唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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119 真実は偏在する >> UBIQUITOUS DECEIT ①

 一方その頃、載原は岩場を超えて島の山腹にあたる林地帯を進んでいた。

 足場はすこぶる悪いが、『笛吹組』で鍛えられた載原にとっては大した問題ではなかった。篭手のようなシキガミクスで木の幹を掴んで助けにしながら、載原は確かな足取りで森の奥へと進んでいく。

 

 

(……さっきの『引力』のシキガミクス罠は、波浪がこの先にいるという明確な証拠。罠を設置していたということは、相手はこの先へ他者を進ませたくないということ……即ち、攻撃の意思表示)

 

 

 葉が散っていたという状況からして、波浪がこの島に到着してからそんなに時は経っていない。先程の大立ち回りでそれなりに物音も出ているので、波浪の方も載原のことは認識しているだろう。

 これ以上進むならば、攻撃を覚悟しなければならない。

 載原はその事実を認識したうえで、なおも一切の躊躇なく歩を進めていく。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 ──『笛吹組』のエージェントとして動く載原は、己の危害を恐れるという思考回路を既に()()()久しかった。

 

 

(……私が攻撃されること自体は別にいい。対処すればいいだけの話。そして私に攻撃してくるということは、その分波浪のリソースが割かれるということ。『大妖怪』を運用している以上、個人のリソースしか持たない私の勝ち目は薄いけど…………手札が割れている以上、出力を抑えていても負けないように戦うこと自体はできるはず)

 

 

 黙々と進みながら、載原は思考も前に進めていく。

 

 

(……そして…………可能ならば多少手負いにした状態で、波浪を神織さんにぶつけたい。そうすれば…………()()()()()も、果たせる)

 

 

 ──載原凛音は、伽退と同じく『笛吹組』に所属している。いわば極道の人間だ。

 とはいえ、チンピラが組に転がり込んで来たとかいう話ではなく、彼女は幼少の頃から組に拾われて育てられた『子飼い』と呼ばれる集団の一人である。伽退もまた、そんな『子飼い』の一人だが……彼女の場合は、『笛吹組』から抜ける意志が見え隠れしている。

 

 

(……抜けるなら抜けるで、好きにすればいいと思うけど)

 

 

 そして、彼女達『笛吹組』の人員は、ある使命を与えられてこの『ウラノツカサ』に入学していた。

 その使命とは──『ピースヘイヴン体制の破壊』。

 伽退が顕著だったが、彼女達はそもそも現行のピースヘイヴン体制を破壊する為にウラノツカサに入学していたのだった。といっても、実働は伽退で、載原は伽退が失敗した際の後詰めという立場だったが。

 そしてその使命は、園縁薫織の手によってピースヘイヴンが敗北し、そして学生牢に収監されたことで図らずも達成と見做されていた。

 …………実質的な権力構造は変わっていないだろうと載原は思うのだが、彼女の『上』がそれで目標達成だと言っているのだから仕方がない。載原としては、上の指示に従うのみである。

 そして現在、伽退には明確な使命が与えられていなかった。

 言ってしまえば、やることがないのである。

 一応、任務にあたってなるべく神織悟志を始めとした歴史の主要人物たちの『戦闘経験値』は維持するようにという()()()()はあったので、実際の事件に巻き込まれたのを利用して上手く立ち回ろうとしている訳だが……。

 

 

(……転生者達が出張りすぎて、神織さんが戦闘経験を積めないのも問題……。……『ラガルド案件』のお陰で転生者の勢力図が散らばったのは正直幸いだった)

 

 

 努力目標ではあるが、この先のことを考えれば神織に戦闘経験を積ませるのは必要なことではある。

 最悪の場合は載原が練習台になるのも可能ではあるが、あまり手の内を見せすぎるのも立場上よろしくない。此処で上手く波浪を神織にぶつけることができれば、全ての問題が解決するのだった。──本来傍観寄りのスタンスである彼女がここまで波浪に深入りするのには、そういう理由もある。

 

 ともあれ、載原は静かに環境を観察しつつ、林の奥へと進んでいき──

 

 

「!!」

 

 

 そこで、男の人影を視認した。

 

 

(……あれは……!! 間違いない。あのシルエットは波浪だ……! 灰色の長髪が、一瞬だけどちらっと見えた。あの移動方向……砂浜に向かっている? もしかして、神織さんのことを狙いに……?)

 

 

 波浪の本来の目的は、浄蓮をその身に宿した神織の殺害と、完全なる浄蓮の掌握である。

 その目的を考えれば、罠を設置して自分を追う者を足止めした上で、神織への襲撃を試みようとする可能性は十分にある──

 

 

(………………いや)

 

 

 そう考えかけ、寸でのところで載原は思考に待ったをかける。

 

 

(……本当に? だって、波浪は私が罠を突破したことを認識しているはず。ならば罠を突破した私を無視して神織さんへ向かえば、その背中を私に襲われることは自明の理。つまり…………)

 

 

 ドヒュ!! と。

 

 載原が殺気を感じて頭上で両腕を交差した直後、木の上から土くれでできた槍が降り注いだ。

 

 

「…………波浪の人影は罠…………そして」

 

 

 ()()に発現した漆黒のガントレットをぶら下げながら、載原はゆっくりと視線を横合いに向ける。

 そこにいたのは────、

 

