唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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25 ある陰謀の頓挫 >> OR START OF COMEBACK ①

 その瞬間。

 

 時の流れが、緩やかになった。

 

 

 否、それは感覚の世界の話でしかない。

 この極限状況に至って、薫織(かおり)が認知能力をフル回転させた結果、あらゆるものの速度がコマ送りになっただけ。

 

 薫織(かおり)の経験上、事態が修羅場に突入すればこうしたことはままあった。

 だから彼女は、コマ送りの世界の中で迅速に自分にできる行動をとった。

 

 

 ──生徒会長トレイシー=ピースヘイヴンは、既に手遅れだった。

 

 背中から刺されて胸から突き出たナイフの位置は、的確に心臓を貫いている。

 これはどう見ても──事態発生から短時間で死亡するという本来の意味で──即死だ。

 即座に治療できる方法がない以上、どうしようもない。

 

 

「トラっっっっっ!!!!!!!!」

 

 

 悲痛な叫びが、嵐殿(らしでん)の口から発せられた。

 

 叫びが向けられた先は、言うまでもなくトレイシー=ピースヘイヴンだろう。

 ピースヘイヴン自身が嵐殿(らしでん)のことをシロウと呼んでいたことと併せ、おそらく前世での呼び名だと推測できる。

 

 無理もない、と薫織(かおり)は頭の片隅で考えていた。

 嵐殿(らしでん)とピースヘイヴンの間柄にどんな関係があるかは詳しくないが、薫織(かおり)だって流知がああなったら同じようなリアクションをするだろう。

 つまりそれだけの関係性が、嵐殿(らしでん)とピースヘイヴンの間にはあったということだ。

 

 彼女が異常なまでに焦っていたのも、つまりはこういうこと。

 生徒会メンバーから得た情報によってこの状況を予見できたからこそ──前世からの無二の親友の命の危機だからこそ、何が何でも救いたかったのだ。

 

 

 なんにせよ、嵐殿(らしでん)が冷静さを失っている時点で薫織(かおり)が最も警戒すべきは、伏兵の潜伏と奇襲だった。

 嵐殿(らしでん)は今、冷静さを失っている。

 敵がこの精神状態を狙っていたなら、反射的にピースヘイヴンへ駆け寄った嵐殿(らしでん)は格好の的になりかねない。

 

 すぐさま視線を走らせて室内の気配を確認し始めたところで。

 

 

 嵐殿(らしでん)が、一歩目を踏み出した。

 

 

 目を血走らせた嵐殿(らしでん)の身体から、ズウ──とスライドするように人型のシキガミクスが現れる。

 

 嵐殿(らしでん)の髪色と同じくすんだ灰色をした、狼頭の獣人だった。

 

 幻影から現実へと切り替わった機械的な狼男がその足で地面を踏みしめる。

 

 

 そこで、薰織は室内に敵の気配がないこと、及び嵐殿(らしでん)がシキガミクスを発現したことを把握する。

 

 ほんの刹那の時間、薰織の行動が硬直したのは、彼女自身が嵐殿(らしでん)のシキガミクスを見たのが初めてだったからだ。

 これまで嵐殿(らしでん)は味方である薰織と流知に対してもシキガミクスを見せたことがなかった。

 

 信頼されていない訳では無いと理解していたが、度を越した秘密主義だと考えていた薰織としては──先程の絶叫と併せて、この事態が嵐殿(らしでん)にとってそれほどの非常事態であるとの認識を強固にする。

 

 

 嵐殿(らしでん)が、二歩目を踏み出した。

 

 

 伏兵の懸念を排除した薰織は、改めて現在の室内の状況を確認する。

 

 八メートル四方程度の手狭な空間には、作業机が雑然と配置されていた。

 部屋の奥に配置されている生徒会長用のデスクを中心としてコの字の形に並べられた作業机にはシキガミクス製のパソコンが置かれている。

 

 ピースヘイヴンがいたのはこのうち生徒会長用の作業机の手前で、作業机に腰掛けて入口の方を向き直っていたところで後ろから打鳥が寄りかかるようにナイフを突き刺したという格好になる。

 

 

 声からして、打鳥(だどり)が先程打倒したシキガミクスの使い手。

 伏兵の危険性を排除した今、目の前の男の正体を瞬時に推測した薰織が真っ先に警戒したのは、予備のシキガミクスによる場当たり主義の迷彩(ハプハザードアサシン)の『透明化』だ。

 

 

 一般に、専用シキガミクスは製造・維持コストが高いと言われている。

 

 汎用シキガミクスと違い、内部に霊能を用いる為の回路を備えている専用シキガミクスは機体内部の構造が『怪異』と近い為、使用者の霊気を一定量流しておかないと場に浮遊する低濃度の霊気淀みの影響を受けて暴走してしまうリスクがあるのである。

 

 これを予防する為の技術というのも存在するが、かなりの高等技術であり──霊能自体がシキガミクスを使い捨てることを前提としている場合でもいない限り、複数機を所持していることは滅多にない。

 ただし別に『所持できない』という訳ではなく、敗北に備えてシキガミクスを複数機所持する例は稀ではあるがあった。

 

 伏兵がいない以上、この場で最悪の展開は『透明化したシキガミクスによって取り乱した嵐殿(らしでん)も暗殺される』というパターン。

 薰織がそこまで思考をめぐらせる頃には、その手の中には数本のナイフが発現されていた。

 

 

「念には念を入れておくか……!」

 

 

 そうは言ってもそこまでの最悪がやって来る可能性は高くないと踏んでいた薰織だが、『可能性に目を瞑る』のと『実際に潰し切る』のとではその後の行動のキレが断然変わってくることを彼女は経験で知っていた。

 

 一投、二投。

 まずは此処に隠れられていたら自分が割って入る前に暗殺されかねないという所へナイフを投擲する。

 

 

 嵐殿(らしでん)が、三歩目を踏み出した。

 

 

 果たして、二投のナイフはそれぞれ乾いた音を立てて壁や床に突き立つ。

 ──シキガミクスに弾かれたり、回避の足音が立つ様子はなかった。

 

 

(いないか……! 一手無駄にしたがまァ良い。最悪よりはマシだ! それより嵐殿(らしでん)の野郎は……!)

 

 

 薫織(かおり)が索敵を完璧に終わらせた頃には、既に嵐殿(らしでん)は四歩目を踏み出していた。

 

 そして、そのタイミングで嵐殿(らしでん)の傍らを併走していたシキガミクスも本格的に動き出す。

 

 

 遠隔操作使役型のシキガミクスと違い、多くの至近操作使役型シキガミクスはカメラ機能をオミットしている。

 これは人外の速度で行動している物体を一人称視点で操作することが難しいというのが主な理由だが──この関係で、至近操作使役型のシキガミクスは術者から二メートルから五メートルの範囲で戦うのが最も戦いやすい距離であるとされていた。

 

 ただし、嵐殿(らしでん)はそんな至近操作使役型のセオリーを完全に無視して、シキガミクスと一メートル程度の距離を保っている。

 まるで──シキガミクスからピースヘイヴンを受け取ろうとしているような位置取り。

 

 

 そして、嵐殿(らしでん)のシキガミクスが胸を貫かれたピースヘイヴンに触れる直前のことだった。

 

 

 じろり、と。

 

 ピースヘイヴンの視線が、事の次第を冷静に観察していた薰織の視線と絡みつく。

 

 

 そして、それと同時に──

 

 

 ──音もなく。

 

 

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