の危険を『薫織がいるから心配いらない』というふうに軽視しているのではなく、きちんと自分事の脅威として警戒していることの証左だ。
だが、それでも真っ先に思いついたのは他者を癒す方向性の発想だった。
襲撃者への迎撃でも、悪意ある干渉への防御でも、厄介な戦闘からの逃走でもなく、傷ついた
「さて……それはどうかな。何にしても、これで行こうぜ流知ちゃん。俺はこれがいいと思う」
その事実を考えて、春桁はからりと笑った。それは、勝利を確信した笑みでもあった。
◆ ◆ ◆
それから数十分後。
牢獄の中のピースヘイヴンの前には、幾つかの汎用シキガミクスが並べられていた。
木製の水筒のようなものから、二又の尾を持つ猫まで。
中には流知達の作った絆創膏型のシキガミクスもある。
いずれも、今この場で作成されたばかりのシキガミクスであり──存在自体が、これまでの陰陽術の前提では有り得ない産物であった。
全てのシキガミクスを見て、ピースヘイヴンは満足そうに言う。
「流石と言わせてもらおうか。いや、新技術の自由度の高さを痛感してもらうためのレクリエーションのつもりだったのだが、まさか自由度の高さに振り回されず創意工夫の限りを尽くしてくれるとはね、
提唱者冥利に尽きるよ! ありがとう、君達のおかげで世界はより愉快になった!」
ピースヘイヴンは、そう言って参加者に向けて拍手を送った。
まるでよく出来た主催者のように品行方正な態度をとるピースヘイヴンに、ほぼ全員が怪訝そうな表情を浮かべていると、
「
当たり前みたいなノリで、ピースヘイヴンは死ぬほど物議を醸す話を切り出してきた。
ただし、このピースヘイヴンの発言でどよめきは生まれない。
そもそも先程までの流れ自体、ピースヘイヴンの誘導によって競争めいた雰囲気だったのだ。
今更その結果発表がされると言われても、大した驚きは無い。
「私が選ぶ最も優れたシキガミクスは……」
ピースヘイヴンは焦れったくなるほどゆったりと間を置いて、
「『携帯式着用型飛行用シキガミクス・タイガーレスウィング』。考案者は……私だ」
直後、伽退が牢獄を破壊して中にいた趣旨無視のクソボケ野郎を叩きのめした。
なお、破壊された牢獄は『種株』によって迅速に修正された。
技術の有効活用であった。
「ぼぶぅ……じょ、冗談だ。皆素晴らしく革新的なシキガミクスを作ってくれたお陰で甲乙つけがたくてな。ただ……一番興味を惹いたシキガミクスについてはもう決めてある」
囚われの黒幕は、気を取り直してそう言った。
「私が重視したのは、使用されている技術の応用性。このシキガミクスを一般公表した時の社会的な影響の大きさだ」
言いながら、ピースヘイヴンは並べられたシキガミクスの中から無造作に『とあるシキガミクス』を手に取る。
彼女が手に取ったシキガミクスは──木製の水筒のようなシキガミクス。
「園縁(姉)君の班が作成した『海水蒸留用シキガミクス』だ。
用途は平凡だが──放熱と放冷を組み込んだ緻密な機構、それと内部血路を溝として刻むことで、毛細血管現象を利用し内部血路を構築する手間を大幅に軽減している点が良かった。
今回の技術との噛み合いも優れていたしな」
最も優秀となったのは、薫織班のシキガミクス。
その発表を聞いて、流知は少なからず肩を落とした。
しかも、薫織達は自分たちの方針を余すところなく開示しながらも、
流知が当初懸念していた通りの流れである。
自分と同じ方針に来るように誘導した上で、真正面から叩き潰す。薫織が目論んだ完全勝利の形だった。
全力で考えた分、確かに悔しい。
流知は苦い思いをしつつ、全力で薫織と喧嘩をしたことに清々しいものを覚えて──
「いややっぱりそんな風に割り切れませんわよぉー……」
──いたのは事実だが、それはそれとして悔しいのだった。
現実は物語のように劇的ではない。
気合いを入れたからといって、素人がプロの発想を上回るなんてことは滅多に存在しないのだ。
(まぁ、神織さんはプロの発想を超える一手を打って逆転とかザラにあったけど……)
結果発表も終え、薫織班の海水蒸留器を全員分用意するかーと慌ただしく動き始めた船内で、流知はそう思いながらウダウダしていた。
すると──ふと、セクシー白衣姿の嵐殿がちょいちょいと流知のことを手招きしているのが見えた。
『なんの用事だろう?』と流知が首を傾げていると、
「お呼ばれみたいだぜ流知ちゃん。行ってこいよ」
「要件は想像がつくしな」
春桁と灰咬が、流知の背中を押す。
特に心当たりのない流知がさらに首を傾げながらも嵐殿のもとへ向かうと──
「困るよ、遠歩院君」
嵐殿を横に控えさせた状態のピースヘイヴンが、真実困った表情を浮かべながら流知に苦情を入れてきた。
ピースヘイヴンを助けこそすれ困らせることなどした覚えのない流知は眉をひそめて、
