唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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二か月くらい空いてすみません。
電撃小説大賞に応募するためにカクヨムに投稿してました……。


117 それはいつも通りの >> USUAL ORDER ④

「…………何で躱せるんだよ、気色悪いな」

 

 

 薫織が樹上から地面に降り立つと、草むらの中から一人の少年が姿を現した。

 

 葉に擬態できるようなギリースーツを身に纏っていたのは、ツアー参加者の一人──燻市大智であった。

 

 燻市は両手がライフルのような細長い筒になった巨大なエビ型のシキガミクスを伴わせていた。

 薫織はそれを見て、

 

 

「……おっ、もうかくれんぼはやめにしたのか?」

 

「嫌味なヤツ。どうせ俺がどこに隠れていようがすぐに見つけ出すだろ。なら下手に隠匿姿勢を取っていた方が咄嗟の対応がしづらくて不利じゃないか」

 

 

 どのみち、薫織を──必殺女中(リーサルメイド)を前に初手で必殺できなかった時点で、隠匿の意味などないのである。

 

 それについては、薫織も燻市も両方が理解していた。

 

 加えて、

 

 

「…………既に攻撃は成功しているしな」

 

 

 直後、燻市の姿が掻き消えた。

 

 それから数秒して、ガサガサと草むらの中から葉の擦れるような音が鳴る。

 

 

 薫織はそれを耳にしながら、静かに目を瞑った。

 

 

 

 ────燻市大智の霊能『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』は、既に四度薫織に敗北している。

 

 

 精神系に属する霊能を改造したこのシキガミクスは、ライフル状の構造を両腕に持つ人間大のエビの形をした使役型だ。

 

 もちろん、両腕からは燻市謹製のシキガミクス弾を放つことができるようになっている。

 このシキガミクス弾は粉状にした木屑が使用されており、発砲されると拡散されると同時に、霊力強化によって一定以上の拡散が抑止され、結果として『煙弾』として無音・不可視の攻撃として機能するようになる。

 

 これだけでも多少の威力はあるのだが、彼の霊能の真価はその特殊効果にあった。

 

 

 『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』の霊能、それは──『視覚の強制書き換え』である。

 

 

 命中すると視覚の一部をリアルタイムに改変することができる霊能。

 

 もちろん無条件に書き換えができるのではなく、書き換えの規模は『煙弾』の命中回数によって変動する。

 

 本来精神系の霊能は同意がなければ霊能を発動することができないが、『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』の場合は、本来は精神活動全般に影響を及ぼせるはずのスペックを視覚のそれも極僅かを対象に制限する縛りと、弾丸の命中という発動条件の縛りという二重の縛りによって、例外的に同意なしでの発動を可能としていた。

 

 

 そしてこの命中回数の加算は、たとえどれだけ時間が経過していてもシキガミクスの構成を大きく変更しない限り持続する。

 

 もっとも、霊能を再発動するには改めて発動条件──『煙弾』の命中を達成する必要はあるが。

 

 

 

 一度目。

 燻市は真正面から薫織に挑み、そして一発も『煙弾』を命中させることなくシキガミクスを大破された。

 

 

 二度目。

 燻市は隠れながら狙撃を狙ったものの、当然のように回避された挙句居場所を逆算されてシキガミクスを大破された。

 

 

 三度目。

 今度は格闘と絡めながら『煙弾』をゼロ距離で命中させて霊能発動に成功するが、一度の命中では大した効果はなく本体を攻撃されて敗北した。

 

 

 四度目。

 『霊威簒奪』騒ぎが始まる少し前のことだが、流知と行動を共にしていた時に襲撃することで、彼女を庇った隙に三発の『煙弾』を命中させることに成功した。

 

 都合四発の命中により、燻市は薫織の視界の一割をリアルタイムで改変できるようになったために自分の姿を隠して戦ったが──流知を狙ったことによって薫織の逆鱗に触れた燻市は、視覚を無視して聴覚のみで行動を開始した薫織に成す術もなくシキガミクスごと叩き潰された。

 

 

 以来、燻市は完全に牙を折られ、薫織に対して戦闘を挑むことはなくなっていた──が。

 

 

「煙弾か……掠っていたか?」

 

「卑怯とは言うなよ。今度は一線を守ってやったんだ」

 

「ガチギレが怖くて、だろ? 見えなくても腰が引けてんのが手に取るように分かるぞ、チキン野郎が」

 

 

 姿が見えなくなった状態で、燻市と薫織の応酬が始まる。

 

 しかし燻市は、現時点で自分にアドバンテージがあるとは毛頭考えていなかった。

 

 

 この霊能を設定した時、燻市は視覚さえ操作できれば戦闘不能には十分と考えていた。

 

 それは、凡百の学生や転生者を相手にした場合なら事実となる。

 人間の行動の殆どは視覚情報によって決められているからだ。

 

 ただし、一部の実力者にそんな理屈は通じない。

 

 『神様』がするという霊気探知に限らず、聴覚、嗅覚、あるいは微かな振動……そもそもの戦略といった様々な要因から、視覚を奪おうと関係なく最適解の行動を引き当てて来ることがあると、燻市はその身に刻まれた痛みを以て学んだ。

 

 

 そして、己が自分自身の霊能の真価を掴み切れていなかったことも、その時に学んだ。

 

 

(リスクを恐れて逃げ回るのでは、どうせ他の部分から綻びが生まれてしまう! だから……!)

