唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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110 引き金はいつも >> ONE'S DEAREST ①

 無人島到着──その報を受けて、参加者たちは我先にとクルーザーが停泊した桟橋に降り立ち、そして無人島へと駆けて行った。

 

 この期に及んで額面通りのレクリエーションに乗り気な面々ではないだろうが……それぞれに思惑があるのだろう。

 最早すでに裏があることは大前提で進行している企画であった。

 

 そんな参加者から遅れること少し、檻の中のピースヘイヴンをガラガラと押している嵐殿を待ちながら、薫織と流知は桟橋にいた。

 

 

「そういえばさっきは流してしまったのですが、『第一〇席』とか『第九席』っていったい何のことですの?」

 

 

 先程、薫織と流知が和解したあの場にて。

 

 薫織は『流知の班にいたのが「第一〇席」と「第九席」で良かった』と言っていた。

 文脈的にそれらが春桁や灰咬のことを指していることくらいは、流知にも分かる。

 分からないのは、何故それらの肩書が彼らに適用されているか──だ。

 

 

 ついでに言うと、『第某席』という肩書にも流知は心当たりがある。

 

 ──『八色(やくさ)制度』。

 

 通常の教育区分であるクラスとは違い、『ウラノツカサ』では生徒の力量に応じて『八色(クラス)』が設定されている。

 この区分は稲置(いなぎ)から真人(まひと)までの文字通り八段階があり、それぞれ俗にクラスHからクラスAと呼ばれている。特に最上級の『真人(クラスA)』は学園全体でも一握りしかおらず、実力者達からは『第某席』と呼ばれていた。

 

 その重要度から、『真人(クラスA)』の顔ぶれは一般には公開されておらず、ごく一部の面々が広告塔として矢面に立っている程度だった。

 もっとも、ある程度の情報通であれば知れる情報ではあるのだが。

 

 これらは『シキレボ』の読者ならば──というか、『ウラノツカサ』に少しでも詳しい人間であれば、知らない方がおかしいというレベルの常識だ。

 

 しかし──流知が知る限りでは、『真人(クラスA)』は正史では八人しかいなかった。

 それで『八色の頂にいる八人』とか『真人八席』みたいな呼ばれ方すらしていたのだ。

 流知の知るイラスト投稿サイトでは、彼らの集合イラストには『真人八席』というタグがついていたりしていたほどである。

 

 

 まさか転生者が増えたことにより、学園の頂点である真人(クラスA)が増えたのか? と流知は疑問に思う。

 

 あり得ない話ではない。薫織など真人(クラスA)相手でも普通に勝利を収めそうだし、ピースへイヴンの実力も世界レベルだ。

 だが、こんなところに現れた転生者がぽんぽんと入れるようなものなのだろうか? という疑問があった。

 

 首を傾げて現実を呑み込み切れていない流知に対し、薫織は頷いて、

 

 

「お嬢様も半分分かっていると思うが……アイツらは『真人(クラスA)』だ。転生してきた実力者がわんさかいるこの世界では、今は『真人(クラスA)』は第二〇席までいるよ」

 

「いくらなんでも多すぎませんこと?」

 

 

 確かに、八色制度に定員はない。

 正史でも終盤にヒロインの一人が新たな『真人(クラスA)』に昇進したことがあったが、その時も代わりに誰かが抜けるというようなことはなかった。なかったが……。

 

 こう増えてしまうと、特別感みたいなものが薄れてしまわないかな? と流知はちょっと思う。

 そういうことに拘る気持ちが『原作の要素を変えたくない』という原作遵守派に繋がっていくのだと思うと、あまり目くじらを立てる気にもなれないのだが。

 

 

(オレ)は妥当な増え方だと思うがね。転生者の影響で、ウラノツカサの学生数も正史より増えているんだ。

 それも、明らかに戦闘を覚悟した連中がな。そういう連中が『真人(クラスA)』に認定されるのは不思議な話じゃない」

 

「……そもそも、この八色制度ってどうやって決まってるんですの?」

 

「詳しいことは知らんが、聞いた話だと八色は基本的にイベントや普段の学業で上がったり下がったりするらしいぞ。『真人(クラスA)』に関しちゃ教職員によるスカウトだが」

 

「えっ、そうなんですの? 『シキレボ』ではその辺やってませんでしたから、知りませんでしたわ。衛府鷲(えふわす)さんが『真人(クラスA)』に昇格したときも、しれっと昇格したことが説明されただけでしたし」

 

「まぁ物語的には重要なところじゃなかったしな……」

 

