唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
「つっても、知ってるわけないか。結局『正史』じゃあ大した説明もされてなかったもんね。まったく、あの思わせぶり野郎は……」
たった今山を半分崩した少女──妥暮瑠奈は、何でもない世間話のような調子で嘆息した。
向けられたのは、土石流に呑まれた少女。しかしそれは手向けの言葉ではなく──
「どうした、返事をしてくれなきゃあ会話のキャッチボールが成り立たないじゃないかい。あたしゃ独り言をぼやきながら
『………………』
土石流に巻き込まれたはずの載原の姿は、現在空中にあった。
ただしその風貌は、先ほどまでとは似ても似つかない。
可憐だった体躯は全身が黒い龍の鱗じみた鎧に覆われている。
全体的に青白い棘のような装飾が増え、先ほどまで発現されていた籠手も一見すると同じ武装には見えなくなっていた。
「ところで、まるで別人だねぇその姿。身長も誤魔化しているのかい」
『……でなければ、普段から出し惜しむ意味がない』
載原の体躯は、今や二メートルを超えるほどになっていた。
鎧というよりは、体躯を拡張した外骨格──パワードスーツと呼んだ方がいい状態だ。
普段は『部分発現』を利用して、このうち籠手パーツのみを展開する形で全貌を誤魔化しているが──
──着用型の規模を拡張した結果、陰陽師本人すら呑み込むに至ったシキガミクス。
それが、『
「…………『神様』ってのはね、『怪異』の中でも空気中を漂う余剰霊気を取り込むだけで存在を維持し続けられる、そんなエコな存在のことを言う。特定の感情によって指向性を与えられた霊気……いわゆる『信仰』を扱う場合もあるか。
なんにせよ、生命体を襲って霊気を奪わなきゃ存在が先細っちまう『怪異』とは一線を画した存在さね。これは読者なら誰でも知っている情報だけど」
そう言って、妥暮はまるでパントマイムみたいに虚空を撫でる。
すると、その所作を穴埋めするみたいにひとりでに地面が盛り上がり、人の身長くらいの『塚』が出来上がった。
当然だが、シキガミクスは用いられていない。
『シキガミクスなしで己の霊能を扱える強者』。
載原の脳裏に、最悪な情報が一つ刻まれる。
「じゃあ、その『神様』にはどうすればなれるのか? 『正史』じゃあ、高位の陰陽師が死後『幽霊』になったことはあっても、『神様』へのなり方なんてもんは提示されなかった。だが実際には、『神様』になった転生者っていう例だってある」
『…………「カガミサマ」』
「正解。……「園縁」の奥に潜む『神様』、三〇〇〇年を生きた原初の転生者…………花蓮、またの名を『
それに…………ピースヘイヴンの野郎だって、やろうと思えば今すぐ『神様』になれるだろうしね。
言ってる意味、分かるかい? 『神様』になるってのは、実現不能な夢物語じゃない。高度な条件があるにせよ、実現可能な目標になりうるって言ってんだ」
『………………』
土の塚は、どくんどくんとまるで生命のように鼓動して、ヒトの形に変わっていく。
それを撫でながら、妥暮は続けた。
「なら、その条件は? 誰もがなれるわけじゃない。ピースヘイヴンみたいな化け物はこの世に二人もいないからね。後天的に『神様』になるためには、資質ってモンが必要だ。
さぁヒントは提示したよ。答えはいかに?」
そうして妥暮の姿をとった土くれと肩を組み、妥暮は笑う。
空中を漂う載原は、慎重に口を開いた。
『…………「霊気制御能力」』
『神様』は、空気中を漂う余剰霊気を吸収する能力を持つ。
余剰霊気に干渉する術など、通常の陰陽師や怪異にはない。
例外は、己の魂を分けてシキガミクスに封印するという異形の技を当たり前のように操り、学園全体の霊気の流れを操作して『神様』を作り出すことさえ可能なピースヘイヴンくらいか。