「いきなりなんですの? わたくし、特に何もしていませんけれど……。いきなりそんなふうに言われるのは遺憾ですわ」
「いやほら、きみが考案したシキガミクスだよ。治癒機能つきの絆創膏」
ピーウヘイヴンは苦笑して、
「きみ、あんまり強くないだろう。なのにああいう発明を捻り出されるとね、危険な輩から狙われるリスクが上がるんだよ。
無邪気に発明するのはいいが、もう少しセーブしてほしいね。私も気遣ってきみの班の紹介は控えたんだぞ」
「え、ああ……」
思ってもいなかった指摘に、流知は思わずたじろいでしまう。
「た、確かに便利な発明だと思いますけど、それほどですの……? あのくらい、時間をかければ誰でも思いつくのではなくて?」
「もちろんな。私も思いついてはいた。ただ、さっきのレクリエーションの本質はそもそも『発想の競い合い』
ピースヘイヴンの言葉によって、既存の前提が覆っていく。
見せかけられていた構図が剥がされ、その裏にある目的が浮かび上がる。
「人の発想には、文脈が存在している。発想が無から生まれることはない。つまり、
「!」
言われて、流知もその事実に気付く。
つまり、ピースヘイヴンの目的とは……、
「参加者同士の対立構造を煽ってその気にさせつつ、自由度の高すぎる技術を教授することで参加者の思想的バックボーンを読み取る作戦。これが、先程のレクリエーションの全貌だよ」
「そ、そんなことをしていたんですの……」
「班員で一つのシキガミクスを開発している都合上、完全な解析は不可能だがね。
現に遠歩院君の班は君一人のアイデアで全て決まってしまったし、そもそも園縁(姉)君の誘導のせいでアイデアの方向性に偏りが出たから、計画としてはほんのり失敗だな」
「勝手に企んで勝手にほんのり失敗してるんじゃありませんわよ!?」
とはいえ、発想から文脈が逆算されるというのは流知も気付かなかった。
それならそうと最初に言ってくれれば良かったのに……と共有不足を恨む流知だったが、そこで違和感に気づく。
「会長の目的は理解しましたけど、それでなんでわたくしが危険になるんですの? 精々発想の文脈が分かる程度ですわよね?」
「それがどれほど凄いのかという話だが……『種株』の新運用によって、これから先のシキガミクスの製造はより発想重視になっていくんだよ」
ピースヘイヴンは滔々と語っていく。これから起こりうる、世界の変化を。
「『種株』の新運用によって、シキガミクスの技術的制約は事実上撤廃された。そうすると、実現が難しいシキガミクスもローコストで製造出来るようになるんだ。
だが、どんなものが作れるようになっても、
そしてそうした環境において、重要なのは『発想の方向性』だ。
肉弾戦に精通した陰陽師は肉弾戦に長けた発想を有している傾向があるだろうし、情報戦に精通した陰陽師は情報戦に長けた発想をしている。
つまるところ、単純な発想力の多寡の他に、『発想の向き不向き』が生じるということだ。
その点で言えば、流知は『治療方面に長けた発想を有している』ということになるが……、
「陰陽師の発想は、基本的に攻撃に寄りがちだ。特に、バトル小説である『シキガミクス・レヴォリューション』の影響を受けた転生者達ならなおさらな。
そんな中で、治療系に長けた発想を有する陰陽師がいたらどうなるか。考えてもみたまえ。私が小言を言いたくなる気持ちも分かるだろう?」
「で……ですが、ただの発育機能付きの絆創膏ですわよ? 誰だって思いつける程度の代物なのでは? その程度で『発想に長けている』というのは大袈裟ではなくって?」
「確かに、誰でも考えつくだろう。『治癒を目的としたシキガミクスを考案しろ』というテーマを提示されればな。
だが、遠歩院君はそうしたテーマの提示なしにそこに辿り着いた。
現に、他の班のシキガミクスでは治療用途のシキガミクスなど一つもなかっただろう。治癒用シキガミクスの携帯性の悪さについては『正史』でも言及されていたにも拘わらず、だ。これは明確に『発想』の傾向だよ」
「……、」
「画期的な発明というのは、得てして岡目八目では『誰もが思いつけそうな代物』に見えがちだ。だが現実には、最初の一人が思いつくまでは誰も形にできなかったものでもある。
きみの考案した絆創膏は、そういう代物だと自覚してくれ。頼んだよ、ホント。きみがしっかりしていないと、私が園縁(姉)君に怒られるんだぞ」
「…………え?」
ピースヘイヴンの自業自得を責任転嫁した発言を聞いて、流知の脳裏に、電流が走る。
薫織は、全体のアイデアの方向性を誘導する立ち回りをした。
その影響で、ピースヘイヴンが目論んでいた『発想の文脈の逆算』はある程度以上失敗してしまった。
流知はこれを最初、報連相不足による偶発的な失敗だと考えた。
だが──そうではないとしたら?
