唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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118 それはいつも通りの >> USUAL ORDER ⑤

「…………勝った……。……いや、まだだ!!」

 

 

 目の前には、木によって作り出された『繭』に完璧に覆われたメイド。

 

 その姿を見て一瞬脱力しかけた燻市だったが──すぐに気を引き締め直すと、手に持った『種株』にさらに指示を出す。

 

 確かに拘束こそできたが、このままでは地面に固定されていないので、たとえば跳躍とかしたら下方向から脱出されてしまいかねない。

 それを阻止するべく、木で作った『繭』の下方から根を生やして完全に固定する。

 

 

(『種株』のデフォルト設定である水分の抜けた木材仕様での成長ならば、『女中の心得(ホーミーアーミー)』で取り出した火種で燃やされてしまうかもしれない。水中戦仕様とか言っていたから、水を帯びれば炎の類から身を守ることはできるしな。

 だが、今回は水分を含んだ生木仕様で成長させた。これなら脱出する前に酸欠になるリスクを嫌って、ヤツは内部で火種を使えない……!)

 

 

 固定作業が終わった燻市は『種株』を切り離し、そしてそこから一〇メートル距離を取って…………ようやく一息ついた。

 

 

「……これ、なら」

 

 

 さしものメイドでも、此処まで徹底的に拘束すればどうしようもできまい。

 

 燻市が勝利を確信した瞬間、であった。

 

 

 ズドドドドドドドドッッッ!!!! と。

 

 『繭』を突き破るようにして、八本ほどの『腕』が全方向に向かって伸びる。

 

 瞬時に、燻市の喉が干上がった。

 

 

(──!! しまっ、そうか、『種株』!! 同じ『種株』なら、攻撃力を集中させれば局所的な貫通は可能ってことか……!!)

 

 

 もちろん、完全破壊は不可能だろう。

 そうなるように厳重に覆ってやったのだから、むしろ局所的とはいえ突破できたことの方が驚きである。

 

 それでも、周囲への攻撃には十分だ。たとえ脱出できないとしても、燻市をリタイヤさせることはできる。

 

 ──が。

 

 

「……………………!!!!」

 

 

 薫織が伸ばした『腕』は、燻市に衝突するギリギリのところで停止し、そのまま地に落ちた。

 

 まるで必死の思いで伸ばした手が力尽きて落ちるように、『腕』は動作を停止する。

 

 

 終わった。

 

 

 あのメイドの最後の抵抗が、終わった。

 その事実を目の当たりにして、燻市の胸中にじわじわと実感が湧き上がってくる。

 

 

「…………勝っ、た」

 

 

 つまり、勝利の実感が。

 

 

「やった……! やったぞ!! 勝った!! 勝ったんだ!! この俺が!! あの『必殺女中(リーサルメイド)』に!!」

 

 

 もちろん、永続的な行動不能に陥れることができた訳じゃない。

 

 所詮はパワー負けしている『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』に、非シキガミクスによる拘束だ。

 数十分から一時間程度で脱出されてしまう程度だろう。

 

 だが、それだけの間拘束されているならば、計画は全て進行しきる。

 そうなれば薫織にとっては敗北だ。

 シキガミクスは失ったが、燻市としては大金星といっていい成果である。

 

 

「それに……装備型にダウングレードしてはいるが、こっちにはまだ『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』の銃がある。まだやれることはあるはずだ……!」

 

 

 燻市が一時的に無力化した薫織から意識を外し、その場を後にしようとした──その瞬間。

 

 

「…………しょっぺェなァ……」

 

 

 まるで地の底から響き渡る様に、女の声がした。

 

 それは、『繭』の中からの声だった。

 今まさに無力化したはずの敗北者──園縁薫織が発した言葉だった。

 

 燻市の身が、凍り付く。

 

 彼の脳裏には、既に『必殺女中(リーサルメイド)』による敗北の記憶がびっしりとこびりついている。

 その経験が、彼に敗北の経験を呼び起こさせていた。

 

 しかし次に、燻市は首を振ってそのイメージを打ち消す。

 

 既に勝敗は決している。

 

 此処から、女中の心得(ホーミーアーミー)によって状況を打開することは不可能だ。

 だから、アレは少しでも自分をこの場に縫い止める為の、薫織の苦し紛れの捨て台詞。

 

 

 そう、必死に考えているのに。

 

 