そんな超越的な技術を条件から除外するならば──残された可能性は。
『……
「ご名答!! 此処まで言えば、アタシが何を言いたいか分かるかね?」
ニヤリと。
二人の妥暮が、不敵な笑みを浮かべる。
土くれからヒトを作り出した女は、二つに重なった声でこう続けた。
「「つまりは、アタシなんだよ。『神様』になる条件を備えた人間ってのはね」」
◆ ◆ ◆
土に生命を与える能力。
手を介して土に霊気を与えることで、霊気を与えた土を生命体へ変化させ、操作することができる。
生命体となった土は本体の意志の通りに姿かたちを変化させるが、あえて変化させずに土として操作することも可能。
操作可能な規模は広範にわたり、全力を出せば標高二〇〇メートル程度の山を崩壊させられる。
また、操作中の土は霊気操作インターフェースとしても機能しているため、通常は空気中に拡散している余剰霊気を土中に取り込むことで余剰霊気を吸収できる。
土に込められた霊気は疑似的に分霊としても機能するため、霊能は数百キロ離れようが何か月経とうが問題なく持続する。
肉体を捨てて『幽霊』と化した上で、自分を構成している霊気をすべて土に溶け込ませれば、理論上は『神様』となることが可能。
『
攻撃性:80 防護性:90 俊敏性:60
持久性:100 精密性:70 発展性:∞(基盤霊能)
※100点満点で評価
◆ ◆ ◆
「…………なるほどなァ」
戦場を支配していた少女の表情が一瞬だけ軋んだのは、女の低い声が響いた瞬間だった。
「ウチの祭神の霊能は……『霊気を花弁に変えて操ること』だったっけか。霊気を対象にした霊能を持っていることが『神様』になる条件だってんなら、確かにテメェには『神様』になるための道筋があるって訳だ」
そこに立っていたのは、ビキニ衣装と融合した水着メイド。
いっそ冗談みたいな風景だったが、しかしそこに漲る戦意が、全ての違和感を塗り潰すかのようだった。
ゆっくりと振り返りながら、妥暮は言う。
「……燻市の坊やじゃ足止めにもならなかったかい」
「いいや? アイツは
「手厳しいねぇ」
鼻で笑った薫織に、妥暮は分かりやすく肩を落とした。
──気づけば、載原の姿はなくなっている。
おそらく乱入者が現れた瞬間に退避のチャンスと見て撤退したのだろう。
敵を取り逃がした格好だが、妥暮は大して気にしていなかった。
というより、気にする余裕がなかったというべきか。
目の前に立つメイド。これが現れた時点で、妥暮の最優先目標は固定された。
「どうやって此処まで……ってのは愚問かね。
「分かってんじゃねェか。さすがは年の功ってか?」
「今世じゃぴっちぴちの女子小学生だっつってんだろ。何だかんだ言ってクソジジイ気分が抜けてないアンタと一緒にしてんじゃないよ、
「ほォ? 年寄り気分が抜けてねェのはどっちだろうな、
ピシリ、と。
空間が、明確に軋む。
(…………『神様』、ね)
『神様』に手の届く少女を前にして、薫織は考える。
──先ほどの戦闘において、燻市は『「あの人」を押し上げる』と言っていた。
その時は具体的な方策については考えあぐねていたが、それが『神様』化を意味しているのだとしたら、納得だ。
……『神様』になる素質を持った少女を押し上げるための計画。
それが、燻市の言う『計画』なのだとしたら……。
(だが、気にかかる部分もある……)
思索を巡らせる薫織だったが、しかし神域に差し掛かった戦場で、いつまでも手を止めていられる余裕はない。
「悠長に考え事をしている場合かい!?」
ドウッ!! と。
妥暮が勢いよく手を地に着くと、そこからまるで龍のような形に土が隆起して薫織へと襲い掛かる。
