唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
水着メイドの行動は迅速だった。
ピースヘイヴンと別れた彼女は、早々に山の中へと入っていく。
一宵島はビーチから二〇〇メートルほど進むと森を含んだ山の中に入っていき、今回緩んでいるといわれている封印はその奥に位置していた。
一応は車も通れそうな程度に舗装された山道を進みながら、薫織はあたりを見渡していく。
(……分かりやすい異常はまだねェ、か。封印への干渉に大型シキガミクスが使われているわけではなさそうだな)
何気ない風景からも、薫織は情報をつぶさに読み取っていく。
山、森と一言で言っても、その構成要素は無数に存在している。
山道のふちに存在している下草や、木々の枝。
動物が通る獣道は自然とそこだけ草がなかったりするし、人為的に機材が持ち運ばれていれば枝の破損が痕として残りうる。
中でも、薫織がとりわけ注視していたのは、
(
植物が欠けているところではなく、逆に植物が生い茂っている箇所、であった。
陰陽師ならば、『種株』を用いれば木々を生い茂らせること自体は難しいことではない。
むしろ、頭の回る人間ほど『破損ばかりを確認しようとする追跡者』を騙すために破損を繁殖で覆い尽くそうと考えるはずだ。
結果的にまだその兆候は見られないが、薫織はそうした情報を拾いながらも山道を登っていく。
一宵島の構造はビーチと山に分かれている──というのは先度説明したとおりだが、そもそもこの島は古来、洋上の要塞として機能していた。
そのため山の上には築一〇〇年以上はある旧軍の設備跡が史跡として残されている。
既に歴史的価値以外は存在しない程度の代物だが、それゆえに立ち入りが制限されている場所でもある。
つまり、秘密の計画を隠して行うのにはもってこいの場というわけだ。
ただし──石造りの要塞は、木々を寄せ付けづらい。
そうなると『種株』による偽装の効果も薄くなっていくので、薫織はあからさまな史跡ではなくその中途に存在する森の中に封印解除に利用しているシキガミクス設備が安置されているとあたりをつけていた。
(ピースヘイヴンが注目を集めているから、おそらくここは手薄……だが、全くのノーガードってことはねェだろう。戦闘は不可避と考えるべきだ。誰が来るかは……ま、だいたい想像はつくが)
思考を進めながら、薫織は足を止める。
探索を開始してから一〇分足らずではあったが、薫織の健脚は彼女の体を山頂に到着させていた。
遮るもののない環境で、薫織は即座に木の枝に飛び乗ってさらに視点を高くする。
木の上に立つと、あたりの風景がより鮮明に一望できた。
山の上には石碑があり、休憩できるような広場が設置されている。
そこから少し下ると山間の中に立ち入り禁止の柵が建てられており、その奥に石造りの史跡が見え隠れしている。
反対側は木々が生い茂っているが──その中の一部を見て、薫織は動きを止める。
ほんの僅か、常人では判別できない微細な違いでしかないが、木々の密度が不自然に高くなっている一角を発見したのだ。
(……普通、木々の密度ってのはある程度で上限があるもんだ。光の当たらないところに枝が伸びても意味ねェからな。あそこだけは、そういう事情を無視して、まるでパズルでも組み立ててるみてェに枝の伸び方が
…………仕掛けはあそこか)
おそらく、この島のほかの誰も、そんな些細な兆候をくみ取ることはできなかっただろう。
別に植物の専門家というわけでもないのに、薫織は植生ではなく
(……んでもって、此処まで目立つところにいるんだ。仕掛けの方を守ってる保険の人員も流石にこっちの動きを認識しているだろ。いつ仕掛けてくるかだが……ここまで何もしねェところを見ると、
つまり、彼我の戦力差は薫織の方が優勢である可能性が高い。
となると薫織の隙を突いて優勢な状況で戦闘を始めたいのが敵の心情だろうが、その隙が無い──そもそも現在薫織がいる場所も、見晴らしがよく奇襲には向いていない──ので手が出せていないのだろう。
とはいえ、それならば山を登りきる前に勝負を仕掛けるべきだった。
それらの経緯を考えるに、
(……まァどうせ、山道で戦闘した結果、偽装がバレるのを嫌って『もっと良いタイミング』を求めた結果、挑むタイミングを逃したってところだろうが……どっちにしても、しょっぺェわな)
