「ところで」
お互いがお互いのシキガミクスの機体名を口にする。
決闘の開戦にも近い緊迫感がその場を席巻した刹那──意味ありげに視線を横へズラした伽退は、不意に話題を転換してみせる。
あるいは──それすらも戦いの一環なのか。
「遠歩院さんは距離を取らなくてよろしいのでしょうか」
押し売りの契約印に構えをとらせつつ、薫織に向かって問いかける。
行動とは裏腹に、友好的な響きを聞く者に感じさせる声色。
聞いた流知は一瞬力を抜きかけて、慌てて気を引き締め直した。
「遠歩院さんの霊能は知っています。飛躍する絵筆は触れた物質の表面にイラストの完成品を描くだけの霊能……。
そんな非戦闘員が戦闘区域にいては、貴方も集中できないのでは?」
「心配か? 随分慈悲深いじゃねェか」
「まさか」
却って好戦的な笑みを深める薫織を、伽退は鼻で笑った。
そのまま、伽退は冷たい印象の笑みを浮かべて続ける。
「ご存知の通り、私の真の意味での所属は『生徒会』ではなく『外』の組織です。……笛吹会という名前をご存知で?」
「…………あァ。二年前にかち合ったことがあったっけな」
「その笛吹会で相違ありません」
伽退は簡潔にそう言って、
「此処へは仕事の為に一時的に在籍しているだけに過ぎません。必殺女中を倒した功績は笛吹会へ戻った時の私の評価に関わりますので。
そこに『非戦闘員を人質に使った』という雑味が加わるのはなるべくなら避けておきたいだけです」
「そうかい。だが問題はねェ。私はメイドだからな。ご主人様が居た方が強いんだ」
「はあ……そういうタイプですか」
いつもと変わらない様子で不敵に笑う薫織に対し、伽退は今までの敵とは違い、苦笑も困惑もせず辟易とした様子で溜息を吐いた。
「偶にいると聞いたことはありましたよ……。そういう『自分ルール』を決めて勝手に強くなるタイプ。厄介だから気をつけろと、先輩に言われたものです」
「へェ? 後輩想いな良い先輩もいたもんだな」
「二年前、貴方に刑務所送りにされましたが」
伽退は、一ミリも笑わずにそう付け加えた。
挑発的な笑みから一転して気まずそうに苦笑した正義のメイドに対し、伽退はにこりともせずに、
「……戦う前に、私の霊能について説明しましょう」
「ッ、」
直後、だった。
伽退が説明を始めるより先に、薫織の身体が弾けた。
──否、弾けたのではない。
常人では目視すら難しいほどの刹那に地を蹴ったことで、残像すら残さない速度で伽退へと跳んだのだ。
「薫織!?」
ワンテンポ遅れて、流知が薫織の行動に気付くが──遅い。
彼女が戦闘メイドの姿を目で追った頃には、薫織は既に押し売りの契約印に肉薄していた。
(……! やはり機先を制してきたか!!)
押し売りの契約印の眼前に着地した薫織は、その勢いのままに深く深く身を沈め──
ぐるん、と。
その場で前方宙返りをするようにして身体を回転させた。
遠くから見ていた流知はその動きを見て相手の頭部を狙った逆サマーソルトキックかと咄嗟に思ったが、
「……!」
グオッ!! と押し売りの契約印が大袈裟に身体を逸らしたことで、薫織の攻撃がそれだけに終わっていなかったことを悟る。
その証拠に、薫織の蹴りが空振りに終わった後には、地面にアイスピックが突き立っていた。
──曲芸奉仕。
もし仮に押し売りの契約印が安直に防御を選択していれば、発現されたアイスピックがその機体に確かなダメージを与えていただろう。
恐るべきは、その凶兆を察知して慎重に初撃を躱した伽退の警戒心か。
──初撃を回避された薫織は、逆サマーソルトキックの空振りという致命的な隙を見せる。
(好機!!!! 霊能は使えないが、ダメージは与えるに越したことはない!!)
その隙を、押し売りの契約印が狙う。
薫織は地面に片膝を突いた状態。
いかに彼女が大型肉食獣にも等しい体のバネを備えているにしても、押し売りの契約印の身のこなしも平均的な至近操作使役型のそれだった。
行動直後の薫織に、攻撃を躱すような余裕はない。
戦闘メイドの頭部へ目掛け打ち下ろされる右の拳。
しかし──それが実際に直撃する前に、虚空に紙袋が出現し拳を阻む。
(!? 抵抗……空間に固定されている!? 否、これは霊能の性質!! 本来は枷になるだろうが、それを盾にしたのか!!)
本来、紙袋程度であれば中身が何であれ押し売りの契約印の膂力の前では障害にすらならない。
一瞬にして破壊し攻撃を続行できるので盾には成り得ない──のだが、今回は例外が発生した。
──女中の心得が取り寄せた『女中道具』は、発現直後はその場に固定される。
これは空気も含む発現場所の物質を押しのける為に必要な機能だ。
しかし、同時に咄嗟に武器として取り寄せた『女中道具』も直後は自由に取り回せないという枷でもある。
ただし──それも逆用すれば、瞬間的な盾として利用できる。
(クソが!! 咄嗟過ぎて動作の停止が間に合わない! 発現された紙袋を破壊してしまう!!)
思考の中で、伽退は口汚く吐き捨てる。
薫織がそのまま飛びのいた直後。
ボファ!! という音を立てて、押し売りの契約印が殴りぬいた紙袋から真っ白な煙が飛び出した。