唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
「え……」
突然の拒絶。ピースヘイヴンを最もアテにしていた流知の表情が、思わず固まる。
そんな流知に対して追い打ちをかけるように、ピースヘイヴンは続ける。
「事情は理解した。連合指名手配の撤廃くらいならば、確かにどうにかできないこともない。『連合指名手配』というと物々しく聞こえるが、結局は連中そもそも自主的な部活動だからな。本質的にはただ一集団が敵認定をしているだけに過ぎない。
きちんと頭数を揃えて正攻法で『抗議』するだけで大分気勢を削ぐことは可能だし──そもそも正攻法でなかったとしても、内部崩壊やら分断工作やらやれることはいくらでもある」
「で、ではどうして……?」
しれっと拒絶されてしまったことで首を傾げるしかない流知に、ピースヘイヴンはあっさりと続ける。
「私が対処したら、残ってしまうだろう。禍根が」
もっとも、その回答はあまりにもシンプルなものだった。
「私が『連合指名手配』に対して行える対処は、ある意味正攻法なものだ。集団戦術に対して集団戦術をぶつけるような性質だな。これは効果的だが、それだけ人を巻き込む。加えて、それなりに組織自体にダメージを与えるやり方でもある。
端的に言って、恨みを買う」
「本当に端的ですわ…………」
しかし実際のところ、無視できない悪影響ではあった。
そもそも、ピースヘイヴンは投獄中の身なのである。
牢屋ごと移動するとかいう一休さんもびっくりのとんちでなんか自由の身っぽいが、罪を負って刑に服している状態で、社会的には死亡しているも同然。
校則を都合よく書き換えているから権力を行使できているものの、彼女の置かれている状況はかなり繊細なのであった。
そんな状況で権力をフルに使って治安維持系の部活動達を真正面から叩き潰してしまえば、向こうの面子は丸潰れ。
ただでさえ敵の多いピースヘイヴンに、またしても大きな敵が増えるということになる。
自分のお願いがどれほど無計画だったかを流知が痛感しているのをよそに、ピースヘイヴンは至って軽い調子で、
「別に私個人が恨みを買うのは今更なので問題ないのだが……」
「全然問題なくないですわっ!? 問題なくないですわよ!?」
当たり前の様に自分への不利益を呑み込もうとしているピースヘイヴンに、流知は『この人、こういうところがあるからな~……』と微妙な気持ちになった。
少なくともこういう下手を掴ませるようなお願いは金輪際やめよう、と心に決めるお嬢様である。
そんな流知のことは置いて、ピースヘイヴンはさらに続ける。
「その結果得をするのが君達では、私の策の結果生まれた禍根に巻き込まれることになる。それをするくらいなら、君達がきちんと自分の手で決着をつけるべきだろう」
「そんなこと言いましても……それができるなら苦労はしないのでは?」
ピースヘイヴンの提言に、流知は眉を八の字にして困り顔になる。
自信満々にピースヘイヴンを頼ろうと言ったあたり、流知自身は何もアイデアを持っていないのだった。
後ろにいる薫織も、これについては何も話そうとしていない。
(こういうときの薫織は、アドバイスをお願いしてもあんまり話してくれないし……)
流知はちらと薫織を見て、それから内心で溜息を吐く。
『
こういう場面でも何かしらの考えを持っているのだろうが、何か考えがあり言うべき場面なら薫織は迷わず発言するタイプだ。
それを言わないということは、何かしら考えがあるのだろう──と流知は早々に薫織の助言を諦めていた。
変なところで通じ合っている主従である。
「そうかね? そもそもそちらの載原君はそうは思っていないようだが?」
果たして、ピースヘイヴンが事態の打開を齎すマスターピースとして指摘したのは──一行の中で無言を保っていた載原凛音であった。
「………………」
指摘された載原は、静かに眉を顰めた。
自分に白羽の矢が立つとは思っていなかったのだろう。
状況をよく分かっていない神織が、怪訝そうな表情をしながら載原に問いかける。
「凛音? そうなのか?」
「……確信があるわけじゃないけれど、一応」
観念して、載原は話し始めた。
「……今回の連合指名手配は不正によるものというのは確定しているけど……そもそも、不正をはたらいたからといって連合指名手配、つまり複数の治安維持系の部活動を巻き込むことは通常ならば不可能」
そう言われて、流知ははっとした。
言われてみればその通りである。
いや、流知は『正史』を知っているので、今回の指名手配の犯人が治安維持部の顧問教師──
そんな流知に、載原は微妙そうな感情を滲ませた視線を投げつつ、
「それを可能にできるのは、いち生徒の立場ではない存在──それこそ生徒会長や、あるいは顧問教師の立場になるはず」
「顧問教師……ってことは、
「……推測の範疇にはなるけど……」
──転生者は、この世界の