 

 しみじみと『シキレボ』のことを思い返す流知は、そこでふと気付いた。

 

 

「……なんで薫織がそれを知っているんですの?」

 

 

 物語では綴られていない情報。

 しかも、他の八色が伝聞調だったのに対し、断定した形での説明だ。

 そこから導き出される答えは──

 

 

「なんでって、(オレ)もスカウトされたからなァ」

 

「やっぱり!」

 

 

 当然、そういう経緯なのであった。

 

 ちなみに、流知の八色は『(クラスF)』。

 下から三番目である。

 八色制度は基本的には小等部、中等部、高等部と繰り上がるごとに一つ上がっていくので、実に平凡な位だ。

 

 

「ってことは、薫織は第何席なんですの?」

 

「いやァ、(オレ)は辞退した。メイドの本分じゃねェからな」

 

「そんなことできますの???」

 

 

 『真人(クラスA)』の位といえば、そこに行き着く為に色んな生徒が鎬を削るものである。

 スピンオフでは『真人(クラスA)』になる為に己の霊能を強化しようと画策する敵が登場したこともあったし、『真人(クラスA)』のシキガミクス技術を取り巻く大人の黒い思惑みたいな話が出て来たこともあった。

 

 『シキレボ』シリーズを追っている読者にとっては、『真人(クラスA)』というのはそれくらい大きい意味を持つ肩書なのである。

 時には、それ以外の八色が霞んでしまうほどに。

 

 

 だが、薫織はけろりとした表情で頷き、

 

 

「誰にでもできる裏技じゃねェがな。だが、『真人(クラスA)』に類する実力を持っていても力を隠している連中はそこそこいるんじゃねェか?

 このイベントに参加している連中じゃあ……ピースヘイヴンなんかも『真人(クラスA)』級だが実際に席は持ってねェし」

 

「え、そうだったんですの? あの人こそそういうの好きそうだと思いましたけど」

 

「昔は『真人(クラスA)』だったらしいがな。三〇年前に降りてからは殿堂入りってことにしてるらしいぞ。最近は『第零席』を名乗ってる」

 

「あ~~……それっぽい」

 

 

 大人げない馬鹿はさておき、

 

 

「この場にいる面々で言えば──妥暮。アレは間違いなく『真人(クラスA)』級の陰陽師だ。小等部なのをいいことに実力を誤魔化していやがるがな。

 あとは大体『朝臣(クラスB)』ってところだが……載原については、何かある感じもする」

 

「流石に、全員『真人(クラスA)』って訳ではありませんのね……」

 

 

 そこは胸を撫で下ろす流知であった。

 

 

 ちなみに、ライ研の面々で言うと冷的が『(クラスG)』、伽退が『朝臣(クラスB)』、嵐殿が元『真人(クラスA)』第二席というラインナップであった。

 嵐殿は一応三〇年前に卒業しているので元という扱いだ。

 

 

(……まァ、春桁と灰咬に関しちゃ『真人(クラスA)』である以外にも秘密がありそうだが……)

 

 

 薫織の観察眼は、彼ら二人が何らかの『組織』に所属しているのも看破していたが──これに関しては確定した情報ではない。

 接触した二人が悪人ではないことも確認しているし、流知に無用な警戒心を与えないようにと黙っておくことにした。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

「私? 私は普通に『宿禰(クラスC)』だけど」

 

 

 更衣室にて。

 

 不意に向けられた流知の問いに、佐遁はきょとんとしながら答えた。

 

 ちなみに、平然と答えているが、『宿禰(クラスC)』は上から三番目の八色である。

 彼女が高等部からの編入──まだ八色昇進に関わるイベントは入学時の試験しかない──であることを考えると、信じられないほどの実力である。

 順当に行けば、そう遠くない未来に『朝臣(クラスB)』か『真人(クラスA)』まで上り詰めるだろう。

 

 

「そうなんですの! さっきそこで薫織に聞いたんですのよ。彼女、『真人(クラスA)』のスカウトを蹴ったらしくて」

 

「えーっ!! そうなんだ!? 流石メイド長って感じね~」

 

 

 ──言いながら、二人の少女は制服を脱ぎ、真新しい水着を纏っていく。

 

 

 『一宵島』は無人島とはいえ、基本的にはリゾート地である。

 

 砂浜は最低限整備されているし、島の中には無人とはいえコテージも存在する。

 中はピースヘイヴンが配備した汎用シキガミクスによって管理されているので、廃墟になっている心配もない。

 