 

 

 ズズ──と。

 

 薫織の目の前に、ギリースーツを脱ぎ捨てた燻市の姿が現れる。

 

 ほう、と薫織の口から感心するような声が漏れた。

 

 

(『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』の真骨頂は、視覚に自在に干渉できる部分()()()()()()……! だから俺自身の姿は……()()()()()!!)

 

「……分かってんじゃねェか。そうだよ、その意気だ。せっかくの霊能だからな。自分(テメェ)でその可能性を狭めてちゃあ世話ねェ」

 

「上から目線だな。高みから意見しているつもりか? 高校一年生」

 

「生憎だが、先輩でね。一学年の重みってヤツを教えてやるよ。中学三年生」

 

 

 言葉と同時に、薫織はシンプルに正面から突撃を仕掛ける。

 

 燻市の前方五メートルあたりでハンドスプリングをした薫織は、燻市そのものにではなくそこから一メートル右にズレた空間目掛けて低い位置での蹴りを叩き込む──が。

 

 ガッシィン!! と、その蹴りは虚空で受け止められる。

 

 

(数メートルの僅かな視覚のズレも当然のように補正してくるか! だがこれくらいは計算のうち……あくまで、俺の位置誤認は相手の判断能力への圧と()()でしかない!)

 

 

 燻市が薫織に命中させた『煙弾』は、通算で五発。

 視覚の改変範囲は一発あたり二・五%の為、現在は全視界のうち一二・五%をリアルタイムで改変可能になっているというわけだ。

 

 ただし、この改変範囲を無駄に消費しては何の意味もない。

 燻市は、四度の敗戦でそのことを学んでいた。

 

 

 薫織の両足蹴りを防いだことで、『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』は両腕の銃身をクロスして防御する形になる。

 

 エビ型の『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』は、その状態ではそれ以上の攻撃体勢を取ることができない。

 だから薫織はフリーとなった両手にデッキブラシを発現して、手っ取り早く『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』の頭を叩き潰そうとするが──

 

 

 ガギャッ、と。

 

 その直前で、『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』は両手を広げて薫織の蹴りを受け流す。

 それだけでなく、もう一方の腕でデッキブラシを叩き追撃を阻止した。

 ──燻市からでは死角になる位置に発現したのに、である。

 

 

(『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』の真骨頂……それは、リアルタイムで相手の視覚の一部を()()()()()()ではなく……改変するにあたってリアルタイムで()()()()()()()()()()()()()()!!)

 

 

 リアルタイムで視覚を改変すると言っても、元々の状態を認識できていなければ改変の精度もたかが知れてしまう。

 だから改変能力として、前提として視覚情報の元々の形を認識する機能も、『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』には備わっている。

 

 そしてリアルタイムで改変可能ということは、リアルタイムで改変する部分の元々の形を確認することができるということでもある。

 ──即ち、『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』は相手の視覚を覗き見する機能も有しているのだ。

 

 

 そして、どんな実力者であっても策の起点には目線を向けてしまうものだ。

 

 たとえば先程の薫織の場合、蹴りをガードされて攻撃が届かなかったにも拘らず、その視線は迷いなく『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』の頭部に注がれていた。

 デッキブラシについては一瞥もしていなかったが、()()()()()()()ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』の頭部を破壊しようとしていることは、過去に何度も敗北してきた燻市には明確だった。

 

 

「…………チッ、そうか。改変するってことは(オレ)の見ているモノも見えてるってことだもんな」

 

 

 当然のように、タネは一瞬で割れる。

 

 だが、それすらも燻市にとっては織り込み済みだ。

 そもそもこの真骨頂は、タネが割れた程度で無意味になるものではない。

 

 

「目を瞑っても無駄だぞ。その場合、瞼の裏を実際の視覚情報に改変してやる。嫌でも正しい情報を見せられるんだ。焦点までは、流石のお前でも制御できないだろ」

 

「確かに。だが(オレ)はまだ、女中道具をデッキブラシしか出してねェぞ?」

 

 

 たたん、と。

 

 猫の様に軽い身のこなしで着地した薫織は、デッキブラシを消して、代わりに薫織はバズーカのような大きさの水鉄砲を発現した。

 

 それを見て、燻市は多少呆れながら、

 

 

「…………それが『女中道具』か?」

 

水中戦仕様(マリンモード)なんでな。ご主人様の遊興の為の道具を用意すんのも、立派な『ご奉仕』だ」

 

「なんでもアリだろそれ……」

 

 

 とはいえ、水鉄砲を発現したということは、水によって『煙弾』を無効化する狙いだろう。

 水気によって、そもそも煙を生じさせないという寸法のはずだ。

 

 もうその路線を妨害するのは不可能と考え、燻市は現状の一二・五%の視覚情報を駆使して薫織に勝つ方法を組み立てていく。

 

 

(決め手は既に用意した……。あとは、そこに引きずり出すまでの攻防だけ!!)

