唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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111 引き金はいつも >> ONE'S DEAREST ②

「もちろん、物語の通りに話が進むとは限らないから、未来のことは分からないがな」

 

 

 そう言って、ピースヘイヴンは腕を組む。

 

 当然、ピースヘイヴンに造物主としての驕りのようなものは存在していない。

 確かにこの世界は自分が描いた物語が基になっている。

 しかし、だからといって世界が自分の考えた通りに巡るなどと考えたことは無い。

 

 尤も、かつては基となる物語を創り出したことで、現在の世界を形作る遠因を生み出したと思っていたこともあるが──そうした驕りは、どこぞのメイドのご奉仕によって残らず砕かれている。

 

 だから、神織と剣菱の間の関係性にしても、ピースヘイヴンの物語(シキガミクス・レヴォリューション)で設定された事実はあるが、この世界にそれがそのまま適用されているとはピースヘイヴンも断定しなかった。

 

 

 それはそれとして、根本的な人間関係の観察眼として。

 

 

「ただ、あの二人は懸想したりするような間柄じゃあないよ。見てれば分かるだろう?」

 

 

 薫織が神織悟志を信頼するのと同じように、人となりを観察した結果として、ピースヘイヴンはそう断言した。

 

 ……その結論は、あるいは薫織と同じぐらいに尖った結論だったが。

 

 

「いやえっと……明らかに作品描写として、友情では説明がつかないくらい重い感情とか描写されているのですが……?」

 

 

 困惑しながら、流知はおずおずと言うしかなかった。

 

 このあたりは、マンガから入りキャラに対する好意が作品へのモチベーションだった流知もよく読み込んでいる。

 決してうろ覚えや浅い認識で適当なことを言っているわけではなかった。

 

 何せ、『神宮勢力』から神敵と認定された神織を庇う為に、剣菱は命を懸けて神織を庇ったりもしたのである。

 身を挺してその身を慮り守ろうとする相手に、果たして欠片も恋愛感情がないものか……?

 別に特定のカップリングを愛好していた訳では無い流知ですらそう思うのだ。

 傍から見たらよっぽどなはずである。

 

 

「いや、説明がつかないも何も……本物の友情っていうのはそういうものだろ」

 

 

 しかし、ピースヘイヴンは当たり前のことを説明するように解せない表情で応える。

 

 その一言に、その場の大半が我知らず息を呑んだ。

 

 いつものようなふざけた妄言ではない。

 ピースヘイヴンは本当に心の底から、誰かの為に命を賭して行う献身が混じり気のない友情によって齎されると思っている。

 それが男女の間でも有効であると信じている。

 

 

 何も言葉を返せない面々に向かって、ピースヘイヴンはさらに続ける。

 

 

「そもそも、『シキレボ』のヒロインの中で神織に対して恋愛的な好意を抱いているのは一人もいないよ。彼らの間にあるのは純粋な友情だ」

 

「えっ浄蓮さんは!?!?」

 

 

 ──理外のメインヒロインも脈なし宣言。

 

 これには流石の流知も声を上げてしまった。

 声を上げてから、流知は慌てて口を押えて辺りを見渡す。

 もしも今の発言を神織が聞いていれば、厄介なことになりかねなかった。

 

 ピースヘイヴンは何故か元凶のくせに宥めるように言って、

 

 

「聞こえる心配はしなくていいよ。……浄蓮か。アレと神織悟志は確かに運命共同体、相棒同士だが……恋愛感情はない。というか、そんな風に見える描写はしたつもりがないんだが……」

 

「いや、それはもう界隈が凄まじいことになってたんですけども……」

 

「そうなのか?」

 

 

 これについては、実は読者の間でも判断が分かれるところだった。

 ──というか、『シキレボ』に求めるものによって認知が異なっていたというべきか。

 

 基本的に、神織関係の関係性描写はどれも『友情というには重すぎる』ものが多かった。

 その為、特定のカップリングを愛好する者にとっては愛好しているカップリング以外は友情に見え、ハーレム展開を愛好する者にとっては複数人から好意を持たれているように読めるのだ。

 

 なので過激なカップリング愛好者──いわゆる『カプ厨』は、常に他のカップリングが成立しない根拠を探し出して否定したり、自分の愛好しているカップリングが正当である根拠を長々と書き連ねたりしていたものだ。

 もちろんそうしたファンは全体の中では少数派だが、SNSではそうした過激な活動が顰蹙を買うこと──即ち『学級会』が発生することも割と頻繁にあった。

 

 それでなくとも、神織と誰かが距離を近付けたり共闘したりする度にそうした『供給』を受けて界隈が湧き上がるのである。

 新刊発売日、コミックスの最新話更新日は常に祭りのような盛り上がりを見せていた。

 流知も他の転生者も、そんな盛り上がりの只中にいたはずだ。

 

 なお、特にこの件に反応していない薫織などはSF的に『シキレボ』を楽しんでいたため、そもそも神織の恋愛関係について『描かれていない』と認識していた。

 妙なところでピースヘイヴンと認識が一致するメイドであった。

 

 

「ほら、この人編集からSNS禁止されてたからぁ……」

 

 

 ピースヘイヴンをフォローするように、嵐殿は言う。

 

 苦笑混じりの嵐殿に、流知は静かに思った。

 

 

(会長の友情がデフォで重いのって、師匠の影響が強いんじゃあ?)