 つまりこの一宵島でのレクリエーションを真っ当に楽しもうとしている面々は、とりあえず水着装備になるのが丸いのだが──。

 

 

「……はぁ、そもそも『真人(クラスA)』のスカウトがあるってことすら初めて知ったです……」

 

「ま、そういうヤツだからねえ」

 

 

 この場には、剣菱や妥暮もいた。

 発言していないだけで、載原もいる。

 

 一宵島には事件の黒幕である波浪の追撃を躱す為にやってきた神織達一行だが、それはそれとして無人島を満喫する気はあるらしかった。

 薫織が見れば頬を緩めそうなスタンスである。

 

 ちなみにその薫織は、今この場にはいない。

 

 『メイドが人前で着替える訳ねェだろ?』とは彼女の言だが、よく考えなくても水中戦仕様(マリンモード)は一瞬で早着替えが可能なので更衣の必要がないのかもしれなかった。

 多分、更衣室を出たら既に着替えた水着メイドの姿が見られることだろう。

 

 

「ああ。スカウトを蹴った件は私も聞いたよ。彼女らしい豪胆なエピソードだね」

 

 

 で、檻の中で水着に着替えているピースヘイヴンもいた。

 

 ついでに、白衣ビキニの嵐殿もいる。

 

 

「…………そ、れ、で」

 

 

 改めて二人のことを認識した妥暮は、額に青筋を浮かべながら二人ににじりよる。

 

 そして声を落として、

 

 

「(なんでアンタ女性更衣室(ここ)にいるんだい……! 前世男だろ!?)」

 

「(でも今世は女だから男子更衣室に入る訳にはいかないだろう。客観的に見たら痴女になるし、そもそも猥褻物陳列罪で捕まっちゃうじゃないか)」

 

「(もう捕まってるだろアンタ!!)」

 

 

 悲しいブラックジョークであった。

 

 ピースヘイヴンは心外そうに眉を顰め、

 

 

「(そもそも、私にだけ言うことか? その理屈なら横にいる嵐殿だって糾弾されるべきだろう)」

 

「(柚香ちゃんは普通に女の子してるじゃないか。アンタは魂が男だからダメ)」

 

 

 魂が男。

 転生を踏まえていると、地味に笑えない話なのだった。

 

 ピースヘイヴンは不満そうな顔をしながら、

 

 

「(私だって女として産まれて三七年だぞ……。今更小娘の裸体程度に性的関心など持つものか。柚香くらいのナイスバディならともかくな……)」

 

「えっ、そうなの?」

 

 

 ピースヘイヴンのぼやきを聞いて、白衣ビキニのセクシー女医が完全に素の声を上げた。

 若干頬を赤らめた嵐殿は、そのまま白衣でその身体を隠す。

 

 完全に墓穴を掘った形になったピースヘイヴンは、拗ねて『種株』でカーテンを作って引きこもる形になってしまった。

 天木戸である。

 

 

「ほーらこれで満足だろー」

 

「……わ、悪かったよ。機嫌直しておくれよ」

 

 

 拗ねると面倒くさい系会長がうだうだしているのを横目にしながら着替えていると、ふと剣菱がぴくりと反応した。

 

 着替えを終えた剣菱は、きりりとした雰囲気とは裏腹の可愛らしいワンピース水着を身に纏っている。

 全体的にこじんまりとした少女なので、可愛らしい意匠が良く似合っていた。

 

 

「……ちょっと外が騒がしくなってきたですね」

 

 

 言われて、流知は確かに外で話し声が大きくなっていることに気付いた。

 

 水着に着替えた男子組が活動を始めたのかもしれない。

 治安維持を旨とする剣菱としては捨て置けないところだろう。

 

 

「わたしはちょっと見てくるです。載原さんは先に神織さんと合流しててください」

 

「ん、分かった」

 

 

 さっさと更衣室を出て行った剣菱を見送る一同。

 

 転生者のみとなった更衣室に、一瞬の沈黙が広がる。

 (正確にはブツクサ言ってるピースヘイヴンと宥める妥暮の声が入っているが、割愛)

 

 

「しっかし……結構いいもの持ってんじゃない、アンタ」

 

 

 水着に着替え終えた佐遁が、同じく水着に着替え終えて荷物をロッカーにしまっている載原を見て言う。

 

 その視線は、主に黒の布地で覆われた胸元に集められていた。

 決して大きくはないものの、形の良い双丘で押し上げられた黒の布地は、女性的な魅力を確かに主張している。

 