前提条件が異なる状況では、その知識は必ずしも全知であることを意味しない。
しかしながら、きちんと取捨選択を行いながら取り扱えば、このように
とはいえ、同じ知識を持っていても、流知にはできなかったように、そこに至るまでのロジックを構築することができるのも実力ということになるが。
そこで流知ははっとして、
「あれ? そこまで分かっていたならどうして今まで言わなかったんですの?」
「……………………。……ピースヘイヴン会長が言っているのは、指名手配を出させた波浪を首狩り戦術で落とせばなし崩しで指名手配も解除される、ということ。
ピースヘイヴン会長の力を利用できるのなら、利用した方がいい」
「………………あ」
要は、ピースヘイヴンを引き入れた方が安定するからあえて黙っていた、という訳である。
当然といえば当然の判断であった。
ピースヘイヴンの方は辻褄合わせの名推理に対して何か言うわけでもなく、ただ頷いて、
「波浪誠人か。まぁどうにでもなるんじゃないか?」
「また適当なことを言って……」
楽観的なピースヘイヴンに、流知は呆れて溜息を吐く。
確かに『正史』において波浪は小悪党だったが──のちには人気キャラになるほどのポテンシャルのある男である。
なんかの拍子に覚醒でもしたら大変だろうに、という思いであった。
──実際、載原は『正史』よりも手強くなった波浪のせいで『正史』に巻き込まれてしまっているので、流知の懸念は強ち間違いではなかったりする。
とはいえ、ピースヘイヴンはこれ以上神織達の戦いに関与するつもりもないようだった。
ある種突き放す様に、ピースヘイヴンはこう言って話を締めくくる。
「そこまで目星がついているならわざわざ私の力を借りる必要もないだろう。今回の件は、君達で好きにやればいい。今世界は君達のものなんだからね」
◆ ◆ ◆
そうして神織達が立ち去った後に。
残されたピースヘイヴンは、椅子に座って足を組みながら、目の前に残った一人に声をかける。
「おや、君はいいのかい。ご主人様についていかなくて」
「あァ。少し気になることがあってな」
そこにいたのは、漆黒のビキニを身に纏ったメイド──薫織だった。
珍しくお嬢様の傍を離れたメイドは腕を組みながら、
「お嬢様が
巣立つ雛を見送るような目で砂浜の方に視線を一瞬逸らし、それから薫織はピースヘイヴンの方へと向き直る。
聞きたいこと──そう言われたピースヘイヴンは、指先を顎にやる。
「聞きたいこと? なんだね。今の私に隠し事はない。好きに聞いてみたまえ」
「さっきの問答。理由は本当にあれだけか? テメェの腕なら、禍根を残さないように調整することだってできただろ。波浪が黒幕ってことはテメェも分かってるんだし」
先程の問答。
一見するとピースヘイヴンの力を使えばピースヘイヴン自身に不利益が発生し、そしてそれが回り回って神織達にも不利益を齎すという仕方のない流れだったように感じるが──そもそもピースヘイヴンは、過去三〇年にわたって学園を支配し続けて来た黒幕である。
仮に投獄されたからといって、その力量が全く失われるわけがない。
まして一人の教師の独断による連合指名手配など、どう考えても発令に際して強引な手段が使われているに決まっている。
ピースヘイヴンの手腕ならば、その穴を突くことは容易だったはずだ。
この点は載原も気付いていたが──自分に水を向けられた状態でその話をすれば、最終的に不利なのは自分だと思ったから引き下がったのだろう。
言い当てられたピースヘイヴンは、気づかわし気に視線を脇に向ける。
「まぁな。……不合理と笑ってもらっても構わない」
合理ではない。
即ちその動機には、感情から来るものがあった。
「先ほど佐遁君が熱を入れていた恋愛についてもそうだが──この世界の『
この世界はピースヘイヴンの考える通りに回っている訳ではないとはいえ、全てにうっすらとピースヘイヴンの『色』が紛れていることまでは否定できない。
だからこそピースヘイヴンはかつて世界の全ての悲劇の責任が自分にあると考え、世界の
その妄執は既に剥がれたが──だからといって事実が変わる訳ではない。
どこか儚げなピースヘイヴンに対し、薫織はつまらなさそうに視線を落とす。
「だから、自分がこれ以上干渉するべきではねェってか?」
「いいや。それよりはもっとポジティブな理由と思ってくれ」
しかし、ピースヘイヴンの方はあっさりとした調子だった。
「私は、私の手を離れた
檻で閉ざされた世界の中で、しかしピースヘイヴンは広々と両手を伸ばしてみせる。
薫織の目には、ほんの三メートル四方の牢獄が見渡す限りの広大な遊び場のようにも見えた。
あるいは──このツアー自体が、その為の第一歩なのか。
「私が築くのは礎までだ。その先に好き勝手やってくれるのを見たいというのが、今の私のモチベーションかな」
神織悟志を取り巻く恋愛模様もそう。
変異した世界での『第一巻案件』──波浪誠人の陰謀もそう。