薫織はひと跳びで五メートルほど跳躍しつつ、視界の端に地上を収めて思考する。
(──手で触れた箇所を起点にした地面操作? いや……『神様』になる条件を満たしてるって触れ込みなら、触れたところから操作範囲を伸ばしてるだろ。局地的にしか対象に取れないような動作は着地狩りのためのフェイク。
…………
薫織には、『女中道具』を足場にして空中を移動する『
これを使えば、ほぼ永久的に飛行することができるのだ。
妥暮にこの手札は見せていないが、この程度は『
向こうもそれを計算に入れていると考えるべきだろう。
で、あるならば……。
「逆に!! 戦う場所は地上だ!!」
ダン!! と。
薫織は空中で発現したナイフを足場にして地面へと跳躍する。
妥暮の表情が、俄かに歪む。
「大地の操作。……規模も自由度も大したモンだが、操作するのはあくまでテメェの目視が基準だろ。
それに、動体視力まで強化されている訳じゃねェ。
着用型シキガミクス『
なまじ大規模な操作対象を持つからこそ、薫織を捉えるのは至難の業となっていた。
これ見よがしに空中へ誘導するのも、それが理由だ。
地上に立っていれば圧倒的に優位のように見えて、むしろ地上を縦横無尽に駆け回る方が『
「そこが圧倒的アウェーだってことを覚悟の上なら、大した判断だねぇ!!」
数十本にも及ぶ土の槍が、横殴りの雨のように襲い掛かる。
しかしそれは、たった一人のメイドには掠りもしない。
捩り、捻り、時には弾いて攻撃を躱していく水着メイドは、着実に幼い少女との距離を詰めていく。
ただし、少女の方もただ待つだけではなかった。
少女の立つ地点が、ひとりでに盛り上がっていく。
「地面に霊気を与えた……。陰陽師本体の機動能力が着用型の専売特許だと思ったら、大間違いだよ!!」
土くれは、平べったい胴体を持った大蜘蛛の形をとる。
人型を造形できるのであれば、当然ほかの生命体の形状をとることだって可能だ。
そして多脚の生命体ならば、足場の不安定な状況でもスムーズな移動が実現できる。
が。
「予測、できていねェと思ったか?」
シュ!! と。
水着メイドが、突如頭上にナイフを投擲した。
曲射か? と、妥暮は瞬時に疑い攻撃タイミングを計算し始めるが──その一瞬で、薫織の策は形を成していた。
「忘れたとは言わせねェぞ。さっき『
──気づけば、投擲されたナイフに弾かれた足場用のナイフが、回転しながら大蜘蛛の足を四本一気に切断していた。
「『
足を潰した。
その事実を確定させてから、薫織は地上を駆けて妥暮に肉薄する。
妥暮も大地を津波のように操作して薫織を攻撃するが、そのたびに薫織は空中を走り回るようにして回避し、距離を詰めていく。
──『
そして。
「旧知の仲だ。遠慮はしねェぞ。……『
メイドの拳が、妥暮の顔面に突き刺さり。
そしてそれと同時に、地面から伸びた土の槍が、メイドの脇腹へと突き刺さる。
「英語は得意かい? クソジジイ」
その光景を、横合いから見る影があった。
それは──
ぼろぼろと。
薫織が拳を突き立てた妥暮が、土くれへと還っていく。
「『
先ほど手慰みに作成されていた第二の妥暮。
それが、猛攻の合間に本来の妥暮と入れ替わっていたのだ。
土操作の際に手を当てていたのは、ブラフだった。
『
「…………土あるところなら、遍く存在していますってか」
カウンターを叩き込まれた薫織は吐き捨てるように言って、
「もう一度言うぞ。
ボッッッ!!!! と。
土の槍が、メイドの膝蹴りによって半ばほどから粉砕された。
──メイドの脇腹に傷はない。
代わりに、カランと乾いた音を立てて銀色のプレートが地面に落ちた。
「『
「上等だ。こんなに高ぶるのは
──いずれも、世界で有数の強者たち。
怪物同士の戦闘は、第二局面へと突入する。