 載原が着ているのは、黒のビキニだ。

 ただしフリルの付いたビキニメイドの薫織とは違い、下半身にパレオを身に纏っている。

 あまり泳いだりすることを目的としていない格好だ。

 

 対する佐遁は、パステルカラーのイエローを基調としたモノキニだった。

 

 モノキニというのは、前から見たらワンピース水着のようだが、後ろから見るとビキニのように見えるという変わったデザインの水着である。

 彼女のこの海に賭ける覚悟のほどが分かるチョイスだった。

 

 

 ──そう、佐遁は神織との関係性を築くことをこの無人島での目的としているのだ。

 

 そしてその第一歩として、水着のインパクトは必須。

 

 佐遁の眼から見て、ビキニで可愛さを演出しつつもパレオを巻くことで上品さも忘れず黒を基調とすることで全体的にシックに纏めている載原のチョイスは油断ならない恋敵であることをまざまざと思い出される素晴らしさだ。

 

 佐遁は独り相撲の達人であった。

 

 

「……剣菱さんに選んでもらったものだから、正直分からない。……でも、ありがとう」

 

 

 そう言って、載原は麦わら帽子をロッカーから取り出して被った。

 こうしてみると、いいとこのお嬢様のような気品すら感じる。

 

 

「じ、自分で選んだものじゃない、だと……!? おま、それはポイント稼ぎすぎでしょ……」

 

「……何のポイント?」

 

「………………な、なんでもないわ」

 

 

 こほんと咳払いし、佐遁は気を取り直す。

 此処を掘り下げても自分が苦しむだけだった。

 

 

「まぁでも、負けないからね。神織さんの隣は、私が勝ち取ーる!!」

 

「……いやそれはいいんだけど……」

 

「よくないわよ! ただでさえ群雄割拠なところに強敵出現だもの。っていうか、さっき出て行った綾乃ちゃんだって十分強敵なんだから」

 

 

 気炎を上げながら、佐遁は力説する。

 

 剣菱綾乃は、『シキレボ』一巻から登場しているサブヒロインの一人にして人気キャラクターである。

 

 『シキレボ』全体を通してのメインヒロインは神織と一心同体でもある浄蓮の君だが、剣菱は神織の同級生として色々な場面でサポートする機会が多い。

 それは物語の舞台が学園の外へと移った後も同じで、アマテラスに気に入られたことで『神宮勢力』に加入した剣菱は、その後も色々な場面で神織と行動を共にする。

 

 『神宮勢力』という陰陽社会における治安秩序を司る組織にいることで、世界の戦いの渦中で個人の為に戦う神織とは対立することもあったが──時には命を賭してまで彼のことを慮ることもあった。

 その感情は、明らかに単なる友情では説明できないものだ。

 

 奇妙な戦友のような神織との友情は、多くの読者に男女の仲を連想させた。

 物語の中で神織が特定の女性と結ばれなかったこともあり、完結後は剣菱と神織が結ばれる二次創作が大量に生み出されたこともあったほどだ。

 『シキレボ』読者としては、ヒロイン有力派閥の一つというくらいのキャラクターなのだ。

 

 

 ゆえに、強敵。

 それでも勝つ気概を捨てていない佐遁だったが、そこで、

 

 

「ん? 神織悟志の話かね?」

 

 

 そこで、原作者が直々に食いついて来た。

 

 天木戸に籠っていたへそ曲げ生徒会長は、全員の着替えが終わったことでカーテンを解除して世界を再び照らしていた。

 

 作者の参戦に、転生者(どくしゃ)の間に微妙な緊張が走る。

 

 

「いや、まぁ……」

 

「ああ、佐遁さんが、剣菱さんは恋敵として強敵だって話をしていたんですのよ。群雄割拠だって」

 

「アンタすっごい肝が据わってるねえ……」

 

 

 流石に言い淀んだ佐遁の横で、さらりと状況を説明する流知。

 

 横で見ていた妥暮は、感嘆とも呆れともつかない声を上げるほかなかった。

 

 

「……恋敵?」

 

 

 しかし、ピースヘイヴンは首を傾げる。

 

 どこに首を傾げる要素が? とその場の面々が疑問に思う間もなく、ピースヘイヴンはこう続けた。

 

 

「確かに彼の周りには彼狙いの転生者が多いから群雄割拠ではあるだろうが……別に剣菱綾乃は強敵でもなんでもないだろう。彼女は神織のことは好きではないよ」

 

 

 あっさりと。

 

 大前提となる一人の人間の感情を、否定した。

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