薫織はピースヘイヴンの意図を余すところなく読み取っていて、そのうえで計画が失敗するよう、あえて『発想の文脈』を読み取りづらくしていたのなら?
競い合いをする上では非合理的な、自分たちの方針の開陳。
薫織は競い合いには本気になる性質だ。
そこに手心はない。
もしも彼女が非合理的な行動を取るのなら、そこには彼女の目的に見合った理由か──あるいは美学に基づいた拘りがある。
その理由が、『流知の発想の文脈を他者に逆算されることで、余計な問題が生じる危険を無くすため』なのだとしたら。
(あー……結局、薫織は私のことを考えてくれてたんだねぇ……)
てっきり自分に対して喧嘩を売っているのだと流知は思っていたが、それこそ読み違いだった。
薫織はただ、いつものように流知のことを慮っているだけだったのだ。
もっとも、薫織からすれば喧嘩を売る理由がないのだから当然だが。
ともあれ、ピースヘイヴンの苦情も全て理解出来た。
内心でほろりと恥ずかしさの涙を流しつつ、流知はピースヘイヴンに答えようとして、
「だがまぁ、結構痛快ではあったがね。きみの考案したシキガミクスを見た時の園縁(姉)君の驚愕は凄かった。喧嘩はきみの大勝利といったところかな?」
「…………はい?」
打って変わって楽しそうに笑うピースヘイヴンに、流知は思わず問い返してしまった。
実際、先程までとは話の筋が全く変わっている。
「いやあの、喧嘩云々はわたくしの勝手な勘違い、独り相撲だったんですわよ。そもそもわたくしが勝手に言っているだけなのですから、最初から喧嘩が成立していないのでは?」
「おや、自覚がなかったのかい」
ピースヘイヴンは意外そうにつぶやき、
「そもそも過保護なんだよ、あのメイド。遠歩院君を『発想の逆算』から保護する為とはいえ全体の流れをわざわざ誘導したりして。一人前の技術者としてみれば、
その流れに真っ向から刃向かって、実際に薫織君の誘導を振り切った形できちんと結果を残したんだ。これのどこが独り相撲なんだい?」
悪戯っぽく笑うピースヘイヴンに、流知はようやく話の流れを理解するに至る。
全くもって想定していなかった形ではあるものの──しかし確かに、流知と薫織は喧嘩をしていたらしい。
近づいてくる薫織を待ち構えながら、ピースヘイヴンは笑って言う。
「私はこれから園縁(姉)君にボコられるが、面白いものを見せてもらったよ。こういうのが見たくて、今回のイベントを企画したのかもしれないな!」
けらけらと笑うピースヘイヴンに呆れていると、いつの間にか流知のすぐ横に薫織がやってきていた。
……状況を整理すると、流知は薫織がわざわざ用意してくれていた安全策をぶっちぎってわざわざ自分から危険になりに行ったウルトラ級のバカである。
そのため、流知も気まずそうに表情を強張らせていたのだが……、
「やってくれたな、お嬢様」
不思議と、憎まれ口を叩く薫織の口元は緩んでいた。
まるで、友人の栄達を言祝ぐかのように。
「班員が『
そう言って、薫織は静かに右手を差し出す。
遠慮がちにその手を取った頃には、流知は先刻まで抱いていた劣等感や焦燥など綺麗に忘れていた。