この状況は、薫織を監視しているであろう『保険』にとっては非常に好ましくない展開のはずだ。
何かのはずみで暴発するおそれもあるが……。
(問題は、
保険をかけてあるから封印については一旦放置して、ピースヘイヴンや神織達の方に集中すべき……そう思わせておいた方が、あっちの方に負担がかからねェ可能性もある)
現状、別に封印は解放されているわけではない。
薫織が保険の人員の注意を惹きつけている間に、神織達の抱える問題が一応の解決を見せ、今回の黒幕の特定に至ったタイミング。
薫織が本格的に動くならば、そこが最も適しているだろう。
それまでは、『保険』についてはあえて潰さず置いておくことで状況を支配したままにしておくという選択肢もある。
(……それと封印の情報を仕入れて、確実に封印解除の目を潰すっていう展開に持っていくメリットと、どちらが危険が少ねェか……だな)
もしもこの島にいるのが薫織とピースヘイヴンだけなら、薫織は迷わず『保険』を無視して封印を緩めるのに使用されたと思しきシキガミクスのところへ向かって情報を集めていただろう。
此処まで来て攻撃を仕掛けてこない程度の胆力しかない刺客など恐れるに足りないし、その結果黒幕が形振り構わなくとも対処できる自信があるからだ。
それよりも、怪獣のような規模の大怪異が解放される方がよっぽど周囲に危険を振りまくと考えている。
ただし、今は此処には流知他戦闘が不得手なメンバーが存在し、かつ『単純にツアーを楽しもうとしている』面々も存在している。
彼らを巻き込む形で問題解決に専念するのは、薫織の信条とはかけ離れた選択だ。
(……此処で選ぶべきは
薫織がいとも容易く思考を第三極へと到達させかけたところで、
「!!」
ふと、その広い視野が視界の端に明確な異常を捉えた。
それは、ビーチのある島の南端の反対側。
山の裾から岩場がちになった地形の一角。磯と山の中間のような、およそ最も参加者から遠く、また陰謀とも一定の距離をとったその場所に──不自然に木々によって隠された箇所があるのを、薫織の観察眼は認めた。
そして、陰謀が仕組まれた山中とは距離のあるところに発生した、隠蔽の痕跡。
その異常を認めた薫織は、即座に思考を巡らせる。
(磯にある方が隠蔽が雑だ。おそらく急いで作られている。タイミングの問題? いいや、別の人間による無関係の隠蔽跡と考えた方が自然!!)
何故なら、薫織は知っている。
ピースヘイヴンをはじめとした薫織たち主催陣。
封印を緩めた犯人。
神織悟志の一行。
各参加者たち。
この盤面に一つ、含まれていない勢力があることを。
『彼』にとっても、現状はイレギュラーのはずなのだ。
『彼』の計画に必要な『あれ』の一部を持ったまま姿をくらまし、学内に残存している実力者が一堂に集った『ツアー』に参加した少年たち。
この流れを座視しているほど、『彼』は甘くないはずだ。
そして、その第一容疑者として名前が挙げられるのは。
「波浪誠人…………!!」
──波浪の立場に立って考えてみれば分かるだろう。
波浪からしてみれば、神織は自分の計画の要である『滝壺』から『浄蓮』の力を毟り取った主犯である。
連合指名手配をしてまで追い詰めようとしたというのに、同時期に生徒会長が企画したイベントに潜り込んで手出しできないところに雲隠れされてしまった。
しかもそのツアーには、生徒会長も含めて学内でも有数の実力者が集っている。
ここで彼らの助力を手に入れられてしまえば、いかに治安維持系の部活動を掌握している波浪でも、普通に総勢力が負ける可能性が高い。
となれば、彼が次に取りうる手段は一つ。独自に一宵島に潜入し、直接神織悟志を始末することだけである。
そして薫織は、その可能性を数割ほど警戒していた。
だからこそ、既存の陰謀とは離れた位置にある異常を見てすぐさまその可能性を確信できたのだ。
ただし。
その優れた推察が、却って彼女に一瞬の動揺をもたらした。
波浪を含めた形で、既存の盤面を再演算する必要性。
そしてその結果生ずる仲間への危機。既存の目的を遂行する難易度の変化。それらについて思いを巡らせた、一瞬の隙──それに気付ける程度には、『保険』の人員もまた強者だった。
そもそも焦れていた、というのもあるのだろう。
結果。
「────!!!!」
何もないはずの虚空から発生した透明な一撃を、薫織はすんでのところで身をひねって回避した。