 燻市の視線は、己が作り出した『繭』に釘付けになっていた。

 まるで、そこから目を逸らすことが速やかな破滅を意味しているかのように。

 

 

「途中までは良かった。己の霊能の可能性を狭めずに柔軟に扱うってのは感心したよ。良い霊能だ、『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』。だが」

 

 

 薫織の声色には、明確な失望が混じっていた。

 

 あのメイドが出すには不釣り合いな──いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()落胆が。

 

 

「決め手が『種株』? そりゃあ、ピースヘイヴンの野郎から伝授された最新技術だしな。使い勝手もいいし、切り札として使うには持って来いってのは分かる。

 …………だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ()()()()

 

 目の前の『繭』が、脈動する。

 力尽きたように落ちていたはずの『腕』が、動き始める。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「テメェはもう忘れたのか? あのレクリエーションで何が行われたのか。(オレ)達はあのバカの気まぐれで学ばされたはずだろうが。動作可能なシキガミクス一機を一から作り出すノウハウってヤツを」

 

 

 燻市が薫織の拘束に使用したのは、『種株』。

 

 確かに、『種株』による成長は自由自在だ。

 陰陽師にとっては好きに扱える十徳ナイフのようですらある。

 

 ただし。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ご丁寧にしっかりと作り込んでくれやがったな。お陰で内部血路用の溝を用意してやりゃあ簡単に動作可能な仕組みが作れたぞ」

 

「そうか、毛細血管式内部血路…………!!」

 

 

 あのレクリエーションにて発明された、シキガミクスの新技術。

 

 シキガミクス内に極細の溝を作り出すことで、毛細血管現象を利用して内部血路を簡単に刻むことができる機構。

 

 当然、そこまでやれば──プロの陰陽師ならば、容易くシキガミクスとして稼働させることができる。

 

 八本の腕が、地面に手を突く。

 

 そして地面に張った根を無視して──『繭』が持ち上げられた。

 

 

 ──しかるのちに、下面に空いた穴から水着メイドがゆるりと脱出する。

 

 

「……そもそも別に、こんな技術(モノ)は特別でもなんでもねェんだよ」

 

 

 ギチギチと軋む『繭』を内部の『ひと匙の悪意(スパイトフルスパイス)』ごと叩き潰して破壊してから、薫織は言う。

 

 目の前の少年を諭すように。

 

 

「『転生者であること』だってそうだ。っつか、数万単位で同類がいるわけだしな。そんなもん、左利きであることを特別に思ってるようなモンだ。馬鹿馬鹿しいだろ、そう考えると」

 

 

 一歩。

 

 必殺女中(リーサルメイド)は踏み込む。

 

 

「それが分からねェから、テメェは間違える。『種株』の技術を相手も利用できることが想定から抜けちまう。転生者だからこそ認識できるモノに特別な意味を見出しちまう」

 

 

 ──本来、薫織は此処まで踏み入った形で相手の思想に口を挟むことはしない。

 

 良くも悪くも『強すぎる』薫織は、己の強さが存在するだけで暴力になることを痛いほど知っている。

 だから、たとえば伽退がそうであったように、強者(メイド)としての薫織の意志が弱者を踏み躙ってしまう場合、それ以上は踏み込まない。

 代わりにそういう相手へ立ち向かっていくのは、お嬢様たる流知の役割だった。

 

 

「根本的に、矛盾してんだ。『正史を遵守したい』テメェが何故、『劇場版案件』を起こそうとする? 本来『正史』では起きていなかった事件が起きるんだ。明確に本来の歴史からは乖離するだろ、そりゃ。

 なのに『劇場版案件』に手を付けてる時点でブレてんだよ、テメェは」

 

「…………うるさい」

 

 

 たった一丁の銃を構えたまま、それでも燻市は反抗の意志を失わなかった。

 

 

「何が間違いかなんて!! お前なんかに決められてたまるか!!」

 

 

 牙を剝いて──確定の勝利が覆されたとしても、燻市大智は立ち向かい続ける。

 

 分かりやすい建前が崩れ去り、そしてその本質たるモノが露わになってくる。

 

 

「ああそうだよ!! 『正史』なんかどうでもいい!! そんな記念碑(メモリアル)の再現なんかに興味はない!!!!」

 

 

 そもそもの話として。

 

 実感を持って世界を生きる人間が、前世で読んだ物語の道筋を遵守すること()()()()に執着することなど、よほどの異常者でもない限りあり得ない。

 

