とはいえ、説明されてしまった以上迂闊に相手の攻撃を受ける訳にもいかなくなった。
薫織はじりじりと間合いを測りながら、
「創意工夫はお得意か? 随分と霊能を再調整したようだがよ」
霊能というのは、基本的に『大雑把』だ。
冷的の元霊能が『気流操作』であるように、流知の元霊能が『物質創造』であるように、どれも大雑把で分かりやすい。
そうした『大雑把な霊能』を細かく切り分けて調整することこそ、専用シキガミクスの機能なのだが──。
「何しろ原型がねェ。洗脳能力で前線を張れるヤツは稀だぞ」
「だろうなぁ。私も随分苦労したわ。こんなクソったれな世界だからよぉ」
伽退は首に手を当ててコキリと音を鳴らしながら、
「あのカス野郎は何かやろうとしているようだが、させるかよ。あの野郎にも、何一つ思い通りにならない世界ってのを体感させてやらねぇと」
(……煤けていやがるな)
凶笑を浮かべる伽退を見て内心で吐き捨て、薫織は転がっているデッキブラシとアイスピックを解除する。
(……在庫にはまだ余裕があるが、補充のタイミングもある……。
百鬼夜行を控えている以上、あまり無制限に『女中道具』を大盤振る舞いしてもいられねェ)
正確に言えば、女中の心得は『女中道具』を発現しているのではない。
あくまでも『裏階段』と呼ばれる別スペースに置いてある物品を取り寄せているのだ。
ゆえに、扱える『女中道具』の数には制限があるし、貴重な物品は使い潰すことも難しい。
今のところ薫織は在庫に余裕があるものを多用しているが、これは長く戦い続けていれば傾向として相手に分析されてしまうリスクも孕んでいた。
(敵機と私の速度はそう変わらねェ。真っ向からやり合えば何発かはもらっちまうが……この場合の『何発か』はコイツ相手には致命的……!)
何せ、右拳による攻撃はクリーンヒットだろうと防御だろうと関係なく『同意』カウントだ。
何発ももらえば重い『契約』も履行されてしまう可能性を考えると、近接戦闘のスペックが拮抗している相手と殴り合いを行うのはかなりリスキーな決断になる。
ただ一方で、伽退は先ほどの戦闘で薫織の『取り寄せ』による防御を目にしている。
アレがある以上、純粋な殴り合いの最中では着用型のメリットも手伝って薫織の方が一枚上手だと判断するだろう。
──となれば。
(必然、敵の狙う『契約』は私の霊能の使用制限!!)
霊能の制限を掲げておけば、薫織は接近戦に対して常にプレッシャーを与えられ続けることになる。
着用型がその性質上長期戦に弱いのと併せ、短期決戦を度外視するなら有効な戦略になる。
そう考え、その裏をかこうと薫織が押し売りの契約印へと跳躍した瞬間。
押し売りの契約印の顔面のデジタル表示が、文章の形に変化する。
表示された文面を読み上げるようにして、その背後にいる伽退は禍々しく宣言した。
「『遠歩院流知(甲)は伽退悠里(乙)の指示に従う。ただし甲に危害を加える内容を乙は指示できないものとする。』!!」
その言葉を聞き、薫織の脳裏に電流が走る。
(やられた……! 野郎、霊能の使用条件である事前告知を利用して、自分の攻撃対象を明示してきやがった!!)
これが、薫織を対象にした『契約』であれば問題はなかった。
分の悪い戦いではあるが、至近操作使役型と着用型では細かな動作の精密さや立ち回りで僅かに着用型の方が上回る。
決して勝ち目のない戦いではないし、この百戦錬磨のメイドであれば十分勝ちの可能性は見いだせた。
ただし──ここで流知のことを『契約』の対象として指定してきたということは、この攻防のどこかで流知を狙った行動を取りますと言っているようなものである。
たとえば、極端な話右腕を切り離して流知に投げつけたとしても、『契約』は成立してしまいかねない。
レアケースではあるが、能力の性質を考えれば右拳のスペアを伽退本人が所持しているという可能性だってある。
いや──それ以前に、敵はそもそも洗脳した手駒を複数有しているはずなのだ。
そう考えると、洗脳した手駒に右拳のスペアを持たせてくることすら思考の俎上に載せられる。
この時点で、薫織の思考リソースは『後ろにいる流知を攻撃させないように立ち回ること』を第一優先しなくてはならなくなった。
それを、薫織が実際に動き始めた直後に提示したのだ。
タイミングまで含めて完璧である。
(流知を置いて跳躍したのは失敗だった! 後ろの気配は……まだない! 手駒に流知を襲わせる路線はなし! ならばどういう手を打ってくる……!? ……いや、まさか……!!)
押し売りの契約印は、右手を引き絞った攻撃態勢を取っている。
おそらく薫織が飛び込んできたのを迎え撃つ腹だろう。
平時の薫織であれば、あのくらい見え見えの攻撃は同じようなスペックの持ち主であろうと簡単に躱すことができるが──
(今に限っては躱さないで防御して、あえてそのまま流知の方に吹っ飛ばされた方が私にとっては都合が良い!! 今はいないとはいえ、右拳を持った手下に流知を襲われたらその時点で私の負けだからだ!! そしてコイツはそこまで計算していやがる!!)
その思考を裏付けるように、押し売りの契約印の顔面のデジタル表示がブレる。
そしてその内容を、伽退が読み上げた。
「『園縁薫織は三秒の間、身動きを取らないものとする。』!!」
薫織が相手の拳の動きから攻撃箇所を読んで両腕を交差させた瞬間。
ドッゴォ!!!! と、押し売りの契約印の右拳が、薫織の防御に突き刺さる。
熊の腕の一振りにも匹敵する一撃に、薫織の身体がまるで野球ボールか何かのように軽々と吹っ飛ばされた。