礎には、確かにピースヘイヴンの『色』があるかもしれない。
スタートラインはたった一人の男の脳から生み出されたものだろう。
だが、一人の男の頭の中から紡ぎ出された物語は既に広い世界に羽ばたき、筆はその物語を受け取った数多の執筆者達の手の中にある。
ピースヘイヴンが見たいと思ったのは、世界に再び希望を持つよすがにしたのは、そうした世界なのだ。
「…………悪くねェな」
その事実を聞いて、薫織もまた楽しそうに笑った。
「君の方こそ問題はないのかい? 何なら私が手を貸そうか? そっちの方は私が首を突っ込んだ方が面白くなりそうだ」
「さっきと言ってることが矛盾してるじゃねェか」
「私の手を離れた
「……そりゃそうか」
悪びれもしないピースヘイヴンに、しかし薫織は当然といった調子で頷く。
納得した薫織は、自身が向き合っている疑念について静かに語り出した。
「…………一宵島の封印について、ちょっとな」
そもそも今回の発端は、ピースヘイヴンが一宵島にある大怪異の封印が緩んでいることを発見したことだ。
大怪異の封印の調整、そして万一の封印解除の際の対応。
それを満たすための頭数を集めるのが、このツアーの目的であった。
……流知あたりは、表向きのツアーの成功の方に気が向きすぎるあまりそのあたりを忘れていそうだが──それはそれでいい、と薫織は思う。
そのくらい表向きの目的に前のめりなメンバーがいないと、それはそれで
裏の目的の為だけの無味無臭なイベントなど、それこそ煤けてしまっている。
「封印が緩んでいるってのは既に確認している通りだ。だが、そうなるに至った経緯について、ちょっとばかり気になる点があってな……。だから封印について調べようと思っている。こういうのは
断言した薫織に、ピースヘイヴンは少しだけ沈黙する。
薫織は詳しく語らなかったが──ピースヘイヴンはたったそれだけで、薫織の懸念について概ね理解した。
言葉少なに意思を躱した二人の少女は、老獪な笑みを浮かべながら互いに頷き合う。
「…………なるほどな。そういうことなら、私の方は
「あァ、そっちは
◆ ◆ ◆
ピースヘイヴンとも別れて一人になりながら、薫織は一宵島の奥地──木々の生い茂った小山へと歩を進めていた。
「……まァ、アレでアイツには伝わっただろ」
一宵島に封印されている大怪異の封印が解けかけているという、この現状。
イレギュラーが大量発生している世界情勢のせいで、この場の誰もが気にしていないが──そもそも、この状況が発生していることがおかしい。
そもそも件の封印は、『正史』においては一度も緩んでいなかった。
他の没にならなかった劇場版作品もそうだが、劇場版作品はすべて外的要因によって封印が解除されたことで初めて表面化した問題が描かれている。
つまり、大怪異の封印が緩むという事態は誰かが人為的に行わなければまず発生しない。
そしてこの世界では、人為的に行う何者か、即ち各作品の黒幕はまだ動く状況にない。
──必然的に、この事態を引き起こした犯人が他にいるということになる。
それでいて、いきなり封印を緩める技術があるのであれば最初から全て解放すればいいのに、封印に干渉した犯人はその手を使っていない。
まるで、封印が緩んだ事実を把握した者に対処にあたらせたいかのように。
これらの情報が意味することは何か。
即ち──このツアーの計画は、ピースヘイヴン以外の誰かによって誘導されている、という事実だ。
無論、ピースヘイヴンもそれは百も承知だろう。
だからこそ自分一人で事に当たるのではなくライ研に協力を打診し、他の転生者も掻き集めてイレギュラー要素を増やした。
これらの手は、おそらく封印に干渉した犯人としても想定外の一手であったはずだ。
……ついでに言えば、その途中の余興で技術革新が何個か発生したのも想定外の一手だっただろうが。
そして、このツアー自体が犯人にとって想定内であれば──十中八九、ツアーには犯人の手駒あるいは本人が紛れている。
参加者としてか、あるいは誰にも隠れて密かに同行しているか。
協力者を紛れ込ませているとか、霊能で操作した人間を遣わせているとか、可能性を考え出せばキリがないが……。
(懸念を複雑化する必要はねェ。現状把握はシンプルに、だ。要は、『敵の意志』がこのツアーに混じっているってことさえ念頭に置いていればいい)
犯人の意志。
ピースヘイヴンの意志。
各参加者の意志。
既にこの島は、誰か一人の計画通りという状況ではなくなっている。
(意志が複雑に入り混じった荒波を泳ぎ切るには、初志貫徹が一番だ。流知達のやってる
…………いや、今は
薫織は静かに首を振り、己の傲りを改める。
何にせよ、メイドは己の職分を果たすのみである。
「あっちにゃ流知とピースヘイヴンがいる。アイツらに『任せた』以上……
コキリ、と。
エンジンをかけるように肩を回したメイドは、静かにこう宣言した。
あるいは此処にいない誰かに捧げるように。
「さァ、ご奉仕の時間だ」