唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
「…………で、あのー……」
遠歩院流知は、現状を測りかねていた。
──生徒会準備室での一幕からしばらくして。
別室で待機していた流知と冷的は薫織達と合流して、一旦は一番安全な薫織の自室へとやってきていたのだが──
「なんで生徒会長がいるんですの?」
薫織の部屋の一室──ホテルの一室のような、ベッドが二つと化粧机だけがある簡素なベッドルームにて。
まるで整えたてのようにきれいなベッド(無論メイドがベッドメイキング担当)に腰かけて、流知は問いかけた。
──何故か目下最大の敵であったはずの黒幕トレイシー=ピースヘイヴンがパーティにいるという事実。
これは流石に、流知でなくとも目が点になるだろう。
というか、流知の隣に腰かけている冷的など、先ほどからずっと首を傾げすぎて、そろそろ首の角度が九〇度に達しそうだった。
への字口のまま生真面目に状況を見つめている姿がなんともアホらしい。
「『霊威簒奪』の黒幕は会長という話でしたわよね。もしかして既に和解して、お友達になられたとか?
ということは、もう
傾きすぎた冷的の首を元に戻してやりながら、流知は笑顔を綻ばせる。
だいぶ希望的観測に満ちた流知らしい予測だったが、この状況ならばそう思うのも無理はない。
というか、そうでもない限り目下最大の敵が一緒になって合流してくるなどありえないのだから。
「いや?
だから、しれっと答えたピースヘイヴンに対して、流知がお嬢様らしからぬ愕然とした表情を浮かべるのも無理からぬことだった。
「……お嬢様。お
お嬢様がしてはいけない感じの顔になりかけていた頬を軽く揉んで成形しなおしてやりつつ、薫織は話題の主導権を取り戻していく。
デキるメイドは、主人の表情すらも再構築できるのだろうか。
薫織はそうして説明を続けながら、
「端的に言うと、まずコイツは部下に裏切られて生徒会を追われて、」
「なんて?」
一秒待たず、当然のツッコミであった。
思わずお嬢様口調すらもかなぐり捨てた流知のツッコミに対し、引き続き頬を揉んで外面を取り繕わせながら薫織は続ける。
「気持ちは分かるが、話が進まねェからツッコミは後でまとめて聞く」
あらかた表情の再建を終えた薫織は、流知の頬からそっと手を放して、
「……んで、生徒会を追われたことでコイツが推し進めていた
だが計画が潰れても途中まで推し進めた
制御を外れた
「急転直下ですわ……」
「ただ学園をぶっ壊すのは、この
薫織はコンコンと裏拳でピースヘイヴンの頭を叩きながら、
「そういうわけで、
「一番の山場は、明日の生徒集会だな。連休前だからということで全校生徒が集まることになるし、私の登壇予定もある」
薫織の説明を引き継ぐように、ピースヘイヴンが話を切り出す。
これに対し、冷的はぽかんとしながら問いかける。
「……なんで生徒集会が問題になるんだぞ?」
「連中が暗殺を狙うなら、そこが一番やりやすいからだ。
どうせ向こうは
「思ったより大問題だったぞ…………」
何せ、目的が暗殺である。
敵もそれなりに戦力を揃えるだろうし、阻止するとなったら相応の戦闘が勃発するのは避けられまい。
それが、全校生徒のいる場で巻き起こるのだ。
率直に言って、発生するパニックだけで人が死にかねない。
とんでもない話だったが、流知は眉を顰めながらもおずおずと手を挙げ、
「……どうしてそう言いきれますの? 全校生徒が集まる場所なら、邪魔が入る危険もあるのでは?
わたくしはむしろ、連休に入った後、人の少なくなったウラノツカサでじんわりと包囲網を作った方が有利だと思うのですが……」
「いい指摘だな。それがないと言い切れる根拠も、勿論ある」
ピースヘイヴンは自信満々に言って、
「単純に、そこくらいしかタイミングがないんだ。私が推し進めた『霊気簒奪』のせいで、いつ
私が連休中に雲隠れするのは向こうも分かりきっている。
だから、
「学園を巻き込むド迷惑を護身に使われてますわ!?」
流知の常識的なツッコミが放たれた。
とことんやることなすこと傍迷惑で構成された黒幕である。
薫織は苦い顔をして、
「っつか、それはそれで問題だぞ。全校集会でドンパチやるってんなら
「………………久遠?」
薫織の口から出てきた見知らぬ名前に、冷的は首を傾げる。
というか、それ以前にこのメイドの権化のような女がご主人様たる流知以外の特定個人を心配するような言動が、イメージに似合わない。
そういう意味でも疑念をおぼえた冷的に、横で薫織の発言を聞いていた流知がさらりと答えた。
「
「いっ……妹ぉ!?」
流知の答えに、冷的は驚愕の度合いをさらに大きくする。
意外と言うならば──その意外性は先ほどまでよりも大きかった。
冷的としては、この戦闘メイドに『肉親』というルーツに繋がる情報があることがそもそもイメージにそぐわない。
何せ相手は、下手をしたら虚空から突然メイド服を伴って発生したのではないか──と感じるほどのメイド生命体である。
──もっとも、別に薫織はこの事実を隠していないし、何なら冷的が『メガセンチピード』に襲われる直前にも話題に挙げたりしていたのだが。
「久遠ちゃんは小等部入学組で、今は中等部二年生ですわよ。……薫織と一緒にこの部屋に住んでいるから、もうすぐ帰ってくると思いますけれど」
「ヴェ!? それって……わたし達は此処にいて大丈夫なのか!? なんか知らない人が大量に来てるけど……」
「わたくしも師匠も久遠ちゃんとはお友達ですし、別に大丈夫ですわよ」
「え、じゃー知らない人はわたしと
不審者Aと自分が同じ立場なことに慄いている冷的はさておき。
つまるところ、薫織が言いたいのは『ピースヘイヴンの策は無関係な己の妹が巻き込まれるから承服しがたい』ということである。
ご主人様第一主義のこのメイドでも、肉親のことを気遣う情というものはあるらしい。
ピースヘイヴンは感心しながら、
「しかし、妹の心配とはずいぶん妹想いな姉じゃないか。意外だな」
「意外は余計だ。……っつか、妹想いじゃなくて、」
そう薫織がぼやいた瞬間。
──噂をすれば影、というタイミングでガチャリと勢いよく扉が開けられる。
その場の全員の神経が部屋の入口の方へ集中したタイミングで、
「たっだいまーなのでーすっ!!」
溌溂とした声が、室内に届いてきた。
ぱたぱたと小走りで駆ける音が連続し、そして薫織達がいるベッドルームの前で立ち止まる。
「お姉ちゃん。玄関に靴がいっぱいあったけど、お客さんなのですー?」
廊下から顔を出したのは、純白の学校指定の制服を身に纏った中学生くらいの少女だった。
薫織と同じ漆塗りのような黒髪に、くりくりとした大きな紅い瞳。
ただし、そこから与えられる印象はまるで違った。
たとえるならば──黒猫。
癖毛気味の髪は動くたびに揺れてどこか猫耳を思わせるし、楽し気に緩められた口元からは動物的な愛嬌が感じられた。
姉と、そう呼ばれた薫織は、その姿を嫌そうに一瞥したあと、ピースヘイヴンに向き直ってこう続けた。
「…………