 物語の道筋を重視するということは、即ちそれに付随する()()を重視しているに過ぎないのだ。

 

 そして、この少年の場合は。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!」

 

 

 ────誰かを守りたいという、切実な願い。

 

 

「『第三巻案件』だ」

 

 

 燻市は、沸々と煮え滾るマグマのような激情を滲ませながら言う。

 

 

「俺の妹は、ウラノツカサの外部──葦原市に住んでいる。神織悟志と同郷さ。ゴールデンウィーク最終日、百鬼夜行(カタストロフ)で滅びるかどうかの瀬戸際に立たされたあの都市だ」

 

 

 つまり。

 

 

「あの時ですら、ギリギリの戦いだった!! もしも『正史』から道筋が外れて、状況が悪化したら? 神織悟志の里帰りが行われなかったら?

 ……アイツがいなかったら、百鬼夜行(カタストロフ)を食い止めるヤツがいなくなってしまうだろ」

 

 

 世界の中心点(メインヒーロー)

 

 その庇護がなくなることを、恐れていた。

 それゆえの『正史遵守』。

 それが、燻市の出発点だった。

 しかし……。

 

 

「だがテメェは『劇場版案件』に手を出した。それは矛盾しているだろ」

 

「ハッ。……俺も理解したんだよ。もう、この世界がどうしようもなくなっちゃったことをな」

 

 

 燻市の眼には、ある種の落胆が浮かんでいた。

 ただし、それは諦念や絶望を意味しない。

 少なくとも、燻市は己の大切なものを守るということについて諦めてなどいなかった。

 

 

「だって、そうだろ。『第一巻案件』の途中だっていうのに正史のレギュラーメンバーに転生者が加わり、色恋目的なんてふざけた転生者がうろちょろして、あまつさえ主人公は転生者主催のイベントに参加して『第一巻案件』は停滞中。

 肝心の『草薙剣』は現時点でもまだ行方不明ときた!!」

 

 

 まさに、『正史』の遵守という観点では壊滅的な状況だ。

 

 もちろん、ハッピーエンドという点で言えば戦力バランス的にはこれ以上ないほどのものが揃っていると言えるのかもしれないが……。

 

 

「だから、俺は()()()に賭けることにしたんだ」

 

 

 力強く、燻市は語る。

 

 

「俺だって、ハッピーエンドを諦めた訳じゃない。『あの人』を押し上げる。そうすれば、圧倒的なパワーバランスの偏りを生めば、『あの人』はこの世の理不尽に対して『無双』して、きっと『ハッピーエンド』を掴み取ってくれる!!!!」

 

 

 伽退のような、捨て鉢のバッドエンド志望ではない。

 

 自分や自分の周りの平和の為に、誰かをサポートする。

 それが、燻市大智の在り方だった。

 

 

「……その為に『劇場版案件』を暴発させるってか」

 

「上手くいけば、学園の被害だってそんなにないはずだ。精々設備が破壊される程度……。『あの人』ならそれができると思う。俺だって悪役になりたい訳じゃない。きちんと勝算はある」

 

「嘘だな」

 

 

 懐柔したいのか、気持ちばかり声色を柔らかくした燻市に、薫織は短く断言した。

 

 

「もしも誰も不幸にしねェハッピーエンドができると本気で思っているなら、ピースヘイヴンの黒幕野郎はともかく、何故(オレ)の動きを止めたがる?

 テメェやテメェの上なら、そんな最高のハッピーエンドを(オレ)が認めないわけねェって分かってんだろ」

 

「……………………、」

 

「つまり、テメェらは(オレ)がそれを認めねェと…………何かの被害が起きてしまうと最初から織り込んでいやがる。だから(オレ)を迎え撃とうとしたんだ」

 

 

 戦闘こそが、動かぬ証拠。

 

 そう言い切られて、燻市は沈黙した。

 それが、何よりの自白だった。

 

 薫織は溜息を吐いて、

 

 

「だから、テメェはしょっぺェっつってんだ」

 

 

 呆れたように──いや、真実呆れて、薫織は指摘する。

 

 

「テメェのやっていることは最初から変わってねェ。最初は神織に、次はその『あの人』とやらに──責任を押し付けてるだけじゃねェか」

 

 

 即ち、目の前の少年が抱えている卑怯な部分を。

 

 