 

 

 何せ、学生時代からずっと一緒で、部活立ち上げやらエロゲ原画やら挿絵やらをやった挙句に資産管理用の会社を立ち上げて社長までやってくれているのである。

 これを友情の上限値として捉えていれば、それは重い感情が溢れ返りもするだろう。

 

 それから、嵐殿はピースヘイヴンに目配せをする。

 ピースヘイヴンが無言で頷くと、嵐殿は気まずそうに話を切り出す。

 

 

「それにねぇ……トレイシーちゃん、前世で恋愛関係についてはトラウマになっちゃってるのよ」

 

「えっ、初耳ですわ」

 

「でしょうねぇ。インタビューでも答えてないはずだし」

 

 

 嵐殿はのんびり言って、

 

 

「トレイシーちゃん、今世(いま)もそうだけど前世の頃から綺麗な顔立ちでね。頭も良かったし運動もできるし気さくだったから、女の子にとってもモテたのよ。性格も……まぁ」

 

「なんか濁したわね」

 

「なんか濁したねえ」

 

 

 さておき、

 

 

「で、あんまりにもモテたものだから、トレイシーちゃんを巡って女の子同士でかなり荒れた時期もあってねぇ……。私も巻き込まれたくらいで」

 

「まぁ師匠も女の子ですものね」

 

「お嬢様そいつ前世男だぞ」

 

「アエッ!?」

 

 『アッそういえばそうだった』『エッじゃあどうして巻き込まれてるの』を圧縮した驚愕を見せる流知を置いて、嵐殿は続ける。

 

 

「当時は本当に凄かったのよ。スクールカーストが上の方の女の子が取り巻きを引き連れてバチバチしててねぇ。イジメとかそういうんじゃないの。喧嘩よ喧嘩。怖かったわぁ〜」

 

 

 他人事みたいに言う嵐殿だったが、やがて少し悲しそうな笑みを作って、

 

 

「で、争いが均衡しちゃって鬱憤が溜まってたんでしょうね。想い人の横で呑気してた私がイジメの標的になっちゃって……トレイシーちゃんがキレちゃったのよぉ」

 

「あ〜〜…………」

 

 

 なんというか、スケールの違いすぎる話だった。

 モテ過ぎて女子が争いを起こすのも規格外なら、その結果前世の嵐殿がとばっちりを食うのも、何もかもが規格外すぎる。

 

 だから、と嵐殿は繋げて言って、

 

 

「トレイシーちゃんは、男女の恋愛をあまり描きたがらないの。恋愛にいい思い出がないからねぇ。もちろんサブキャラクターの恋愛は書くけど……主人公の恋愛になると、ストーリーの主題にしなくちゃいけなくなるから」

 

 

 寂しそうに、嵐殿は笑う。

 彼女としても、親友の心の傷には思うところがあるのかもしれなかった。

 とはいえ、つまり『描きたくないから結果的に神織の周りには恋愛関係では無いが強固な異性の関係性が集った』ということになるらしい。

 それが幸か不幸かは、誰にも断言できないことだ。

 

 ただし、それはあくまで個人の幸不幸に視点を集中させた場合の見解。

 この場においては──

 

 

「ってことは、私が本気で神織さんを狙っても誰も悲しまないってことよね?」

 

 

 恋愛闘者、佐遁佳代。

 

 彼女の観点は一つだけ。己の恋愛によって、相手が幸せになるか否か。

 ピースヘイヴンは恋愛にトラウマがあるようだが──神織にそれがないのなら、佐遁が我慢すべき理由は一ミリもない。

 

 あまりにもあけすけな──見方によっては堂々とした──恋愛宣言に、流知は恋愛にトラウマがあるらしいピースヘイヴンの反応をほんのり心配する。

 

 しかし、対するピースヘイヴンの反応はあっさりとしたものだった。

 

 

「ああ、別に構わないんじゃないか? 神織悟志だって恋愛に対する嫌悪がある訳じゃないだろう。私は応援するよ。

 それに、この世界は既に私の手を離れている。いつまでもかつての私の妄執に縛られる必要もなかろう。願わくば、私の子ども達を羽ばたかせてくれると嬉しい。……その結果がどうであれ、な」

 

「お任せ下さい!! お義父さま!!」

 