◆ ◆ ◆
「とはいえ、どうやって波浪先生を倒すか……ですわよねぇ。仮にも治安維持部の顧問ですし、下手に手を出せば凶悪犯という風評が既成事実化しかねませんわ」
「……あの、遠歩院さんは関係ないんじゃないです? 親身になってくれるのは有難いですけど」
──同時刻。
ビーチにて、流知は神織達と一緒に今後の方針について考え込んでいた。
薫織はいつの間にかいなくなっていたが、あのメイドがこの手の単独行動をとるのは珍しくても
それ以上の関心事があったから気付いていないというのもあるかもしれないが。
自分たちの事情に巻き込むようで気が引けるのだろう。
少し心配そうにした剣菱に、流知はむしろ心外とばかりに眉を顰め、
「何を言っていますの。もうすっかり乗り掛かった舟ですわ。ここまで事情を聞いておいて何もしないなんて、
そう言って、堂々と胸を張った。
余人にはわかりえない理論だが、しかしこれこそ遠歩院流知という人間を形作る最も重要な要素である。
ただ、謎の迫力に気おされながらも、剣菱は申し訳なさそうに食い下がる。
「ですが、下手をしたら遠歩院さんも指名手配に……」
「わたくしに関しては、別に指名手配されなくても狙われたりしますし……今更ですわ」
「うぐっ!! 治安維持をつかさどる身としては耳が痛すぎる諦め!!」
先日の『霊威簒奪』の騒ぎは、ロジックの部分については転生者以外には殆ど共有されていなかったが、それでも流知が襲われていたことについては剣菱も把握している。
治安維持組織といっても、ウラノツカサの掌握が完全ではない以上対応が後手後手に回ってしまうのはしょうがないことだった。
もっとも、流知にそこを刺す意図はないだろうが。
「まぁまぁ。いいと思うぞ、俺は」
そんな剣菱を宥めるように、神織は軽く言う。
「……流知だって、黙って見てられないんだろ。だったらもう、巻き込む巻き込まないって問題じゃない。俺が首を突っ込んだように、流知が首を突っ込むのを止める権利なんか俺たちにはないよ」
「わたしは神織さんが首を突っ込んでるのも本来反対なんですからね……」
握り拳に視線を落とす神織に、剣菱も矛を収めたようだった。
「それと、波浪を確実に叩く作戦だが……俺に考えがある。結局、アイツは『滝壺』起動のために俺たちを放ってはおけないんだ。だから、本島の方で俺たちのことを血眼になって探し回っているだろう。
……ツアーへの参加者情報は、ピースヘイヴン会長の手の中にしかないんだろ? ならここがバレる心配はない。捜索は過熱する一方のはず。
その状況で俺たちがこっそりウラノツカサ本島の情報を伺えば……探すことに意識を集中させている波浪は、自分の位置情報をあっさりと露呈させてくれるんじゃないか?」
「なるほど……名案ですわ! 剣菱さんと載原さんはどう思います?」
ぽん! と手を叩く流知に、剣菱もまた頷いて同調した。載原は言葉少なだったが、
「……大枠は問題ないと思う。ウラノツカサ本島では調査が過熱して守りが手薄になっているという視点はその通り。ただ、それはこちらが隠密行動をするのが前提になってきていると思う。…………この中で隠密行動がとれそうな人は?」
そう言って、載原はその場にいる面々を見回す。
「俺は無理だな。やってみたこともないし」
「私も、隠密行動の訓練は受けていないというか……」
「薫織なら得意だと思いますわよ」
つまり、全員ダメとのことだった。
一応、流知が手助けするとなればほかのライ研メンバー、冷的や伽退も協力してくれるかもしれないが──彼らにしても、隠密行動という点では心もとないだろう。
嵐殿ならば十分可能だろうが、彼女もまたピースヘイヴン側の人間。
おそらく積極的な協力はとってくれまい。
状況を理解し、載原は静かに嘆息した。
「…………適任は、私しかいない?」
「凛音、頼んだ」
悲しき結論だった。
自分にしても、別に隠密が専門というわけではないんだけど……と思いつつ、載原はしぶしぶ引き受けることに。
「……分かった。じゃあ、本島に移動するための移動手段についてちょっと確認してくるから…………そちらはそちらで、よろしく」
そう言って、載原は嵐殿がいる港の方へと移動していく。
──ただし、現実は少年少女の思考を大きく超えている。
誰もが制御できなくなった盤面で、最初に倒れる駒は────。