「守りたい大切な誰かがいる。結構なことだ。だが……その為に、『正史を遵守する』? 『あの人の計画を手助けする』? ……そうじゃねェだろうが」

 

「………………、」

 

「テメェは、結局誰かに責任を押し付けているだけだ。守りたい誰かを守る為じゃねェ。そう願うほど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にすぎねェ」

 

 

 神織悟志ならやってくれると思ったのに、失敗した。

 

 『あの人』なら成功すると信じたのに、裏切られた。

 

 

 自分はきちんと託したのに、託した相手が成し遂げられなかった。

 だから責任は自分にはない。悪いのはアイツだ。

 

 ──そう言う為のアリバイ作り。

 燻市大智がやっていることはつまりそういうことだと、薫織は断言する。

 

 

 燻市が、一歩退いた。

 

 薫織に気圧されて、ではない。

 己が寄って立つ足場が崩れたみたいに、よろめいたのだ。

 

 

「そ、…………」

 

 

 しかし、燻市はすぐに持ち直して、

 

 

「それの何が悪い!! だって、俺は弱者だ!! 百鬼夜行(カタストロフ)になんて対抗できるわけがない!!

 何もできない弱者が、それができる強者に託すことの何が間違っているって言うんだ!! 弱者が誰かに託すことすら無責任と呼ぶんなら、弱者(おれたち)はどうすればいい!?!?」

 

 

 吠える。

 

 破滅と隣り合わせの世界で、それでも希望を持つために足掻いた人間の魂の叫びを。

 

 

「できんだろ」

 

 

 しかしそれを、薫織は一言で一蹴した。

 

 

「対抗、できんだろ。テメェなら、不可能じゃねェはずだ」

 

「何を、言って…………」

 

 

 今度こそ本当に、燻市の表情が当惑に支配される。

 

 今まで自分のことを叩き潰そうとしていた敵対者からの思わぬ評価に、燻市は頭が真っ白になりそうだった。

 

 

「無理だろ、だって俺はお前に四度も負けて……それで今回も負けて、能力だって精神系で攻撃力に乏しいし、『正史』で名のある組織に所属できているわけでもないし、前世だってどこにでもいるただの一般人で…………そんなの、できるわけ、」

 

「できる!!!!」

 

 

 力強く。

 

 薫織は、燻市を否定(こうてい)した。

 

 

「仮にできないなら何で、テメェはまだシキガミクスを構えている。絶体絶命のこの局面で、それでも抗う意志を捨ててねェ。

 ……それほど大切なんだろ、妹が。何かの犠牲を容認してでも守りたいと願うほどの存在なんだろ。だから勝ち目がねェと思っていても自然と足が前に出ちまうんだろ」

 

 

 必殺女中(リーサルメイド)は、この世界でも指折りの強者は、目の前のちっぽけな少年を真っ直ぐに見据える。

 

 

「だったらテメェはやり遂げられる。これは無根拠で無責任な励ましじゃねェ。現に、テメェの牙は(オレ)に届いていた。

 最後の詰めこそ誤ったが、テメェの積み重ねは無意味じゃなかった!! テメェを下したこの(オレ)自身が認めてやる!! テメェは、強い!!」

 

 

 もしも本当に、燻市大智がどうしようもなく弱者なのであれば。

 

 果たして、四度も再起して同じ相手に挑むことができるだろうか。

 それまで寄りかかっていた『正史』を捨てて、何の実績もない誰かに己の命運を託すという『決断』ができるだろうか。

 

 そして計画の為に、世界で有数の強者に対して立ち向かうことができるだろうか。

 

 

 それに何より。

 

 

 それほどの決意を秘めた弱者は、本当に弱者なのか?

 

 方向性はどうあれ、大切な何かの為にそこまで抗うことのできる人間は──最早強者なのではないか?

 

 

 拳を握り、薫織は言う。

 

 自分のことを弱いと思い込んで、自力で立ち上がることを忘れてしまったしょっぱい強者に。

 

 

「それでも、テメェが自分の強さを信じられねェんなら。しょうもねェ諦めに足を取られて、自分の真価を見失っているってんなら」

 

 

 至近距離。

 

 メイドは、メイドの本分を全うする為に行動を開始する。

 

 

「──『ご奉仕』の時間だ。教えてやるよ、燻市大智。テメェが本当は、世界を救えるヒーローだってこと!!!!」

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