 

「……波浪誠人──」

 

 

 ゆっくりと、載原は言葉を切ってから、

 

 

()()()()()

 

 

 そこには、二人の人影があった。

 

 一つは、灰色の長髪。ぎらぎらとした眼光を宿した二〇代前半くらいの、痩せぎすの男性だ。ここではない歴史──そこにおいては、神織悟志の前に立ちはだかった初めての敵であり、そしてやがて戦友となった男。

 波浪誠人──。

 確かに、そう呼ばれていたはずの人物だった。

 

 もう一つは、黒い長髪。ロリータファッションの日本人形のような可愛らしい姫カットをポニーテールにした、幼い少女だった。ウラノツカサの学生服を身に纏い、チューリップのワッペンをヘアピンにしてつけている少女。

 ()()()()()()寿()()

 

 

「ったく。やーっぱ実戦経験がある連中は一筋縄じゃいかないねぇ」

 

「……どうして、アナタが?」

 

 

 妥暮(だくらす)瑠奈(るな)

 とあるメイドと知己の少女が、そこに立っていた。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

「別に、おかしかないと思うけどねぇ?」

 

 

 そう言って、妥暮は横に立つ男の背中を撫でる。

 気安い態度だったが、男は身動ぎ一つしなかった。

 いや。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いかにも悪辣そうな表情。しかし──波浪誠人はその表情を一ミリも動かしていない。単なる無表情での固定ではない。一定の表情での固定。その異様は、あまりにも作り物めいていて──

 

 

「考えてもみなよ。だって既に、前提は失われているんだよ? 最強の『草薙剣』はどこぞへ消え失せちまってる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 ──そして、波浪誠人は土くれに還った。

 

 

「お察しの通りさ。波浪誠人なんて人間は、存在しない」

 

「…………!」

 

「あーっと、ちょっと言い回しが不穏すぎたかね? 心配しなくていいよ。波浪のヤツは存命さ。どころか、()()()()()()()()()()()()

 

 

 ──波浪誠人は、浄蓮を騙してシキガミクスに封印した。

 その目的は、『滝壺』によって自分だけが自由に百鬼夜行(カタストロフ)を引き起こせる社会を作るという、独善的な小悪党そのものだったが──。

 彼がその目的に至った理由には、彼の妹の存在があった。

 波浪誠人は、一五年前に発生した百鬼夜行(カタストロフ)によって妹を失っている。

 彼は妹のような犠牲を出さないようにするために、『滝壺』による霊力操作で百鬼夜行(カタストロフ)が管理できる社会を作り出そうとしていたのだ。──もっとも、それは裏を返せば『確実に百鬼夜行(カタストロフ)によって破壊される街がある』ということであり、そこにある本音は『妹を守れなかった社会を自分の指示一つで破壊できる権限が欲しかった』という歪んだ絶望なのだが。

 

 

「…………ってことは」

 

「ああ。波浪誠人の妹は、()()()()()()()()()()()

 

 

 ──そしてその前提は、今や完膚なきまでに覆っていた。

 

 

「どうも、どこぞのアホ転生者が尽力したらしい。お陰様で、波浪誠人は歪まずに成長して今となっては立派な一般人だ。一時期、波浪が『正史』の通りだと思い込んだ転生者どもがアイツを狩ろうとしてたらしいけど、能北のバカが勝手にそういう手合いを狩ってくれるせいで露見もしなかった」

 

 

 『いやぁ、ピースヘイヴンのカスが息を吹き返すに相応しい、希望に満ちた世界だねぇ』と妥暮は皮肉げに笑って、

 

 

「だから、あたしの方で利用させてもらった。これでも前世じゃ教職をやっててね。採用試験も簡単に突破できちまったよ。しっかし、ウラノツカサのセキュリティはザルだねぇ。ま、使える陰陽師が後方に回ってくれるケースなんか稀だからしょうがないっちゃしょうがないけどね」

 

「………………その土くれ」

 

 

 言って、載原は先程まで波浪の姿を形作っていた土くれに視線を向ける。

 精巧な出来栄えだったが……妥暮の話が事実であれば、おそらく発言を含めた人間らしい機能も有しているのだろう。それだけでなく、日常生活が可能なほど正確な感覚機能や、長大な持続時間も有しているはずだ。……しかも、それ自体がシキガミクスではなく、霊能による産物。

 

 

「あん? ああ。あたしの霊能だよ。『無名の詩(ユビキタス)』。詳細は──これから()るアンタにゃ教えてやらないけどね」

 

「……教えてもらわなくても分かる。それだけの精密さと持続力。そしておそらくは数百キロ以上の射程距離も……。……いくら『真人(クラスA)』級でも、相当特化したシキガミクスでないと難しいはず。アナタは直接戦闘タイプではない」

 

 

 圧をかけるように、載原はゆっくりと妥暮に推測を突きつけていく。

 ──とはいえ、載原自身がこの推測を本気で信じてはいなかった。

 ここまで計画的に事を運んだ人間が、直接戦闘タイプでないにも関わらずこの場に足を運ぶとは思えない。

 

 油断なく構える載原に対し、妥暮は穏やかに笑う。

 

 

「なぁお嬢さん。『神様』になる条件を知ってるかい?」

 

 

 直後。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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