 

 

 それこそが最も難しいことを自覚しながら、燻市は戦闘を続行する。

 

 

「ただの水鉄砲だと侮ってるだろ?」

 

 

 言って、薫織は正確に燻市目掛けて水の弾丸を撃ち込む。

 

 これは『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』によって難なく防御できるが──その一撃の重さに、燻市は驚愕した。

 

 

(機体全体に衝撃が響いたぞ……!? たかが水鉄砲……いや、『女中道具』は全て霊力で強化されているのか!!

 つまりただの水も、俺が『煙弾』でやったのと同じように霊力で弾体としての強度を与えられている……!!)

 

 

 ただの『女中道具』の一つが、自分が手間暇かけて構築したシキガミクスの機構と同等。

 

 しかも、水鉄砲そのものの威力も十二分だ。

 これを何度も食らえば、機構がイカれてしまうことは想像に難くない。

 

 

(全く気が滅入るな……!! 強者様を相手にするのは……!!)

 

 

「これで戦場のイニシアチブはまた変動した。さぁどうする? 視覚情報を先読みすりゃあ、撃たれる場所は分かるだろうな。できることは……覚悟とかか?」

 

「対策だって練ってやるよ!! バカにしやがって!!」

 

 

 そう言ってから、燻市は一旦『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』と二手に分かれる。

 

 本体機動を強化する着用型を前にして、使役型の護りを手放すのは愚の骨頂だが──燻市には作戦があった。

 

 

 二手に分かれたうちの本体に薫織の視線が集まっていることを能力で確認した燻市は、背後から『煙弾』を連発する。

 

 それらは確認することもなくサイドステップによって回避され、逆に自分に命中してしまうが──その代償として、大量の『煙弾』が拡散されたことによる粉塵が薫織と燻市の間に展開される。

 

 そしてそれこそが、燻市の狙いだった。

 

 

 すっ──と。

 

 

 燻市の手に、ライターが掲げられる。

 

 

 大量の木屑による煙、そして火種(ライター)。それが意味することは、即ち。

 

 

「──粉塵爆発か!! 馬鹿野郎……!!」

 

 

 当然、そんなことをすれば至近距離にいる燻市もひとたまりもないだろう。

 だが、薫織は燻市がそんな暴挙に出る()()()()があった。

 

 そもそも、燻市大智は元来、リスクを恐れるタイプの人間だ。

 

 だから戦闘もなるべく自分を安全圏に置きながら戦いたがる。

 そこに隙が生じるタイプの男であったのだが──今回の戦闘において、燻市は徹底してリスクを許容してその分薫織を追い詰めるように立ち回っていた。

 

 今の彼ならば、自分を担保にした粉塵爆発という手を打とうと考えてもおかしくない。

 ゆえに。

 

 

 ばしゃっ、と。

 

 薫織は粉塵の方に突っ込みながら、手元にある水鉄砲を()()()()()解除する。

 それによって、容器を失った水は無差別に撒き散らされ、薫織やその近辺にあった粉塵にかかっていく。

 

 が──代償として、薫織は一瞬ではあるが丸腰になった。

 

 

 もちろん、だからといって脅威はほぼない。

 

 背後には『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』がいるとはいえ、彼我の距離は五メートル。

 対して、薫織と燻市の距離はほんの一メートルといったところだ。

 此処からどう動こうと、薫織が燻市の意識を刈り取る方が早い。ゆえに──

 

 

「かかったな。必殺女中(リーサルメイド)

 

 

 その瞬間、薫織の目の前にいた燻市の姿が画面に走るノイズのように不確かになり、そして『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』のエビ型の機体に変貌する。

 

 そしてその一言が聞こえたのは──薫織の背後から。

 

 

「…………!! これは……」

 

 

 薫織が何か言う前に、『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』が両腕で薫織のことを捕縛する。

 

 パワーは『女中の心得(ホーミーアーミー)』の方が高いが、それでも抵抗の意味なく即座に捕縛から抜け出せるほどのパワー差があるわけではない。

 その攻防が拮抗しているうちに、燻市は続ける。

 

 

「…………消耗は大きくなるが……『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』の銃身スペアを俺も運用していたのさ。そして機体の方を俺に見せかけていた。

 俺が自爆同然の捨て身の攻撃に動けば、上から目線のお前は慌ててその攻撃の無力化に動くだろ、俺を倒す為ではなく、俺を守る為に。

 ただ俺が攻撃するだけなら冷徹に排除できても、俺が自分の身も省みずに暴れれば、それを見捨てることはお前にはできない。ご立派な奉仕精神だよ、クソったれ」

 

 

 そして、身動きできない薫織を『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』ごと取り囲むようにして、『種株』が蔦状になって薫織を覆い尽くしていく。

 

 完全なる無力化を確認しながら、燻市はこう続けた。

 

 

「…………ナメやがって。お前の敗因はその傲慢さだよ、必殺女中(リーサルメイド)。格下に無力化されながら、無様に己の不徳を悔やむんだな」

 

 

 ──そして、薫織の姿は完全に蔦に覆われ尽くした。

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