「はっはっは。読者(きみ)にお義父さんと言われる筋合いはないよ」

 

 

 なにやら許しを得た佐遁が、急速に勢いづいていく。

 

 薫織の方も、世界云々ならともかく個人の恋愛模様については干渉する気がないらしく、一連の会話の流れもピースヘイヴンのトラウマのあたり以外は聞き流していた。

 

 しかし、そんな中で流知はただ一人思う。

 

 

(神織さん周りはそれでいいんだろうけど……。この話、他の人が知ったら大変なことになるよね……。()()()()にならなきゃいいけど……)

 

 

 ともあれ、学生時代の恋愛なんてものは個人の自由意志によってのみ成り立つものである。

 

 それに対しアレコレ言うのも憚られる訳で──微妙なモヤモヤを抱えつつ、流知は海水浴の準備を整えるのだった。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

「う・み・だ────っ!!!!」

 

 

 開口一番にテンションを上げたのは、意外にも冷的だった。

 

 

「海だぞ海だぞ! さー流知、ちょっとこのビーチチェアに横になってきゃーっ金髪ビキニがビーチチェアに! サメに食べられそー!!」

 

「なんかわたくし不名誉極まりない感じで楽しまれていませんこと……?」

 

 

 言われるがままにビーチチェアに寝転びながら、流知は憮然とした調子で冷的の様子を見ていた。

 

 金髪蒼眼のお嬢様スタイルも、サメ映画好きの冷的からしたら単なる『金髪水着美女』というテンプレ要素になってしまうらしい。

 なんともむず痒い気分であった。

 

 とはいえ、あんまり遊び回るタイプでもないインドア令嬢流知は、渡されたサングラスをかけて本格的にビーチを満喫しようとする。

 冷的は満足したのか、伽退を引っ張ってぱちゃぱちゃと浅瀬の方へ移動していった。

 

 

「時に薫織」

 

 

 声をかけると、薫織は当たり前のように流知の傍らで待機していた。

 もういつものことなので、流知は特に気にせず続ける。

 

 

「この流れ、本当に大丈夫かしら。確かに、個人の恋愛は自由でしてよ。会長と神織さんは別人なのですから、会長と同じ配慮を神織さんにするのが正しいとは限りません。むしろ、そうやって遠巻きにすることが間違いな場合もあります。

 ですが……神織さんを好きな人っていっぱいいるではありませんの。下手したら万単位とかで。そういう人たちが一斉に私も私もとなったら、絶対に争いが発生しますわよね?

 さすがに、神織さんも自分を巡ってそんな人間関係のトラブルが発生したら、気が滅入ってしまうのではないかしら……」

 

 

 それで転生者の動きを止めたら、それはもう原作遵守派と同じというのは流知も承知である。

 好きな人にアプローチをかけるのは誰だって自由で、その人数が多いから止める権利なんて、誰にもないのだ。

 

 しかし、あまりにも見え透いているトラブルの種を見過ごすのも、それはどれでどうなんだろう? と流知は思う。

 

 一方で、それを看過しないなら他の原作乖離にだって歯止めを効かせるべきなんじゃないかと思う流知もいた。

 こうなってくると、流知には正解が分からなかった。

 

 

「簡単な話だ。そいつは、(オレ)達が考えることじゃねェ」

 

 

 そんな流知の悩みに対し、薫織の回答は簡潔だった。

 

 

「そいつの交友関係に対して口を挟めるのは、交友関係の輪の中にいるヤツだけだ。それ以外の外野があーだこーだ言うのは筋違い。どうしても気になるってんなら……」

 

 

 薫織は笑って、

 

 

「友達になりゃあいい。そんなにウンウン悩めるくらい幸せを願ってるんだ。良い友達になれるだろ。そんでもし神織が傷つくようなことがあるなら、()()()()()()フォローしてやりゃ良いだろ」

 

「……確かに」

 

 

 そもそも、正解なんてない。

 

 人間関係にわかりやすい答えがあるのなら、争いなんてこの世には存在しないのかもしれない。

 何が誰にとっての正解かなんて、それこそ全知全能の神でもない限り分からないだろう。

 

 もっと言えば、この決断ですらある側面から見れば間違いに映るかもしれない。

 傷心の神織を付け狙う卑劣な行動だという謗りを受けることも有り得る。

 

 だが、後悔したくない選択肢を取るならば、一歩踏み込まなければならない。

 

 遠巻きに訳知り顔で傍観者を気取っているだけの臆病者は、盤面に参加する資格すら与えられないのだから。

 

 

 流知は頷いて、

 

 

「行ってきますわ。お嬢様として──恥じないわたくしでいるために」

 

 

 サングラスを外して薫織に託し、一歩踏みしめる。

 

 薫織はそんな自分のご主人様の背中を眩しそうに眺めてから、すぐに後を追った。

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