唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
神織達から離れて行動を開始した載原は、水着姿のまま船が停泊している木製の桟橋の方へと移動しはじめ──そこで足を止めた。
彼女の視線の先には、島の岩場が映っている。
一宵島の海岸線は、南側に広がるビーチ地帯と北側に広がる岩場地帯によって構成されている。
ビーチ地帯を中心として南側はレジャー目的の学生が過ごせるような施設が用意されており、中央から北側にかけて森や史跡が広がる地形となっているのだが、岩場地帯にしても、全く手つかずと言う訳ではない。
岩場地帯もヤンチャな学生たちが探検と称して遊び回れる程度の険しさでしかないのだ。
それゆえ、桟橋の方からでも岩場地帯の景色はある程度目視確認することができる。
そしてそんな岩場地帯の奥の方であった。
海面に、幾つかの木の葉が揺れているのを、載原は確認した。
(…………木の葉)
それ自体は、普通に考えて異常でもなんでもないだろう。
岩場地帯を島の中心に向けて進めば、森が広がっている。
そこから木の葉が散れば、風に乗って海面に落ちることは大いにあり得る話だ。
普通の人間であれば、気にすることすらない風景情報である。
しかし、載原の思考はそこで止まらなかった。
(……浮いている木の葉が
無人島でわざわざ岩場を通って行った人間が存在しているのも気になるが、それ以上に
それはつまり、岩場には本来存在しない自然が
(……草木を生やしての隠匿は、陰陽師の常套手段。でもこのツアー参加者であればもっとマシなやり方をするはず……。ということは、ツアー参加者以外の何者かがあそこから侵入してきた……?)
そしてこの状況、そこに何の悪意も見出さないというのは無理がある。
(…………波浪誠人。あの男が此処を嗅ぎつけて、島内に潜伏している可能性……。……今から本島での探索準備を整えるよりも、こちらの方を先に優先して対応すべき…………か……)
決断し、載原は優先順位を変更する。
神織達に話すことを一瞬検討し、載原はその方針を破棄した。
彼らは隠密行動を苦手としているので、下手に動いたことを波浪に悟られて雲隠れされてしまう可能性があるのと──そもそも神織こそが波浪の『滝壺』の鍵となる浄蓮をその身に宿しているのが大きな理由だった。
此処で神織を波浪とぶつけて、その結果『滝壺』が一宵島で起動するようなことがあれば、それこそ大惨事である。
もはや『正史』などあってないような状況だが、それは状況がメチャクチャになることを許容する言い訳にはならない。
予想出来て対処出来るカタストロフなら、当然それは阻止するべきなのである。
もっとも、ピースヘイヴンあたりは嬉々として許容しそうだが。
(…………一応、『指令』だと『正史』の事件の行く末は変えないようにと言われていたけど…………この状況では今更か。……優先順位としては、『神織悟志』の
載原は内心で嘆息しながら、辺りを確認する。
(……
周辺には、人影の類は存在しない。
──しかし、載原はそこで安心しない。ツアー参加者の中には彼女と同じ『裏』の人間や『プロ』の領域の人間が複数いた。
彼らならば、同じく『裏』の人間である載原の行動は警戒しているだろう。
そしてそうした実力者達は、案の定島に上陸してから全員姿を
つまり、今もどこかから載原のことを監視している可能性があるのだ。
「……ピースヘイヴン会長の技術は厄介だけど、使い勝手はすこぶるいい」
ズリュ!! と、載原の足元の桟橋から突然木が伸び、彼女の姿を丸ごと包み隠す。
いや──厳密には、木ではない。
風が吹けば飛ばされてしまうような木の
そして、数秒。ズガガガガ!! と破壊の音が連続した後、風が吹くと──その後には、載原の姿が消えた、何もない桟橋だけが残されていた。
◆ ◆ ◆
「……ふぅ」
数十秒後。
どういう手段をとったのか、載原は木の葉の散る岩場地帯に移動していた。
此処に辿り着くには波飛沫の舞う岩場を歩いていくか、水中を泳いで移動するしかないはずだが、載原は髪一つ濡れていなかった。
岩場に手をかけながら島の奥へと進んでいく載原は、既に臨戦態勢だ。
載原の進んでいる岩場は、大きめの岩によって構成されたアスレチックコースのような風体だった。
まるで、山の斜面から転がり落ちて来た岩がそのまま磯になったかのように、飛び石のような岩によって構成された海岸と山が一体化した形だ。
必然的に、島の奥へと向かう載原は、その岩のアスレチックの上を進んでいく形になる。
載原の視線は、そんな岩場の一角。
明らかに周囲とは異質な『突然発生の茂み』に向けられていた。
(…………近場で見れば一目瞭然。とすると、あそこに侵入者──おそらく波浪の痕跡がある)
その事実を再確認し、載原は静かに右手を構え、
「…………『
──ズ、と。
載原の右腕に、漆黒の鱗に覆われた『篭手』が纏われる。
それは、まるで龍の腕であった。
刺々しい鱗に覆われた腕の先には、鋭い鉤爪を持った五指が備えられている。
指の間に存在する水かきは、水中戦での使用を感じさせるが──その割には限定的な装備なのがちぐはぐだった。
(……奇襲を考えたら
思考しながら、載原は『茂み』への距離を詰めていく。
そして『茂み』との距離が一〇メートルに近づいたとき、ふと載原は気付いた。
岩場に触れていた『篭手』に、木の葉が張り付いていることに。
特にそれがどうというわけでもないが、載原は何の気なしにその木の葉を払い、そして細心の注意を払いながら『茂み』に進もうとして──そして視界の端に再び『篭手』を収める。
その手には、先ほど払ったはずの木の葉がまだ付着していた。
いや──それだけではない。
さらに加えて、小石まで付着している。
それだけなら、異常とも言えない単なる現象だろう。
少なくとも、多くの人間は何の疑問もなく意識から外してしまう程度のものでしかない。
しかし載原は此処で、一旦足を止めた。
それは先ほど海面の木の葉を発見したのと同じ注意深さからくるものだった。
「……何? これは……この『木の葉』に『小石』……
呟きながら、載原は今度は左手で木の葉を掴み取る。
そして『篭手』から離す──が。
ビシイ! と、離したはずの木の葉は吸い寄せられるように『篭手』に再び張り付いてしまった。
──明らかに異常な光景だった。
それだけではない。
注意深く観察していたことで、載原は気付く。
彼女の足元の地面にあった小石が、ひとりでに浮かび上がって『篭手』に張り付いたことに。
「……な…………」
明確な、異常現象。
即ち、攻撃。
「……これは…………シキガミクスによる攻撃!! 既に始まっている……!!」